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7_復讐完了

 そこは空き缶や空き瓶、空容器が無造作に転がった薄汚い部屋だった。


 ザマはその部屋の光景に舌打ちする。


 一度目は、その日のうちにすべて使い切った。半月分の稼ぎに匹敵する金額だったが、成功体験の高揚感に踊らされてしまった。


 二度目は流石に彼らも自重した。それでも半分は使った。手元には半分だけ残っている。

 ザマはもう一度舌打ちすると、床で寝こけている彼の仲間を蹴り起こした。

 眠たげに目を擦る仲間にザマは吐き捨てる。


「行くぞ」


 当てはあった。この辺りを支配する集団ドウマン、その傘下に入れてもらう為の口利きをザマは見つけていたのだ。資金が足りず頓挫していたが、それもやがては解決する。ザマは手元に残っている資金だけでも手付金くらいにはなるはずだと考えた。


 そして――、


「がぁっ!」


 仲間が見せしめに殴られた。アシストウェアで増強されたパンチ力は人を漫画みたいに殴り飛ばす。


「どうやって稼いだ? お前みたいなスラムの屑が手品もなしにこんな金をもてるわけが無いだろ?」


 両隣にアシストウェアを装備した部下を配した男がザマ相手に凄む。

 男の名はミロ。スラムを支配する集団のひとつ、ドウマンに口利きをするという話だった男だ。今、ザマはその男に脅されていて、仲間の一人は殴られて昏倒している。


 不相応な金は要らぬ火種を生む。エヌ然り、ザマ然り、より強い力に食われるのがスラムのしきたりだった。ザマは降ってわいた幸運にそのことを失念していた。


「言う、言うから待ってくれ」


 仲間が脅しに屈して口を割った。誰が言うかなど、紙一重の差でしかなかったが、そんなことは棚に上げてザマは口を割った仲間を忌々し気に睨んだ。


「ふうん、討伐クエストを奢られているスラムのガキねぇ」


 ミロは不審気にザマ達へと視線をくゆらせる。ミロの仲間は明らかに信じていない様子で、暴力の気配を濃密に発している。ミロの合図が無いので留めているだけだ。


「面白い。ちょっと、そいつを連れて来いよ」


 ミロがひひっと下卑た笑みを浮かべた。





 エヌは頼りない足取りでギルドへと向かう途中だった。

 目頭を押し付ける右手は二重にぶれる視界を制御するため。黒ドレスに押し付けられた負債は着実にエヌの精神を削っていた。


 見るからに調子の悪そうな子供だ。だが、スラムの子供に差し伸べる手などない。見慣れた光景を特別視する住民などいないからだ。


 そんな状況だから、エヌに絡んだガラの悪い少年を咎める人間もいなかった。


 エヌは突如と背中に圧し掛かった一人分の体重によろめくも踏みとどまる。気安げに肩へと手を回し、体を寄せ付ける相手に心当たりはない。エヌは当然のように相手を睨みつけた。


「見つけたぜ、子犬ちゃん」


 エヌは呆気にとられ、そして記憶にある顔にその表情を凍らせていく。相手は二度、エヌから金を奪ったザマというチンピラだった。

 エヌが少し無理をしてでも報酬を取りに行こうとしているのも、彼にそれを奪わせるためだった。何故、金を奪わせるのかはアライメントの指示であり、それが必要な事だとしかエヌは聞いていない。ここで問題になるのは、エヌが報酬を受け取っていないので奪わせる金を持ち合わせていないことだ。


「おっと、喚くなよ。五月蠅いのは苦手なんだ。つい手が出ちまう」


 エヌが持ち合わせがないことを伝えようとするよりも先に、ザマが口元を封じる。視線で非難するが彼は応じる様子はない。意識を端末に向けて、操作することに集中している。


「よし、行くか」


 そしてそのままエヌは裏路地へと連れ込まれた。

 その一連の行動を咎める者はいない。二人の外見から、一文にもならないことを知っているからだ。


 エヌも抵抗しようとしたが、不慣れな視界が邪魔をした。あちら側に意識を奪われて肉体の制御権を失い、ザマのなすがままになっている。


 その間に、エヌはザマに連れられて裏路地を伝って奥へ奥へと連れ込まれる。途中でザマの仲間も合流し、辿り着いた先は行き止まりで、エヌが知らない男が3人たむろしていた。


