狂気迫る
「う~ん、風が吹いて気持ちいなぁ。サイドカーやし、楽やわぁ」
「このペースであれば5時間35分で到着可能です」
「はぁ、バイクでもこれだ。歩きで行くと考えると恐ろしいもんだよ」
数十分後。自身の体を得たフィオネと共に、俺達は目的地の東京へと向かってバイクを走らせていた。周りには建物や動物と言ったものは全く見かけないので、速度をかなり飛ばしている。
このバイクは両方にサイドカーがある特別仕様である。サイドカーの右にはフィオネ、左にはミナリが座っており、そして俺はそのバイクを運転している。こんな見た目だからかなり運転がし辛いと思っていたのだが、意外なことにかなり動かしやすい。横に乗るミナリとフィオネも気楽そうだ。
「でもまぁ。早く東京に行って帰ってこんとなぁ。戸谷はんと佐竹はんの村のこともあるしな」
「あの村でひと悶着あったからなぁ。また襲われでもしたら、このペースで向かっても間に合うかどうか」
「クオン、あなたが弱音を吐いてどうするんですか?」
「はぁそうだったな、悪い……」
そうはいってもやはり不安に思うのは致し方ないことだ。村を出る前にトラツグの強襲があったし、それに戸谷達の精神的危うさが、その心配を助長させるのだ。それは俺だけでなく、ミナリもフィオネも同じく思っているだろう。
とは言え、フィオネの意見は正しい。いつまでも暗くはいられない。気を取り直して、しっかりと目の前を見据えた。
「えっ!?」
しかしその時だった。フィオネが何か驚いた表情を浮かべて、そして険しい表情を見せ始めた。
「どうしたん? フィオネちゃん?」
「なんか感知したか?」
「は、はい」
俺の言葉に軽くうなずくフィオネ。本当に何かを感知したらしく、フィオネの表情は少し悪い。ただそれでも伝える必要のある事実の前で彼女は重い口を開いていた。
「トラツグです。ものすごい勢いでこちらに接近しています。森や村で戦った個体とは比にならないくらいの力を検出しました。二人とも、今すぐに武器を構えてください。クオンは難しいかもしれませんが……」
「マジか……。ちっ、確かにこんな状況じゃうまく振り回せないがよ」
俺はそう言われて、ミナリのサイドカーに置かせていた大剣を悔しそうに見つめる。
「ウチが構えるわ。クオンはんはできるだけ運転に集中を。フィオネちゃんもいくで」
「はい、ミナリ様!!」
ミナリが長い黒刀を構えると、フィオネも二本の小刀を両手に持ってその場で身構える。そして数分後、後ろから急接近する何かを二人の視界を捕らえていた。
「あれは? か、鴉……?」
ミナリがそう呟くと、俺も一瞬後ろを振り向く。
するとそこには黒い翼を広げた『大きな鴉』がいたのである。そしてこちらに向かってすさまじい速さで急接近してきた。相手もこちら側を補足すると口元を歪めて嬉々として叫び始めた。
「ヒャッハァァァァァアアアァァーーーーーーーーーーー!!!!!!!!! 宴の時間だぜぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!」
瞬間、その鴉の飛行速度が一段と加速する。そして無茶苦茶な動きでこちらへと更に接近してきた。この鴉の攻撃を得物で受け止めて、なんとか突進を流そうとしていたミナリとフィオネだったが、そのせいでタイミングがずらされてしまう。
そして鴉は足の爪を広げて機体へと激突した。
「くう!!??」
「ぐぅぃぃいいい!!??」
「がはぁ!? な、なんだ!!?」
タイミングをずらされたものの、ミナリとフィオネは二人がかりでその鴉の攻撃をなんとか受け止めた。しかしながらその突進力はすさまじく、運転していたバイクは跳ねるようにぶっ飛んだ。
まさかぶっ飛ばされるとは思っていなかったのでかなり肝が冷えたが、なんとかハンドルをうまく切り、バイク本体を着地させることが出来た。そしてなんとか機体をそのまま走らせる。
「フハハハハハ!!! いいねぇええ~~~!!! 俺の突進を受け止めるとはぁぁああ!!! ふははあは、あひゃああああ!!!!!」
突進による慣性で後ろにのけ反った大きな鴉は、目の前を以前走り続けるバイクに向かってそう叫ぶ。
目を血走らせて狂気的な雰囲気を醸し出すその鴉は、再び翼を羽ばたかせてバイクへと接近する。
そうしてまた大きく叫び始めた。
「さぁああああ!!!!! 楽しい楽しい宴を始めようかぁぁぁああああぁ!!!!!!!!!」
 




