13話:見えないものを探る(後)
◆あらすじ
女神が飲むマンイーターのお茶は、苦い。
再び夜が訪れた。
オーキー村の主だった者が招集をかけられ、休業中の宿に向かう。
彼らの中には今回の騒動の犯人として疑われるデニスが、いづらそうに混じっている。
交易路に近いこの村には旅人向けの宿がいくつもあるが、うち最大手の宿を経営するアーデンという男が急死した。
アーデンの息子が音信不通なため後継問題が発生し、従業員のうち古株の二人が対立する中で事件が起こる。
対立する一方の人物、サロムがこの宿内で遺体となって発見されると、もう一方のデニスに殺人の嫌疑がかかった。
そんな事件の解決を通りすがりのカイとアッシュが受け持つことになったのだが……。
「皆来てくれたようじゃの」
薄暗い宿の中で、村人たちを呼び集めた村長が出迎える。
「今からこちら、聖火隊のカイさんが事件の説明をしてくれるので、聞いてほしい」
隣に立つカイに皆の視線が集中した。
「あの自称名探偵のお嬢さんは?」
「彼女はここには来られないので、自分が代わりに事件の真相をお話します」
カイの真相という発言。集められた理由を察してはいたが、皆少し緊張したようだ。
「その前に、入り口の扉は開けておいてください。では奥へ入りましょう」
――カタン
全員を連れて宿の奥へ進み宿主の部屋、この事件の現場に入る。
「結論から申しますと、この件は事故です」
「事故? 殺しじゃないのか?」
「亡くなったサロムさんの傷、あれがまず殺しの傷じゃあないんですよ」
サロムの頭部の傷は一つだけ。深傷ではあったが即死するような傷ではなく、脳内出血によりゆっくりと死に至ったと推測される。
その点は同席している司祭も賛同した。
「皆さんなら殺してやりたい相手にどんなことをしますか?
恐らくその死を確認できる殺害方法を選ぶでしょう。息が止まるまで首を絞めるか。心臓が止まるまで刺すか。
殴り殺すなら確実に死ぬまで何度も殴るでしょう。あの傷一つで死んだと判断したなら、その人は達人か素人です」
「なら素人の犯行なんだろう」
村人の誰かが言ったが、カイは特に気にする風もなく話を続ける。
「ええ、その可能性はあります。一発殴打して、怖くなったから逃げ出したか、いずれにしろ強い殺意は遺体と現場から感じられない」
「まあ、そうだな」
大きな疑問を呈する者もいないため次の話題に進む。
「もう一つ重要なことがあります。何故この場所だったのか?」
村長にも確認したが、この宿は休業中であり遺品整理も保留されていて、普段人の出入りはほとんど無いという。
「犯人がサロムさんをここに呼び出して殺したのか? それとも、殺してやろうと後をつけたらこの宿だったのか?
仮に呼び出したのなら計画的な犯行ですが、すると疑問なのは殺し方の雑さと合致しないことです」
「では殺した後、事故に見せかけようとしたのでは?」
また誰かが疑問を差し挟む。だがその問いに答えるのは簡単だ。
「村の誰も事故だと思ってなかったでしょう?」
「あっそうか」
争いの当事者である男が問題の宿で死んでいれば、誰もがもう一方の当事者を怪しむ。村人の多くが実際そうだった。
それがわかっている者なら事故に装うなどということはしない。
「じゃあ村の外の人間が犯人ということは?」
「旅人や交易商が盗みを働こうと侵入し、居合わせたサロムさんを殺した……という線も考えられますが……」
そもそも村の中でも夜は霊が化けて出るかもしれない時代である。立ち寄ったばかりの村で夜歩き回る危険を犯す者がいるか、というと微妙である。
結果、可能性はとても低いがゼロではない、という状態に落ち着く。
「事件の可能性が高くないことはわかった。だけど事故だとする証拠はあるのか?」
「確たる証拠とは言いませんが重要なものをお見せします」
カイは部屋の戸棚に近づき、足場となる踏み台をセットする。
――ゴトン
「この踏み台は事件当初もこの場所にあったものです。サロムさんが使っていたんでしょう」
