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異世界から帰りたい  作者: 鉛銅 錫
第1章 鉛沢充は異世界から帰りたい!
9/34

第9話 悪魔と決意。

(…………わき者よ…………)





 翌朝。


 重い体を起こすと異様な浮遊感がクロムを襲う。


(頭いてぇ……何か悪夢を見た気もするし、風邪でもひいたか……?)


 部屋に備え付けられた内線(おそらくは魔道具だが)を使い、担任に連絡をする。


「もしもし、クロムです」


『……あ? どうした』


 明らかな嫌悪感をにじませた男の声が鼓膜を叩く。

 リボースでは無いようだ。


「風邪を引いたので休みたいのですが……」


『あぁ? お前、風邪程度で休める訳ねぇだろ! ただでさえ雑魚なのに馬鹿なのか!?』


「……すみません」


『ちゃんとこい! 仮病が!!』


 通話は切れた。


 ふらつきながらも、何とか身支度を整え、朝食を食べに行く。


 なんとか食堂で朝食セットを頼み、食べきる。


「はぁ……がんばるかぁ……」


 廊下で呟いたその言葉は朝の喧騒(けんそう)に紛れて消えていく。


 教室に付けば物を投げられ、罵声を浴びせられるが、そんなものに気を回すほどの余裕はない。


 無視して、机で寝る。

 すると、あまりに不気味だったのか誰も睡眠の邪魔をすることは無かった。


 HRは流石に起きていた。


 担任のリボース先生ではなく、先の数学の人が担当だった。


(……あいつ名前なんだっけ?……いっか)ちなみにアルトメである。


 起きてはいたが、全く内容が頭に入ってこなかった。


 ただ、今日は座学のみらしい。


 1限は数学だったが、これは爆睡。


 アルトメも昨日の今日で当てたい気も無いらしく、最初に指名して完璧に回答した後は一度も指名してこなかった。


 2限は物理だったが、昨日のことにより、先に話をすれば理解してくれた。


 3限は魔導数学だった。


 魔導数学とは、より魔法用に特化した数学である。


 ただ、教科書を見るとどう考えても幾何学(きかがく)だったので睡眠を決行。


 ただし、これもアルトメが担当だった。


「おい仮病! なに寝てんだ! この問題解きやがれ!」


(……仮病なんて名前のやつなんかいるわけないやん。寝よ)


「クロム! お前だよ! 早くしろ! カスが!」


「……何?」


「この図形の体積を「4π」……間違ってんじゃねぇ「約12.56」……正解だが、間違えるとは雑魚だな! それなら寝てないでちゃんと受けろ! この仮病が!」


 言われた瞬間に眠りについた。


「……では、この問題を仮病! おいなに寝てんだ! 早く解け!」


(……うるせぇな)


