トラツグへの認識
日は沈み、東京の街には夜が訪れる。
街の人々は自分の家に帰り、設置されていた街灯や家からの明かりがこぼれるのみ。昼間の活気は収まり、そこは静寂に包まれていた。
そんな時間に俺達はというと。
「はっはっは!! いやぁ、兄ちゃん達には感謝しきれねぇよ。どんどん食ってくれ。べっぴんなお姉さんも食べちゃって食べちゃって。魚しかねぇけどな」
「いやいや、うちはお魚さん大好きやから全然気にしいへんよ。流石魚屋さんや、新鮮で美味しいわぁ。なぁクオンはん」
「あぁ。こりゃうめぇな、米も進むよ」
「そう言ってくれると嬉しいねぇ。へへへ」
俺達は昼間に関わった魚屋の主人の家へと招かれていた。食卓にはその魚屋の主人、そして俺とミナリとフィオネが座って並んでいる。そして俺達はそこに出された魚料理を食べていた。
焼き魚に煮つけ、刺身、揚げ物と店主の言う通りの魚料理ばかりではあるが、どれもかなり美味しい。そして美味しそうに食べる俺達を見て店の主人も嬉しそうだ。
「しかし良かったのか? 俺達はなんもしてねぇぞ。売り上げたのはここにいるフィオネだし、物資を大量に持ってきたのもフィオネだ。貢献なんて皆無だ、なのに俺たちまでこんな……」
「いやいや。あんたがこの嬢ちゃんを紹介しなけりゃ、店が大盛り上がりすることも無かったし、結果オーライよ。商売人は損得勘定で動く。こんだけ稼げれば、施設の案内だけじゃ、おつりが余りすぎる。兄ちゃん達の恩返しくらいはしなけりゃなぁ」
店の主人はそう言いながらにこにこと顔を微笑ませていた。
店の主人はフィオネの異常すぎる功績の恩を返すために、俺達に料理を振るってくれていたのだ。俺ははっきりと何もしていないと店の主人に言ってのけたが、彼からすれば感謝せずにはいられなかったんだろう。
「全く昼間会ったばかりの時はそっけなかったくせになぁ」
「手厳しいな兄ちゃん。だが何度も言うが、商売人は損得勘定の生き物なんだ。あの時はあの時、今は今だ。昼間の時は水に流してどんどん食ってくれよ」
「そうかい」
「クオンはん、結構に根に持つねんなぁ」
ただ俺は昼間の店主の態度がいまだに引っかかっていたので、少し態度に出てしまっている。そのことに対し、ミナリは呆れてながら突っ込んでいた。
「ところで今回の最功労者の嬢ちゃんだが。この娘は一体何をしてるんだい? コンセントを体に刺してるように見えるが?」
しかし上機嫌な店の主人でも、今のフィオネの状況に対して怪訝な表情を向けていた。
フォオネは俺とミナリに挟まれながら目をつむって座っていたのだが、出された料理には手を付けていなかった。それどころか部屋の天井に吊るされた電球のソケットにコンセントを繋ぎ、それを自らの体に刺していたのだ。
これには理由がある。ミナリの体は機械そのものなので、稼働するためにはある程度の充電は必須なのだ。こうやってコンセントを繋ぐことで、エネルギーを補給している。
そして奇妙に思う店の主人に対し、フィオネはすっと目を見開いて彼の方向を見た。
「不思議に思うかもしれませんが、これが私の食事です。せっかく料理を振舞っていただいて申し訳ないですが……」
そう言うと再び目を閉じてフィオネは黙り込んでしまった。説明不足にもほどがあるが、あれこれ話すことでもないだろう。
「まぁ気にしないでやってくれ。とりあえず飯は俺たち二人で食べるから」
「あぁ、あぁ。わかった」
店の主人は本当は完全に理解出来ていない表情を浮かべていたが、致し方ない。だが会話が止まってしまうのが、あまりよくないと感じたのか、代わりに別の質問をこちらに投げかけてきた。
「そういえば昼から会った時からも気になってたが、あんたたちの服装も全然見慣れねぇな。ずいぶん遠くから来たのかい? 武装もすごいし、なんかと戦ってきたみたいな様子だな」
「みたいやなくて、ほんまに戦ってきたんやで。『トラツグ』っていう変身する獣たちと」
「ト、トラツグ!? そりゃ本当かい!?」
『トラツグ』という単語を聞いて、店の主人は声を荒げて驚いていた。そしてその慌てた様子にクオンとミナリも少々困惑する。
「あ、あんたもトラツグについて知ってるのか?」
「あぁ、知ってるとも。奴らは獣の力を持った怪物で、確か50年ほど前にどこからともなく現れたとか聞いたな。そして奴らはいつしか人間を襲いはじめ、虐殺したり、さらったりもしてたみたいだ」
店の主人がそう語るとその内容を聞いたミナリは俺に近づいて来て、耳打ちをしてきた。
(戸谷はんが言ってた内容とほぼ一緒やねぇ)
(あぁそうだな)
そして小声で会話を済ますと、俺達は再び主人の方に視線を向ける。
「しかも勢力も増して今や、軍の管轄する街を襲っているらしい。どうやって増えているのかはわからないが。まぁ俺は遭遇したことはないんだがな。ハハハ」
「なに? 会ったことがないのか?」
「あぁ。他の小さな村とかは知らないが、東京出身の者達は『トラツグ』には会ったことがないんだ。むしろあんた方は珍しいぜ、どういうわけかこの東京にはトラツグが出ないんだよ。『トラツグ』ってやつらの生態は定期的に開かれる軍の教育講義で間接的に教わるくらいなんだ」
「東京には全く出現しない。なんか変な話やなぁ。すっごく騒がれていたと思ったのに。まぁそもそもあいつらの根城がどこにあるんかは知らんけど」
店の主人の話を聞いているがどうも妙だ。前線で戦っていた戸谷達と比べて、トラツグの知識は乏しく感じる。一般人だからそこまで情報を知らないのかもしれないが、どうにも危機感がないのがおかしい。
そして東京にはトラツグが出没しないという点。敵対している組織があるなら主力都市である『東京』に目を向けるのが普通だと思うが、攻めてきた様子はないらしい。
しかし、ミナリの疑問に対しては店の主人はすんなりと答えてくれた。
「根城は東京から半年くらいの距離って聞いたな。まぁ外に出ていく奴らにしか関係ない話だ。俺達はただ自分の生活で手一杯だからな、ややこしいことは軍人さんのお仕事だ。さてと」
店の主人はそう言ってその場を立ち上がる。そして食べ終わった食事を手に持って下げていく。
「あんたら、この街の用事は終わったんだろ? ということはもうこの街を出るのか? しっかり休まねえとな。二階の空き部屋を使ってくれ。毛布ぐらいしかないがな」
店の主人は三人にそう語りかけながら、台所に向かって食器を洗い始めた。そして俺とミナリは顔を合わせる。
「どうするクオンはん?」
「そうだな……」
ミナリに問われた俺は少し頭の中で考える。そして考えがまとまると、口を開いてミナリに粋な言葉を返した。
「深夜のデートにでも参りますかい? ミナリ殿?」
「不愉快です、クオン!!」
「痛ってぇぇ!!?」
冗談めいた言葉吐いた俺は、目をつむるフィオネさんに思い切り塗ん殴られた。




