歪んだ歴史
「まさか、あなたたちが向かっていた場所が少尉と私がいる拠点だは」
一時間後、俺達は二人の男女を担ぎながら森から脱出していた。
それからしばらくして整備させた道に差し掛かると、脇道に休憩できる岩場があったので二人を座らせていた。そして持っていた包帯や薬などで負傷した二人を介抱しながら、言葉を交わす。
「まぁな、俺たちも目的地が一致してよかったよ」
この二人、男は『佐竹』、女は『戸谷』という名前で、ある軍隊に所属している上司と部下の関係らしい。その佐竹という男から敬語で『少尉』と呼ばれていることからもそれは明白だ。そしてさらに詳細を聞くとどうやら俺とミナリが目指していた集落地は彼らが拠点としている場所らしい。
「あまり我々のことはしゃべるなと言っただろ、佐竹」
「す、すいません。ですがやはり命の恩人相手ですから」
ただ戸谷は頑なに俺とミナリに不信感を抱いていた。もちろん彼女も助けられた恩は感じているはずだ。しかし、この不可思議な格好、異常な戦闘力、ミナリの変身を見せられてはなかなかに難しいだろう。特にミナリへ向けられる恐怖心は一向に消えない。
「やっぱりウチがこわい?」
「あ、いやその……」
そんな心情はミナリもとっくにお見通しだったらしく、ストレートに戸谷へと切り出していた。そして図星を突かれて戸谷少尉はたじろっていた。そんな様子の彼女にミナリは特に嫌な顔もせず、むしろ微笑みながら包帯を巻いている。
「そういうのは慣れとるさかい、気負いすることないで。昔からバケモンとか悪魔とかよう脅えられたわ。生物っていうのは自分と容姿が違うもんに対して奇怪な目を向けたり、恐怖するもんやし」
「……」
落ち着いた口調だが、若干含みのあるような言葉を重ねるミナリ。それを聞いて戸谷は黙ってしまう。
「それを踏まえても、あんたは異常なほどウチに怯えてんなぁ。もしかしてウチがあいつらみたいに変身したからか? さっきのアホ達となんか関係があるんか?」
そしてミナリはそのまま戸谷に優しく問いかけていく。その対応を見て、戸谷は流石に自身の態度がまずかったと反省したようで、深く頭を下げていた。
「す、すまなかった。事情を知らずに。今までの非礼を詫びる」
「いいんよ、誰しも事情があるって」
「いや、ただの私の差別意識だったんだ。本当にすまなかった。お詫びにあなた方には我々の詳細を話そう。もちろん拠点でも盛大にもてなす」
「急に気前がいいな……」
ただ、そのあまりの変わりようになにか思った俺は、つい横槍を突っ込んでしまう。
「クオンはん、茶化さない」
ミナリが俺のことを軽く叱咤した後に、戸谷少尉は頭を上げて、自分たちのことを語り始めた。
「我々は元々東京都と呼ばれる都市に住んでいたんだ。人口50万人。そこの住人は数々の職務に従事して暮らしている。そしてその街の治安を守る軍の職務もあるんだ」
「まぁ、妥当やろね」
「軍はその都市の警備にあたるものもいれば、近隣の小さな村に派遣されることもある。我々二人がまさにそれだ。今から向かっている拠点は数年前に配属された小さな村なんだ。もちろんずっといるわけじゃなくて、東京や他の近隣の村にも度々行き来して連絡も取っていた」
「なかなか統制されとるんやね。その大都市を中心に軍備の配置や情報の共有をしとるんか。でもその話だけやと、その軍部に権力が集中してるように感じんなぁ」
「確かに否定はできない面だ。ただ人が人を隷従するなどということはない。大昔はあったようだが、今はそんなことをしている場合ではないからな」
『場合ではない』。その言葉を聞き、俺とミナリの二人は眉をひそめた。
「我々人間は今、『トラツグ』と言われる種族と争っている」
「トラツグ……」
俺も彼女が言った『トラツグ』という名称を口からこぼしていた。その言葉はさっきフィオネが教えてくれた、鳥男どもの総称であった。その話を横で聞いていた佐竹も顔を暗くして、下に俯く。