 イライラしたので黒板に導出から丁寧に計算式を書いて答えた。


 周りも、先生もぽかんとしていたが気にせず席に着いて寝た。


 4限は戦術の時間だった。


 担当はリボース先生だったが、いつもの騎士服より数段堅い服を着ていた。


 ここは少し頑張ろうと、話を聞いてみるが、はっきり言って何もわからなかった。


 人数が多い方が有利だったり、それでも少ない人数で勝つための戦略を話していたが頭が回らない。


 いつの間にか、眠ってしまっていたとだけは伝えておこう。


 昼食はオムライスだったのだが、いつもの奴に3口目で奪われたので面倒くさくなり教室で寝た。


 5、6限も完全に寝たので何をしたかも覚えていないが、放課後。


 保健室に向かい、理知子(りちこ)に相談してみるととりあえずベッドに寝かしてくれた。


 -----------------------------------------------------------------------


 理知子はふらつきながらも保健室に来て、眠っているクロムを見て険しい表情を浮かべる。


 とりあえず、図書室にいるはずのヘレンに内線を飛ばす。


『もしもーし。りっちゃんどうしたの?』

「ヘレン、クロム君が保健室にフラフラできたわ。闇の力が溢れ始めてる。一応来てくれる?」

『了解。すぐに行くね』


 内線の切れる音を遠ざけ、元の位置に戻す。


 溜息(ためいき)一つ。


「……私もできるだけのことはしなくちゃね」


「状況は?」

「早かったわね。そこにいるわ」


 保健室のドアが開いた。


 背の高い女性とそれでも身長差を感じる筋肉の塊のような男。


 ヘレンとラドンが来た。


「まだ、危ない感じはしないけれど、勢いは強まっていることは確かだわ」

「クロムが寝ててこの面子(めんつ)ということは"悪魔"か?」

「ご名答。私たち二人だと暴れられたら無傷ではいられないからね。来てもらった」

「それは賢明な判断だな」

「実をいえば、昨日封印の魔法に少しだけ強化をかけておいたんだけど……」


 それは昨日のこと。


 彼が恐怖心をどうにかしたいということで強迫系の魔法を掛けたときに、恐怖で足が震えていたので精神安定魔法を掛けたあのとき。


「精神安定魔法と複合で掛けたんだけどなぁ……【精神結界】」

「健康状態に問題があったのかもな」

「まぁ、序列最下位の身体に転移してすぐだしね」

「じゃあ、もう少しだけ封印をかけておく?」


「……そうだな。あまり強く掛けるなよ? 魔法が使えなくなっちまう」


 ヘレンの指先が(きら)めいて、円状の魔法陣を描く。


 その魔法陣から延びる魔法線はクロムの丁度心臓があるだろう位置に繋がっていて、白色の光と共に魔法の効果を運んでいる。


「わかってるよ。大丈夫。でもこのことは本人に言わなきゃだめかもしれないね」

「そうだな。どうやら魔王の動きも怪しくなっているらしいしな」

「まぁ、そこらへんはリボースと合流してからかしらね」

「それはそうね。なにせ今は国王陛下と謁見(えっけん)中でしょ?」

「どうなることやらね……この子も、この国も」


 -----------------------------------------


 暗い闇の中。充は立ちすくんでいた。


(……さっきまで明るかったよな? 確か保健室のベッドで眠っていたんじゃなかったか?)


 疑問に思いながらも充は辺りを見回す。


 しかし、暗くて何も見通すことができない。


 上を見ても天井のようなものがあるようにも感じないし、下を見ても床があるようには見えない。


 勿論、床はある。


 だって地面の上に立っている感覚はあるから。


 ただ、暗闇の中で方向感覚や距離感は完全に狂わされていた。


 目を閉じ、聴覚に集中してみる。


 あたりに誰かいるようにも感じない。


 空間は十分広いようで、音が反響しているようにも感じない。


「フフフ、ついにこのときが来たか! 盟友よ!」


 後方からじっとりと圧を感じる不快な声が聞こえる。


 振り返ると、クワガタのように対になった2本の角を持った背の高い男がいた。


 しかし、盟友という割に記憶にない。


 充側の記憶はもちろん、クロム側の記憶からも該当する人物はいなかった。


 だが、この人物は間違いなく会ったことある反応をした。


 そして、想い出せないが何となく会ったことはある気がする。


 まるで漢字のテストで勉強した箇所が出てこないようなド忘れと同じ感覚だ。


「……申し訳ありませんが、どちら様でしょうか?」


 どちらにせよ忘れていることは本人に聞くのが一番早い。


「わからぬか? それはそうだろうな! 我が輩の記憶はお前から消したのでな!」


「……自己紹介してもらえる?」


「フンッ! いいだろう。最後の望みとなろう。聞いてやるのが優しさというもの。矮小(わいしょう)な者。その魂に刻め! 我が名はマルクス・マンガン・セントラルビュート! 上位級の大悪魔様だ!」


「……はぁ。んで? 上位級の大悪魔さんが僕なんかに何の用です?」


「何をとぼけておるのだ? お前は我が輩と契約を結んだだろう? あの時は小さかったのに今やこんなに大きくなってなぁ……」


「……大きい? 僕が?」


「あぁ、我が輩は2mくらいあるが、今のお前15cmくらいしか変わらんだろう?」


(1.85mあると?いや、距離感は見間違うから何とも言い難いが……今の身体はクロムではなく充の身体であるということか? ということはここはクロムの精神世界のようなものか……?)