「何のために……あっ、あいつ!」
「ええ、捜し物ですね。大事な物を」
そこまで言って、カイは村人たちを見渡しデニスを見つけた。
村中から殺人犯の嫌疑をかけられていたデニスだが、事故の可能性が生じてきたことで沈んでいた顔色が良くなっている。
カイはそんな彼を呼び寄せて協力を要請した。
「この踏み台に立って、戸棚の中を見てもらえますか?」
「え、まあいいけど……」
――ガタガタ……
言われた通りに棚を調べたが重要そうなものは見当たらない。
「見ましたね。その引き出しですが、二重底になっているのがわかりますか?」
「ああ、こんな仕掛けがあったのか。……あるぞ、これは権利書か何かか?」
「はい、そこでストップ」
デニスが宿や土地の権利書に手をかけたところで制止。
訝しがる村人たちにカイは言った。
「すみませんが、ランプやランタンをお持ちの人は全て火を消していただけますか?」
「どうしてだ?」
「サロムさんが亡くなった時と同じ状態に近づけたいのです。彼が使っていたこのランプ一つだけ火がついた状態に」
カイの要請で渋々といった風に一つずつ明かりが消えていく。
魔性の強まる夜中に聖油や聖香を使った照明を消すことには本能的に不安を伴うのだ。
室内はわずかな明かりだけとなった。
――ガタガタ……ゴト……
「何だか……変な感じがしないか?」
「そりゃこんな場所なら気味悪くなるさ……」
困ったのはデニスの方で、踏み台に上がったまま明かりを消され手元もおぼつかなくなった。
「この暗い中いつまでこうしていればいいんだ?」
振り返った彼の目が何かを見つけた。部屋の隅に白い靄のような、霧のような。
それはよく見れば人の形をした影のようで――不意にデニスと目が合う。
「ヒィィッ!?」
「えっ?」
「危なっ……!」
驚いてバランスを崩したデニスが転倒しそうになったところを、カイが丁度良く受け止めた。
「こういうことですね」
カイの言葉に数秒間が空いてから一同ハッとする。サロムはこうして死んだのかと。
「けど今のは何に驚いたんだ?」
「み、見えないのかあそこ、何かいるだろ!」
デニスが指差した先、暗がりの中に白い何かが確かにいた。
――ォォォン……
「まさか……幽霊?」
「おいおい、ここで出る幽霊って……」
そこでカイが聖火を灯して隅の方を照らす。白い何かは光を嫌うように身を捩った。
青白い光に照らされて輪郭がより鮮明に見えてくる。
「皆さんのほうが見覚えがあるでしょう」
「ア……アーあああ!」
宿の主アーデンの幽霊だ。
村人たちが一斉に逃げ出し出口に殺到。
すると扉が彼らの目の前で勝手に閉まり、押してもびくともしない。
「おいっ誰か閉めたのか!?」
「開けてくれ! アーデンが化けて出た!」
――バタンッ、バタンッ
扉だけでなく窓も閉め切られ閉じ込められた。宿全体に不可思議な力が働いている。
「皆さん落ち着いてください」
「ここ、殺される! サロムのように殺される!」
「心配はいりません」
宿の奥からカイが遅れて現れる。ランプ片手に落ち着き払った様子はどこか死神めいていた。
「さっきまで聖油を灯していた皆さんに、霊は手出しできませんよ。自分は昨日一晩ここにいましたが、このとおり無事なので落ち着いてください」
カイはアッシュの反応などからアーデンの霊に気づき、一晩かけてその様子を確認してあった。
「落ち着いてって……なあ、サロムはアーデンに祟り殺されたのか?」
「その辺りも説明しましょう」
カイの推理では、アーデンの霊がサロムを直接殺したという可能性は無い。
サロムの持っていたランプにも聖油が使われていたため、霊を寄せ付けない効果があったはずである。
「しかしアーデンの奴が天に召されず、宿に留まっているとは知らなかった。用事でここに来ることもあったのに」
「恐らく昼間に来たからでしょう。魔性の力は夜に強まりますから。それに……」
さきほど見つけた書類を手にして見せる。アーデンが大事に保管していた宿と土地の権利書だ。
