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2_ガチャ

「チュートリアル?」

「さ、あの光の柱の根元にエヌに必要なものが眠っているわ。行きなさい」


 アライメントがじれったそうにエヌを追い立てれば、エヌは理解の追いつかない様子で胡乱気に立ち上がると、おぼつかない足取りのまま光の柱の方へと向かう。


 距離にすればゴミ山二個分ほど。背後から付いてくるアライメントを時折振り返りながら光の柱の根元にたどり着くと、ゴミ山をゆっくりとかき分ける。


「訳が分からない」

「お互い様ね。願い事を聞いたら『腹減った』なんて返された私もそんな気持ちだったわ」

「ぐっ……」


 エヌは独り言のつもりで呟くが、しっかりと反応が返ってくる。それも少しとげのある内容で。エヌは生まれて初めての雑談を辛酸を嘗める思いでやり過ごす。


 その後は余計な言葉も発さずに無心でゴミ山をかき分ける。幸いゴミは細かく裁断済みで、どけるのに力が必要なものはない。ほどなくして手の平サイズの薄汚れた箱が光に包まれた姿で現れた。

 エヌは安堵したように嘆息すると、それを手に取った。するとそれまで光に包まれていた箱から徐々に光が失われ、程なくしてすべての光を失うと、辺りには宵闇が再び訪れた。


「これは?」

「旧世界において品質保持を目的として作られた容器ね。シュレディンガーの猫って知ってる? 知らなくても説明はしないけれど。その概念をベースにして開発されたもので、どれだけの時間が経っても中身の劣化がない優れものよ。ちなみに外側はありふれた樹脂素材ね。現在の技術レベルでも再現可能だから、頑強性、希少性の両観点から価値はないわね」


 アライメントの説明の半分も理解できず、エヌは眉根を寄せたまま手の中にある箱を睨む。軽く揺すってみるが、中から音はしない。みっちりと中身が詰まっているようで重心のブレすらも伝わってこなかった。


「それから、いまの技術レベルではこの容器から中身を無理やり取り出す方法は存在しないわ。無論、正規の手順を踏めばその限りではないけれど……。そのおかげで、旧世界の遺物がこんな場所に捨てられているのだから、エヌにとっては行幸と言えるわね」


 アライメントはそう言って、エヌの体に寄り添うと、手のひらに収まる箱に手をかぶせる。

 すると、箱の外部から幾何学的な紋様が光となって浮かび上がる。かちりと音をたてるとその光も治まり、アライメントの手も離れる。


「さ、開けてみて?」

「え、さっき無理やりはダメって……」


 エヌもアライメントの言葉の端々を拾いながら理解しようと努めている。

 アライメントの話では少なくとも、箱の中身を取り出す手段がないから価値がないと彼女が言っていたはずで、この箱も例外にもれず、開ける手段がないから放棄された遺物のはずである。開くはずがない。


「え!? あ、なにこれ……玉?」


 エヌの思考とは裏腹に、箱はあっさりと上蓋をずらせ、中からは緩衝材に包まれた光沢のある球体が取り出せた。ちょうど手の中に納まるサイズで、その材質は金属と言うよりは樹脂に近く、重みもそれほど感じない。


「使い捨ての携帯バリアよ。使用から約180秒の間、斥力フィールドを発生させられる代物ね。エヌに想像出来るように説明するなら、そうね。ハンドガンは分かる? 撃たれると頭がザクロみたいに弾けちゃうんだけど」


「そうなってるのを見たことはある。それがハンドガンの仕業?」

「本来、伝えたいのはそこじゃないのだけど、その通りよ。で、そのハンドガンを防げる防弾素材をやすやすと貫通するのがアサルトライフル。そのアサルトライフルを屁ともしないのが象。その象の頭をずたずたに出来るのが機関砲なのだけど……、その機関砲を無力化出来るのがこれよ」


