表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/28

14話:金、賭け、酒!

◆あらすじ

真実はいつもだいたい一つ

「あれがサヒカウの町なの?」


 数日かけて山道を抜けた先には平原地帯が広がっていた。豊かな平野部で複数の河川が合流し、その中州地帯に城塞都市が見える。


 ここサヒカウはカイドゥ王国の中心部にあることから、あらゆる街道が合流する経済・文化の交流地点でとなっている。同時に、古くから度重なる戦争の舞台となった地でもある。

 立地的には河川を自然の水堀として利用した要害だ。城壁は前に訪れたターミンなどと比べると高く厚く、市域も広い。


「ターミンの倍くらいはあるんじゃない?」


 アッシュの目測でも城壁の長さがニ倍。面積であればもっと差があるだろうが、実際には使われていない地区もある。


「見た目は広いが、人の住んでいない旧市街があるんだ。それでもターミンよりは豊かな町だけどな」




 二人は商人のキャラバンと同道してこの地までたどり着いた。道中で魔物に襲われることもあったが、護衛に雇われていた傭兵と協力して退けてきた。

 そんな旅の道連れとも町に着けばお別れだ。二人はサヒカウのどっしりした門構えを通過し町に入る。


「けっこ清潔感というか、しっかりした印象を受けるね」

「サヒカウは都会と言っていい町だ。浄化も行き届いているから夜に死霊が湧き出ることも無いぞ」

「マジで!? やっと安心して寝れるね!」

「それに、ここらまで来れば貨幣も通用するようになる」


 そこでまず手持ちの売れそうなものを換金し、手元に資金を確保する。売るのは主に魔物や動物から剥ぎ取った素材などだ。

 皮や爪、角は道具に利用されるし、内蔵を乾燥させたものは薬の材料になる。


 聖火隊謹製の聖油を金にする手もあったが、旅が長引いたこともあって量が心もとない。ここはキープするとして、手に入った資金と今後の旅費を計算する。


「これが一番流通してる銅貨ね」


 アッシュがつまみ上げた銅貨は中心に穴が空いたややリング状である。


 この国ではかつて、勇者が金銀を無限増殖したおかげで貨幣価値が暴落した一方で、勇者が興味を示さなかった銅貨が残されたメイン貨幣となった経緯がある。

 しかし銅貨だけでは経済規模に見合った貨幣量とならないため、改鋳して質を落とした銅貨が発行された結果、輪に近い形の貨幣がこれである。


「……どれくらいの金額になったの?」

「……ちょっと少ない」


 元々アッシュも懸念してはいたが、王都までの旅費には足りそうにないようだ。それは宿で部屋を取る際、安い宿で一部屋だけ頼んだことからもヒシヒシと感じられた。


(女性と相部屋はなんとかかんとか言ってたカイが一部屋ですわ)


「重要な話がある」

「は、はい」

「ここで金を稼ぐ必要が生じた」

「やっぱり」


 旅費が足りなくなった原因ははっきりしている。アッシュが、女神がカイの旅に降って湧いたからだ。

 その自覚があるのでアッシュは機嫌を伺うような目でカイを見ている。その様子を見てカイは犬のようだなとちょっと笑いそうになった。


「どれぐらいお金足りないのでしょうか」

「まあ、幸い山場は越えたから大金とまでは言わないが」


 出会ってからからここまでの旅程に比べれば王都までは短い。だが今までもトラブルはつきものだった。この先予定通りの日程で進めるかは怪しいもので、懐に余裕が欲しいのが本音である。

 おまけに災獣騒ぎや怪我が重なって装備の更新、物資の補充も必要だ。

 

