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2_チンピラ

 ザマは偶々、ギルドの建物に入るスラムの子供を見かけた。

 ギルドに出入りするような人間とはとても思えない雰囲気に金の匂いを嗅ぎ取ると、建物の陰から盗み見るような恰好で子供が出てくるのを待つ。それほど待つことなく、その子供はかなり興奮した様子で、大事そうにポケットを抱えながら建物から出てきた。


 ザマはその様子を見て疑惑が確信へと変わった。

 慌てて仲間を呼び出すと、少年の動向を見張る。浮かれ顔の少年は待ち合わせでもしていたのか、突撃銃を背負った金髪の少年と合流した。


 ザマは面倒なことになったと舌打ちするも、どこか安堵していた。あのスラムの少年もまた、真っ当な手段で討伐クエストを完遂したのではないと確信を得たからだ。


 ザマもまた、過去に一度だけ参加したことがあった。


 大人のハンターにくっついて荒野に出るところまではよかった。だが、実際にモンスターと相対した時、根源的恐怖を呼び起こすモンスターの殺意に心が折れた。荒野を逃げ回り、気づけば名も知らぬハンターの死体を前に膝をついていた。ゲロ塗れになりながら死体を漁り、手に入れたのは赤く染まった討伐チケットだった。


 二度と荒野には出ないと誓ったが、荒野から生きて戻り、ギルドから報酬を手に入れたことで仲間内からは一目置かれるようになった。


 ザマはスラムの少年がモンスター討伐を出来たとは考えない。

 根っこには自分よりも弱そうなあの子供が、自分に出来ないことを出来るわけがないという思い込みがあった。

 そしてタイミングの悪いことに、突撃銃を背負った少年の存在があった。彼が憐れみ恵んでくださったと考える方が現実的であり、視野狭窄に陥りがちだったザマの中で推測が断定に置き換わったのだ。


 ザマは呼び出した仲間に自分の見解を伝え、ハンターの報酬をカツアゲすることに抵抗を覚える仲間を説得する。見た目も弱そうで、目につく武器も持っていない。一緒にいる突撃銃の子供がいなければカモだと説き伏せる。


 何より、討伐報酬はおそらく二万ジャッジ。自分たちの半月分の働きに等しい。逃す手はなかった。


 ザマが仲間たちを説得している間に、スラムの子供が突撃銃の子供と別れて動き始める。


 それが契機だった。スラムの子供が一人きりとなり、及び腰だった仲間も俄然やる気になっている。ザマは手にするはずの金の使い道を夢想しながら、子供の後を追った。





 外市街の外縁と内縁の境目。そこは都市の中で最下層に位置する人間が住まう場所である。

 より荒野に近い危険な外縁部のほうが住人も貧しいと思われがちだが、実際には異なる。

 外縁部は過去のモンスター侵攻の際に廃墟と化し、いまだに都市主導の復興計画が頓挫したままだった。都市の監視が届かないこといいことに、荒野に近い場所ほどモノ好きや訳アリの人間が住み着くようになり、絶大な実力をもって独自な生活圏を形成した。結果、力なき一般人は都市と無法者の緩衝地帯へと追いやられた。


 法と無法の境目ともいえる場所、そういう場所にエヌは住んでいる。


「ふへへ」


 エヌがだらしのない顔でポケットに手を入れた。ちゃりちゃりと硬貨の擦過音が心地よく、エヌの表情筋をさらに緩ませた。


『エヌ』


 エヌが歩くのは寝床へと向かう最短距離だ。既に大通りは遥か彼方、まだ陽のある内だと言うのに、奥まった路地裏は薄暗く人気がない。エヌが普段使いする通りではあるが、彼の孤独の因果が功を奏して、今までならば誰にも呼び止められることはなかった。


 しかし、アライメントと出会ったことでエヌの運命は大きく変容していた。


『エヌ』


 狭い路地の真ん中を陣取る少年がエヌの前に立ちふさがった。

 いつものようにエヌは少年に気を留めることなく、その脇を通り抜けようとする。

 しかし、進行方向を阻まれた。


『エヌ、ずっと後をつけられていたわ。目の前のソレと後ろの二人』

「な……」

「有り金をよこせ。痛い目をみたいのなら別だけどな」


 立ちふさがった少年はザマだった。上背はエヌより頭一つ分以上高い。組みあえば捻じ伏せられるのは火を見るよりも明らかだった。


 エヌは無意識に上着のポケットへと手をやった。

 後ずさりをして、目の前のザマから距離をとる。ザマは不気味に笑みを浮かべたままそれを許している。エヌは背後を振り返り、アライメントの言った通り二人の男が逃げ道を塞いでいるのを視認する。


