小さな村と小さな希望③
戸谷が俺達のいる部屋に入ってきてから、数分後。彼女は真剣な眼差しで俺達にある話を始めた。
「あなた方が何らかの事情を抱えているのは分かる。だが今、この村は『トラツグ』たちによる侵攻を受けているんだ。そこであなたたちの助力が欲しいのだ……」
「おいおいおい、侵攻? 助力? いったい何の話だ? あの鳥野郎たちのことだよな。あの森のことだって単なる調査じゃ……」
「…………、いや」
侵攻を受けている。そして助力してほしい。彼女の発言に俺とミナリは何度も首をかしげる。戸谷は口元を震わせながら再び口を開いた。
「『トラツグ』たちは我々の領域を何年も前から食いつぶし始めたのだ。既にいくつもの住処や拠点を制圧している。ここから一番近いあの森の先にあった村とも連絡が絶たれたのだ。そして次はここだ。もう猶予がないんだ」
「もしかしてその侵攻を俺たちの手で食い止めてほしいと言いたいのか?」
彼女のその説明を聞いて、『助力』と言ったすぐに意味が分かった。と同時に俺は大きなため息を吐いてしまう。
「あぁ。住人の避難はだいぶ前から進めていたが、すべての住民を受け入れてくれる所などなくてな。仮にほかの拠点が受け入れが可能でもその道中も険しく、護衛は必要だ。だがそれをすると村の守りも疎かになる。なかなか厄介なんだ」
淡々と、説明口調で戸谷は事の顛末を話していく。相変わらず重く苦しい内容だ。二人の顔もまた険しくなる。
「ここに帰る道中に話していた『本部の東京』はどうなんだよ。そこなら受け入れが」
「無理だ。既に多くの避難者が殺到していると言われ、取り合ってもらえない。しかもここからはあまりにも遠すぎる。歩きでは二十日はかかる。東京には移動専用の乗り物があるらしいが、ここにはそんなものはない。そもそも本部からすれば近隣の小さな村などどうでもいいのだ」
「なるほど……」
「ミナリ殿への先ほどの差別的な態度も然り、身勝手で無礼な願いだとはわかっている。こんなどうしようもない私の頼みなど聞いてもらえるとは思えない。だが言葉だけは聞いてほしい」
戸谷はそこまで言うと、苦渋な表情を浮かべて言葉を吐き出した。
「どうか奴らの侵攻からこの村を守ってほしいのだ。そこで稼いだ時間で住民たちの避難をなんとか……」
そして彼女は頭を下げようとした。だが俺は戸谷の言葉の途中でそれを制止する。そして俺は彼女の意見に反論した。
「どう考えても現実的じゃねぇ。そいつらがいつここに来て、どんだけ攻めてきて、そして避難にはどれくらいかかる? お前、今そこまで20日はかかるって言ったばかりじゃねぇか」
「あ、……」
そして誰にでもわかる彼女の浅はかな考えを軽く論破した。彼女自身もわかってはいたのだろうが、改めて言葉で指摘したら、戸谷は口籠った。とはいえそれは本当の事だ。
「あの『トラツグ』という連中、そんだけほかの拠点もつぶして回ってるならさっき戦った奴らよりももっと強力な奴らもいるだろ」
「い、いや。あなた方の力なら……。あの時だって奴らを一瞬で……」
「買い被りだ。『あの敵』は倒せたが、他の奴らとはまだ戦ってない。俺達は『トラツグ』という奴らと戦争しに来たわけじゃないんだよ……」
俺が戸谷に説き伏せている中、ミナリも会話に入ってきた。
「そうやね。ウチらがここに来たんは人探しのためなんや」
「ひ、人探し……?」
「そうだ。俺の妹を探してここまで来たんだよ」
「クオン殿の妹……」
俺とミナリとフィオネ。この世界に来た目的は、俺の妹を探すことだ。
この世界に妹がいるという情報を掴んだ俺達は、次元トンネルを使ってここに来たのだ。あの研究所は次元トンネルの研究を行っていたので、利用させてもらったのだ。
「俺もあんたと同じだ」
「え!?」
俺の言葉に戸谷は思わず、俯いている顔を上げた。
「俺も同じ様な理不尽な目にあって親を殺されている」
「!?」
「ク、クオンはん!?」
そして自分の過去の一部を語ると、戸谷とミナリは声を上げた。
「クオンはん、ええんか?」
ミナリは俺を気遣ってその言葉を投げかけてくれていたが、俺は軽く「いいんだ」と返して、戸谷に話を続ける。
「まぁ俺も小さい頃、怪物に襲われてな。親を亡くして、妹もさらわれたんだ。そういう意味では俺もあんたと一緒だよ」
「あぁ……」
戸谷はその話を聞いて、余計と顔色を暗くする。気負いさせてしまって申し訳ないが、戸谷の提案を断る上ではこれは話すべきだと思ったのだ。
「それでようやく妹の場所がこの地域にいるかもしれないと分かった。まぁ俺たちも詳細な場所は分からずで、何も考えずに探しに来たんだがな。そういう意味では俺もあんたのこと言えねぇ」
「クオンはんの妹さんは。ここら辺に来て5年くらい経つらしいねん。クオンはんの妹を探す時間もあるし、ここにいつまでもいられないんよ」
「そうか……」
クオンとミナリの話を聞いて、暗い声色を出しながら納得する。
「本当に私は浅はかだな、人の気持ちも考えず。これは元々は我々だけで対処する問題だからな。いや、話を聞いていただいただけで満足だ……」
「すまないま……」
「こちらこそだ。だが散々無礼な振る舞いをしたんだ。あなた方二人の助力はしたい」
そう言うと戸谷は軍服の胸元にある内ポケットからあるバッチを取り出した。そしてそれを俺に手渡す。
「これは?」
「私の名前が刻印されているだろう? それを持っていれば私の知り合いという事の証明になるはずだ」
受け取ったのは金色の小さなバッチ。しかしどういうことなのか分からず、思わず怪訝な表情を浮かべる。
「クオン殿の妹がここの地に来て5年といったな。もしどこかの拠点で3年以上定住しているなら、そのことを本部に連絡して名前や素性を登録する必要がある。つまり『東京の本部』に行けばその妹殿がどこにいるのかある程度調べられる可能性がある」
「おい本当か!?」
「よかったやん、クオンはん!! これで手掛かりがつかめるわ」
「ただ単に東京本部に行っても全くの部外者など取り繕ってくれないからな。このバッチがあればまだましだろう。どうか使ってくれ」
急に得た希望に俺とミナリの表情が明るくなる。そんな俺達の姿にまた戸谷少尉は微笑んでいた。
「では私はこれから軍のメンバーと会議がある。今回の被害やこれからの対策についてのな。万策尽きているが、せめて我々の命に代えても住人を少し生き長らえさせたい」
彼女はそう言って立ち上がり、脱いだ靴を履き直して、部屋の扉のドアノブに手を持った。
「あぁそうだった。一応、風呂の用意もしてあるし、食事もすぐに持ってこさせる。東京本部へ急ぎたい気持ちもあるだろうが、夜道は危険だ。せめて旅路の初日くらいは明るい朝がいい」
そうしてドアのぶを回した瞬間、俺は彼女に声をかけた。
「できる限り早く戻る……」
それに対して戸谷少尉も軽く笑みを浮かべ、また言葉を返す。
「期待している……」