「日雇いの仕事でも探してみるとして、衛兵隊にも当たってみる。聖火隊の隊員になら仕事を回してくれるかもしれない」

「私も何か仕事してみるよ」

「そこはまあ、無理に稼いでもらわなくてもなんとかするさ」

「むう」


 ここまでアッシュはカイの世話になりっぱなしであり、その関係はこの先もしばらく続きそうである。それではいけない。

 神が奉仕してもらうと見ればおかしな話でもないが、アッシュはそんな関わりをカイとの間に結びたくはない。カイの言う“恩”を彼女も返さねばならないのだ。


 そして、できることなら旅をともにする仲間として肩を並べたい。そんな考えも彼女の中に芽生えつつあった。


「この女神、信徒の世話になってばかりはいられないから稼ぐわ!」

「誰が信徒か」

「私にも一つ二つ考えがあるから、ちょっとついてきて」


 カイを連れ出しアッシュが向かった先は、街の一角にある酒場だった。時間的にまだ客は少ないが、夕刻には多くの客がここで安酒を飲み、どうにか日頃の疲れを癒そうとする。

 そして早い時間からこうした場で時間を潰す人たちもいるものだ。


「おっ、やっぱりこういう場所でやってるものよね」


 アッシュが見やったテーブルでは、数名の男たちが真剣な眼差しで向かい合っている。カイは猛烈に嫌な予感がした。


「あんたまさかギャンブルに……」

「うん、一発当てたるでよ」

「それって一番安直で金稼ぎに向いてない方法だぞ」

「フフン、まあ見とき。……というわけでカイ様、軍資金をください」


 女神の自信あり気な態度には理由がありそうなので、ひとまずいくらかの金を渡す。


 デーブルを囲む面々は一部ガラの悪そうなものも含め、カモがやってきたと湿った視線を寄越す。

 賭けの内容はサイコロを使った簡単なゲームのようだが、こういうものもハマると大金が動くものだ。


「おいおい、この嬢ちゃん本気で金賭けるのか?」

「カワイイじゃん、ちょっともんでやろうか」

「飯代ぐらいは残してやるか」


 明らかに舐めている。イカサマぐらいは仕掛けてきそうな連中だ。


「なに、払えなくなったら体で払ってもらうだけさ」

「なにか言ったか?」


 カイがアッシュの背後に立つと男たちは静かになった。誰も聖火隊とモメたいとは思わないようだ。


「さ、始めましょ」



 ***



 いつしか軽い人集りができていた。美しい所作の女がサイコロを振り、その目に衆目が集まる。


「ハイ勝ちー」


 おおっと小さな歓声が上がる。これでアッシュの20連勝。最初にルールを把握するまでは数戦負け続けたが、何か掴んだのか途中から逆転の負け知らずだ。


「あ……あ……」


 相手の男たちは目がうつろになっている。この女を相手にすると操られたかのように出目が下がり、気づけば金をむしり取られていた。

 何度かイカサマ臭い仕草も見られたが、それ以上の目を出されるか、イカサマ自体失敗する有様である。


「キリが良いからこのへんにするね。ありがとー」


 ホクホク顔でカイのところへ足を弾ませていく。アッシュの両手にはあふれるほどの銅貨が収まっていた。銅貨は嵩張るのが問題だ。富裕層の間では大口取引に宝石用いることもあるそうだが、庶民には無縁な話である。


「まあ、ざっとこんなもんです」

「すごいな……」

「負け分と差し引いても結構な金額でしょ」

「大したもんだ。……で、いったい何をした?」


 何かカラクリがあるのだろうと問うたのだ。それに対しアッシュは指をチッチッと動かし否定する。


「フフフ、何というほどのことでもないわ。私は女神。それは“勝利の女神”や“幸運の女神”でもあるということ。賭け事ぐらいなら勝手に勝利が転がり込んでくるってわけ」

「……ひでえな」


 負けた男たちがいささか憐れに思えてくる。


「イカサマしたわけじゃないよ?」

「そうだな、女神のパワーで蹂躙しただけだな」

「この調子で勝ちまくればお金なんてすぐ貯まるよ!」

「いや、それは難しいかもしれんぞ」


 きょとんとするアッシュの肩を掴んで、少し壁側に引き寄せる。


「いいか、少しだけ後ろ振り返って見るんだ。ちらっとな」

「ん、どゆこと? ちらっとね」


 言われた通り振り返り、すぐに顔を戻すアッシュ。


「カイさん、めっちゃ見られてます……」


 見ている、というよりは睨んでいるものもいた。明らかに険悪なムードだ。


「アッシュ、あんた勝ちすぎたんだよ。噂になれば誰も勝負してくれなくなる」

「えぇぇ……」

「まあ、これから何度かは勝負してくれる奴もいるだろうけど。最終的に手に握られているのが、サイコロじゃなくナイフになっているかもしれない」

「うげ……」


 それどころか現時点でも敵を作ってしまった可能性がある。あのうち何人かはアッシュがイカサマをしたのではないかと疑っているだろう。あるいは、裏街道に通じるものがいればこの町に居づらくなる。