「逃げられるとは思うなよ」


 嘲笑がこだまする。ザマだけではない、背後にいる男たちもへらへらと笑い声を発している。


「もう一度言うぜ? 有り金を出しな、痛い目を見たくなかったらな」

「断る!」


 エヌは腰に手をやり、ナイフを引き抜いた。その動作にザマの表情が硬くなるが、取り出されたものを見てすぐに弛緩した。エヌが取り出したナイフの刃先はゴム棒の状態から変化していなかったのだ。


『悪いけれど、エヌに力は貸せないわ』


 アライメントの拒絶の言葉に愕然とするエヌ。第三者から見れば、虚空を見て硬直するエヌの姿がある。それは絶好の機会だった。

 ザマの拳が振り抜かれる。エヌは頬への痛みとその衝撃に耐えきれず、後ろへとよろめき後ずさる。だが、いつの間にか背後に迫っていたザマの仲間がピーンボールのようにエヌの背中を跳ね返した。


 再びザマの真正面へと帰ってきたエヌの鳩尾目がけて、ザマの膝蹴りが突き刺さった。


「があっ……」


 膝から崩れ落ちてその場に蹲るエヌの上半身が無理やり引き起こされる。ザマがエヌの髪を掴んで無理やり顔を上に向かせたのだ。


「もう一度言うぜ? 有り金を出しな?」


 エヌは痛みで呼吸も困難な状態だったが、相手の意図を正確に理解した。理解したうえで唾を吐きかけた。ざまあみろと言わんばかりに、口の端を緩める。


「は? はああああああああ!?」


 ザマが激昂と共にエヌの頭を力任せに地面へ叩きつけた。

 頬に付いた唾を拭うと、地面に伏したエヌを見下ろしながら睨みつける。そして怒りを爆発させたようにエヌの胴を蹴った。蹴った。蹴った。何度も蹴った。


「おい、ザマ。やめろ、それ以上は死ぬ」

「クソが! ちょっと運が良かったからって調子に乗ってんじゃねえぞ」


 ザマの仲間が思わず止めに入るほど容赦のない猛攻を受けたエヌは身動きも取れずに呻き声を漏らすのがやっとの状態だ。攻撃の手は止まったが、すぐに身動きできる状態ではなかった


 そんなエヌの視界の外でガサガサと音がして、グラグラとからだを揺さぶられる。


「へへっ。手間ぁ取らせやがって」

「マジで二万も持ってたのか。簡単な割には美味い仕事だな」


 エヌは討伐報酬を奪われた。


「クソガキ。これからも頼むぜ。精々、あの坊ちゃんに媚び売って稼がせてもらえ」


 捨て台詞を最後に、足音が遠のいていく。






「」





「……」




「…………」



「………………」


 静寂が訪れた路地裏に小さな呻き声がこぼれた。


「くぅ、ぐぐっ、うう……」


 徐々に大きくなったそれはエヌの漏らした呻き声だった。


「くそ、くそくそくそくそくそ。ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな! 命を張って手に入れた金だったんだぞ。こんな風に奪われていい訳が無いだろ。許さない。絶対にだ。絶対。くぅ、ぐぐっ、うう……」


 かける言葉もなく、ただ無言でアライメントがエヌの事を見下ろしていた。


 やがて、呻き声が止んだ。

 エヌは痛みに顔を歪めながら、ゆっくりと立ち上がる。

 幽鬼を彷彿させるような頼りなく精彩を欠いた風貌は心あるものが見れば駆け寄るほどだ。

 しかし、近くには誰もいない。

 エヌに手を差し伸べる人間は誰もいない。アライメントと出会う前と同じだった。


 エヌは虚ろになった瞳を、無言のまま自分を見つめるアライメントへと向けた。

 それでもアライメントは何も言わない。感情のないガラス玉のような目でエヌの事を見返していた。


「アライメント……、あいつらをこの手でコロシタイ」


 アライメントは微笑を浮かべ、無言で小さく頷いた。


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