10話:破壊と祝福
これより2章開始です。
「馬は乗り手の感情を感じ取る。だから乗り手が萎縮すれば馬も怯えて進まなくなる」
カイの指導を受けながらアッシュがトテモハヤイを操る。旅をしながらアッシュも一人で馬に乗れるよう訓練をつけるべきと判断したカイだったが、その成長の速さには舌を巻いた。
初めの内はオドオドしながらつい手綱を引いてしまうアッシュだったが、ほどなく背筋を伸ばして堂々と馬を操るようになった。
(お互い気持ちが通じるだけに、飲み込みが速いようだな)
その点はカイにとって羨ましいことだった。動物とも意思疎通できるアッシュとトテモハヤイは最近とみに仲が良く、元の主として小さな嫉妬心が芽生えないでもない。そんな感情もささやかな平穏の裏返しに思えるので気にはしていないが。
「よし、ここらで休憩にしようか」
川辺で火を起こす用意をする間、アッシュにはトテモハヤイの体を水で流し、ついでにブラシもかけてもらった。――はずだったが、カイのほうへトテモハヤイが寄ってきて、口に咥えたブラシを押し付けてきた。
「ブラシかけてあげたんだけど……あれぇ?」
「ハハッ、物足りないみたいだ。少し力入れてこすってやったらいい」
昼食は魔物の肉を塩漬けにしておいた物を食べた。昨晩寝る前に罠を複数仕掛けておくと、運良く一角兎が掛かり良い食料となった。毛皮と角は町まで行けば素材として売れる。
一角兎を解体する時、アッシュは手伝いながら「ごめんよぅ……ごめんよぅ……」と兎に詫びていたが、肉の焼ける段階では香りに食欲をそそられていた。
一角兎の肉は普通の兎より固めだったがそれでも美味い。干し肉と違い瑞々しさがあるのも嬉しいところだ。
「ところでこれさ」
すっかり食べ終えた後、アッシュが唐突に切り出した。前にウルフからもらったニャーマンの教典を開きながらカイに問う。
「この教典全部読んでみたんだけど、出てくる神様がみんな猫で、私が出てこないんだけど?」
「……うん」
「この創造神、何っ? 頭が三つに足が八本ある猫って何者? そこは私じゃないの?」
「……アッシュ」
カイは改まってアッシュ――女神ディーヤに語りかける。
「俺もアッシュと会うまで、『ディーヤ』なんて女神は知らなかった」
「 」
フリーズしたように固まるアッシュ。だが数ある宗教、神話、伝承のいずれにも創造神としての女神ディーヤの名を伝えるものは皆無なのだ。
「私の名が……伝わってない……? じゃあそもそも私が女神ですって名乗ったとして、あんた誰やねんて思われるのか……」
「名乗るだけならな。俺はアッシュからもらった『祝福』と、天界から降ってきたメイス、このおかげで女神様を信じられるけど」
災獣を撃退するのに役立ったメイスを取り出してみせる。このメイスが巨獣を打ち砕いた時のことは未だに夢か何かのように思える。
「そういえばそのメイス、まだ詳しく調べてなかったね」
「調べるって言ったって……ああそっか、あんたには」
「『女神アイ』!」
「そう、それがあったな。ってやっぱり集中しすぎて顔がえらいことになってるぞ」
かくしてアッシュの眼にメイスの秘められた情報が浮かび上がる。
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名前:<ああああ>
分類:片手棍棒
攻撃力:255 命中率:100%
クリティカル発生率:100%
構成素材:メガミニウム合金
売却価格:これを売るなんてとんでもない
備考:「女神様、そんなところで何をしているのですか。早くお戻りください。そもそも落ちるってバカですか」
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「………………」
アッシュが停止しているが、カイには並べられた言葉に謎が多く反応に困る。
「名前が雑だな」
「……急いで用意したから適当なんだろうね」
「攻撃力255というのは高いんだよな?」
「高いというか攻撃力の上限値……」
「上限なんてあるのか……なら世界最強ってこと?」
「り、理論上はね」
実感は全くない。わかったことといえばとにかく凄いということだけか。備考欄のコメントが呆れかかっているが、アッシュが哀れになりそうなので突っつかないでおいた。
「値段が書いてないけど、いくらぐらいするかな」
「ちょっ売るの!?」
「いや売る気は無いけど、そういえば路銀が厳しいんだよな」
アッシュを加えた二人旅により当初の旅の計画を大幅に修正せざるを得ず、カイとしては近い内に何か手を打たねばならない状況だが、それはまた別の話である。
「その女神アイを使えば掘り出し物も見つかるかもしれないな。俺の刀はどれぐらいの性能かわかる?」
カイが興味深そうに刀を見せてきたため、女神アイで計測する。
「……攻撃力10ね」
「じゅっ」
「で、でも10あれば刀剣類としてなかなかのものだから」
フォローするがカイは少しショックだったようだ。
「ねえカイ、その刀の名前<ヒゲソリ>になってるんだけど……」
「ああ、昔そんな名前の名刀があったらしくて。あやかってみたんだ」
「ふ、ふ~ん……」
カイのネーミングセンスがそうなのか、彼の属する文化圏が特殊なのかアッシュにはわからない。ただ真顔で優しく見守るに留めるが、名前があるというのは悪いことではない。