「こ、このお金どうしよ。返したほうが迷惑にならないかな?」


 急に子供のように不安にかられてしまったアッシュ。資金を得ようと奮闘してくれた気持ちはわかるため、カイとしては収まりの良い方法を取りたい。


「じゃあこうしようか」




「はいベーコンエッグお待ち、本物の豚肉のベーコンだよ!」

「おおおっカリカリに焼けてるぜ!」

「ワインも水で薄めてねえ本物だ!」

「ホ~ラ飲んで飲んで!」


 酒と肉があれば人はいくらでも陽気になれるようだった。

 賭けで負けた男たちは今やアッシュを囲み、飲め歌えと騒ぎ立てている。賭けで金を失った彼らだが、アッシュたちから飲食を奢ることで還元したのだ。


 最初は戸惑ったり訝しがっていたが、普段飲めない本物のワインやエールで酔い始めると、遺恨など蹴飛ばして打ち解けてくれた。


「これが地上のワインか~んんっ酸っぱい!」

「いけるな嬢ちゃん。こっちにゃウィスキーにシードルなんかもあるぜ」

「くぅ~っこれも美味い!」


 ここカイドゥ王国は元々乾燥した平野が多く、気候も合わせて酒造りに適した土地だった。

 世界的寒冷化により酒用の作物も低調だが、それでも酒を求める人は一定数いるため酒造業はどうにか息をつないでいる。

 原野が広がることから牧畜が盛んなこともこの国の特徴の一つで、こちらも先細りはしたが、生き残った酪農家たちの丹精込めて育てた豚や牛は質の良い肉や乳製品を送り出している。


「やっぱワインとチーズは最強の組み合わせだな!」

「兄さんは飲まねえのかい? あんたらの奢りだろ?」

「自分は下戸なので」


 勧められた酒をカイは愛想よく笑って断った。下戸というのは嘘で、正気を保っておきたいため一歩引いて場を見守っている。


「どうしたらあんなに勝てるんだ? コツとかあんのかい?」

「いや~ビギナーズラックですよ~!」


 この酒盛りで、負かした相手も溜飲が下がるだろうし、アッシュが楽しんでいるようで安心した。カイとしては、慣れない旅でアッシュが疲弊していないか気になっていたところだ。

