剣偽(けんぎ)相まみえる②
「なるほど……。中々に不愉快な提案だな」
俺は不敵に笑うアサギリの言葉を聞きながらそうだるそうに答えていた。ミナリとフィオネだけを先に行かせて俺を残す。分かりやすいほどの戦力の分断である。
そしてアサギリの横にいるカイキは装備を整えてやる気十分だ。次元トンネルも奴らが保有している以上、迂闊なこともできない。
「クオンはん。どうする?」
「着いていくのはいいのですが、この先にトワさんがいるという確証はまだありませんよ? 私たちの目的はあくまでも彼女の救出です」
悩んでいる俺を察してくれたのか、二人は心配そうな目で俺の方に語り掛けてくれた。
「…………っ」
そんな言葉をかけられて俺はまた少し考える。
俺達は様々な事件に巻き込まれながらも、妹の『トワ』を救うべく、共に行動してきた。
ここに潜入した事ついても、ちょっとした手掛かりがあるかもしれないという考えからであり、ここまでの事柄が待ち受けているとは想定していなかったのだ。
そしてフィオネが言ってくれた通り、先に進んだとしても本当に『トワ』がいる保証はない。
(トワ……)
妹に会いたい衝動、不安、妙な敵との相対。それぞれの感情や考えが頭を巡り、俺の額からは嫌な汗が流れていく。とはいえ今の現状、俺達に後退は出来ない。引くに引けないのだ。
だから俺は決断する。
「俺達にもう選択肢はない。まぁ俺が付き合わせてしまった結果だが。確かにトワの事は気がかりだよ。でも軍隊がトラツグと何らかの形で繋がっている以上、岡元少将ってやつに提示された場所に、トワがいるかも怪しくなってきた」
「それはそうやけど」
「それに逃げたところで簡単に逃がしてくれるとは思えないしな。下手すりゃこの次元トンネルから増援でも来るかもしれない。となると東京の地で戦闘になっちまう。トワを救うどころじゃなくなる……」
「ですがクオン、ワタシたちがあちらに行けばあなたは一人だ。それで本当に大丈夫なのですか?」
俺の意見には賛成してくれている反応を見せる二人であるが、同時に俺が一人になってしまう事を懸念してくれていた。多分、俺が無茶するのを知ってるからだろうな。弁解の余地はない。
「多少の無茶は許してくれよ。俺は大丈夫だから……」
正直大丈夫じゃないのだが、うまく言葉が浮かばない。だからとりあえず、そんな言葉を言ってごまかしながら、俺は二人に軽く微笑み返した。
「それよりもお前らの方が気をつけろよ。その薄気味悪い男のことだ、どうせ、その先にでも罠がありそうだ」
俺はそうして軽くアサギリを睨みつけた。相変わらず、不敵な笑みを絶やしていない。見るのが嫌になり、俺はまた二人に視線を戻した。
「分かったわクオンはん、先に行ってるわ。だけどウチらの事が心配なんやったら早いこと来てや」
「待ってますよ」
二人はそう言うと、そのままアカギリの方を向いていた。
「お決まりの様ですね? では行きましょうか」
そうしてそのままアカギリは次元トンネルに入っていき、ミナリとフィオネも続けて渦の中に入っていった。
それを確認すると、俺は持っていた大剣を構える。そして前方に居座る男を眺めた。
「クオン。全くもって不愉快な存在だよお前は」
「カイキ……」
三人が消えた後、カイキは俺に向かってそうぼやいていた。そして言葉を続ける。
「それにしても『トラツグ』の拠点に、ほいほいと連れて行かせるとは馬鹿やつだ。何の見返りもないのにな……」
「見返り?」
「そうだ。アサギリは自分たちの真意を話すと言っていたが、そんなことを知ったところでどうすることもできないよ。無駄なことをしたな」
そして挑発にも似た言い回しで、俺を煽る言葉を吐いてくる。だがこいつの言葉には慣れている。
「無駄かどうかはあいつらが決めることだ。それに本当にその渦の先に『トラツグ』の拠点があるなら、さっきも言ったが俺達に逃げる選択肢はない、どうにかして進むしかないんだよ。それとな……」
俺はそう言葉を交わしながら、口元を歪めていく。
「ここにお前が立ち塞がる時点で、トワがいるのがほぼ確定したよ」
「お前、何を言っている?」
確かに、今の俺の言葉は事情を知らない他人が聞いたら全く脈絡もないし、不自然だ。なぜこの男が道を阻むことが妹のトワの存在に繋がるのかと。
だが俺はこいつを知っているからこそ、その結論が出ていた。そして少々歓喜していた。
「お前は昔から俺以上に『トワ』に執着していたのは知っている。さっきから『トワ』って言葉が出るたびに、何度も顔色を変えていただろ。少し言葉を訂正するが、まだトワの存在は断定できない。だがこの先に手掛かりがあるのはお前の反応からばればれだよ。つくづくそのマヌケ顔に出るな」
「ちっ」
俺はお返しとばかりに、思い切りカイキは言い負かしてやった。奴は苦渋の顔を浮かべて舌打ちをしていた。そして奴は被っていた黒のフードを乱暴に外したのだった。
現れたその顔の左目には一本の深い傷が入っており、髪はこげ茶色でぼさぼさしている。そして目元にはクマが走り、かなり目つきが悪い。
さらに、彼の鎧に通っているラインが黄色く光り始め、同時に持っていた二つの剣も紋様を浮かべながら発光し始めていた。
「ほう」
俺はそれを見ながら、大剣の刃の側面を手の甲でコンコンといつものように軽く叩いた。そして体に力を込めると、大剣と共に鎧が青く発光を始めた。
「クオン、お前はここでさよならだ。その減らず口を言えないように、その首かっ切って、便所にでもぶち込んやるよ」
「はっ、それはいろんな意味でごめんだね。それにな、俺はここでお遊びしてる暇はねぇんだよ。てめぇをとっとと突破させてもらう!!」
そして俺達は会話を終えた。
「ぜやああぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
「うおぉおおぉおおぉお!!!!!!!」
次の瞬間、俺は距離を詰めて、カイキと剣を交らせていた。まさに一瞬、辺りに風圧が発生し、建物が大きく揺れていた。




