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1_スズラン

お久しぶりです。

新章を書き終えたので、またしばらくお付き合いして頂けたらと存じます。

 ハンターギルドの外市街第七支部には有名な受付嬢がいる。

 容姿端麗なのはもちろん、外市街にいるのが不思議なくらいの見惚れる所作、相手を引き込む言葉選び、才媛と一言で片づけてしまうには惜しい人物である。


 そういった目立つ人物であるため、当然ながらファンも多い。最寄りの支部より遠く離れたここ第七支部にわざわざ足を運ぶ輩もいるくらいである。偶々、訪れたのが第七支部だったというような新人ハンターの誰もが、彼女の虜になるのも頷けることだった。


 けれど、そうした評判の裏で陰口をたたく者もいる。

 ――曰く、詐欺師。

 ――曰く、拝金主義者。

 ――曰く、ギルドの総元締め。


 根も葉もない噂だと一笑に付すものがいる。曖昧に笑みを浮かべ言葉を濁すものがいる。声を荒げて、その通りだと主張する者もいる。


 噂は噂。されど、清廉たるかの受付嬢を【鈴蘭】と呼んだものがいた。続く者がいた。その声を耳にする者がいた。燃え上がった火はすぐに消えたが、いまもなお、くすぶり続けている。


 真実は定かではないが、【鈴蘭】の異名はハンターの間に確かに浸透しているのだ。

 繰り返す、真実は定かではないが……、だ。





 そして、エヌが報酬を受け取るために訪れたのが件のハンターズギルドの外市街第七支部である。


 色素が抜けた黒髪に、半透明の雨合羽を羽織り、ダクトテープで補強したボロボロのシューズを履く、薄汚れたスラムの少年然としたエヌとって、ギルドはやや気後れするくらいに綺麗な建物だ。


『それでエヌ。次の願い事は決まった?』


 ギルドの外観に気を取られていたエヌが、アライメントの言葉に喉を詰まらせる。


 アライメントはエヌにしか見えないし、聞こえない、存在さえも感じ取れない自称知性体を名乗る不審者だ。

 プラチナブロンドの髪と翡翠の瞳を持った美少女は、輝かんばかりの美肌に、えぐい角度のハイレグをしたチューブトップのレオタードと、肌を隠すのが目的ではなく、肢体を煽情的に強調するための薄衣を羽織った痴女スタイルをしている。この姿がエヌにアナログハックを仕掛けた結果の――、彼の嗜好に合わせた結果だということは、エヌ本人には開示されていない情報である。


「願い事、か――」


 アライメントが尊死(自称)から立ち直った後、最初にエヌに要求してきたのが願い事のおかわりだった。無論、エヌにだって我慢していた欲望のひとつや二つはある。すぐに思いつくところで、寝床や服装の改善を求めたが、すごくいい顔で却下された。


 理由を聞けば気が乗らないなどと、どうにも要領を得ない回答。エヌが単にアライメントにからかわれているだけという考えに至ったのも仕方のないことかもしれない。


「じゃ、億万長者」

『却下』


 アライメントは凄味のある笑顔で言った。

 願い事を叶える気なんて無いな、と内心で毒づきながらエヌは違う話題を探して視線を彷徨わせる。


「うーん、あ。でも、報酬の受け取り場所が違うのには驚いたな」


 エヌがギルドの建物を見ながら強引に話題を変える。


 アライメントと願い事の問答を経て、埒が明かないと判断したエヌは、ひとまず討伐チケットの換金を行うために工場跡地を離れ、ハンターギルドが設営されていた広場へと向かった。

 そして、伽藍としたその場所で呆気にとられた。

 仮設テントが撤去されて、ギルドの人間の影もない。討伐チケットと広場を交互に見ながら焦るエヌに、救いの手を差し伸べたのがアライメントである。


 アライメントは極上の愉悦スマイルでエヌの事を煽りに煽った。<検閲済み>で<検閲済み>だった。

 エヌの瞳からハイライトが失われる頃、ようやくこのハンターギルドの場所を紹介されて今に至る。


『討伐クエストを受けに来る人って、チケットを記念に貰いに来ただけの人や途中で怖気づく人なんかも多くてね。総数が膨大になって既存の施設だと捌き切れないことが多いの。対して、エヌみたいに討伐成功して報酬を貰いに来るのは全体の二割。そのくらいの人数になればギルドの施設で十分。討伐クエストの受注場所と報酬の受け取り場所が違うのはその成功率の低さが要因ね。あとは現場への移動サービスも考慮すると一か所に集めた方が効率がいいっていうギルド側の都合もあるわね』


