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俺がツンデレ幼馴染を捨てるわけがない。

作者: 青水 涼

 俺――矢澤悠太(やざわゆうた)には十五年来の付き合いになる幼馴染がいる。


 その名は水野朋花(みずのともか)。彼女とは物心付く前からずっと一緒だった。


 家が隣同士ということもあり、家族ぐるみで仲が良い。二家族合同でキャンプをしたり、海水浴をしたり、温泉旅行に行ったりと今までに沢山の思い出を作ってきた。


 もちろん楽しい思い出ばかりではない。悲しいことや辛いこともあった。だからこそ、その記憶を共有している俺たちは誰よりも強い絆で結ばれているのだ。


 第三者から見れば喧嘩をしているのではないかと誤解されてしまうほど、朋花は口が悪い。もし当事者だったのなら、朋花の口から度々発せられる小言や文句に愛想を尽かしてしまうだろう。


 でも俺は、これが愛情の裏返しであることを知っている。朋花は元より自分の気持ちを正直に伝えることが苦手なのだ。


 伊達に長年付き合っているわけじゃない。朋花のことは彼女の親より分かっているつもりだ。


 幼馴染なんだから当たり前だと言う人もいるだろう。しかし、どちらかが歩みより相手のことを分かろうとしなければ幼馴染はただの肩書きに成り下がってしまう。


 お互いがお互いを全て理解することはきっと不可能だ。けれど知ろうとすることを怠ってはいけないと強く思う。


 これは俺と朋花が愛を再確認し合った、激動の一日を描いた物語だ。


 ◇


 朝に弱い俺は、目が覚めると、時計を睨み付けながら呆然としていた。


 目覚まし、かけておいたはずだったんだけどなぁ……


 家を出る時間まで、あと五分程しかない。俺はベッドから出ると、大急ぎで準備を開始した。


 朝御飯のトーストも一口かじりつくのが精一杯だ。それを何とかミルクで流し込み、すぐさま家を出る。


 すると、家の前で朋花が待ってくれているのが目に入ってきた。


「ごめん、朋花。待たせちゃったね」

「私も今、家を出たところなの。わざわざ悠太のことなんて待ってるわけないでしょ」


 朋花は綺麗な黒髪をくるくると指でいじりながら、素知らぬ顔でそう言った。でもきっと、この発言は嘘であるだろう。


「そっか。じゃあ今度からは直接家に迎えに来てくれると嬉しいな。朋花の声を聞けば一瞬で起きられそうだし」

「何で私がそんなことしなくちゃいけないのよ! もういい、先行く!」


 朋花は声を張り上げると、俺を置いて駆け足で行ってしまった。


 俺は、いつもと変わらぬ足取りで駅へと向かう。


 歩き始めて数分後、先に行ってしまったはずの朋花の後ろ姿が見えてきた。彼女は歩くスピードをかなり落としていて、一歩を踏み出すのに数秒の時間を費やしている。


 俺は朋花に追い付くと、何食わぬ顔で(たず)ねた。


「あれ? 先に行くんじゃなかったの?」

「走るのに疲れたの! 別に悠太と一緒に行きたいわけじゃない……!」


 しかし言葉とは裏腹に、俺の歩くスピードにピッタリと合わせて付いてくる。


 会話こそ少ないものの、朋花の頬は終始緩んでいる。本当は俺と一緒に行きたいのに、素直になれないところが彼女の可愛いところなのだ。


 俺たちは駅に着くと目的の電車に乗り込んだ。

 二つ並んで空いている席に、二人して腰かける。


「今日の化学って小テストあるんだっけ? 勉強した?」

「当たり前でしょ。悠太と一緒にしないでよ」

「そっかー。いや俺、今やってる範囲、全然わからないんだよね」


 朋花は、俺の言葉を聞くや否や、カバンから化学のノートを取り出した。


「どこがわからないか今すぐ言いなさい」

「え? ここでやるの?」

