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異世界から帰りたい  作者: 鉛銅 錫
第1章 鉛沢充は異世界から帰りたい!
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第4話 血で血を争うことはない数学バトル

 教室に入るとなにやら騒がしい。その騒ぎはクロムの席の方向から聞こえるようだ。


「サドス容赦ねぇなぁ!」

「それでも足りないくらいよ! あんな情けない人間見たことないもん!」


 何事かと机の方を見るとサドスが机を燃やしていた。


 思わず教室から出てしまった。


 それは(みつる)として過去に受けた仕打ち、クロムとして受けた仕打ちのどれよりも陰湿で大胆ないじめだった。


 木が焦げる臭いが心に滲みる。


(……それでもここから戻ると決めたよな)


 予鈴が校舎に響く。深呼吸一つ。教師と共に教室に入る。


「おい、クロム! 机を壊したらしいな!」

「僕は壊してませんよ?」

「うるせぇ! 他に誰がそんなことをするっていうんだ?! 廊下に立ってろ!」


(……この世界の数学のレベルを知るためにも数学は一度受けておきたいだけどなぁ)

「いやです。数学をやれない人生に価値なんてないと思いませんか?」

「そこまで俺の授業が受けたいのか! なら立って受けとけ!」


 後ろの壁によりかかり先生の話を聞くことにする。


 ちなみに別にこの先生じゃなくても何も問題はない。


「じゃあまず前回までの復習だ! 1/xのxに10を入れたものを小数にするとなんだ?」

「「0.1」」

「正解だ!では0を入れたらどうなる?」

「「0」」

「正解だ!」

(いやいやいや……)


