妹の綾の場合 その1
「……ただいま」
15分もかからずに俺は自宅へ帰宅した。
スマホを見れば理子からメッセージが届いていた。
【今度ちゃんと話したいことがあるから時間ちょーだいね♡】
理子よ、気持ちは正直嬉しいんだが、お前から告白されると俺は爆発してしまうかもしれないんだ……。
スマホを見ながら玄関で靴を脱いでいると、後ろから声がした。
「お兄ちゃん……帰ってくるのが遅いッ! 何してたらこんなに帰ってくるのが遅くなるの!? バカなの?死ぬの?お腹を空かせた可愛い妹のご飯を作るのは誰の仕事なのか分かってるの!?」
早口でぶわーっと捲し立ててくるのは一つ年下の妹の綾だ。
遅いと言われてもまだ17時30分なんだが……。
「遅くなってゴメンな綾、すぐにご飯の準備するから」
「どーせ理子さんと遊んでたんでしょ! お兄ちゃんはいつもいつもそう! 理子さんばっかり! 私と理子さんどっちが大事なの!?」
「そっ、そんなの二人とも大事に決まってるだろ……」
「なにそれ!? お兄ちゃんは理子さんのことを大事に思ってても、理子さんの方はお兄ちゃんのことなんてなんとも思ってないからね? 勘違い乙!」
酷い言い草だが、お兄ちゃんはその理子さんからさっき告白されて、何故か爆発までしたわけなんだが……。
綾の反応が怖いのでもちろんそれを口に出すことはしない。
「あーもうっ! なんかイライラしてきた! ランクマ潜って敵ぶちころしてくるっ!!!」
「ゲームもいいけど、ちゃんとご飯までには切りあげるんだぞー」
俺の言葉に返事を返さず、綾は自分の部屋へととんぼ返りしてしまう。
綾はFPSとギャルゲが趣味の非常に残念な引きこもり系美少女である。
大事なことだから二回言うが美少女である。
同じ陰キャでも死んだ魚のような眼をしている俺とは真逆の、非常に秀でた容姿の持ち主だ。
しかし彼女が生粋のゲーオタになってしまったのには少なからず俺の影響があったわけで……。
ギャルゲなんかが特にそうだ。
俺が中学の時にギャルゲにハマってしまったがゆえに綾にまでそれが伝染してしまったのである。
昔の綾は
『二次元の女の子にハァハァしてるとかお兄ちゃんマジでキモイ!』
と声高らかに俺の趣味をバカにしてきたのだが。
やったこともないのにギャルゲを馬鹿にするな!
と俺がその魅力を熱弁すると。
『そんなに面白いって言うなら私もやってみる。一番面白いの貸して!』
と言ってきたので俺の中で一番名作だと思うソフトを貸してやるとそれを1日ぶっ通しでグランドエンドまでクリアしてきたのである。
そして
『マジでヤバい……しんどみが深すぎる…KLANNADは人生だよ、お兄ちゃんっ……!』
と号泣しながら見事に手のひらクルーしてきたのであった。
まあ気持ちは分かるぞ妹よ、あのギャルゲは本当に感動するからな。
なんてことがあったのが俺と綾が中学生だったときの話だ。
一応断っておくけど全年齢版だからな。
「綾ー! ご飯出来たから降りてこーい!」
食事の準備を終わらせた俺は二階にいる綾へとそう呼びかけた。
「ちょっと待って、この部隊倒したらドン勝なの!
あっ! 待って! あっ、あっ、ダメっ、やっ、ダメっ、イっちゃだめっ! だめっ! 一人でイかないでっ!
イッちゃダメえええええええぇぇえっっっ!!!」
「お前は一体何と戦ってるんだ……」
その後、味方の特攻のせいで一位を取ることが出来なかった綾は、非常に不機嫌な様子で二階の自室から降りてきた。
「マジでさ、一人で突っ込むやつほんっとにイライラするわ……あいつ絶対リアルでも早漏だよ」
「こら綾、女の子がそんな言葉使っちゃめーでしょ」
「はいはーい……ところでお兄ちゃん、今日のご飯なに?」
「クックック……今日は綾の好きなハンバーグだぞ」
「本当に!? わーい! 綾、ハンバーグだーいすきっ!」
なんて具合である。
普段は生意気な妹でも、こうして好物をぶら下げてやれば可愛いもんだ。
可愛い妹。
しかし俺たちの間に血の繋がりはない。
俺の父親と綾の母親はお互いに連れ子同士での再婚であり、今は4人家族が一つ屋根の下で暮らしている。
中学二年生という非常に中途半端で多感な時期に親の再婚によって転校となった綾。
彼女は新しい環境に上手く馴染むことが出来ず、自分の部屋に引きこもりがちになってしまった。
そんな綾に対して仕事の都合で家を空けることの多い両親では上手く寄り添うことができず。
代わりといってはなんだが、年の近い俺がいつの間にか綾に懐かれることになり、こうして今に至るというわけだ。
まあ引きこもりがちな綾に、面白いから一緒にやろうぜ! とゲームを始めとしたインドア趣味を俺が布教しまくったのが原因だとは思うが……。
「ごちそーさまー! お兄ちゃんのご飯ほんとおいしー! あっ、今日フレの人と限定クエ行くから片付けおなしゃっす!」
「こら綾! 食べた食器くらいは下げなさいっていつも言ってるでしょ!」
「もう!めんどくさいからやっといて! 可愛い妹の言うこと聞くのがお兄ちゃんの仕事なの!」
身内贔屓を抜きにしても可愛いのは認めるが……こんなに我儘な子に育つなんて、ねえ?
しかしこの家に来たばかりの綾に比べれば今の方が断然いいのだ。
昔の綾は母親としか口を聞かず、俺に対しても最初は心を閉ざしていた。
学校に行きたくない、といつもいつも泣いていた。
あの頃に比べれば、たとえ不登校の引きこもりだとしても今の方が全然いい。
俺と一緒の高校に進学したいと言ってくれていたし、それをきっかけにして少しは外にも出てくれるようになるといいのだが……。
そんな風に綾のことを考えながら俺は二人分の食事の片付けを始めるのだった。