「化学の授業は四時間目でしょ。場所を選んでる暇なんてないよ」

「それじゃあ、えーっと、ここ。モル質量の計算ってやつが分からないんだ」


 朋花は、俺が該当箇所を指差すと、丁寧に解説を始めた。

 正直、担当教師の何倍も分かりやすい。


「ここの問題はどうやるの?」

「はぁ? そんなのもわかんないの?」

「ごめん。教えてくれると助かる」

「しょうがないわね。この問題はこうやるの」


 朋花は筆箱から取り出したシャーペンを使い、ノートに書き付ける。


 ちなみに、今使っているシャーペンは俺がプレゼントしたやつだ。あげたときは不満気な顔をしていたのに、なんだかんだ使ってくれているのを見ると嬉しくなる。


「それ、俺があげたシャーペンだよね。使ってくれてるんだ」

「え……? あぁ、これね。捨てると製造してくれた人が悲しむから、仕方なく使ってるのよ」

「仕方なくかぁ。もう、朋花にプレゼントするの止めようかな」


 もちろん嘘ではあるが、俺は朋花の反応見たさに、ゆすりをかける。すると彼女は、俺の服を引っ張りながら、必死になにかを訴えかけてきた。


「それは……やだ」

「じゃあ、大切に使ってくれる?」

「……する。ずっと大切にするから……」

「ありがと。じゃあ、今度贈るプレゼントは、いつもより奮発するよ」


 朋花は顔を綻ばせると、再び化学のノートへと目を向けた。


「話が脱線しちゃた……。悠太。今日の小テスト満点とらないと許さないからね」


 登校中だけでなく、四限までにある全ての休憩時間中にも朋花による特別授業は行われていた。


 おかげ様で、大分理解が深まった。満点とはいかなくても、追試になるようなことはないだろう。


 化学の授業が始まり、小テストを受け、隣の席の人と交換して採点をする。


 結果は十点満点中八点だった。短時間にしてはよくやったほうだと思うが、朋花は満点を取れといっていたしなぁ……


 俺は恐る恐る、右斜め後ろの席に座っている朋花の方を見た。


 彼女は余裕そうな顔でこちらを見据えている。俺は、すぐさま目を逸らし、黒板の方へと体勢を戻した。


 小テストが回収され、いつも通りに授業が行われていく。


 終わったら、なんて言い訳をしよう……。正直に謝ったほうがいいかな?


 休み時間に入った時のことばかりを考えてしまい、内容が全く頭に入ってこない。


 授業の終わりを告げる鐘が鳴り、休み時間に入ると、朋花が近くに寄ってきた。


「小テストどうだった?」


 朋花は、いつもより少し低めのトーンで問いかける。


 俺は覚悟を決めて、自分の点数を打ち明けた。


「八点でした。面目ない」

「まあ、そんなもんだと思っていたわ」

「え? 怒ってないの?」

「少ししか勉強してない割りには、よくやった方なんじゃないの」


 朋花は澄ました顔で、淡々と言った。


 最初から期待されてなかったのかと思うとなんだか悔しくなってくる。


「朋花。今度の期末テストでリベンジさせてくれ。頼む」

「いいけど、悠太一人で良い点とれるの?」

「そりゃ、まあ、何とかすれば……」


 自信はないが、名誉挽回のためには頑張るしかない。今回は二週間前からテスト勉強を始めることにしよう。


 俺は決心をすると、化学のノートをペラペラとめくった。うん、これは相当な難敵になりそうだ。


 悲観しかけていると、朋花が溜息をつきながら、やれやれといった感じで口にする。 


「もう……仕方ないから私が見てあげるわよ」

「ほんと? それは助かる!」

「悠太が追試になったら、一緒にいられる時間が減っちゃうし……。本当に仕方なくやってあげるだけだからね」

「ありがとう。恩に着るよ」


 俺が困っていると、朋花はすぐにそれを察して、助け船を出してくれる。

 