「先生、0にはならないですよ……」


「は? お前は何を言っているんだ? 0になるって教えたよな? これだから転生させられるんだよなぁ」


 周りの生徒も半数は笑っている。


 黒板の前まで歩いていき、チョークを手に取る。


「おい! 授業の妨害は許さんぞ!」


「先生は分数関数のグラフって書けますか?」


 言いながらクロムは座標軸を取り、グラフを書いていく。


「いいから後ろに立ってろ! いや! 廊下だな! 廊下に立ってろ!」


「先生。1/xのグラフってこうなってるんですけど、0になってないですよね? むしろ(無限大)といわれた方が納得できますが」

「おい! こいつをつまみ出せ!」

「何故つまみ出す必要があるのです?」

「ヘレン先生!? なんでここに?」

「面白い生徒が面白いことをしてたので。それで? 私も彼の論理の方がよほど納得できるのですけど、それでも0なんですか?」


 会ったときとは違う、冷たく重い言葉。

 普段の彼女はもしかしたらこうなのかもしれないが今は心強い。


「いや、しかしですね……」

「本来答えが無い問題を適当に0を答えにしただけでしょ。良かったわねぇ相手が生徒で。学者相手にそんなこと言ったら笑われてるわよ?」


「……言わせておけば!」

「何? 数学で勝負でもする? 放課後」

「えぇ! そうしましょう! 魔法学の先生に負けるつもりはありませんよ!」

「じゃあ放課後、この教室で。皆も見たければ来て良いわよ?」


 ヘレンは教室から出ていった。


「授業を再開する」


 心なしか顔色の悪い先生の授業は適当に聞き流すことにした。




「……というわけで明日も遅刻などしないように。クロムは机作っとけな」


 教室から人が抜けていく。


 放課後は軍学校とは言えど自由なようで、近くにある王都に行ったり、校庭で訓練をする生徒も多い。


 教室に残ったのは、担任のリボース、クロム、他生徒が6人ほど。


 その教室に3人の人が入ってきた。


 一人はヘレン、一人は先の数学の教師、もう一人は数学や理科を教えている人らしい。


「あれ? 名取先生? なんで?」


 6人残った生徒のうち1人、銀髪の女の子が疑問をこぼす。


名取菜乃葉(なとりなのは)先生は理科も教えているけど数学も教えられるんですよ」


 水色の長い髪を揺らして教えてくれるヘレン先生。


 そんな風に紹介された名取先生は気まずそうに新緑色の髪を指で遊ばせている。


「これで舞台は揃ったな。それでは始めよう。名取先生問題を頼む」


「あ、はい。では、ある一点から同じ距離にある他点を結んだときにできる空間図形は何でしょう?」


「円だろ?簡単じゃないか」

「球かな?ちなみにクロム君はどう思う?」


「え?球ですよね?現実世界は一般に3次元空間ですよ?」


「そうですね。答えは球です」


「……あー、今のは簡単すぎるが故のケアレスミスだ。そういうこともある」


「ということなので少し難易度上げますね。eのx乗をマクローリン展開したときの第n項目を答えてください」


 生徒はクロム以外はきょとんとし、先生二人とクロムは少しの間、目をぱちくりさせたがすぐに思考を取り戻した。


「nの階乗分のxのn乗だよな?」

「nの階乗分のxのn乗ですね」


 二人の解答は出題からさほど時間を置かず、ほぼ同時だった。


「正解です。暗記されてたかもしれませんね。そろそろ最後の問題としましょうか」


「そうね。あんまり長くてもしょうがないもの」


「では、1+1=2であることを証明して、それを黒板に書いてください」


「え?そんな自明なことじゃねぇか!1+1が2じゃなかったら他の計算できねぇだろ!」


「他の計算を出来るようにするための第一歩としてこの証明をするんですよ? あ! 君達も考えてみるとなかなか面白いかもしれないわね」


 中々二人の先生は黒板に文字を書こうとしない。


「……再現性が取れれば良いのよね?」


 ヘレンがそういった。


「……まぁ良いですけれども」


 名取先生にはヘレンがやろうとしていることが分かったようだ。


 ヘレンがチョークを取って黒板に魔法陣を描き始めた。


 先の数学教師もなんか書き始めているが、雲行きが怪しい。


 リボース先生や生徒はなんか苦笑いしている。


 教室に響く黒板とチョークのこすれる音と窓の外から聞こえるカラスのような鳥の鳴き声を聞くこと数分。


「「完成した」」


 二人がそう言ってチョークを置いた。


「うん。えーとじゃあまずはアルトメ先生からお願いします」

「あぁ、1の次は2である。+1というのは次の整数にするということである。よって1+1=2である。ということだ。魔法陣を描くよかマシだろう」


 先の数学教師はアルトメというらしい。


 ……クロムの記憶にも残ってなかったのだが、これは……?


「では、ヘレン先生お願いします」


 アルトメの影が薄いという問題なんかはどうでもいい。


 ヘレンだ。この魔法使いは不思議な紋様を書いて終わりにしている。


 どういうことだろうか?


「じゃあ、名取先生。この魔法陣に魔力を込めて?」


「……分かりました」

 名取先生の右の人差し指が魔法陣の中心に触れ、青白い魔力を流し込むと魔法陣全体が光輝いた。


『1+1=2』


 何とも機械的な音声が教室にこだました。


「……えぇ。まぁ魔法のお手並みとしては最高ですね。さて、他に何か良い証明が浮かんでいる人はいますか?」


 さて、クロムは一応この問題の証明を見たことがあった。


「あ、じゃあいいですか?」


「……やる気があることは良いことです。どうぞ」


「では、簡単に。まず、自然数の性質から考えていきます。自然数には一番最初の自然数として0があり、任意の自然数aにはその次の自然数としてsuc(a)が存在します。異なる自然数は異なる次の自然数を持ち、そして0がある性質を満たし、aがある性質を満たし、suc(a)もある性質を満たすとき、全ての自然数はその性質を満たします。さて、この公理を満たす自然数の集合において、a+0=a,a+suc(b)=suc(a+b)を満たす演算を加法と定義します。suc(0)=1,suc(suc(0))=2という風に1と2を定義します。加法の定義から、a=suc(0),b=0とすると、a+suc(b)=suc(suc(0)+0)=suc(suc(0))=2となる。よって1+1=2が成立する。といった感じですかね。ちょっと雑ですが」


 黒板に数式を書きながら説明する。


 周りの人間、ドン引きである。


「そうね。えぇと、他にいるかしら?」


 他に手を挙げる人はいなかった。


「では、この問題ですが、模範解答はクロム君が答えました通りです。アルトメ先生はちょっと惜しいですね。ヘレン先生のそれは反則みたいなところもありますが、たまにやる学者さんもいますし、ここは学会でも無いのでまあよしとします」


「……つまり?」

「ヘレン先生の勝利です」

「うっそだろ……こんなふざけた勝ち方があるかよ……」


 アルトメは崩れ落ちるかのように悔しがっている。


(それは……うん、同情するわ……名前忘れたけど)


