トラツグ①
「よっと」
俺の他愛のない声が辺りに木霊する。そして空間に渦が出現して、俺、クオンはその中から外へと飛び降りた。
「ふう、着いたなぁ」
ガチャガチャという鎧の金属音を立てながら、俺は地面へと着地した。
「いっつも思うけど、景色があんまりにも変わりすぎてどうにも慣れんなぁ」
『ですが目的地はここであっているはずですよ、ミナリ様』
俺の声に続き、仲間であるミナリとフィオネの声が聞こえる。そして彼女は渦から降り立ち、その場に静かに着地した。するとミナリは辺りをじっくりと見渡し、始めていた。
「うぅん……、えらい森の奥に出たなぁ……」
「確かにな。ここに本当にいるのか?」
『トワがここの世界にいたのは確かです。しかしながらこの世界に初めて連れてこられたであろう時間軸から、5年3ヶ月は経過してます。なので不安要素は残りますね』
俺達がたどり着いた所は、どこかの森の奥深くであった。草木が生い茂り、野生の小動物が辺りに見え隠れしている。
そうして辺りを見渡して周りの様子を観察していると、俺達が出てきた後ろの渦は、徐々に小さくなって行く。そしてそのまま空間から完全に消え去っていった。
「ふぅ、次元トンネルが閉じたな。さて……」
俺達が使って来たこの『次元トンネル』は、場所を指定して異次元空間を移動する機能を持っている。だが永続して空間を開き続けるには膨大なエネルギーを要する。
そのため『次元トンネル』の機器が持っているエネルギーが尽きるか、あらかじめ消滅する時間を設定することで今のように自然に閉じていくのだ。
そして渦が消え去ったことを確認すると、俺はミナリと顔を見合わせた。そして耳元のデバイスに少し指を当てる。
「ところで肝心の『トワ』はどこにいるんだフィオネ? 時間軸まで観測できるんなら、場所もわかんないのか?」
『生憎ですが、そこまでわかりませんよ。ワタシを便利なナビとでも思っていませんかクオン?』
「お前も俺のこと何かと、こき使ってるじゃねぇかよ!!」
「まぁまぁ、ふたりともそこまでにしとき。こんなとこで口喧嘩始められたら面倒くさいがな。とりあえず森から出て、人がいるところを探しましょ。話はそれからや」
「はぁ、わかったよ」
『申し訳ありません、ミナリ様』
ミナリは呆れ顔をしながら、俺とフィオネのしょうもない言い合いに仲裁をする。フィオネはすぐに謝ったが、俺は納得がいかず、少々不満げに頭をかいていた。
「フィオネちゃん。こっから一番近い人の集落はあるか?」
『はい。ここから北東の方角におよそ3km先に人の集落らしき地形と反応があります』
「おおきに、フィオネちゃん。そんならそこに行きましょ。まずは宿と情報収集や、クオンはん」
「そうだな。時間が惜しいからな」
フィオネはネットワーク上に存在する『自律式のAI』であり、すさまじい情報解析能力を持つ。そのため、辺りの地形や生物の反応等を事細かに把握することが出来る。なのでミナリの質問にすぐに答えられる。
とはいえ限度はあるようで、今の俺の質問に答えられなかったのもそのためだろう。
「だがなぁ、こんな座標に飛ばされるとはなぁ。きれい景色なんだが、なんか妙だな」
「そうやねぇ。森にいる動物たちも、なんか怯えてるようやし。ウチらが突然現れたせいだけでもなさそうやな」
自然豊かで空気も澄んでる心地の良いはずの美しい森。だが先ほどから、何か妙な感じがしていた。ミナリが今言った通り、周りの動物が異常なほど怯えている。
そんな不可思議な感覚に襲われながらも、俺達はとりあえずフィオネの言った方向に歩き出した。しかし、道を歩けば歩くほどその違和感が増してくることになる。
「見ろ、周りの大木がえぐれてやがるぞ」
「この地面も穴ぼこやねぇ。なんかと戦った後のような」
「だな。おい、こっちは血痕もあるぞ。猛獣にでも襲われたのか? いや、これは……」
足を進めていくと、周りの木々は破壊され、地面もえぐれ、そして血の跡も見つかった。人が熊などの猛獣にでも襲われたのかと思ったが、それにしては破壊の跡が不自然なのだ。
発見したその跡は、斧のような刃物を用いた切り割いたものであり、確実に人為的なものであった。何か嫌な予感がする。そう不穏に思った途端、いきなり遠くの方で銃声音が鳴り響いた。
「ク、クオンはん!?」
「!?」
その音とともに鳥たちが声を上げて一斉に飛び去るのが見えた。
「おい、今の銃声だよなこれ?」
「この世界には、その技術があるみたいやね」
そして立て続けに木々が倒れる凄まじい轟音がして、更には人の悲鳴も聞こえた。俺は剣を握る手にわずかに力を籠める。
『音で感知は出来たと思いますが、発生場所はここから約200mです。そこに生命反応が4つ。そのうちの二つの生命反応が弱まってます』
「まじかよ……」
フィオネの言葉を聞いて、ミナリは俺の方向をすぐに向いてきた。俺はその視線は感じてはいたが、あえてそちらには振り向かずに、ため息を付きながら肩を落とした。
これは誰かが襲われている。そう考えて間違いなかった。
「どうするん? クオンはん?」
「こういうところが甘いんだろうなぁ、俺は。そんな暇はないはずなんだが……、仕方ないか……」
「ふふ、そういう所、ウチは嫌いやないで」
俺はそう言いながらも声の方向に走り出す。そんな俺を見て、ミナリは口を微笑ませる。
若干、気恥ずかしくなりながらも俺はミナリと一緒に走り出すのであった。