 そういえば、起きていたころに感じていた身体の不調は一切感じない。


「ふむ、最後に会ったときからだいぶ顔も変わったようだが、まぁ最近この体の調子が悪く困っていたがね。なに、気にするほどのことでも無かろう」


「……ところで、悪魔ってなんだっけ? 学が無いせいか忘れてしまったよ」


「……おいおい頼むぜ? 悪魔族というのは人や魔族などの悪意によって生まれ、人や魔族、魔物と契約をする種族だ。契約には代償がいるが、宿主は強い力を得られるということだ」


「僕の契約の代償は何?」

「それは、悪意と力だ」

「悪意と力……」


「そう。悪意を食べて成長し、お前の力のいくらかを我が輩が貰い受ける。そういう契約だ。最近急に悪意が増えて何事かと思っているところでもあるがな」


(それは……うん、前の会社のせいだな)


「んで? それを踏まえて上級大悪魔様が僕に何用だい?」

「はっきり言うと死んでくれ」

「ん?」

「難しいこと言ったか? もう一回言うぞ? 死んでくれ」


「……それは何故?」

「我が輩は魔王にならなくてはいけない。そして悪魔族のための世界を作り上げるのだ! そうすれば楽しいと思うんだよな!」


(……こいつはバカなんだな)


「……一つ。今の世界がお前らにとってやりにくいとして、お前が作る世界がお前らにとって良くなることは確定的ではない。二つ。悪魔族から魔王を出すにしてもお前である必要はない。三つ。僕には僕の生活がある。それを他者に邪魔される筋合いはない。故に僕はお前の行動を否定する」


「クッ……我が輩に怖気(おじけ)づいたか? しかし、お前は喜んでいいぞ。我が輩がお前の身体を乗っ取るのだからお前が魔王になるも同然だ!」

「僕はその魔王とやらに興味は無いのだが?」

「しかし、世界を変えたいと思わないか? 周りの人間にも恨みはあるだろう?」

「恨みが無いとは言わないがな? しかし、お前の手を借りるまでもなくその恨みは晴らすことが可能だ」


「……ほう。では急激に悪意が増えたことに対してはどう思っているんだ?」

「まぁ、そういうこともあるだろ。周期的なものだ。それより、お前は悪意を食べきれたのか?それを食べて成長するのだろう?」


「……確かに餌は豊富だな。1週間全力で食べて無くせるかどうかといったところか? だがな、我が輩は別に生きていたいわけではないのだ。世界を変えたいのだ」

「豊富な餌を食べきってからでも遅くはないと思うが?」


「……一理あるな。だが、お前の抵抗力が下がっている今がこの体を乗っ取るのに最適なのだ」

「ほう。では今乗っ取れない理由があるんだな?」

「封印魔法がかかっていてな。お前の能力も下がるが、我が輩の力も下がるのだ」


(……魔法であるということはヘレン先生の力か?なら解除してもらうことも可能か? ……ふむ。だいぶ可能性が見えてきた)


