第3話 初授業、初戦闘。そんで初敗北。
目が覚める。
制服にそでを通し、寝癖を直し、顔を洗う。
時刻は6:30
社畜時代よりは遅いが、それでも早起きの部類ではないだろうか。
とりあえず机に座り、数学や物理をする。とはいっても、クロムが持っている理科や数学の教科書から練習問題を解いたり、定理の導出を行ったりするだけであるが。
30分間ただ計算をして頭を起こす。
食堂が開く時間になったので向かう。
朝ごはんはソーセージとフレンチトースト。
朝ごはんを楽しみ、向かう所も無いので校庭を散策することにした。
校舎と森に挟まれたその平面の中心には魔方陣が刻まれた石が埋められていた。
『魔石』それは魔物を倒すことで得られることが多い資源の一つである。
(こんなところにあるということは……訓練用?校舎に防護壁が無いことを考えると防護壁を張る結界とかか?)
刻まれている魔方陣は確かに【結界】を生み出す魔法である。
もっとも、彼が魔方陣を読めたわけではないが。
(しかし……魔石には元々魔方陣が描かれているのか、それとも後から刻むのかは大きな違いだよなぁ……何なら作れたりしねぇかなぁ)
ちなみに人工的に魔石を作ることはあまり無い。
魔石は確かに金にはなるのだが、それができる人はそんなことをするまでもなく金を持っているのだ。
そんなことを考えつかない人や思い付いてもできない人も多い。
(そこらへんはおいおいわかっていくとして……魔法ねぇ……あれば面白いとは思っていたが本当にあるとは……)
充は物理学をメインに仕事としている理系の人間だが、オタクの部分もある。
魔法に憧れを持っていた時期ももちろんあるのだ。
(しかしまぁ……どういう原理なんかねぇ……素粒子論で説明するのか、はたまた……)
森に沿って散歩を続ける。
芝を踏む足の感覚と朝の澄んだ空気、新緑の木の葉が視界を彩り非常に気持ちがいい。
(癒し……この空間だけで会社時代を無かったことにできそうだな。流石に無理だけど)
先行きが不安ではあったが、何とかしてみせると澄み切った思考で決意を固めながら校舎に戻っていった。
時刻は8:00
まぁ、少し早いが他にできることも思いつかなかったので教室に向かう。
クロムの記憶では確か相当虐められていたと思う。
しかし、同世代の学生時代のいじめなら大人になったにもかかわらず馬鹿なことをしている前の職場の人間よりもマシだろう。
……そう思っていた。
教室のドアを開けると机の半数の生徒がいて、全員が侮蔑の感情を載せた目線を向けてきた。
机の位置はすでに理解しているため、真っ直ぐに向かっていく。
その間に何か物を投げられたりする。
大きい物を左手で流しながら自分の机に着く。
15分ほどすると、昨日の騎士風の男デオキシ・リボースと駆け込んでくる残りの生徒が教室に収容された。
チャイムと共に話を始めたのはリボースではなかった。
「先生! なんであいつがいるんですか!」と指を指してきた男子生徒。
「儀式に失敗したからな。それとも何か? 彼がいて困ることでもあるんですか? ファット・オオクイ君?」
元の世界で見た力士のような体をしている大柄な男子だ。
先生からのその言葉に不快感を示し、また言葉を返す。
「……困ることですか? えぇ、ありますとも。彼のせいで訓練の質が下がる可能性は考慮されていないのですか?」
「えぇ。それによりあなたの実力が伸び悩んでいたとしても我々はそれをただの言い訳と捉えます。実力が欲しければ個人的に質問なり稽古なりつけて貰えば良いものです。白金さんや上級の子の努力を考えれば当然のことだとは思いませんか?」
「……僕は思いませんけど」
僅かな反抗を見せたがそれ以上に反論が思い浮かばぬといった様子で席に座るファット。
「皆にも言っておこう。我々教師が提供できるものは最低限の戦闘スキルや冒険のイロハ、世界の常識だ。それを超えた実力が欲しければ己が努力をするしかない。中等部三年になり、内容はさらに難化する。授業についていく程度ならどうにかなると思うが、将来必要な力を今のうちからつけるとするならば到底足りないと思え。そしてその分は己の努力により実を結ぶと考えろ。他人などは関係ない。全ては未来の自分のためにやるのだ。これで朝のホームルームを終える」
素晴らしい演説を聞き、周りが大人しいまま1時間目が始まった。
(まぁ、僕の心も痛いんですけれどもね……)
1時間目は国語。
ここでこの国の言語について説明する。
充は元の世界では日本語を母国語として、仕事でたまに英語も使っていた。
大学の第2外国語はドイツ語を履修していたので完全ではないが、多少は扱える。
