小さな村と小さな希望②
「ふぅ、一段落か。疲れたぜぇ……」
「まぁ次元トンネルの研究所を襲撃したことから、トラツグとかいうやつらとの戦い、そしてあの二人の送り届け、疲れれるのはしょうがないことやなぁ」
案内された部屋は、基地の外観とは打って変わっての和風の部屋だった。入り口はいわゆるタタキと呼ばれる石造りの靴を脱ぐスペースがあり、そして段差を経て、畳が床に敷き詰めれている。
布団もあるし、それを収納する押し入れまである。部屋の中央には昔ながらのちゃぶ台が置かれていた。
そんな部屋で俺は身軽になるべく、身に着けていた鎧を外していた。中にインナーも羽織ってたので、体中汗だくになっている。持っていた大剣を壁に立てかけ、傍らであぐらをかいた。
「しっかし、本当に昔の日本そのものだなこりゃ」
「正確には『クオンはんが住んでいた世界』の『過去の日本』やね。まぁ異世界は無数にあるんや、似てる文化が混在しててもなんや不思議やない」
「ふおぉ~あ、そうだな。あぁ、ねむ」
俺達は少々意味ありげな異世界事情を語り合う。ただ疲れが蓄積したためか、思い切り、大あくびをかいてしまっていた。
『クオン、だらしがないですよ。私たちはまだ目的を一ミリも達成していないのに』
そんな様子に見かねたのか、俺とミナリが身に着ける小型のデバイス越しから、『フィオネ』が注意を促していた。
「別にいいだろ、俺はこの装備品が無ければただの運動神経がそこそこいい人間なんだ。この剣も持ち上がらねぇしな。ミナリみたいな超人でもないし、フィオネみたいなデジタル上の存在でもない。普通に疲れるんだよ」
『確かに致し方ありませんが、それでも気を引き締めるのは重要ですよ、クオン』
「相変わらずフィオネちゃんはクオンはんに厳しいなぁ。そんでもってクオンはんもそないに自分を卑下したらあかんで。その負荷がかかる鎧を使い続けとるだけ立派なもんや」
そういいながらミナリは脱ぎ捨てられた鎧をポンポンと叩いていた。
俺が装備するこの鎧。今まで散々性能を見せて、説明も挟んできたが、改めて能力を解説すると、これは鎧の装着者に『絶大な身体能力向上』を付加する代物なのである。
装備すると初めに白い光ラインが鎧全身を走り、あの大剣を軽々と持ち上げるほどまで能力を高める。武器として扱っている大剣にも同様の三本の光のラインが木の根のように伸びており、持つと連動して発光し、大剣自体の重さも若干軽くなる性質も持っている。
そしてなにより装備者の意思により、光るラインの色は青や赤に変化して、スピード特化や防御特化の爆発的な力を発揮することができるのである。能力の段階はレベル3まで存在して、そのたびに全身に走る光のラインが増えていく。
例えば赤のレベル2とか、青のレベル3とかの切り替えが出来る。
ここまで聞くとチート級の代物なのだが、メリットにはそれだけのリスクも存在するのが世の常だ。そのリスクとは単純明快で体に相当な負荷がかかるというもの。それも力を発揮すればするほど重症化していく。俺が今のように装備を外した直後にあからさまに疲れ切っていたり、戦闘後吐血していたのはこのせいなのだ。
「ちなみにウチは脱いでるクオンはんもすっきやでぇ。服の上からも見える男らしい肉体美に、惚れ惚れするわぁ……」
『まぁその体と精神力だけは褒めておきましょう』
「くそ、ミナリ大先生は慰めて褒めてくれるのに、フィオネさんときたら」
俺は苦い顔をしながら含みを込めた言い方をして軽く舌打ちをする。そんな様子のオレをミナリは少しにやけながら見つめている。
「しかしフィオネ。お前、あいつらの前ではずっと出てこなかったなぁ」
『ワタシの存在を他の連中に知られるのはいろいろと面倒そうだったので』
「そりゃそうか」
『ワタシが三次元的に動けるボディがあればいいのですが』
「うぅん、今の現状じゃなかなか難しいな」
フィオネとの会話をしながら、俺は腕を後ろに回して目をつぶる。会話は普通にできているが、体が相当しんどい。微妙な吐き気や何より睡眠欲が激しいのである。
だが直後に、ドアの前でノックする音が聞こえた。フィオネはそれを察知するとすぐさま音声を遮断した。
「すまない。クオン殿とミナリ殿、入っても構わないか?」
声の主は戸谷少尉であった。俺とミナリは軽く顔を合わせると「大丈夫」と彼女に返答をする。すると扉を開けて戸谷がそのまま入室をしてきた。
「申し訳ない。休息中だというのに……。何か話してるようであったが?」
「あぁ、心配ねぇ」
「大丈夫や。そんな気ぃ使わんでええで。それよりもあんさんの方が心配やわ」
「いや、その、大丈夫だ」
ミナリに言葉を返されると、軽く全身を震わす戸谷。ただそんな反応をしてしまうこと自体に罪悪感を持ってしまってるだろう。戸谷は少し歯切れが悪く返答する。
そうして縮こまるようにその場に正座した。そんな様子に俺は完全に呆れてしまっている。だがミナリだけは彼女に感情移入しているらしく、笑みを向けていた。
「やっぱりウチは怖いんかなぁ? この尻尾もお耳もラブリーだと思うんやけど?」
耳をわざとぴくぴく、尻尾をフリフリとして、ミナリは戸谷少尉にアピールする。突然のアプローチに彼女はどうしていいか分からず、ひどく困惑していた。完全に逆効果である。
「やめろやめろ、よけい怖がらせてどうすんだよ」
「でもクオンはんはこんなうちの姿のこと大好きやろ? ずいぶん前にはお前は俺が守るって、まるでおとぎ話の騎士様のようなこと言ってたしな」
「確かに言ったことはあるが恥ずかしいからやめろ。まぁ好きなのは事実だがよ」
ミナリのまさかの返しに俺は若干顔を赤らめてしまう。なぜいきなり惚気話をするんだ、この狐さんは。だがそれと同時に彼の耳元デバイスから『ちっ』という舌打ちの電子音が聞こえた。
「ふははは」
そんな二人の微笑ましい会話を見ていた戸谷は思わず大声で笑いだしていた。その俺達は急にどうしたのかと思い、彼女の方に首を向ける。
「二人は本当に通じ合っているのだな。本当に心洗われる。私の醜い差別とトラウマが馬鹿らしくなる。ミナリ殿、何度も申し訳ない。配慮感謝する」
そして戸谷はそのまま深くお辞儀をした。
「ええんよ。それよりもウチらになんか用があったんやないの?」
「あぁ、そうだった。実はあなた方の目的を聞きたかったのだ」
「目的? はて、なんでそないなことを?」
彼女は先ほどとは打って変わり、目つきが鋭く、真面目な表情へと変わっていた。