 ふむふむ、と頷きながらエヌはギルドに入った。


 屋内なので、当然ではあるが天井がある。エヌは落ち着かない様子で天井を見上げた。何故なら、彼がしっかりとした屋根のある場所に踏み入れたのは初めての経験だったからだ。


『どうしたのかしら、エヌ。なんだか落ち着かない様子だけど大丈夫? おっぱい揉む?』


 エヌはアライメントの声かけに驚いたように視線を彼女へ向ける。セリフこそ心配している様子だが、その表情はいつも通り、愉悦の垣間見えるにまにまスマイルである。


「……しないよ」

『じゃあおしりでも触る? ハグでも構わないわよ。キミに必要なことだわ』

「どうせバリアが減るんだろ」

『おっぱいは6秒。おしりは8秒。ハグなら15秒くらいかしらね』

「だよな。命を天秤にかけてやることじゃない」


 エヌは呆れたように笑みを浮かべる。気づけば全身は程よく力がぬけてリラックスしていた。


 落ち着いたところで、エヌは改めてギルド内を見渡した。

 建物は大きく二つに分かれており、ハンター側のスペースとギルド職員側のスペースが頑丈な檻で仕切られている。

 一部の檻が切り取られて窓口が設けられており、今はいくつかの窓口は頭を垂れているようなシンボルが立てかけられて無人になっている。職員側に人がいるのは二カ所で、一つはこちら側にも人が座っており塞がっている。

 残るもう一つはというと、荒くれが群がって職員に話しかけている。迷惑げな職員が愛想笑いを浮かべている姿がみてとれた。


 と、エヌが遠巻きに様子を眺めていると、ちょうど荒くれから視線を外した職員と目が合った。見開いた職員の目がぱちくりと瞬きを繰り返し、徐々に細く鋭くなる。


「そこの君。ハンターギルドに何か用かしら?」


 突然の声かけにエヌがきょとんとする。個人として声をかけられたのが自分だと分からなかった為だ。

 その理由はエヌの性質が関係しており、その性質とは個として第三者に認識されないというものだ。アライメントという人間とは異なる自称知性体に出会ったことで変化が生じたが、まだそれがエヌの意識を書き換えるまでは至っていない。


「おーい、しょうねーん」


 ともあれ、エヌは誰かに注目されるという慣れない経験に居心地の悪さを覚える。しかも、職員だけではない、職員を囲んでいた荒くれの遠慮ない視線も混ざっている。


『ほら、エヌ。綺麗なお姉さんが呼んでるわよ。私ほどではないけれど。それに群がる強面の輩にも睨まれてるし、キミに彼女を取られて機嫌を損ねたんじゃないかしら』


 アライメントの指摘で彼らの視線を明確に意識したエヌは、気まずげな様子で職員の前に歩いていく。

 意外なことに荒くれ共は、エヌの邪魔をすることなく道を開けてくれた。

 てっきり、妙な絡まれ方をすると思っていたエヌは拍子抜けした気分で職員の前に立つ。


「いらっしゃいませ、小さなハンター君。本日はどんな御用かしら?」


「報酬を貰えるって、ここで」


「……なるほど、承りました。さ、私は仕事をするので、皆さんは散ってください。ほら、マードックさんも、オルガさんも、バニング氏、ウルス君も行った、行った。荒野でしっかり稼いできてください」


 職員は値踏みをするようにエヌを頭のてっぺんから足のつま先まで視線をうごかすと、何故か納得した様子で、周囲でその様子を見守っていた荒くれ共に声をかけ始めた。


「ほら、怖い人は追い払ったからね。これで落ち着いて話が出来るでしょう」


 エヌはにこりと笑う職員に気後れしながらおずおずと頷く。けれど、意識の方は散っていった荒くれ共に向いたままだった。彼らが去り際に残していった可哀想なものを見る表情が頭にこびりついていたからだ。


