3_ハンターギルドにて
この世界におけるモンスターとは、人類に対して敵愾心を抱き、その機能が停止するまで攻撃をやめないという異常行動を続ける兵器の総称である。
主に空想上の生物然とした異形や、機械との融合を果たしたキメラなど、その進化論に真っ向から喧嘩を売ったような姿から自然発生したとは考えられていない。
現時点で判明していることはコロニーと称される拠点から湧きだし、人類の生存圏を現在進行形で削り続けているということだけだ。
そして、エヌにとってのモンスターは死を象徴するものだった。彼に仲間はいなかったが、生活圏内を同じくする少年少女は存在した。
彼らもエヌ同様に日々の食事に困窮するような毎日を過ごしていたが、時折現れるのだ。「モンスターを狩ってくる」と宣言して、掃きだめから街の内縁へと旅立つ子供たちが。彼らは決まってどこかで銃を拾い、その力を過信していた。
そして、エヌが知る限り誰も戻っては来なかった。
「もんすたー」
エヌは呟く。いなくなった彼らがどのような気持ちでモンスター討伐に赴いたのかは計り知れない。そして、自身が同じ立場になったというのに不思議と湧き上がるものは無かった。
アライメントに導かれるように訪れたこの場所は、普段エヌが生活する町の外縁よりだいぶ壁よりの広場。日差し除け用のテントが設営され、その下には長机や資材が所せましと置かれている。
まだ日が昇って間もないというのに、既に人の列が出来ていた。並ぶ人間の柄は控えめに言ってよろしくない。肩掛けした突撃銃や腰に下げた大振りの刃物、そういった物騒なシロモノに負けないくらい剣呑な面子。物騒の擬人化ともいえるような者達だ。
『さ、エヌも並びなさい。ここがキミのハンターギルドよ』
アライメントは誘うように銀色の髪を揺らしながらエヌの前を歩く。その行く先は先ほどの物騒な連中だ。
エヌは思わず背に手を回した。ズボンに挟んであるナイフの柄の感触を確かめ安堵する。ナイフの刀身部分はゴム棒状に戻っているが、エヌにとっては唯一頼れる武器である。普段であれば近寄ることすら遠慮をしたい連中だ、警戒し過ぎても足りないくらいだった。
『モンスター討伐はハンターギルドから配布されているチケットが無いとお金にはならないわ。事後承認じゃないのはギルドの方でモンスターの生息数を管理したいという意図。それから武力をもった住人を把握しておきたいってところかしら』
「武力は……わかる」
エヌの視線の先は武装した大人たちだ。あんな暴力の権化が首輪もなくのさばっているというのは、街の住人にとってマイナスでしかない。手綱を握る必要性がある。
「でも、モンスターの管理は必要?」
『エヌが考えているのはモンスターが枯れることへの心配? 大丈夫よ。人類は現在進行形で滅びへ一直線。どれだけ倒したところで天秤が傾くことは無い。ギルドはモンスターの生息密度を一様にすることで、コロニーのアグロ化を遠ざけているの。だからエヌが考えてるより、ずっと消極的な理由で生息数の管理したいのよ、ギルドは』
エヌは慌てて周囲の大人の表情を窺った。どの顔も悲壮感はない。滅びに一直線な人類にしては随分と楽観的、緊張感のない表情だ。
『問題が表面化するのは50年くらい先ね。察してる人間がいたとしても、その時代の当事者ではないからね。お気楽なものよ』
「そうか……」
『エヌだってそんな先のことまで考えてはいられないでしょう? ひとまずは今日よ』
是非もなかった。エヌは小さく頷くと、武装集団の作る列へと並ぶ。
『列はしばらく動かないから少し眠るといいわ。こんな場所だけど出来るでしょ?』
「ああ」
エヌは地べたに腰を下ろすと目を閉じた。本来であれば命を投げ出すに等しい行為だったが、何故かエヌはアライメントの奨めに素直に応じた。理由は分からなかった。
▼
『……きて。起きて、エヌ』
エヌは周囲の人の気配に驚いて体を強張らせた。
『寝ぼけてるの? いくら私が傍にいるからって熟睡するのはどうかしらね』
「どのくらい……」
そういいながら空を見上げるのはエヌ。太陽はまだそれほど高くない。記憶の最後と照らし合わせても移動距離は少ない。
愉悦顔で見下ろすアライメントから視線を切ると、エヌは立ち上がり周囲を見渡す。