「このメイスも<ああああ>なんて名前じゃあんまりだし、何か呼び方つけてみる?」
「こいつか、助けてもらったし何か良い名前でも……」
少し考えたカイが出した答えが<カチワリシモノ>だったためアッシュは頭を抱えた。
「ヘイ、プリーズ、渡しなさい。私がもうちょっと良い名前考えるから」
「う~んダメかな<カチワリシモノ>……」
それはささいな事故だった。
アッシュの伸ばした手と、カイが差し出したメイス<ああああ>。わずかな目測のズレでメイスがアッシュの手をほんの一瞬押す格好に。
――ドウンッ
瞬間、アッシュの身体が吹き飛んだ。攻撃力世界最強のメイスにほんの一瞬押されただけで、強大なパワーをその身に受けてしまったのだ。
「ぎゃぼあっ!!!」
何が起きたか、カイが理解できずにいるうちにアッシュが草地を転がり、岩に直撃したところでようやく止まった。
「アッシュ!」
追いかけたカイが目の当たりにしたのは、頭から流血して動かないアッシュの変わり果てた姿だった。
「……嘘だろ?」
呼びかけ、揺すってみるがアッシュは動かない。口からも大量の血を流し目は見開かれている。
「そんな……こんなこと……」
「げぼーっ! ゲホゲホッ!」
「ビビるわ!」
突如蘇生したアッシュに胸をなでおろすカイ。と同時に、まるで大事なものを失ったかような喪失感に囚われていた自分に気づき、意外な想いがしていた。
「……すまなかった大丈夫か? 意識はあるか?」
「うぅ……なんとか。人間なら死んでたわ」
「女神は頑丈なのか?」
アッシュが立てそうにないので担いで野営地に運ぶ。いわゆるお姫様抱っこであるが、双方にそんなことを考えている余裕は皆無だった。
「傷が……塞がっている?」
血まみれになったアッシュの顔を布で拭くと、その血が流れ出たはずの傷はもう治りかけていた。
「私の身体、生命力は人間より高いんだけど……。うん、一つはっきりさせておこうか」
「何を?」
「女神は基本的に不死身よ」
「不死身……」
思えば天界からアッシュが落下した時、あれほどのクレーターを作っておきながら本人は全くの無事息災だったのだから、今更驚くことではない。
「ただね……」
「何だ言いにくそうにして?」
「あなたに祝福をあげた分すごくパワーダウンしてるから、場合によっては死んじゃうかも」
「なっ」
自分のせいで――カイは思わず絶句する。そんな危うい状態で今まで過ごし、黙っていたのかと。
「じゃあその祝福の力、アッシュに返そう」
「え」
今度はアッシュが言葉をつまらせた。何故か目を泳がせ顔を赤らめ答えを探している。
「………………で、でででも。そうアレ、私は力があっても戦うことはできないから。またあの災獣のようなのが出てきた時、カイに祝福がないと」
「ん……そうか?」
「それに力ってしょっちゅう交換できるものじゃあないから」
「ふぅん……そういうことなら、この祝福は俺が預かっておくけど」
一つはっきりしたことは、この世界最強のメイスは危険極まりないということだ。売却するなどとんでもなく、人手に渡ればどんな破壊が引き起こされるかわかったものではない。
ひとまず毛皮と布で簀巻きにして“封印”し厳重に管理することとして、今後処分するにしろ保管するにしろ方策を練らなければならない。
「危うくメイスの名前が<女神殺し>になるとこだったわ」
「ひとまず、こいつの名前は<ガッデス>とでもしておこうか」
問題は他にもある。アッシュは傷の治りが速いとはいえ、今日はこれ以上歩かせるわけにもいかない。この日は夕刻まで進んで野営するつもりだったが計画変更とする。
***
二人が次に目指していたのは『サヒカウの町』。『カイドゥ王国』の中央あたりに位置する都市で、そこまでたどり着けば王都を目指す旅も半ばといったところ。だがアッシュに大事をとらせるためにも、途中スルーしていた村まで引き返し、そこで一晩泊まることとした。
「小さな村は魔物に襲われたりしないの?」
アッシュが単純な疑問を漏らす。今は一人で馬に乗せてもらい、カイがその手綱を引き歩いている。アッシュは馬を駆けさせてもいいと言ったが、こういう時のカイの頑固さはすでにわかっていたのでゴネることはしなかった。
「もちろん危険はある。大災厄の直後はいくつもの村が消えてしまったぐらいだ。けどハンターが常駐する村が増えると、簡単に潰されることはなくなった」
これから向かう『オーキー村』は小さな村だが、これより西はしばらく山岳部が続くため玄関口として利用する人は少なくない。
カイとしては旅程が遅れていたため通り過ぎたが、結局この村に戻ってくることと相成った。
「俺も初めて行く村だけど、名前は妙に聞き覚えがあるんだよな」
「それは重要な村だから?」
「いや、それ以外で何か理由があったような……有名なものでもあったかな?」
思い出せないまま街道の分岐路を曲がり、だいぶ歩くと村が見えてきた。夕刻までに到着できてひとまず安堵する。
オーキー村は山林に挟まれたのどかな村だった。農業や牧畜はあまり豊かとは言えないが、交易路として活用されるため村自体はそこそこ活気がある。
「見て、おっきな看板」
「『ようこそ』ってさ。あのへんから入ればいいのかな」
近づくと看板の文字もはっきり見えたが、その一文の予想外ぶりに二人はしばし言葉を無くすこととなった。
『ようこそ、勇者生誕の地オーキー村へ』