「ミロさん、連れてきました」


 ザマが乱暴にエヌを突き出した。肉体の制御がままならないので、エヌはそのままバランスを崩して地面に倒れ込んだ。不幸中の幸いか、その強い刺激にエヌの意識がこちら側に引き戻される。


 エヌは一変した光景に混乱しながらも、立ち上がって近づく気配へ視線を向けた。


「話は聞いている。痛い目に遭いたくなかったら金を出せ」


 エヌよりもずっと大きい男は、エヌを見下ろしながらそれだけ言った。それ以上の説明は無く、エヌの様子をじっと窺っている。


「持ってない」

「痛い目に遭わせろ」


 正面に立つ男、ミロの両隣にいた男が出張ってくる。男の一人はエヌとミロの間に立つと、腕を振りかぶった。


 エヌは額でその拳を受け止める。ガツンと音が響いたが、痛みは無かった。

 振り下ろした拳を驚いたように見つめる男を一瞥し、エヌは深く息を吐く。


「金を出せ? 持ってるわけが無いだろ、スラムのガキに何を求めてるんだ? もう、うんざりだ。確かに誰かに覚えてほしいって、そう思ってた。でも、こんなのが欲しかった訳じゃない。魂? AP? クソくらえだ。親切にしたのに自分のクソ加減にうんざりだ。目を見せて? 知るか、路地に入り込んだだけで、どうしてこんな目に遭わなきゃいけない? こっちは一杯一杯なんだよ。お前らチンピラの相手なんか、もうやってられるか。くたばれ、クソ野郎ども!」


 エヌは啖呵を切った。これまでの理不尽をすべて吐き出すように声を荒げて喚き散らす。


「……もう一発だな」


 ミロが冷ややかな目で見下ろした。


「チッ、やれ」


 さっきエヌを殴った男が反応しないので、ミロがもう一人の肩を叩いた。男は困惑気味に腕を振り上げる。


『計画がパァね』


 アライメントがため息交じりに声を漏らす。


『ここで決めるわ。覚悟を決めなさい、エヌ!』

「とっくに!」


 アシストウェアを着用した男の拳が尋常ではない速度で打ち出される。けれど、エヌはそれをアライメントの指示なしでも余裕をもってかわした。


『一人も逃がさないわ。路地の入口を固めている奴からよ』


 エヌが反転し、後ろに控えるザマを含めた四人を隙間を縫うようにかわす。

 裏路地から逃げ出すようなエヌの動作に、動物的な本能を刺激されたチンピラが考えなしに追いかける。


「待て、逃げるな!」

「そっち行ったぞ、掴まえろ!」


 食事改善とAP操作によって強化されたエヌの身体能力は健康的な成人男性を優に上回る。初動で遅れたチンピラを突き放して距離をグングンあけると、あっという間に曲がり角の奥へ姿を消す。


「な? え、お前!」


 路地に侵入する人物を妨げるように陣取っていた男が、仲間の怒声に反応して振り向いたところだった。

 エヌは一気に距離を詰めると、男の直前で緊急停止、勢いを殺さず拳を目の前の鳩尾に叩き込む。


「あ、がっ」


 その痛みに膝を落とし蹲る男だったが、痛みに苦しむ前に命を奪われた。エヌが引き抜いたナイフは抵抗もなくするりと相手の眉間の真ん中に突き刺さっていた。


『遠慮はいらない。一気にやりなさい』

「ふっ」


 エヌは一息にそのナイフを振り抜くと、顔面を縦断して喉元へと切り裂いた刀身が姿を見せる。


『後ろから来るわ。怯まず距離を詰めて。大丈夫、私を信じなさい』

「いたぞ、よく抑えた」


 追いかけてきたのは2人。

 うつ伏せに倒れ込む男から逃げ出すように転進、エヌは曲がり角から飛び出してきた2人と距離を詰める。


『戦意の萎えてない方から叩くわ。右が先よ』

「こいつ、やる気か!?」


 エヌの思わぬ行動に一人が戸惑い足を止める。

 そして構わず突進するもう一人、そちらの正面へエヌが飛び出すと、急停止しようとする相手目がけてナイフを突き出した。顔を庇うように突き出した相手の手を縫って、エヌのナイフが眉間へと刺さる。