「先ほど、ウチらが戦ったやつらのことやんね、トラツグって」
「トラツグは50年ほど前に突如として現れた。奴らは動物の力を宿したヒト型の種族で、自らそう名乗ったらしい。人間と同じく知性を持ち、そして人間以上の身体能力を有する。しかも姿を動物に変えることができて、とてつもない身体能力を発揮されるんだ。トラツグ1体の制圧には武装した隊員が5人は必要とされている」
戸谷はそのまま言葉を紡ぎながら、手を力強く握りしめる。
「やつらによって多くの人々が惨殺され、時には攫われ、その度に戦ってきた。私の親も兄弟も連れ去られたり、目の前で殺されたりした」
家族が殺されたと聞き、俺とミナリは少し顔をこわばせる。
特に俺は余計に心に来るものがある。この女は小さい頃の俺と全く同じ状況なのかと、自分の記憶がフラッシュバックする。俺は無意識に歯を食いしばっていた。
「なるほど。だから、同じように動物の姿を変えたウチのことが怖かったんやね……」
「申し訳ない……」
戸谷はそう言って、何とも言えない苦い表情のまま再び頭を下げていた。しかしミナリはそんな戸谷の肩に手をかける。
「顔を上げぇ。だからそんな気負いすることないんやって。家族の仇がウチとそっくりな獣さんやったらそら怖いし、受け入れがたいのは当然や」
「あ、あぁ……」
わずかに表情が緩んだと感じたミナリはそのまま戸谷の肩から手を離す。
そして二人のやり取りを見終わると、俺は過去の記憶を振り払いながら、話の中で感じた一つ疑問をぶつけた。
「お前たちがその村で警備していたのは分かった。だがよ、なんであの森にいたんだ? しかもあいつら2人いたんだぞ。今の話なら最低でも10人は兵士が必要じゃないのか? なんであんたらだけが?」
「そ、それは……」
その疑問に答えようとする戸谷だったが、どうにも歯切れが悪い。そんな彼女の様子を汲んでか佐竹は横から言葉をはさんだ。
「それは我々の部隊が少尉と私を除いて全滅したからです」
「なに!?」
「全滅……?」
全滅。その言葉でさらに場に戦慄が走る。俺も表情がさらに硬くなってしまう。佐竹は続けて詳細を話そうとするが、それを戸谷少尉は制止し、また自分の口で話し始めた。
「あぁ、近くの村に配備された部隊は元々25人。さっきまでいたあの森にたびたびトラツグの目撃情報があってな。しかも村人の失踪事件がずっと続いていた。そして上からの命令で、私をリーダーに据えた10人の部隊で、さっきの森へと入っていたんだ」
「なるほどな。それでやつらに出くわして、他の隊員もか」
「そう……だ。だが奴らの想定外強さに逃げ惑うのが必至だった。そしてこの様だ。階級が上なだけの無能なリーダーの私のせいでな……」
「そんなことはないです。皆、戸谷少尉を慕っていました、あの場合だって」
佐竹がその言葉を聞いて体を乗り出そうとした瞬間、俺は手で遮り、佐竹の動きを止めた。
「俺が聞いたせいだけどよ、熱くなりすぎだ。傷に障るぞ」
「す、すいません」
「こっちもずけずけとトラウマを話させちまって、悪かったな」
俺は申し訳ない気持ちになりながら、軽くため息をつく。というか俺もトラウマをえぐられたし、何とも言えない。とりあえず岩に立てかけていた大剣を担ぎこみ、その場から立ち上がった。
「休憩はそろそろにするか。あんた達もいろいろ限界だろうしな。とっとと拠点に帰ろうか」
そして俺は佐竹の手を取って立ち上がらせ、ミナリも戸谷を背負い始めた。そして俺は消沈している戸谷に語りかける。
「さっきの話は残念だったが、それでも拠点にはまだあんた達の帰りを待っている仲間が残ってるだろ? 早いところあんたたちの無事を知らせようや」
「あぁ。そうだな」
その言葉を聞くと戸谷の顔が緩み、そして瞳から微かに涙が流れていた。 複雑な感情を抱きながらも、俺達は村への道のりをまた歩き始めることにした。