「漠然とすごい」

「説明し甲斐のない感想ありがとう」


 アライメントが肩をすくめて半眼をエヌに向けるが、当の本人は携帯バリアと称された球体に夢中で、その視線に気付く様子はない。


「チュートリアルはこれでおしまい。この調子で次、行くわよ」


 ばっと、エヌの視界の端が明るくなった。先ほどと同じように光の柱が立ち上ったのだ。エヌは携帯バリアから目をはなして顔をあげると、その色とりどりに並ぶ光の柱にぎょっとする。


「あ、あのさ。今更だけどこんな派手なことを起こして大丈夫なのか? 騒ぎが起きて人が来たら……」

「大丈夫。私と同じでエヌにしか見えてないから。キミの視界をハッキングしてるのよ。事後承諾になるけど、別にいいわね? 健康被害とかもないから心配はいらないし」


「いいんだけど……。今度は多いな、アレを全部か」

「は? そんなわけないでしょ。いっこよ、一個。なに、さも当たり前のような顔で全部貰えると思ってるの? キミはそんなに甘い世の中を渡ってきてはいないでしょ?」


 思わず口の中で「たしかに」と毒づくのはエヌ。頭を掠めるのは過去の苦い思い出だ。彼にと、用意されたものなど一つもなく、常に余り物を奪い合う日々が続いていた。そう考えれば、たとえ一個であっても自分に用意されていることが贅沢だと感じる。


「ほら、にやにやしないでさっさと選びなさい」

「……う。そうは言っても、少し考えさせて」

「はりーはりー。考えたところで一緒でしょう? ほら、選んで。あんまりぐだぐだしてるようならちゅーするわよ?」


 光の柱は10個ほどか。エヌが視線をさ迷わせて躊躇うそぶりを見せていると、アライメントは呆れたような物言いで、エヌの正面を位置取ると、その目を覗き込むように顔を寄せてくる。


「……っ。キスとか出来ないだろ。第一アライメントが言ってたじゃないか。私には触れられない的なことをさ」

「どうかしら? ほら、さっさと選びなさい」

「いや、だから……!」

「さーん、にー、いーち」


 アライメントの翡翠の瞳がぐっと近づいて、エヌがとっさに一歩退く。

 アライメントが足元を宙に浮かせたまま体を傾かせて距離を詰めれば、エヌは体を後ろに大きく反らす。

 エヌがさらに逃れようと体を捻ろうとすると、視界の端から透き通るような肌色がチラつく。手だ、アライメントの手がエヌの頭を抱きしめるように伸びていた。


「!!!!?!?」


 極限まで視界に広がったアライメントの顔。

 ついで伝わる口元に触れるなにか。あたたかい。なにか。


 エヌは驚いて体勢を崩し、そのまま地面に尻餅をつく。後ろ手で地面に手を付き、背中から倒れることを避けはしたものの、視線はぺろりと舌なめずりするアライメントの口元に釘付けのままだ。


「携帯バリアのちょっとした応用よ。キミが頭の中で描いたソレをリアルに沿って添削した理想の口づけはいかがだったかしら? ちなみに携帯バリアのエネルギーを二秒消費したわ」

「な、な、な……!」

「なに、もう一度? 仕方ないわね、携帯バリアのエネルギーがさらに減ることになるけど、エヌが命よりもえっちなことの方がいいっていうのなら……あら?」


 アライメントがにやにやと笑みを浮かべながら腰を下ろせば、エヌはずざざざと、後ずさる。その様子にアライメントが首を傾げ視線で追いすがれば、エヌがその視線を切ってすくりと立ち上がった。