『出来るだけ酷くやりなさい』

「んぁぁああああ゛あ゛あ゛っ゛!!」


 ナイフを突き刺した相手から悲鳴が上がる。

 エヌは気にせず顔面を縦断して喉まで切り裂くと、力を失って倒れ込む相手を押しのけ壁へと叩きつけた。


『もう一人は殺さず、掴まえて盾にするのよ』


 エヌが静かに頷く。

 ナイフについた血を払うと、それがかかった残りの追手は声にならない悲鳴をあげた。


 エヌは錯乱する相手との距離を詰めると、相手のベルトと襟口を掴んで自由を奪う。そして、相手を肉壁にする腹積もりで身を隠し、勢いをつけながら角を曲がった。


 銃声が響く。


 エヌの肉壁を持つ手に銃弾の着弾した衝撃が伝わった。一つや二つでなく、たくさんだ。

 それでも怯まずエヌは足を止めない。勢いのついた肉壁は足運びが追い付かず、エヌに掲げられるような状態で肉盾を務めてくれている。


 豚のような悲鳴は着弾が二桁を超えないうちに止んだ。


『3、2、1、いま!』

「っだぁあああああ!」


 角を曲がりながら、銃撃にも怯まず、勢いを殺さずに走り続けたエヌが、アライメントの合図で掲げていた肉盾を投げた。


 野太い悲鳴と共に肉壁と衝突した二人が転倒した。人間1人を水平に飛ぶ速度でぶつけられれば、相手はタダでは済まない。よくてむち打ち、当たり所が悪ければ即死さえあり得る。


 銃を使っていたのは肉壁投擲に巻き込んだ二人だったのだろう。姿を晒したエヌへの追撃は無い。迎えるのはせいぜい、そのエヌを忌々し気に睨むミロの視線くらいだ。


 エヌが息を整えるついでに視界を巡らせる。

 エヌに絡んできた集団も真面に立っているのはミロを除くと二人だけになっていた。

 一人はザマ。彼は肉壁に運よく巻き込まれなかったようだが、人間砲撃という理外の出来事に呆気にとられて反応はない。

 そして、もう一人。ミロの指示で最初にエヌを殴ってきた男は、殴った手とエヌを交互に見ながら恐怖に満ちた表情を浮かべていた。


『気を抜かないで。気を引き締めなさい』

「うぁ、うぁああああああああ!!」


 エヌと視線が絡んだからか、最初に殴ってきた男が奇声を上げて飛び出した。叫びながら無防備に迫ってくるそれに、エヌが道を譲ると、その横を抜けてそのまま走り去った。


『あと二人ね』

「……あと二人」


 背後に悲鳴に近い叫び声を感じながら、エヌは正面に立つ二人の姿を見据えた。


「チッ、腰抜けが」


 エヌの上背を遥かに上回る大男、ミロがファイティングポーズを取りながら乗り出してきた。


「来いよ。スラムで過ごしやすいよう躾けてやる」

「だっさw」


 エヌが右手にナイフを携えたまま無造作に距離を詰める。ミロは無手で両手を顔に寄せて、体を左右に揺らしながら油断なくエヌを見据えている。


 ミロの間合いはナイフを持ったエヌと同じくらいだった。このくらいで届くかな、と目算した距離にエヌが踏み込んだ瞬間、ミロの体が一瞬の硬直の後、体を捻った。


【左足で踏み込め】


 エヌが迎え撃つように右腕のナイフを引いた瞬間、アライメントの反射実行の指示が飛ぶ。絶妙のタイミングで死地へと踏み込んだエヌの頬を掠めながら、ミロの右こぶしが振り抜かれる。