 たまにはこうして羽目を外すのもいいだろう。と思いつつ、性格上自分は羽目を外すことが無く、周囲から固い固いと言われることを思い出していた。


 そうしているうちに日も暮れた。ここサヒカウは夜中に霊が湧くということは無いが、そろそろ頃合いだろう。

 アッシュを連れて宿に帰ろうかと思ったその時である。


「あんさんも、最後に一杯ぐらいどうだね?」


 別の男がカイに酒を勧めてくる。断りつつアッシュを探して視線を動かすと、視界の端でよたよた動く彼女の姿が見えた。


「皆で飲んでるのに一人だけ素面で帰るのかい?」


 そう言いつつ無理に酒瓶を押し付けてくる。どこにでも酒を飲まないものを認めない輩はいるのだろうかと。


 ふと、視線を店内に戻すとアッシュの姿が見当たらない。トイレにでも行ったのか。

 探しに行こうと動きかけた瞬間、腕を掴まれた。男の片手には周囲に気づかれぬようにしてナイフが握られている。


「兄さん、動きなさんな」


 他の客からは二人が何か会話しているようにしか見えないだろう。カイは自らの置かれた状況を理解した。


「そうか、お前は引き止め役だな」

「言っている意味がわからねえ」

「彼女を外に誘導したか。どこに誘い出した、仲間は何人だ?」

「……へっ、じっとしていれば怪我しねえさ」


 ニヤつく男から顔をそらすと、カイは一つ息を吸ってから腕を伸ばす。その手が壁にかけられた燭台に添えられると、ロウソクの火が急に激しく燃え上がった。


 男が驚いたのも束の間、カイが身を翻すと火が飛び上がり襲いかかる。

 思わず顔をかばった男は、気づいたら腕を後ろ手に捕まれ壁に押し付けられていた。そこから締め上げられるとナイフも取り落し抵抗する術を失う。


「答えろ。外の仲間は何人だ、どこに連れて行った?」


 さすがに周囲の客がざわついてきたが、構わず腕を絞り上げる。


「イテテテテッ!」

「早くしろ」

「ハッ、もう間に合わねえよ!」


 ――ペキ、パキ


「ぎあああぁぁ!?」

「まだ間に合うぞ。二本しか折れていないからな、指」





 男が三人、裏路地で女を囲む。手にはナイフをちらつかせながら下卑た笑いを浮かべていた。


「ずいぶん勝ってたそうじゃねえか、まだ金残ってんだろ?」

「俺ら仕事もなくて日々困ってんだ、恵んでくれよ」


 おちょくったような声で女に迫るが、女――アッシュは視線が定まっていない。


「おうぇ……トイレどこ?」

「ダメだこいつ、状況わかってねえわ」

「どこか連れ込もうぜ。そうすりゃ後の楽しみも……」


 一人がアッシュの腕を掴もうとしたその時、逆にアッシュが相手の両肩に手を置いた。


「お?」

「お」




「おげっ」


 口から出してはいけないものが出てしまい、男の衣服を残念なことにしてしまう。


「……」

「……」

「うっ……おぇ……まあらいおん……」

「……このアマ!」


 衣服をご臨終された男が頭に血を上らせアッシュに掴みかかる。


 ――ガツッ


「痛っ!」


 男たちの一人が蹲った。足下に石が転がり落ち、地面に少量の血が飛び散る。

 一同は何が起きたかと周囲を見回したが、辺りには程よい静寂があるだけで異常は無い。


「誰かいるのか!?」

「出てきやがれ!」


 答えは無い。気味悪く思った男たちは、半ば狼狽えながらも地面で嘔吐しているアッシュを捕まえ、早いところ連れ去ろうと画策する。


 ――が、駆け足で接近する足音。間髪入れずその場に出現する影。


「その女性から離れろ!」


 息を切らせながらカイが一喝。仲間の一人から居場所を聞き出して大急ぎで駆けてきたのだ。


「ちっ、あの役立たず……」

「うぇ……」


 男たちはアッシュを無理やり引き寄せる。


「動くんじゃねえ、こいつの顔台無しにすんぞ!」

「お前らが欲しいのはこれだろう?」

「待って動かさないで……げぅ」


 凄む男たちに対し、カイは銅貨の入った革袋を示してみせた。


「くれてやるから女は離せ」

「……」

「水……」


 一旦沈黙が流れ、男たちも少し冷静になる。カイが剣を帯びた戦闘隊員であることは見ればわかる。落とし所として金さえ手に入れば御の字か。

 緊迫した状況から逃げ道確保の思考が働き、そんな計算が妥当かと判断が流れていく。


「よし、こっちに投げて寄越しな」

「女を放せ」

「金が先だ。地面に落とせばそれでいい」

「もうお酒やめます……やめますってぇ……」


 男が譲りそうにないと判断したカイは、革袋を軽く掲げて投げる仕草をする。


「行くぞ」


 カイが勢いよく袋を投じる。真っ直ぐ、それはアッシュを掴む男の顔面にダイレクトアタックし大きく仰け反らせた。


 男たちは連携して動くということは知らず、咄嗟のことに動きが止まる。

 カイにはそれだけの間隙で十分だった。


 袋を投じると同時に地を蹴り、抜刀。仰け反った男は蹴飛ばして転がし、他の仲間に刀の切っ先を突きつける。

 それだけで相手の戦意は挫けた。両手を挙げて降参の意志を示すと、じりじり後退していく。


「俺たちに関わるな」


 カイは自分が存外に冷酷な声を出していると思うが、アッシュの安全確保を優先して攻撃的になっていた。彼女を引き寄せると刀を下ろし、それを合図に男たちは一目散で逃げ出す。


