アルバイトのフィオネさん
「かなりにぎわっとんなぁ……」
「まったくだ、戸谷達の拠点とはえらい違いだ」
あれから30分後、俺達は『東京』の街並みを歩いていた。なんで30分かかったのかは聞かないでほしい。
とにかく地方から旅人と言って、東京の内部へと入らせてもらう事が出来たのだ。かなり危なっかしい感じはするが、危機感が薄いのだろうか。
そして入った街の風景は本当に日本の大正時代のようなものであった。都市というだけあって大勢の人が歩いており、車などもちらほらと見かけられる。
そして近代的な建物や古めかしい構造の建物が混在しており、文明の発展途上を感じることが出来た。
他にも総菜や食料品売り場のお店もあり、人だかりも出来てかなり活気がある様子だ。店の主人の声も大きく響いている。だが目的はこの街の観光でも何でもない。妹の手掛かりを探しに来たのだ。
「しっかし、戸谷達が言ってた軍の本部ってどこなんだ? 建物が多すぎてどこかわからんぞ」
「う~ん、そうやねぇ。軍人さんを見つけられたらええんやけどなかなかおらへんしなぁ。門で聞けばよかったんかなぁ? フィオネちゃん、なんとか位置の検索とかできひん?」
「検索は既に実行済みですが、それが該当しそうな施設が複数にありましてね。どうやら軍の本部も役割ごとに複数点在しているようです」
「ったく一つの建物に集約してほしいもんだ。しらみつぶしに探すのは時間がかかるぞ」
俺とミナリは街の風景を見渡しながら、フィオネは検索機能を使って目的の施設を探索する。しかしながら早くも行き詰ってしまっていた。どうしたもんか。
「おぉい。そこの見慣れない格好の兄ちゃん! どうだいうちの魚、見ていかないかい?」
そんな時だ、ある魚屋から急に声がかかってきた。別に無視してもよかったのだが、ちょうど煮詰まっていた所なので、聞き込みもいいと思って俺は二人を促し、そちらに足を向けた。
「あぁ、すまねぇなおやじ。せっかく声をかけてもらって悪いんだが、今は人探ししててそれどころじゃねぇんだわ」
「ほぉ、この『東京』で人探しか。そいつは大変だろぉ。うちの魚でも食って元気出さねぇといけねえんじゃないか?」
店の主人は40過ぎの中年男性だった。角刈りであり、いかつい顔つきのずっしりとした体型の人物であった。店の前には新鮮な魚が大量に、そして種類豊富に置かれている。
異世界という事もあって俺達が知る魚とは微妙な違いもああったが、どれも美味しそうだ。ただ相手は商売人、会話をうまいこと自分の商売へと持っていく。そういうところは流石である。ただ金を使ってる暇はない。というか金なんかないのだ。
「お、兄ちゃん、べっぴんさんの彼女さんもいるじゃないか。羨ましいねぇ。隣には可愛らしい妹さんかな? 兄ちゃんどうだい家族全員で景気よくぱぁっと買って行っておくれよ」
「べっぴんなんて嬉しいこと言ってくれるやないの。でもすまへんなぁ、おやじさん。ウチら文無しなんや。本当に人探しのためだけに『東京』に寄っただけやねん。期待には添えんわ」
「なんだい、そうなのか。そりゃこっちこそ、呼び止めて悪かったなぁ」
しかし本当にお金がないと分かると、商売気質の主人もすぐに魚を買わせるのを諦めたようだ。なのでこのタイミングで俺は質問をしてみることにする。
「呼ぶかけてくれたのもなんかの縁だ。すまねぇが、ここの街で『住民の記録』を管理してる軍の施設を探しているんだが、知らないかな? そこを利用して人探しをしようと思ってるんだが」
「兄ちゃん、店の物も買わずにそれは流石に虫が良すぎるぜ。俺は聖人君主じゃない、商売人だ。要求にはそれ相応の対価が必要なんだ。買ってくれたら教えてやるがな」
「まぁ確かにそうだわなぁ」
店の主人もそこまでお人よしではないらしく、答えてくれないようだ。なんとか善意で頼み込んで主人を説得するのも手かもしれないが、この主人はなかなか頑固そうだ。
ここは手っ取り早く済ませたい。なので俺は店の主人の意見を汲んで、ある提案を店の主人に投げかけた。
「じゃあ、こいつを働き手としてちょっと貸すのはどうだ?」
そう、俺はフィオネの肩にポンっと置いてそう言い放ったのである。
「「「はぁぁぁぁ~~~~!!?」」」
当然ながら、その場にいた俺以外の三人は驚嘆の声を出していた。
「クオン!! 何を言っているんですか!!?」
「クオンはん、ほんまや何言ってるんや!!」
「兄ちゃん!! な、なにもそこまで……」
そして、三人はもはや驚きを通り越して呆れてもいるように感じる。しかし俺は本気も本気である。
「いやぁ、こいつがどうしても働きたいみたいでさ。なぁフィオネ、そうだよな。めちゃくちゃ働きたいよな。魚も大好きだよな」
白々しい演技だろう。しかし、俺の顔を見てフィオネはその意図は理解したみたいだ。そしてものすごく嫌そうでめんどくさそうな表情をしながら、ため息を吐いていた。
「はぁ分かりましたよ。やればいいんでしょやれば……。ご主人、ワタシ、サカナスキ、ハタラカセテ」
俺のごり押しにめちゃくちゃ呆れているのが分かるが、フィオネは店の主人の側に近づくと、棒読みで魚好きをアピールしてくれた。うん、すまんフィオネ。
「お、おい。あんたの妹さんじゃないのかい? いいのか、結構な力仕事もするんぞ。だいたいこの嬢ちゃん、商売なんかやったことあるのか? 無茶だぞ!?」
「無茶もへったくれもねぇの。なぁ頼むよ。それに見かけで判断はやめた方がいい、力仕事とかなら絶対に役に立つ。だからさぁ、場所教えてくれよ」
「うぅん……」
まぁこんな無茶な提案をいきなり切り出されて困るのは当然だよな。こんなこと言われるとは思わんかっただろうしな。店の主人もかなり唸っている。
「なぁ、おやじ。結局どうなんだ!? 受けてくれるのか!!?」
「い、いやぁ、そうは言われても、うぅん……」
だが俺は納得するまで言い寄る覚悟だ。苦悩する店の主人に俺はどんどんと詰め寄る。
「うぅん、こっちが下手のはずやのに、なんか変な光景やな……」
ミナリは横で尤もなことを言いながら、こちらのやり取りを眺めていた。