「む、無駄遣いはいらない」

「……そ。じゃ、さっさと決めて頂戴」


 アライメントはエヌの一部始終を見てむふぅと頬を緩める。

 愉悦に浸っているアライメントのことなど露知らず、エヌは目の前に広がる光の柱を視界に収めた。


「っ、……決めた」


 光の柱、そのうちのひとつを見定めると、そこへ続くゴミ山に足をかける。


「コンフリクトからの脱却は一度フリーズさせるに限るわね。あら、選んだのはそれ? どこかで見たことのある色ね。既視感があるわ」

「好きな色だ」


 エヌが振り返ってアライメントを見る。ばちこーんとアライメントがウィンクを返してきた。

 彼が選んだ柱の色は翡翠だ。


 エヌが光の柱の根元にたどり着き、先ほどと同じ要領で掘り始める。終始、アライメントがにやついてエヌの周囲を漂っていたが、それ以外に問題は起きなかった。エヌが羞恥心で死んだだけだ。


 エヌが発光物を拾い上げると、徐々に光が弱まっていく。ここまでは携帯バリアの時と同じ。顔を上げて見渡せば、何本も立ち上がっていた光の柱が姿を消していた。記憶を頼りに光の根元へと行けそうな感じはしたが、掘り起こすのは無理だろうと、エヌは手元にあるものを見て判断した。


 エヌが掘り出したのは樹脂製のグリップとそこから伸びた棒状のゴムだ。やわらかくて水平に持てば先の方は重力に負けてだらりと垂れている。用途も思いつかないが、薄汚れているし一見ゴミだ。携帯バリアの入っていた箱のほうがまだ見どころがあるなと、エヌは内心毒づく。


「元気がないわね」

「説明を」


 意味ありげににやにや笑うアライメントをエヌが憮然とした表情で視線をやった。


「旧世界の技術で作られた包丁よ。安全面に配慮に次ぐ配慮をした結果、そんな形になったの。安全装置が働いている場合はそのナリよ。人を叩いたところでケガ一つしないのがセールスポイントだったわ」

「旧世界が何なのかわからない。でも、そいつらは頭おかしいな」

「衣食住が満たされた人間は大小違えど概ねそんなものよ。エヌも早くそうなれるといいわね」

「勘弁。それで、どうすればいい?」

「安全装置をこっちで掌握するわ」


 結局のところ、最初に拾った箱と同じだ。とエヌは思っていた。

 現在の技術ではゴミ以下の価値しかないシロモノで、アライメントが何かをすると、途端に優れた遺物へと変化するのだ。


 アライメントがゴム棒に触れると、ゴム棒が圧縮されて平べったくなり片刃が姿を現した。真っ黒なその表面には汚れの付着は無く、光沢すら見受けられた。


「刃には触れない方が賢明よ。指が惜しければね」


 思わず手を伸ばしたエヌは、その忠告に慌てて手をひっこめた。そして疑わし気にアライメントを見やると、彼女は肩をすくめ首を左右に振った。


「自重で惑星の核まで到達する切れ味よ」

「漠然とすごい」

「説明し甲斐のない感想ありがとう」

「だって、じじゅう? とか、かくとか言われても分からんし」

「……。缶詰をあけるときにギコギコする必要がない切れ味よ」

「え、すごい……」

「切断という概念を塗り替えた人類史におけるターニングポイントにもなった技術の粋を集めた一品なのだけど、すごい缶切り扱いした方がいい反応とは……」


 アライメントはエヌをまじまじと見やる。正確には彼の持つ黒い刃を持つ短剣を。


「けれど、キミは本当にそれを引いちゃうんだね」

「ん?」

「いえ、忘れなさい。そして準備が整ったと宣言するわ。喜びなさい、エヌ。方針が決まったわ」

「準備?」


 ずびしと、人差し指を眉間へと突き立てられ、エヌはその勢いに喉を鳴らす。


「キミの願い事を叶えるために、これからモンスターを狩ります」

「もんすたー」

「ハンターズギルドで依頼を受けてお金をもらってご飯を買いましょう。だから、モンスターを狩ります」


 アライメントが言い放つ。

 その背中には徐々に白んで明るくなり始めた東の空が見えた。夜明けは近かった。


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