そしてこの国の言語はほぼドイツ語である。細かいところで違うかもしれないが。
さて、およそドイツ語であることが分かったところではあるが、別にドイツ語が完璧に使えるわけではない。
しかし、充は今クロムの体の中にいて、記憶もそこそこクロムから引き継いでいる。
むしろ、クロムの記憶のお陰でまともにこの世界の言語が理解できるというものだ。
故に、この国の言語を英語のように知識として扱うことくらいは造作も無かった。
後は日本語のように自然に扱えるように頭を慣らすだけで充分である。
この授業でかなり感覚はつかむことができたといえよう。
2時間目から4時間目に掛けて『実践演習』と言うことらしい。
何をするのかと思ったら1vs1で戦闘を行うというのだ。
しかも最初に闘うことにさせられた。相手はライト・サドス。
黄色い声が女子から飛び交う。確かに他に比べても顔は良い。
(どこかで見たことあるような……あっ! あのときの……)
『転生の儀』のときに魔法を撃って講堂の壁に穴をあけた人だ。
それはさておき、戦闘開始の合図が鳴る。
サドスの視線に圧力を感じる。
右手が小さく何かの軌跡を描いていた。
その瞬間光が彼を包んだ。
その状態で戦闘態勢をとってくる。
周りは恐怖など感じはしないだろう。
しかし充は『ただの』人間なのだ。
戦闘もしたことが無い平和ボケした日本人なのだ。
恐怖で地面にへたり込み後ずさりをする。
(怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い)
『怖い』の二文字が脳内を支配する。
観客から笑い声が降ってくる。相手は呆れているような、悲しみを覚えたかのような顔をしている。
一歩一歩相手が近づいてくる。
そのペースと同じ速度で後ずさりをしていく。
やがて会場の結界に背中がぶつかる。
右に動こうとする。
しかし見えない壁に阻まれる。
左にも同じく動けない。
相手が目の前に立ちふさがった。
目の前に訓練用木刀を向けてくる。
恐怖で背筋が伸びる。
彼の視線が僕の瞳を刺す。
「はぁ……」一つの溜息を突いた次の瞬間、頭に鈍い痛みを受け気絶した。
目が覚めると昨日見た天井だった。
「お? 起きた」
体を起こそうとすると全身が痛む。
どうやら全身内出血を起こしているようだ。
「回復魔法は軽くかけておいたけど、身体痛む?」
「はい、大分痛いです……」
「じゃ治療しようか」
「はい、お願いします」
「んじゃまずは腕かな」
そういうと布団から腕を出して濡れたホットタオルを腕に乗せ短い呪文を詠唱。
「『痛いのとんでけー』このタオル回復薬が染み込んでて外傷にかなり効くんだよね。で、この魔法はその体の回復力を一時的に増大させるってわけ。まぁ、治療が終わるとお腹が凄い減るけどね」
微笑みながら解説してくれる理知子先生。女神と言われても納得できる。
そして膝下を露出させてまた同じ工程を繰り返す。
「で? 初実戦でなんか得られた?」
「めっちゃ怖いってことくらいですかね……」苦笑いして返すと
「そっか、でも頑張らないと学園に殺されちゃうよ?」優しい口調で核心をついてくる。
「そうなんですよね……クロム君本体の記憶も少しあるので戦えなくは無いんでしょうけど、恐怖心は自分の問題ですからね……」
「そうなんだ……あ、体起こしてみて? 痛みはかなり減ったと思うけど」
「え? そんな簡単に痛みが取れるわけ……ほんまや!」
引き笑いに特徴のある男性芸能人のようなことを言ってしまった。
それだけ痛みもなく驚いてしまったのだ。
「フフッ、じゃあ、はい診断書。担任の先生に見せといてね」
「はい! ありがとうございました!」
保健室を後にし教室に向かって歩いていった。
用語解説します。
【結界】:十分に固く、割と滑らかな曲面や平面を生み出す、空間魔法の一種。
『痛いの飛んでけー』:回復系の魔法詠唱のうちの一つ。軽症のときに使う。
引き笑いに特徴のある男性芸能人:みんな大好き、明るい芸能人。秋の魚とは直接の因果関係は無いと思う。
ライト・サドス
目測175cm金髪蒼眼のイケメン。
『転生の儀』で【レーザーキャノン】を放った張本人。クラスの中ではそれなりに強い方。
ファット・オオクイ
目測180cm以上の大男。縦横共に大きい。
ライト・サドスの腰巾着のような存在。とてもよく飯を食う。
毎日投稿をしているけれど、執筆の速度が間に合っていなく、すでに休載の文字が頭を駆け巡っています。
大丈夫です。駆け巡っている間はセーフです。休載になったときに焦れば良いんです(自己暗示)