「それじゃ、お腹も空いたし、お昼にしましょ」


 朋花はそう言うと、カバンから二つのお弁当を取り出した。


「はい、これ」

「今日も作ってきてくれたの?」

「一つ作るのも二つ作るのも大して変わらないから。ついでよ、ついで」

「朝御飯まともに食べてないから腹減ってたんだよ。よし! これで午後の授業と部活を乗りきれるぞ!」


 放課後になり、俺は部活へ行く前に朋花のことを呼び止めた。


「今日さ、ミーティングもあるから終わるの遅くなりそうなんだよね」

「で? だからなに?」

「だからさ、先に帰ってくれても構わないよ」

「私、悠太のこと待ってるなんて一言も言ってないんだけど」

「そっか。じゃあ気を付けて帰るんだぞ」


 家庭科部へと向かう朋花と別れて、俺はバスケ部へと顔を出した。


 バスケは中学の頃からやっていて、決して上手くはないが、好きなスポーツだ。


 ミーティングが終わり、きつい練習へと全力で取り組む。


 終盤に差し掛かってきたところで、一日の最後を締め括るミニゲームが行われた。


 既にへとへとだったが、死に物狂いで食らいつく。


 前半が終わり、ふと出入り口の方へ目を向けると、朋花がこちらを見ているのに気がついた。


 俺が朋花の方へ目を運ぶ度に、彼女は身を隠そうとするが、当然バレバレだ。


 そんな朋花の愛くるしい姿を見ていると、不思議と元気が湧いてくる。その後、俺はスリーポイントを含む計三本のゴールを決める活躍を果たした。


 部活が終わり、部室で着替えを済ませ、飲み物を買いに自販機へと向かう。スポーツドリンクを買い、一気飲みをしていると、女子バスケ部員二人が声をかけてきた。


「矢澤くん! さっきの試合、見てたよー! スリーポイントシュートかっこよかった!」

「私、高校になってからバスケ始めたから、中々シュートが決まらなくて。コツとか教えてもらえるかな?」


 彼女たちのガツガツした勢いに呑み込まれそうになる。正直、朋花以外の女子と話すのは得意じゃない。


 俺は何の気なしに、なんとかこの場を乗りきろうと試みた。


「ありがとう。シュートについては今度、機会があったらね」

「やった! じゃあ今度、楽しみにしてますね! 今日はお疲れさまでした」

「お疲れ、矢澤くん!」

「お疲れさま」


 はぁ……。どうにか乗り越えた。長時間拘束されなくて本当によかった。


 俺はペットボトルを捨てると、早足で昇降口へと向かった。もしかしたら、朋花が待っていてくれているかもしれないからだ。


 靴を履き替えて外に出る。しかし、朋花の姿はどこにもない。


「帰ってくれても構わない」とは言ったものの、いつもなら偶然を装って、一緒に帰ろうとしてくるのに……


 心のどこかで、何と言おうとも朋花は絶対に待ってくれていると期待をしていた。


 自分から言い出したことなのに、思っていた以上に落胆している。


 しょうがない……。一人で帰るか。


 俺は、一人寂しく帰路についた。


 いつも隣に朋花がいてくれるので、一人で帰るのが不自然でたまらない。


 今日はどうしたんだろ? なにか用事でもあったのかな?


 心配になった俺は、最寄り駅に着くと、駆け足で家へと向かった。


 小さい頃によく遊んでいた公園の前を通ると、ブランコの音が鳴り響いているのに気がつく。


 こんな時間に誰だろう?