「ふふっ、それでハンターズギルドの利用は初めてかしら? 本日、お客様の担当をさせて頂くカズハと申します。それで御用件は討伐クエストの報酬を受け取りにと伺いましたが間違いありませんか?」


 カズハに話しかけられて、エヌは意識をそちらに向けた。聞かれたことに黙って頷くと、上着のポケットにしまった討伐チケットを探る。


「そうですか。あ、こちらはお近づきの印にどうぞ。試供品の回復薬になります。ハンター稼業は生傷が絶えませんから、あって邪魔になるものではありませんし」


「タダで?」


 エヌが取り出した討伐チケットをカウンターの上にのせると、探るようにカズハの顔を覗き込む。カズハは微笑を浮かべたまま、回復薬をエヌの方へ差し出し、一言断って討伐チケットを引き取る。


『遠慮なく貰っておきなさい。エヌがこのままハンター稼業を続けていくつもりなら必要なものよ』


 アライメントにまで言われては、エヌが遠慮する余地もなかった。試供品の回復薬を手に取ると、そのままズボンのポケットへしまい込む。


「え、これ……」


 ほくほく顔でエヌがポケットを叩くのと同じタイミングで動揺を口にしたのは職員のカズハだった。討伐チケットに書かれている内容を見て目を瞬かせている。


「おかしなことがあった?」

「いえ、問題ありません。確かに磨製ラビット二体の討伐を確認しました」


 カズハは言いながら、カウンターの奥から紙の資料を取り出す。


「本日の討伐報酬ですが、電子マネーと現金のどちらかを選ぶことが可能です。ハンターギルドでは初回の依頼達成に限り、ギルドより電子マネーで5000ポイントを付与させて頂くサービスを行っております。無論、これは電子マネーでの受け取りの場合になり、現金の場合は対象外になります。いかがなさいますか?」


「え、そんなの『待ちなさい』」


 アライメントのインターセプトにエヌが言葉を中断する。エヌの視線もカズハからカウンターに腰かけるように浮いていたアライメントの方、本来は何もない斜め上に向いたので、釣られて視線を送ったカズハが怪訝な表情を浮かべる。


『現金にしなさい』

「………………現金で」


「失礼ですがお客様。さきほどの案内は初回の依頼達成に限ります。次回以降は受け取ることが出来ません。それに電子マネーでの支払いであれば、討伐報酬から5%の手数料を取られません。それどころか依頼の成功回数に応じてポイントの付与がありますし、ギルドと提携している各種店舗との売買でポイント還元までありますよ」


 エヌはじいっと目力の圧を感じるカズハの言葉に圧倒される。言葉を覆しそうになるが、アライメントが視界の端で首を横に振っている。


「……げ、現金で」


 つっかえながら何とか答えると、エヌはこれ以上惑わされないように視線を足元に落とした。


(沈黙が辛い)


 エヌはかつて、いつも孤独だった。沈黙や静寂は彼にとって最も近しい友人であったと言える。しかしながら、この時、この場所に限りはそうなり得なかった。カズハの善意を振り切って、説明もないアライメントを優先した後ろめたさが、この沈黙を針の筵に変えていた。


「……さようでございますか。手続きの準備を致しますので、少々お待ちください」


 エヌが手汗の不快感を明確に感じる頃、カズハの方がようやっと口を開いた。

 エヌは反射的に顔を上げて、感謝でも述べようと口を開いたところで固まる。カズハの笑顔に気圧されて言葉が出てこなかった。彼女から得体の知れないプレッシャーを感じたからだ。


「どうぞ、そちらの椅子に掛けてお待ちください」

「あ、はい」


 カズハに勧められてエヌは大人しく椅子に座る。先ほどあったプレッシャーは露と消え、綺麗で美人のギルド職員がそこに座っていた。


 エヌは首をかしげながら、アライメントの方へ視線を向ける。


「……ぉぃ」


 カズハの作業を眺めていたアライメントにエヌがかすれるような声で呼びかける。幸いにもアライメントはすぐに気づいてエヌの方へ振り返り、彼の不満げな表情に応じるように静かに頷く。