 一方のエヌは、体の流れに身を任せて左拳を打ち出す。丁度、クロスカウンターの要領で、ミロの右腕と交差した左拳が相手の頬を打ち抜く。


「が、がぁっ!?」


 ミロが姿勢を崩してエヌから見て右方に体を流す。それがエヌにとって右こぶしで顔面を撃ち抜くのに最適な位置だった。

 アライメントからの指示は無かったが、体の方は自然と動いた。ナイフを左手に持ち替えて、相手の顔面に対して振り下ろす右フック。加減なしの全体重を乗せた一撃は、異常な踏み込みの強さと、質量保存の法則を無視した埒外の質量をもって、とんでもない威力を生み出した。


「だむぅんッ!!!」


 結果的にミロの体が背中から落下してバウンドするほどの衝撃を与えた。白目を剥いて仰向けに倒れる様子から、エヌは無力化出来たと判断し残る敵性体へ注意を向ける。


 ザマはミロとエヌを交互に見返し、驚愕の表情を浮かべていた。


「どうしてだ!?」

「何が?」


 ザマが後退りを繰り返しながら吠えた。エヌはそれに相槌しながら距離を詰める。

 壁際に追い詰められたザマに逃げる場所はない。エヌがさらに距離を詰めた。あと半歩も詰めればナイフの射程圏内だ。


「どうしてそんなに強い? 同じだったはずだ。スラムのガキにモンスターを倒せるわけなんてない。内壁の坊ちゃんに倒してもらったんだろ? 八人に囲まれて、こんな一方的に、違うだろ? 現実ってやつはよぉッ!」


 ザマが右手を突き出す。その先には黒光りする拳銃が握られていた。

 エヌがとっさに身構えるが、身を隠す場所もなく、超至近距離。もはや外す方が難しい。


 銃声が響き、エヌが頭を仰け反る。

 チェンバーから飛び出た薬莢が地面に落ちてカラリと音を鳴らす。

 ザマの恐怖に満ちた表情が次第に喜色に染まら――なかった。


「……死んだかと思った」

『当たったところで痛いで済んでたわ。今のエヌならね』


 ザマが唖然とした表情で宙を見つめる。

 銃弾が空中に浮いていた。


『君の銃弾はエヌの額から十センチのところで私が止めたわ』

「聞こえてないぞ」


 ザマがもう一度引き金を引こうとする。

 しかし、それより早くエヌの一閃が銃身ごとザマの指を何本か持って行った。


「あ、あ、あああああ゛あ゛あ゛あ゛ッ゛!!」


 余りの痛みにザマがその場に蹲った。右手を抱え込むようにして体を丸める。

 そんなザマを、エヌがいつか自分がやられた時のように相手の髪を掴んで顔を持ち上げる。


「ズぁぅ、お前と俺、いったい何が違った!? 俺はモンスターから逃げた。お前と何が違っていた?」

『私ね』

「知るか、馬鹿」


 エヌはそう吐き捨てると、更なる問いが返ってくる前にザマの眉間にナイフを突き立てた。


「さて、あと一人」


 エヌが振り返って、投げ飛ばした男の下敷きになった片割れへと視線を向けた。

 成人男性の質量を超高速でぶつけられて、無事では済まない。エヌが昏倒した男を改めると、一応呼吸をしている様子があった。


『息があるわ。最後の一人よ』


 アライメントが追い打ちをかけるようにエヌに言葉を浴びせた。

 エヌは顔を歪めた。横目でザマを見る。既に事切れている。アレが諸悪の根源だ、そうエヌは思った。


「なあ、アライメント。殺さないとダメか?」

『キミが願って、私が叶える。先に願ったのはキミよ。約束は守らせなきゃ。絶対に殺させるわ』


 エヌが悔やむように硬く目を瞑る。どれだけ時間が経っても右手は動かなかった。


『もうすぐ人が来る。これ以上、猶予はないわ』


 エヌのナイフを握る右手が、自分の意思とは裏腹に振り上がった。


『もう一度言うわ。願ったのはキミよ』


 裏路地にエヌの絶叫が響いた。


やったぜ!

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