『一時間くらいかしらね? レム睡眠に移行しそうだったから起こしたわ。だいぶ疲れが溜まってるみたいだけど、本番はまだまだこれからよ?』
「わかってる」
背後には結構な人間が並んでいた。表情から常連と思われるハンターや、落ち着きなく周囲を見渡している者、大人からエヌと変わらないくらいの年頃まで、さまざまな人間が入り乱れている。
『こうして討伐チケットを求めて並ぶのにも理由はあるわ。配布されている討伐チケットは一様ではなく、討伐数と報酬に違いがある事。討伐の難易度が高いモンスターはもちろん、壁の外の武装では割に合わない相手もいる。報酬に見合った難易度の討伐チケットというのはそう多くない。エヌの実力ならさらに条件を満たす旨い討伐チケットはぐっと減る』
アライメントの解説を聞き、エヌは背筋が凍る思いをした。容易に想像できたからだ。不人気なモンスターや、達成不可能な難易度の討伐チケットが山となって残る事。そしてそういうカラクリを見抜けずにクソ難易度を選ばざる得なかった少年少女たち、帰ってこなかったエヌの知る彼らだ。
彼らは死ぬべくして死んだのだ。
『ふふふ。感謝しなさい……って、あら?』
おそらくはニヤニヤしているだろうアライメントが突如、素っ頓狂な声を上げる。エヌが釣られて顔を上げてアライメントの視線の先を追う。そこには大きなエンジン音をたてて広場に入ってくる装甲車の姿があった。
『今回の討伐で戦闘地域までの輸送を担当する車両ね。外市街の討伐案件で出張るには少しもったいないくらいの性能だけど、何か理由があるのかしら? 気になるわね……』
アライメントに問いかけられて、エヌは改めて車両の方へ注意を向ける。そうでなくとも、これから自分を戦闘地域へ運ぶ足だ、興味はある。しかし、広場内部に入った装甲車は他の列に隠れてしまった。このままだと見えづらい。
エヌは背伸びをして、何とか列の隙間から装甲車を覗こうとした。
『エヌ、後ろ!』
そして、ドンと背中を押されて前によろける。
この時、エヌの失策は姿勢を保つよりも誰にやられたかを気にして無理に振り向こうとしたところだ。だからその隙をつかれ、結果的に軸足を刈られて地面に倒れ込んでしまった。
「……誰がっ!?」
がばりと起き上がり、背中を押した犯人に向けて怒声を放つ。
そして、噛みつくような勢いで犯人に掴みかかろうとしたところで、意識の外から伸びた腕が万力のような力でエヌの肩を掴んで邪魔をした。
「坊主、横入りは禁止だ」
「触るな!」
エヌは我を失って拳を放った。舐めた口を利いた第三者に向けてだ。しかし、相手も見ずに放った拳が届くはずはなかった。放った拳は第三者の腕にからめとられる。押そうが引こうがびくともしない。
「放せ、おっさん!」
「はっ」
男は鼻で笑うと、エヌを引きずり倒す。体格差からくる一方的な暴力にエヌに抗う術はなかった。そのままいい様に体勢を崩され、強く突き飛ばされれば、エヌは踏みとどまれずに仰向けに地面に転がるしかなかった。
「このっ」
エヌは瞬時に跳ね起きると、今度は男に向かって掴みかかろうと一歩足を踏み出そうとする。
「おい、暴れるな」
今度は別方向からエヌに向かって手が伸びていた。肩に置かれた手は思ったよりも力強く無視も出来ない。エヌは舌打ちと共にその手を片づけることを優先すると決めた。
「邪魔だ」
肩に置かれた手を払いのけようとすれば、今度はその手を掴まれた。エヌはいらだちを隠さず、その手の持ち主へと振り返る。
「これ以上騒ぎになるとギルドが撤収する。いいから大人しくしろ」
エヌを諭すのは同じ年頃の少年だった。まつげの長い目に印象の残る少年。梳かした髪をセンター分けにしており、青い瞳の色と汚れのない白い肌が冷たい印象を抱かせた。
また、身なりも小綺麗で荒事に向かうには似つかわしくないし、卸し立てのような皺ひとつない服装はこんな場所では違和感の塊だった。唯一、この場に溶け込んでいるとすれば、それは肩から下げた武骨な突撃銃で、その気になれば一秒でエヌは肉塊になりそうな高性能なシロモノだった。
『エヌ。彼の言うことは本当よ。ギルドは些細なもめごとでも配布会場を撤収するわ。そして今日の仕事を失ったゴロツキの怒りの矛先が誰に向かうかまでは言うまでもないわね。生き残るためにもここは引きなさい、エヌ』