「……ならその魔法の解除を依頼しておこう。きっとお前の力を封印するのにはだいぶ力が必要なはずだ。3か月でどうだろう?」

「当てがいるのか? いや、術者に当たれば良いだけか……(かせ)が無くなるのはありがたいな。しかし、どうするつもりだ?」

「一度お前を外に開放する。そして、僕と決闘を行い、勝ったらこの身体をくれてやる」


「なるほど。うむ……魅力的な提案だ。ただし……」

「なんだ?」

「1か月だ」


「……良いだろう」

「うむ。では1か月後。忘れるなよ?」

「任せろ。きっちり成仏させてやる」


 不愉快にケタケタ笑い、どこかに消えていった。


 マルクスはいなくなった。


 次第に視界が光に満ちてきて、目を閉じる。






 目を開けると保健室のベッドの上にいて、理知子、ヘレン、ラドンがクロムを囲んでいた。


「あ、起きた」

「おはようございます」

「体調はどうだ?」

「かなり良くなってきました」

「そうか、それなら良かった」


 実際に、だいぶ頭痛や浮遊感も改善されてきている。


「それでね。私クロム君に話したいことがあるんだけど……」


「ヘレン先生、僕も一つ相談がありまして……」


「……先に聞くわ」


「どうやら僕の身体には悪魔がいるらしいんですけれど、そいつが僕の身体を乗っ取るとか言われまして」


「……会話したのか?」

「えぇ、まぁ。それで1か月後に開放して決闘して、勝ったらこの身体をくれてやるといったんですよ」


「……ねぇ、その身体は自分のものじゃないことを知ってその発言をしたのよね?」


 ヘレンが怒りを向けてくる。当然だと思う。


「えぇもちろん。ただ、時間を稼がないと恐らくその場で乗っ取られていたでしょう。乗っ取られた場合の僕の末路は想像に容易(たやす)いでしょう」


「……確かにそうだけれど」

「今の僕は時間を稼いだ。未来の僕に希望を託した。未来の僕は悪魔を討伐した。このシナリオは十分に可能なシナリオだと思いますけど」


「……1か月で強くなるビジョンが見えているの? クラスの模擬戦で勝つのとはわけが違うのよ?」

「この身体と僕の知識、後は魔力次第では十分にあると思います」


「ほぉ……その心は?」

「昨日の夜に読んだ、先生から貸して頂いている『初等魔法教本』より、魔法は1つの事象に対する過程を飛ばすことが可能だと。そして、その過程を一つずつ行った場合にはより効率よく高い効果が得られる。違いますか?」


「……確かにそれはそうね。術式を重ねることによって高い効果を発動させることもできるのは事実だよ」

「僕は曲がりなりにも物理の人間です。であるなら魔法の習得速度は同世代の比ではない。理論の分を他の分に回せるとしたらどうでしょう?」


「……面白い仮定ね。確かに少しだけ見えなくはないわ。でもそれでもまだ無理でしょうね」


「えぇ、もちろん。正直3か月あればわからなかったのですが、1か月ともなればそれこそ己の出しうる全力以上を出さなければならないでしょう」

「えぇ、そのとおりね」

「ということで一つ皆さんにお願いがあります」


 ベッドから降り、腰の角度が90°になろうかという礼をしてこの一言を発する。


「僕を1か月で出来るだけ強くしてください! お願いします!」


 静寂が広がる。

「…………はぁ、ちゃんと覚悟はできているんでしょうね?」

「もちろんです!」


「……分かった。報酬は後払いで良い。やってあげる」

 しぶしぶといった様子である。

「もしかして、俺も必要かな?」

「当たり前でしょ。むしろうちのクラン総出でやるつもりよ!」


「えぇ……リーダーが許すの? それ」

「何言ってるのよ! こいつが弱いと怪物が生まれるとしたら是が非でもやるでしょ」

「まぁ、この子を強くする方が簡単かもしれないしね。あと治療が楽」


「……じゃあ!」

「やるわよ! 覚悟しときなさい!」

「はい! ありがとうございます! よろしくお願いします!」

「うん。ということで明日から地獄が待ってるからとりあえず今日はもう寝なさい。万全の状態からやるわよ」

「夜ご飯食べて、部屋で寝なさい」

「はい! ありがとうございました!」


 そして、少し早い気もするが夕食を取り、そのまま就寝した。

解説ですよ~


幾何学:図形や空間についての学問。

悪魔:悪魔族。悪意により生まれる精神生命体。人間や、魔族、獣人などに契約をもって憑りつく。憑りついた状態のことを受肉なんて呼び方もする。魔族とは区別される存在であることに注意されたい。ちなみに、悪魔の中でも爵位のようなものがあるらしい。

【精神結界】:主に、悪魔を受肉してしまった人間に対して、その人間の人間性を保ったまま悪魔を封じ込めることを目的とした魔法。掛けられると、魔法が使いにくくなり、かなり弱くなることがある。逆に、これを掛けておけば、悪魔が表出しても被害が少し抑えられるようになる。


鉛沢充なまりざわみつる

187cm80kg黒髪黒目。

基本的に一人称は『僕』である。実現可能かどうかはおいて、合理性を取るのが玉に瑕。今回のが吉と出るか凶と出るかは未来神のみ知る。


マルクス・マンガン・セントラルビュート

上位級の大悪魔様(自称)クワガタのような二本の角を持ち、身長は2m。闇の存在。

ただし、実際に上位級の悪魔であることは間違いない。魔王の器かと言われると作者の口が閉じる。クロムとの契約として、『力と悪意』とのこと。力は魔力や筋力、生命力までもが範囲であるが、悪意より吸収しにくいため生命に問題が出るほどの力を取られてはいない。

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