――ガタガタ……
「どうもこの霊は書類を、この宿を守りたいようです。これを持ち去られまいと閉じ込めている。
きっと宿の先行き、息子の消息などの未練が現世に縛り付けた。加えて宿の後継をめぐって争いになっていることに気づき、憤慨しているように感じます」
「こんな場所で冷静に犯罪を犯せる輩はマトモじゃないだろうの」
村長が呟いた。皆も頷く。少なくともこの村にいるのはごく平凡な人々ばかりだった。
事件当時、ここにはサロム以外に人はいなかったのだろう。そのサロムも、死んでしまったのは事故だったのだろう。
ようやく村人たちは呑み込むことが出来るようになった。
「アーデンも何だかんだで、息子に家業を継いでもらいたかったのかもしれん……」
うっすらと、アーデンの霊が奥から姿を見せる。
カイは拝借していた書類を掲げ、霊を鎮めるように語りかけた。
「この大事な書類はお返しして、今後厳重に管理するでしょう。ご子息の消息も探し続けます。どうかこの場は心を鎮めていただきたい……」
***
「それで、宿の主人の幽霊は天に召されたのかい?」
「いや、今も宿に留まって息子の帰りを待っているはず」
数日後、カイとアッシュは西へ。サヒカウの町に向かう街道上にあった。
同じ方向へ向かう商人のキャラバンと行き合ってから同行しており、道すがら世間話をするうちオーキー村の出来事に話が及んだ。
「村長は“幽霊の出る宿”として売り出せないか、なんて言っていたけど」
「物好きしか泊まらないだろう、そんな宿」
商人は笑ったが、転んでもただでは起きない村長らしかった。
あの宿は結局、アーデンの息子の行方を探し、一定の成果が得られるまで引き継ぎを保留することになった。
カイたちも旅先で情報を得たら村に報せるよう頼まれたが、果たしてどこかで生きているのかどうか。
しばらくアッシュが黙りこくっている。
村を後にしてから「あまり役に立てなかった」と残念がっていたが、まだ気にしているのかとカイは苦笑する。
結果としてカイが答えを導き出したが、元はと言えばアッシュが色々と気付きを与えてくれたおかげなのに。
「まだへこんでるのか?」
「ん? あーいや、色々考えてて」
「考え?」
「あのアーデンって宿屋の主人、いわゆる地縛霊になっちゃったでしょ」
地縛霊、現世や特定の場所に強い未練がある故に、その地に縛り付けられて昇天できない霊のことだ。
アーデンとその息子は将来のことでかなり応酬があったようだが、死後の様子を見るに息子への断ち切り難い想いが感じ取れる。
「私はさ、親とか家族はいなかったから……そういう感覚って未だによくわからないのよね」
「家族はいないのか」
女神の家族構成など考えたこともなかったカイは少し新鮮な驚きを得た。そもそも神とはどこからどう生まれるのだろう。
「でもたしか、えっと上で一緒に暮らしてる人がいるんだよな?」
「それは私が一人だと不便だから、創り出した召使いのようなものかな。家族と言えるのかわかんない」
「ふむ、家族っていうのは……」
「あっ、カイが無理に思い出さなくてもいいのよ」
カイの家族が亡くなっていることを思い出してアッシュは焦る。また地雷を踏んではたまらない。
「無理してないさ。家族がいた事、思い出せるうちはまだ大丈夫って気がするから」
「ん、そっか……」
「家族はやっぱり一番身近で、代え難い存在。時々喧嘩もしたけど、やっぱりそこに帰ってくる。何と言うかそんな感じさ」
全ての家族、肉親がそうではないだろうが、離れていても何かが繋がっている。そういうものだろう。
とはいえ、自身も天涯孤独となって何年も経つ割にわかったようなことを言うと自嘲する。
徐々に道が険しさを増してきた。ここからサヒカウまでは山がちの地形が続く。
旅も楽ではない。アッシュに体力は無く夜は凍える寒さだ。食事も多くはないし常に危険が潜んでいる。
それでもアッシュは次に訪れる土地がどんなところか、そんなことを楽しみにし始めていた。