エヌは衝動を抑えながらアライメントの言葉に耳を傾ける。暴れるのは得策ではない。デメリットも提示された。我を張って無理をする場面ではない。そう自分に言い聞かせる。
「……分かった」
大きく息を吐いてから頷いた。エヌはスッと頭が冷える感覚に自分のことながら戸惑いを覚えた。こんなにも感情的になったのは記憶にない経験だったからだ。
「……ほら、並びなおすぞ。今からでもそれなりのにはありつける」
「ちょっと待ってくれ」
エヌは腕を引くまつげの少年に一言断りを入れて、元いた列に顔を向ける。その様子にまつげの少年は渋い表情を見せたが、エヌの様子が落ち着いていることをみて、見守ることにしたようだ。
仇敵である。
素知らぬ顔で前に並ぶ背中へ視線を向けている子供。黒革のベルトで胸部を巻いた乳バンド。鼠径部が覗くようなスリットの入った下衣の露出狂。錆色の髪と薄汚れた肌のストリートチルドレン。手作り感あふれるゴムサンダルでエヌの背を蹴った少女の横顔をエヌは頭に刻み込んだ。
エヌが踵をかえすと、横で同じように乳バンドの少女を見ていたまつげの少年が、今度は逆に腕を引かれるような体勢になり、慌ててエヌの後を追う。
「お前、討伐クエストを受けるのは初めてか? 安心しろ、討伐クエストはたくさんある。少々後ろの列になったくらいじゃなくならない。悲観することは無いぞ」
「いや、あ……」
悲観するべきだ、旨い討伐クエストは先に無くなるぞ。と言いかけてエヌは口を閉じた。そもそもこの少年、先ほど後ろの列を覗いた時、かなりエヌの近く、列の前の方に並んでいたはずだ。何の得もないのに並んだ列を飛び出してエヌの愚行を止めたお人好しなのだとエヌは気付いた。
「ごめん。アンタを巻き込んだ」
エヌは横目で隣を歩くまつげの少年の表情を盗み見る。少なくとも悪感情を抱いている様子はない。視界の端に映るアライメントは悪意に満ちていたが。
「お前は悪くないが、時と場所が良くなかったな。私の事は気にするな。さっきも言ったように討伐クエストは無くならない。少々後ろに並ばされたところで何の障害もない……はず」
「なんだ、締まらないな」
「私も今日が初めてなんだ。教官の指示通り早めに来たが……。そういう意味ではさきの私の言葉も当てにならないかもしれない。きっと教官は私が指示通りに行動した場合のことを想定して……」
「どうした?」
眉間に皺を寄せて唸り始めるまつげの少年の様子にエヌは戸惑い様子を窺うが、返答はない。助けを求めるようにアライメントに視線を向ければ、彼女は微笑を浮かべたままこう答える。
『この様子だと教官とやらに指定されていた討伐クエストが無かったら、さらに錯乱しそうな雰囲気ね。エヌ、キミが巻き込んだのだから最後まで面倒を見てあげたら?』
「……た、たくさん討伐クエストはあるんだろ? きっと大丈夫だ」
「そうかな、そうかも。うーん」
エヌは最後尾にたどり着くと、さりげなくまつげの少年に前を譲った。彼は譲られたことも気づかずに唸り続けている。
『エヌにも空気を読むくらいのことは出来たのね。人付き合いの経験が圧倒的に皆無だからどっちが前に並ぶか聞き返すくらいのことはすると思ってたわ。えらい、えらい』
「……」
▼
『もうすぐエヌの順番ね』
エヌはあれからまつげの少年と言葉を交わすことは無かった。今も目の前で不安げに背を丸めているまつげの少年はエヌを省みる余裕もないようだ。
「粉砕ワーム、粉砕ワームはっ……」
そして視界に受付の机が入った途端、エヌにもかろうじて拾えるくらいの声で同じ単語を繰り返しながら目を皿のようにしてそこを見つめている。
「粉砕ワームとは?」
『ペットボトルくらいの大きさの芋虫みたいな見た目のモンスターよ。鈍重な見た目とは裏腹に瞬発力に優れているから、一跳躍で大人の頭に届くほど高く飛ぶわ。そして口元がミキサーに改造されていて、取り付かれたが最後、その名の通り粉砕されてミンチにされることが請け合いのモンスターね』
「芋虫か。うまいかな?」
『エヌ、私の言葉聞いてた?』
エヌとアライメント。二人は合わせ鏡のように同じように首をかしげる。
千日手のようにお互いにピクリとも動かない状況は、やはり第三者の手によって打ち破られた。
「粉砕ワーム、あった。ラスト1枚。おお、神よ!」
