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降り積もって、埋まっておくれ。

作者: fossil

 畳約30畳、左右に本棚代わりの棚が並び、中央に長机が2個、鏡合わせで並んでいる。

 実際に使用できるのは10畳ほどもない世界、なんの変哲もない教室。そこが僕が所属している文芸部の部室、部員が七人ほどいるが、参加が基本自由なため、わざわざ部室にくる部員も少ない、だから、基本的に教室にいるのは僕だけということになる。

 月に一回の部誌と、文化祭で販売する定期雑誌、この二つを満たせば活動していることになる非常に緩い部活ではあるが、もちろん、部誌と定期雑誌も規定ページと装丁など、決めなければいけないことは多く、1人の部員が書く文字数も決められている。その為、これらの締め切りの1週間前などはほとんどの部員が部室に来て、ヒーコラ言いながらせっせと作業するというのがデフォルトである。

 今月のテーマは、「冬とマフラー」である。12月のテーマとして、クリスマスというありきたりなテーマを避け、それでいて語りに幅を持たせられるだろうと、僕が考案した。と言っても、毎月テーマを考えるのは僕で、みんな面倒臭いからそんなものは勝手に決めてくれと言ったところなのだろうと勝手に推測する。

 原稿用紙を片手に、ゆっくりと筆を走らせている、もう少しで、この物語は終わりを迎える。

 時計の音と、運動部の掛け声が妙に心地良い。


 本当はハッピーエンドが好きなのだけれど、今回だけは、ハッピーエンドにならないものを描こうとしたのは、きっと、そんなに深い理由はない。

 少しだけ、不幸な男の物語だ。


 最後の1ページにさしかかったところで、部室のドアが勢いよく開かれる。


 「優希発見!!!」


 どでかい声と共に現れたのは、体操着に身を包み、ショートカットの黒髪を揺らす、活発そうな女子生徒である。

 

 「やあ、明里、部活は終わったのかい?」

 僕は、原稿を書くのを止め、彼女の方へ向き、質問した。

 「うん! だってもう6時だよ? 時間も携帯も見てなかったんでしょ。何度も連絡したのに、ぜーんぜん返事こないんだもん。どうせ、また小説かなにかを書いてて、他のことを全部気にしてなかったとかってことなんだろうけどさ。」

 流石、長年僕と一緒にいるだけのことはある。そう思い、少しの笑みが漏れる。

 「ご名答、部誌を書いてたんだ。」

 「やっぱりね! 全くもう」

 「ごめんよ、少し待っていてよ、すぐに帰る準備をするから。」

 「早くしてよね!!お腹すいてしょうがないんだから!」

 そうして、お腹をさする演技をする。バレーボール部というのはやはりそれだけ大変な部活なのだろうと、その仕草を見、考えつつ、原稿は明日にしようと、そっとカバンの中にしまった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 「私ね、今週の土曜日に、先輩とお出かけするの!」

 帰り道の途中、他愛もない会話の中で、突然の言葉が投げかけられた。

 『先輩』というのは、明里が好意を寄せている人物のことで、サッカー部に所属しているらしい。実の所、僕もどんな人なのか、知らない。僕が持ちうる情報網はあまりに狭く、僕が生活できるレベルにしか張り巡らされていない。小さい頃から、小説に夢中になってきた代償というやつなのだろう。

 「そうか、よかったじゃないか」

 「でしょ!先輩の方から誘ってきてくれたの!」

 「それは、珍しいね、明里は大抵自分から誘ってきたのに」

 「そうでしょ!やっぱり彼氏は年上がいいわ!こうやって色々リードしてくれるし、物事をたくさん知っているし!」

 「そうかもね、男らしさって部分でも、サッカー部?なら問題なさそうだ」

 「そうなの!細く見えて意外に筋肉あるところもポイントの一つよね」

 そうやって、『先輩』について語る明里は生き生きしている。漫画とかで目の中にハートが描かれることがあるけれど、明里が誰かに好意を寄せた時は、大抵、その描写が現実にあるのだということを思い知らされる。

 「もし付き合えたら、今度はちゃんと長く捕まえておかなくちゃダメだよ」

 少しの、ほんの少しの、僕の抵抗。

 明里は、それなりに可愛い。それに、運動好きのおかげで、明るい性格だから、それなりに男子からもモテる。

 だから、過去に何人も彼氏がいた。けれど、大抵は長く続いてきてはいない。明里の明るい性格が災いし、『彼女じゃないみたいだ』と言われ、振られる。『君とは友達でいたい』と。

 それでも、その後も本当に友達として彼女と歴代の彼氏の関係が続いているのは、明里の努力のお陰だということを、彼らは知らない。

 『そっか、それなら仕方ないね』と、別れの言葉をすんなりと受け入れて、裏でこっそり泣いていることを彼らは知らない。

 可愛いという言葉に、照れて顔を真っ赤にし、りんごの様になることを彼らは知らない。

 元気に振る舞っているように見えて、2人きりになると静かに、ゆっくり話すようになることを彼らはきっと知らない。

 夏の日照りよりも、冬の寒さの方が好きなことを彼らはきっと知らない。

 平気なふりをしていながら、本当は嫌なことが会ったときは、親指の爪を人差し指で撫でるようになることを彼らはきっと知らない。

 お菓子作りが大好きで、時々作っているけれど、イメージと違うからと人には言えない、そんな彼女の臆病さを彼らはきっと知らない。


 それと同時に、僕が十数年、彼女に片想いをしていることを、明里はきっと知らない。

 僕はずっと、彼女を待っていることを、彼女はきっと知らない。




 デートの話を聞かされてから、僕はしばらく、小説の最後の一ページが書けないままでいた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 『先輩と付き合うことになった!!!!!!!』


 そのメールが受信されたのは、土曜日の夜のことだった。

 どうやら、『先輩』側から告白してきてくれたらしく、舞い上がるような明里の嬉しさが、メールからでも伝わってきた。


 『おめでとう。しっかりやりなよ』


 そう返事をすると、すぐに返信が帰ってきた。


 『優希も早く彼女作りなね!誰か良い人いないの〜笑』


 その返信を見て、僕が微笑みながら泣いたのを彼女は知らない。

 その晩、僕は、小説の最後のページを書いた。

 そして、雪が降って積もった土曜日の冬の空の下に出て、ひたすらに歩いた。

 簡単に言うと、散歩だ。


 小説の最後は結局ハッピーエンドに変えた。物語の中くらい、幸せがあっても良いじゃないかと言う、僕なりの抵抗だ。

 男性と女性がちゃんとくっつくお話。

 幸せになるお話。


 僕が彼女に片想いしていることは、誰も知らない。

 彼女にすら、匂わせないようにしている。

 僕は、彼女が幸せになることを祈っている。

 ほんの少しだけ、その幸せの在処が、僕になったら良いのにと、本当に少しだけ、思ったりするだけだ。

 だから、この頬に伝うものは、きっと、雪が顔に当たって溶けて水滴になったものだ。知らなかった、最近の雪はしょっぱいんだな。


 こんな思いがあるから、胸が締め付けられると言うのならば、この雪のように降り積もって、埋もれて仕舞えば良いのだ。


 そんな僕の苦しさを、彼女はきっと知らない。



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