『現金払いにさせた理由ね?』


 エヌが周囲にバレない程度に小さく頷く。


『だって、エヌの住んでる周辺は現金しか使えないもの。この周辺で買い物を済ませる気なら全然構わないけれど、そうじゃないでしょ?』


 エヌが思い浮かべるのは寝床周辺の露店。地べたに商品を並べただけの拙いものばかりで、現金以外の取引方法があるとは思えなかった。


『それに彼女がひっこめた紙の資料。きちんと読んでないでしょう? ポイント付与や還元は提示されたサブスクリプションの利用が前提よ。月末にお金が足りなかった場合は借金を証券化されて奴隷に近い扱いを受けることになるわ』


 エヌは思わずカウンターに視線を向ける。カズハが回復薬に続いて取り出した紙の資料は証拠隠滅が目的かのように引っ込められていた。確かめるすべはないが、アライメントの言っていることが本当なら恐ろしいことだ。


『それから、ポイントが使えるのは半年後。すぐに貰えるわけじゃないし、その間にサブスクをやめても貰えない。半年後までサブスクを続けた場合の費用を考えると、ポイントを貰えたところで総合的には微赤ってところかしら。カズハって子もいい性格してるわね』


 エヌは声も出せずに、唖然とした表情のままカウンターの奥でデータを打ち込むカズハを見る。ふとした瞬間に、彼女が顔を上げて目が合うが、恐ろしいほど冷えた目を向けられた。エヌが怯んだところで、営業スマイルに切り替えるのが尚更恐ろしい。


 そうこうしている内に、カウンターの向こう側でチーンと電子音が響いた。

 そして、何故かそれに連動して周囲からどよめきが起きた。


「討伐依頼の報奨金になります」


 エヌがどよめきの正体を確かめる前に、カズハが声をかけた。彼女は紙幣と硬貨を乗せたアルマイトの平皿をカウンターの上に置くと、すっとエヌの方へスライドさせる。


「手数料を差し引いた金額になることをご了承ください」

「え、あ、はい」


 生返事を返しながらエヌがアルマイトの皿を覗き込む。見たことのない紙幣と黒ずんでない硬貨があったが、その価値がわからず眉をひそめる。


『2万と620ジャッジね。命を張ったにしては安いわね』

「にまっ!?」


 思わず大声を出してアライメントを見る。第三者からは虚空へ視線を向ける行為なので、奇異の目で見られるが、それを忘れるほどの衝撃がエヌを襲っていた。


『ほらほら、呆けてないでお金を仕舞ったらどうかしら?』


 アライメントのアドバイスで我に返ったエヌは改めて現金へ視線を送ると、汗ばむ手で現金を掴むと、しまう場所に悩み、結局は上着のポケットへと押し込んだ。


「お、お邪魔しました!」

「またのお越しをお待ちしております」


 落ち着かない様子のまま立ち上がると、エヌはポケットに手を添えたまま頭を下げた。

 その様子を微笑を浮かべたまま一ミリも表情を変えず応えるのがカズハで、一見和やかな雰囲気のままエヌの事を見送る。


「ありがとうございました」


 頭を下げるカズハに背を向けてギルドの出口を目指すエヌだったが、何故か周囲から奇妙な視線を向けられていることに気付く。


「アライメント……。これ、大丈夫だよな?」

『大丈夫よ。気にせず堂々としていなさい』


 「あの【鈴蘭】が……」とざわめくハンターたちを尻目に、エヌはその場を後にした。去り際にカウンターを破砕するような轟音がしたような気がしたが、エヌは振り返らなかった。





 エヌはギルドの建物から出ると、緊張をほぐすように大きく伸びをする。


『お疲れ様』


 アライメントの慰労の言葉にエヌは小さく頷く。ポケットへ手を突っ込めば紙幣と貨幣の感触が指先をくすぐる。エヌは口元がゆるむのを堪えることが出来そうになかった。


「お、無事だったのか」


 正面から手を振りながら小走りで近寄ってくる少年がいた。櫛で梳かした金髪、スラムに似つかわしくない清潔な身なり、まつげの長い瞳が印象的な、エヌが討伐チケットを貰う際に関わりのあったあの少年だった。


