アルバイトのフィオネさんリターン
先ほどの資料施設を後にし、俺達はフィオネを預けた魚屋へと歩いていた。
ただその受け取った書類を眺めながら、俺は眉間にしわを寄せていた。それを見てミナリは不思議に思い、俺に声をかけてきた。
「どうしたん? なんか手掛かり掴んだのに腑に落ちない顔してんなぁ」
「妹の手掛かりが見つかってうれしいはずなんだが、どうも引っかかるんだよ。なんか足りないような、違うような、よく分からん変な感じがするんだよな」
「変な感じ?」
「あぁ。トワのてがかりに辿る着くのが、あっさりしすぎているというか、簡単に見つかりすぎというか。うまく事が運びすぎてる気がしてなぁ」
「まぁ、手掛かりが速く見つかるのはいいことやないんか? しかもや、ここに来るまでにいろいろあったと思う。絶対に順風満帆ではなかったと思うんやけどなぁ」
確かにミナリの言う通りである。ここに来るまでに結局、三度も戦闘を行った。特に鴉のトラツグにはかなり苦戦した。ここまでの道のりはつらかったのは確かだ。
だが先ほど資料室に案内していた岡元少将のあの反応。あれがあまりにも不信すぎるのだ。そこがずっと引っかかっていた。
「さっきの男、岡元少将と呼ばれていたあいつだ。あいつがどうも怪しすぎるんだよ。色々隠してそうだしな」
「あぁ、さっきの強面の方やね。まぁ確かに少し様子もおかしかったなぁ。嘘が下手なんやろうか?」
「あいつ、『トワ』の資料を見たときに何故か言葉に詰まってたろ。何よりも気になったのが『トワ』の名前が、『この世界じゃ珍しい』って言いやがったことだ」
「この……世界……」
俺はそう言って疑念をミナリに投げかける。するとミナリも俺の考えを察してくれたようだ。
「普通、自分の世界を『この世界』なんて表現するか? 本来なら『この街じゃ珍しい』って言うだろ? この大正もどきの文明もまだまだ発展途上、そしてここでは『次元トンネル』が日常で使われている痕跡もない。確かに俺達みたいに外から来た存在なら『この世界』なんて言い回しをしてもおかしくない。だが、ここの住民たちが使うのは違和感しかない」
「そうや、確かにそうやな。ということはあの人は『次元トンネル』を知ってるってことなんの? つまり軍の人らがそれを把握してること? 意味が分からんなぁ」
「可能性はなくはないな。ただ戸谷や佐竹達は知らなかったように感じたな。もしかしたら軍にいる一部の奴が知ってるのかもしれない」
「そう考えると、この世界の軍隊も、きな臭いなぁ……」
俺が思ったその違和感を二人で話し合ううちに、徐々に雲行きが怪しくなってくる。この世界は、自分達が思っている以上に複雑でとんでもないことが起こっているのではないかと邪推してしまう。
「それやったら、この貰ったその資料もけっこう信憑性に欠けそうやなぁ。まぁ、あの強面の人自身がそもそもに虚偽も含まれてるって堂々と言ってはったけど」
「ただ、ここまで言って何だが、あまり深読みすぎても憶測の域は出ないんだよな。とりあえず、フィオネの元に戻ろうぜ。あいつを受け取ったら宿屋にでも止まってじっくり考えよう」
俺はそう言って、持っていた書類を再び仕舞いこむ。そしてフィオネを預けた魚屋へと足を進めていく。
そして店が見えてきたタイミングで俺達は急に声をかけられた。
「お~~~い!!! 兄ちゃん!!!! 帰ったのか!! 見てくれぇええ!!!」
「ふあ!?」
なんとフィオネを預けた魚屋の親父が、かなりの大声で話しかけてきたのだ。いきなり声をかけられて、変な声が出てしまう。そしてどういうことかと、店の方を見るとその様子にクオンは驚いた。
「げ!!? 全部無くなってやがる!!」
なんと店に陳列していたあの大量の魚が、完全に売り切れていたのである。更には店の奥に箱詰めに置かれていた予備の魚も、きれいさっぱり無くなっていたのだ。
思わず、俺も大声を出してしまう。
「兄ちゃん、あんがとよ!! あの子めちゃくちゃ商売の才能あるよ!! まさか、ものの数時間で明日売り出す分の魚まで売り切っちまった!! 客の引き込み、品の紹介、プロ顔負けだよ。いやぁ、最高だよ!!」
「ほ、ほんまに無くなっとる。すごいなぁ、フィオネちゃん」
その活躍っぷりに隣にいるミナリも呆然としている。しかし肝心のフィオネが見当たらない。そう思っていたら後ろからちょうどフィオネの声が聞こえてきた。
「クオン、それからミナリ様、お帰りでしたか。手掛かりは掴めましたか? こちらはうまくやっておきましたよ」
「フィ、フィオネ。お、お前これ全部売り切ったのか? いったいどうやっ……うげぇ!!?」
「フィ、フィオネちゃん、そ、それなんや……」
俺はフィオネの方を振り返るとさらにその姿に驚嘆の声を上げてしまった。横にいるミナリも口を大きく開けてしまっている。
それもそのはず、なんとフィオネは魚がはみ出るほど詰め込んだ籠を、両手に持ちながら大量に積み上げていたのである。
「うおぉおおお!!! 嬢ちゃん!!! そ、そんだけ釣ってきたのか!!! 流石だよぉぉ!! なんて最高の人材だ!!!」
店の主人も興奮のあまりまた大声を出して喜んでいる。当然ながら周りの連中もその異様な光景に驚き、皆が一斉に立ち尽くしてしまっていた。
しかしそんな周りの様子など、どこ吹く風の様子。そしてフィオネは無表情のまま俺達にこう答えた。
「あ、とりあえずこの魚食べます?」