唐突に歓声をあげるまつげの少年にエヌの意識が持っていかれる。どうやら無事にお目当ての討伐クエストを手にすることが出来たらしく、その危機の原因となったエヌとしては胸をなでおろす限りだった。
『よかったわね。キミが起こした騒ぎで不幸になる人はいなかったみたいよ。幸運の女神さまに感謝しないといけないわね。ね、エヌ?』
「そうだな」
エヌは素直に頷くと、自分の番が回ってきたので受付と顔を突きつける。
「一枚だけ選べ。長く時間をかけるようなら列を並びなおせ」
「あ、はい」
エヌの、子供の姿を見ても特に変わった様子もなく受付机を隔てて反対側にいる壮年の男は淡々と話す。考えてみれば、まつげの少年は同い年くらいだったし、乳バンドの少女もおそらく同年齢。子供が討伐クエストを受けること自体は珍しくもなんともないのだとエヌは己を納得させる。
「何かこれを選んだ方がいいとかあるか?」
『ないわ。キミがどういう選択をしても、私が全力で成功に導くから心配しないで』
にまあと笑うアライメントに含むものがあるのだと察しつつ、エヌは討伐チケットに目を向けた。討伐チケットは手の平に収まる程度の大きさの紙片に、シンボル化したモンスターの模様とモンスター名、必要討伐数と成功報酬が記載されている。
ここで問題なのはエヌが文字の読み取りに不自由であることだ。
(読めない)(読めてもどんなモンスターか分からない)(アライメントに聞けば)(時間が)
(数字なら読める)(写真じゃない)(シンボルでも危険度くらいは)
(お金はそこそこ欲しい)(欲張ると死ぬ)(難しいのもある)(簡単なのもある)
(旨い討伐クエストもある)(どれだ?)
エヌの手が一部は歯抜けになった討伐チケットの列を放浪する。
エヌは背中に嫌な汗を感じながら、最後には丸みのあるデザインで物騒な感じのしないものを掴み取る。
「……それか。あそこにある車に乗ればそいつがいるところまで無料で運んでくれる。利用するなら早めにな。もう大分出発してるからな」
受付はエヌの掴んだ討伐チケットを一瞥すると、何だか可哀想なものでも見るような表情で広場に停まる車を指さした。
「待った、違うのを選んで……」
「おら、とっととどけ。オレの騒音ラットよ、残っててくれよ~」
受付男の視線に不穏なものを感じたのか、エヌが再度討伐チケットの方へ手を伸ばすがもう遅い。すぐ後ろに並んでいた男がその大きな体でエヌを押しのけ、止めと言わんばかりにケツで大きく突き飛ばされた。
エヌは何とか体勢を立て直し、振り返って先ほどの男を睨みつけたところで、アライメントが間に割って入った。
『エヌ。ルールは守りなさい。二枚取ろうとしたと受け取られてもおかしくなかったのよ。そうなればキミが持ってる討伐チケットも取り上げられてたでしょうね。感謝こそすれ、あの男に怒りを覚えるのは筋違いだわ』
「ぐ……」
『まぁ、あの男はそんなこと欠片も考えてはいなかったでしょうけどね』
「ぐ……」
得意げに笑うアライメントをじっとりとにらみつけ、エヌは仕切り直すように嘆息した。
ペちりと両頬をたたくと、次は車に乗ってモンスターの狩場へと向かうのだと気合を入れ直す。
人員輸送のための車はバックドアから乗り込む方式で、次々に人が乗せられているようだ。そして、満員になったところから順次出発している。残り台数とまだ列に並んでいる人の数を比べても、席が足りないということはなさそうだ。
「おい、お前。こっちだ、無事に討伐クエストは受けられたか?」
まつげの少年がエヌに向けて手を振っていた。
エヌもそれに気づくと彼の方へと近寄った。
「お前も初めてだったんだよな。私には知識があって、お前を手助け出来たのに、自分の事に手一杯でそれをすることが出来なかった。せめてお前が選んだモンスターの情報くらいは……」
そういって、まつげの少年がエヌの討伐チケットを持つ手を掴んで引き寄せる。まつげの少年の表情が曇るのにそう時間はかからなかった。
「お前、とんでもないのを選んだな……。とりあえず、バスに乗ってしまおう。私だけでは難しいが、周りの人に呼びかければ少しは……」
『エヌ、駄目よ。あの車には乗らないで』