「ふぅ……」


 町に来て初日から騒動に巻き込まれるとは幸先悪い。それでも今は危難を逃れて安堵している。もっとも追い払っただけで今後の安全が保証されているわけではないのだが。


「大丈夫かアッシュ?」

「………………むり」


 酒臭い相棒に尋ねるが喋れそうにない。蹲ったままの彼女だが、この場に長居するのは避けたいため背負って歩くことにした。


 ターミンの町などに比べれば夜も人の活動が見られる。まばらに行き交う人々の間を抜けるうち、アッシュはうわ言のように何か繰り返していた。


「ごめんよぅ……ごめぇん」

「気にするなよ」

「私がちゃんと世界のこと見てたらこんな……」


 カイに謝るというよりは、寝言で懺悔しているようだった。


「しっかりしろよ」

「うぅ……」

「あんたが流していた涙は、本物だってわかってるから……」


 遠くで犬の遠吠えが聞こえた。それに続いて鳴き声で応じる犬たち。

 昔、月を見ると狼になる人狼の伝説があったそうだが、月が見えなくなった今はどうしているのだろう。

 ふとそんな考えが浮かんだが、埒もないことだ。



 ***



 一切の人気が無いサヒカウの旧市街。この区画は領主の指示で放棄され住民は皆無である。

 主要な居住区が浄化され魔性を寄せ付けないのに対し、旧市街はたまの巡回が入る程度。これは住民の生活圏を限定することで効率的に浄化するための施策だった。


 夜になれば明かりもなく闇そのもの、さながらゴーストタウンとなる旧市街を走るものたちがいた。


「ハッハッ……追ってきていないか?」


 カイに蹴散らされた暴漢たちである。小さな灯火だけを頼りに旧市街の暗闇に逃げ込んでいた。


「あの野郎も衛兵も、旧市街には迂闊に入らねえだろ」

「もう息が苦しい、ここらでいいだろう……っ!?」


 背後で動く音がしたため一同振り返るが、野良犬が駆けていくのが見えた。


「……大丈夫だ、誰もいねえよ」

「……チクショウッ、あのガキ。アイツの顔覚えたか?」


 一人だけ汚物まみれになっている男の目には復讐心がありありと見える。対して他の二人は諦め顔だ。


「やっぱアイツ聖火隊の戦士だろう。もう関わんねえほうが良いって」

「あれだけ舐められて黙ってられるかよ!」




「プッハハハハ!」


 あらぬ方角からの笑い声に男たちはギョッとした。廃屋の屋根の上に誰かがいる。


「お前らまるで雑魚の台詞、お先真っ暗って感じだな」

「何だテメェは?」


 暗くて姿がよく見えないが男たちは身構える。声と気配からして一人か。


「誰だって聞いてんだ!」

「俺のことはいいんだよ。それよりお前ら、余計なことすんなよな」


 その謎の人物は屋根から飛び降りると軽やかに降り立つ。暗がりの中でもわかる身のこなしの良さ。


「こっちは観察中なんだからよ」

「言ってる意味わかんねえ」


 いきり立った男の一人が詰め寄る。

 手にはナイフ。その闖入者へ踏み込むと同時に一突き。――したはずだったが、次の瞬間には地面に転がされていた。


 男は立ち上がれない。頭から地面に落とされ脳震盪を起こしていた。

 謎の人物はそのまま残り二人にも迫る。彼らは気圧されて何もできず、動揺して灯りを落とす始末。


「いけないなぁ、灯りは大事にしないと」


 その人物は転がった小さな松明に近寄ると、懐から小瓶を取り出し粉末状の何かを振りかけた。火で燻り嗅ぎ慣れない匂いが広がる。


「知ってるか。この世には魔性を退ける香とは逆に、引き寄せる香があるってことを」


 灯りでかすかに照らされた姿。ターバンとマント姿から冒険者か流れ者の風格がある。

 その表情に敵意や殺意は無い。代わりに薄笑いを浮かべていた。


「じゃあな」


 踵を返して立ち去っていく謎の人物。男たちはしばらく硬直していたが、一人がようやく灯りを拾う。

 一陣の風が吹いた。灯りが消え辺りが闇に包まれる。狼狽える男たちはやがて背筋に冷たいものを感じ始めた。

 耳元で誰かが囁く声。背中をくすぐられるような悪寒。


「く、来るな……やめろ……」


 旧市街の打ち捨てられた廃屋瓦礫の陰から、隙間から、誘われるように死霊が迷いでる。


 男たちの悲痛な叫びが木霊したが、それを聞くのは野良犬かネズミぐらいのものだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