「まぁ、神聖魔法を使った証明は禁止されてないからねっ! アルトメ先生ももっと勉強してくださいねっ!」


「ところでこの勝負って何か賭けでもあったんですか? そこらへん聞いてないんですけれども……」


「ん? そんなものないぞ?」

「あ、忘れてたわ……」


「……帰って良いですか?」

「「ありがとうございました!!」」


 名取先生は忙しいようだ。


「クソッ! 覚えとけよぉ!」


 アルトメ先生は逃げるように教室から出ていった。


 窓の外は星が出始め、時計の針は6時を示していた。


「あっ……机作らないと……」


「こんな感じで良いかしら?」


 いつの間にかヘレンの目の前に一台の机が出来ていた。


「え? 良いんですか!?」

「良いの良いの! 魔法でちょちょいのちょいだからねっ」

「ありがとうございます!!」

「ま、私も君が数学してる姿が見れてよかったよ。そのレベルで出来るなら数理系は他のことに回せるだろうしねっ」

「まぁ、そのつもりではあります」

「じゃあ、この魔導書読んどきな」

「頑張ります!」

「ん! じゃ! またねぇ!」


「……お前だいぶ気に入られたな」


 リボースにそんなことを言われながらヘレンが教室を出るのを見届けた。


「じゃ! 先生もこの後があるから、黒板消しといてくれ! んじゃ!」


 さて、残ったのが生徒6人とクロム。


「ねぇ! その本見せて!」


 最初に話しかけてきたのは銀髪が肩にかかるくらいの長さの女の子。


 瞳はアメジストのような輝きと鮮やかな紫。肌は雪のように白い。


 背は自分と同じくらいだから160cmくらい。


 強さと柔らかさを混ぜた雰囲気に思わず見とれてしまう。


「ねぇ、その本見せて。ダメ?」


「え? うん。それは大丈夫。あとごめん。まだ記憶があいまいで名前が分からないんだけれど教えてくれる?」


「あぁ……私は白金優菜(しらかねゆな)。覚えていてくれると嬉しい」

「ごめん、例の儀式のせいかまだ記憶がふわふわしてて、ありがとう。これだよね、どうぞ」

「ありがとう。……ふんふん……ふむ、これかなり初等の魔法しか書いてないわ」

「そりゃ、表紙みりゃわかるだろ。書き方からして研究学校中等部1年の教科書だろうな。まぁ実力にはあってるかもしれんが……」


「それはまぁそうだけれど、ヘレン先生が渡した本だしなにか特別なことが書いてあるかもとか思うじゃない?」


「まぁ、気持ちはわかるけどな。あ、一応言うと俺は炭谷響(すみやひびき)。その本は研究学校の教科書だから君に向いてると思うよ」


 黒髪の同じくらいの目線の男の子はそう言うと優菜から本を取り上げ、クロムに渡した。


「ま、なんか面白いこと書いてあったら教えてくれ。ちなみに俺は龍波硫牙(たつなみりゅうが)な。特に付与に関する面白いことがあったら優先的に頼むわ」


 クロムより目線の高いところから、黒髪の男の子がそう言った。


「タックルに使えそうなのがあったらこの桜坂(さくらざか)アルゴンに教えてくれ」


 硫牙と同じくらいの身長の紫色の髪色の男の子が変なことを言っている。


「お前は相変わらず何を言っているんだ。あ、馬込(うまごめ)グスタという。よろしく」

「うん! ありがとう! よろしくね! あれ? もう一人いたよね?」


「ん? あれ? ニトロちゃんどこ行った?」


 髪が肩ぐらいまでの長さで綺麗な光沢をもった女の子もいたはずだった。


「まぁ、ニトロさんは人見知りだからね。しょうがないね」


「名前はニトロ・ミスリール。努力家なんだけど、いかんせん実践が苦手なんだよね、あの子」


「正直、君の次に弱い人を挙げろといわれたら、まぁ彼女だろうなって」


「そっか……でも頑張ってるのは良いことだね」

「それはそう。ところでお腹空いたんだが」

「あ、じゃあここらへんで解散にしようか」

「そうだね。また明日ー!」

「うん。また」


 黒板が消されてなかったのでクロムが黒板を消し、戸締りを確認してから教室を出ることになった。

今回はキャラクター紹介が主です。


eはネイピア数です。2.718くらいの奴です。

ちなみに1+1=2の証明に関しては詳しくは某ヨビノリ先生のYouTubeに動画がありますので、ぜひ……

ペアノの公理を使うそうですね。


白金優菜(しらかねゆな)

目測160cm、銀髪が肩にかかるいわゆるミディアムのストレート。瞳は紫色。とても美少女。

ヘレンに対する憧れと魔法に対する向上心が非常に強い。


炭谷響(すみやひびき)

目測160cm、黒髪黒目。

穏やかな喋り方をする。


龍波硫牙(たつなみりゅうが)

目測170cm、黒髪で瞳の色は黄色。

付与術に興味があるようだ。サッパリしている。


桜坂アルゴン

目測170cm、紫色の髪色に黄色の瞳。

妙にタックルが大好きな男。


馬込グスタ

目測180cm、赤髪赤目。ただし瞳は赤みがかった灰色というべきかもしれない。

桜坂の尻拭い担当の可能性がある。


ニトロ・ミスリール

目測150cm、銀髪ながらも光の角度により、様々な色に変化する光沢をもつ不思議な髪がボブカット。

努力家らしい。クロムの次に弱いらしい。らしいとしかまだ言えない。


名取菜乃葉(なとりなのは)

目測155cm、新緑色の髪がミディアムで緩く巻かれている。

クロムのクラスの理科を担当。他のクラスで数学なども教えているようだ。

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