「あんな風な別れ方だったからな。お前が一人で荒野まで出て、野垂れ死んでるのではと心配していたんだ。また再会できて何よりだ」


 痛いほど肩を叩かれてエヌが顔を顰める。だが、向こうは気にしていない様子で、嬉しそうに笑みを浮かべたままエヌの事を凝視していた。


「……なんだよ?」

「いや、朝の時よりも顔色がいいと思ってな。あの場所では随分と青い顔をしていたから……。そうか、あの時はお腹が減って苛立っていたんだな。あの後、ご飯でも食べてリフレッシュしたら、思考もクリアになって、討伐対象をどうにかできないかと、とりあえずギルドまで来たってところか。当たりだろ?」


 まつげの少年は勝手に納得してしまったので、エヌが口をはさむ余地はなかった。それに途中のイベントが所々抜け落ちているが、大筋はあっている。訂正する気もない。


「ということは、お前もまだ討伐クエストは完了していないのか。かくいう私も討伐数が足りて無くて明日に持ち越しになる。輸送先でトラブルが起きてしまってな、途中で強制帰還になったんだ。午後もきっちり時間を使えていれば達成できてたはずだったんだが……。あ、ホントだぞ、嘘じゃない」


「うん。それでトラブルって?」


「誰かがモールの未踏破域に侵入したせいで機械系モンスターが溢れたんだ。待てよ、結果的にモンスターは根こそぎ駆逐されたからギルドとしては大成功なのかもしれないな。そうなると……」


 まつげの少年はそのままぶつぶつと独り言と共に自分の思考に埋没していく。放っておくといつまでもやっていそうだったので、エヌは声をかけてこちらへ意識を向けさせることにした。


「おーい。討伐クエストが完了してないなら何しに来たんだ?」

「はっ、そうだった。教官のお使いで外市街のギルド支部巡りをさせられてるんだった。ここには名物受付嬢がいるらしいから気を付けろと言われてる。お前も気を付けた方がいいぞ。気付くとハンター稼業を辞められなくなってるらしいからな」

「なるほど」


 エヌはアライメントのドヤ顔を横目に神妙にうなづく。奇しくも彼女の忠告が無ければ借金を重ねたうえで、奴隷としてギルドにアゴでこき使われていた未来像をまつげの少年の言葉で補強される形になった。


「まあ、金銭が関わらなければ優秀な人だとも聞いている。もし、相談に乗ってもらったならその言葉は信用に値する。なんたって私の教官のお墨付きだ。大船に乗ったつもりでいろ」

「あ、ああ」


 今更、報酬を貰ったとも言い辛く、エヌは相槌を打つだけの機械である。


「それじゃあ、もう行くな。ああ、待て。これだけ話して、まだお前の名前を聞いてなかったな」

「……エヌだ」

「エヌか。聞きなれないが、覚えやすい。いい名前だな」

「アンタは?」

「ガー……。いや、ロウだ。教官からはそう呼ばれている。私もこちらの名前の方が呼ばれるのが好きだ」

「わかった。ロウだな。覚えておく」

「うん。エヌも無理をするなよ。磨製ラビットだったか、討伐クエストは破棄してもペナルティはない。ダメそうだったら諦めるのも肝要だ」


 ロウは真剣な表情でエヌに諭すと、短い別れの言葉を皮切りにギルドへと入っていた。


 一人取り残されたエヌは、熱で浮かされたように頬を上気させていた。


『ずいぶんと昂揚しているわね』

「名前を聞かれたのは初めてだった」

『あら、私は? なんなら名前まであげたのに忘れるなんてひどいわ』


 そう言って、泣き真似をするアライメントにエヌが慌てると、それに満足したように彼女はくすくすと笑う。それを見てエヌが不機嫌に頬を膨らませるのも今日だけで何度も行ったやり取りだった。


『キミにかかった孤独の因果が解消され始めている証拠かしら。そう遠くないうちに、普通の人と同じように人と関われるようになるでしょうね』

「おお!」


 エヌは明るい展望に歓喜の声を漏らした。


『例えそれがいいことだけじゃないとしてもね』


 アライメントの呟きはエヌには届かなかった。


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