車に引きずり込まれそうになったところで、アライメントが固い表情のままで呼びかける。突如、抵抗をみせて立ち止まるエヌに、まつげの少年が訝し気に振り返った。
「どうした?」
「乗らない」
エヌは腕を振り払うと、二歩後ずさってまつげの少年の手に届く距離から逃れた。
「しかし、バスで荒野に出なければモンスターと出会うことすらだな……」
「なんとかする。お前はお前で頑張れ」
さらに追いすがろうとするまつげの少年を一蹴する。エヌの拒絶の背中にまつげの少年も何も言えずに見送ることしかできない。
そのまま受付の方まで戻ってくると、エヌはいらだちをぶつけるようにアライメントを睨みつける。
『……納得してないって顔ね。人気のない場所へ行きましょうか。ここで話していたら、エヌがおかしな人だって思われてしまうし。もう遅いかもしれないけれどね』
周囲の人の目を改めて意識すると、エヌは思わず言い返しそうになる衝動を抑えるように口を一文字に結んだ。
「坊主、怖気づいたか」「ママのおっぱいが恋しくなったんでちゅかー」「二度とそのツラ、みせんじゃねーぞ」「なっさけねーツラしてんな」「お使いのつもりかよ」
エヌは列に並ぶ連中の野次を苦々しい表情で受け止めると、恨みがましい視線をアライメントへ送る。当のアライメントはどこ吹く風といった様子でまるで動じない。
受付の列から完全に外れ、日陰のある場所で足を止めると、周囲に人の気配がないことを確認してから、エヌはばしんと拳を自身の手の平に打ち付けた。
「くそっ。言いたい放題言われた。別に怖気づいたわけじゃないのに……」
エヌは毒づきながら、車が出立する様子を暗澹たる思いで眺める。
『冷静になれば分かることだけれど』
遠目にまつげの少年が車に乗る様子があった。
『乗車している人達をノーチェックで通しているのがそもそもおかしいの。少なくとも、討伐するモンスターごとに振り分けるくらいのことはしてもいいはずよ』
エヌの視線がアライメントの言質の真偽を確かめる為に輸送車両の周囲を彷徨う。彼女の言う通り、車両に乗り込む人間に何かのチェックを行うこともないし、人員整理を行う人間もいない。
『私は言ったわよ。モンスターの討伐難易度が討伐クエストごとに異なるって。にも関わらず、同じ車に乗せられている。つまり、行き先はみんな同じ。強いモンスターも弱いモンスターも同じ生息域にいるような場所へ連れていかれることになる。つまりはあの車に乗れば強制的に最高難易度のモンスターとエンカウントする権利がプレゼントされるってわけ』
「は?」
エヌが呆け顔でアライメントへ振り向く。
『随伴するギルド付の高ランクハンターも同乗してるでしょうけど、彼らが手伝うことはまず無いでしょうね。それどころか拠点にモンスターを引っ張ってくる輩を率先して殺すかもしれない』
エヌはひりつくような感覚を覚え喉を鳴らす。
『あんなものに嬉々として乗るのは、よほどの蛮勇か愚者のすることよ』
車両がまた出発する。それはまつげの少年が乗っているはずの車で、エヌは言葉に出来ないわだかまりに眉根を寄せて顔を歪ませた。
『ところでエヌはいったいどんなモンスターを選んだのかしら? あの少年には随分な評価を受けていたみたいだけど……。あら、あらあらあら。これはまた可愛いモンスターを選んだものね。こんなに可愛いモンスターを好んで殺すなんて、エヌったらきちくね』
「……」
アライメントがエヌのもつ依頼書を覗き込み、紙片に描かれたウサギに一本角を生やしたようなシンボルを確認すると、にまにまと茶化すように笑う。
エヌは無意識のうちにナイフの柄に手をやった。
討伐クエストを受けに来たハンターの銃と比較すれば、それはとても頼りない。一度意識してしまえば、その不安や焦燥感は怒りに形を変わり、その矛先はアライメントへと向かう。
「アライメントがくれた武器がよわっちいからだ。銃とか剣ならもっとすごいのを選んでた」
『そ』
アライメントは口元に笑みをたたえたまま、エヌに向き直る。
「な、なんだよ?」
『ふふふ。それでは、私たちの戦場に参りましょうか』
アライメントが手を差し出した。
エヌは掴めるわけがない、と頭では理解しながらも反射的にそれに手を伸ばす。
『キミのそういうところ好きよ』
やはり空ぶった手をみて舌打ちするエヌに、アライメントは機嫌よさそうに歌った。