 俺は無意識のうちに公園へと入っていた。音の鳴る方へ歩みを進めると、そこにはブランコに乗り、ゆらゆら揺れている朋花の姿があった。


 俺は彼女の近くへと歩み寄り、声をかける。


「どうしたんだ? こんなところで」


 朋花は、俺の声に気づいた素振りを見せると、袖で顔を拭った。


「別に、ただブランコに乗りたくなっただけ。そんな大したことじゃないよ」


 俺はその涙声を聞いて、朋花の顎に手を掛けた。軽く上に持ち上げると、電灯が放つ白い光が彼女の顔を照らす。


「じゃあ、なんでこんなに目が真っ赤なんだ?」


 朋花は首を降り、俺の手を振り払うと、小さな声でボソボソと呟いた。


「砂ぼこりが目に入っただけ。それをかいてたから、赤くなったんでしょ」

「嘘……だよね? 本当は何があったの?」


 そう問いかけると、朋花はブランコから降り、そっぽを向いた。


「悠太は女の子にモテるから、私なんかが傍にいたら迷惑になるかなって……。邪魔になるかなって……。そう思っただけのことよ」


 俺は、朋花の弱気な言葉を聞いて、いても立ってもいられなくなり、彼女を後ろからぎゅっと抱き締める。


 きっと女バス部員に話しかけられていたのを見て、勘違いさせてしまったのだろう。それなら今の俺にできることは、たった一つしかない。


「俺は今まで一度も朋花のことを邪魔だと思ったことなんてないよ」


 俺は朋花に優しく語りかける。


「ほんと?」

「本当だよ。俺はこの世界で朋花が一番好きだから」


 そう伝えると、朋花は返事をせず、俺の手を強く握った。


 俺は朋花が落ち着くのを待つと、彼女の手を引いて家まで送り届けた。


 夕食を食べ、風呂に入り、寝る準備が出来たところで、ベッドに横になる。


 少しするとベランダで大きな物音がした。俺はその音の主を確認するために、カーテンを開ける。


 するとそこには、寝巻きに着替えた朋花が立っていた。家と家の距離が近いので、女の子でも簡単に入ってこれる。


 俺は鍵を開け、彼女を部屋へと招き入れた。


「ベランダから入ってくるなんて久しぶりだね。何年ぶり?」

「五年ぶりくらい」

「そんなに経つのか。それで今回はどういった御用件で?」

「悠太のせいで眠れなくなったの。だから責任とってもらうことにした」


 朋花はそう言うと、ベッドの上に座りこんだ。なので俺も、その隣に腰をかける。


 それから朋花の方へ目を向けると、彼女は手いたずらをしながら何かを言いたそうに俯いていた。


「どうした? なにか聞いて欲しいことがあるのか?」


 俺が問いかけると、朋花は顔を赤くしながら言葉を口にする。


「さっき言ったこと本当よね? この世界で私が一番好きだって……」

「本当だよ。俺は朋花が一番大好きだ」


 俺は朋花を真っ直ぐに見つめ、はっきりと答えた。


 すると彼女は、安心したような顔を見せる。


 その表情を見ると、俺も朋花の本当の気持ちが知りたくなった。 


「朋花はどう? 俺のこと好き? 嫌い?」

「……今さら嫌いになれるわけないじゃない」

「じゃあ、好きなんだ」


 俺がそう告げると、朋花は大きく頷いた。


「俺たち両想いだな」


 俺たちが両想いだなんて、ずっと分かっていた。でも、いざ言葉に言い表すと照れ臭くて仕方ない。


 朋花は俺の腰に腕を回し、ぎゅっと抱きついてくる。彼女の柔らかい体を近くに感じ、幸せな気持ちで一杯になった。


「どうした? そんなに強く抱き締められると嬉しいけど苦しいよ」

「今、顔を見られたくないの。だから、もう少しだけ……」

「そっか。じゃあ、もう少しだけな」


 俺は微笑みながら、朋花の背中を擦って、彼女をなだめた。


 ◇


 俺は今後も朋花を好きでい続ける。そして彼女も同じように、俺のことを好きでい続けてくれるに違いない。


 だから、ここで宣言をさせてくれ。こんなことを、わざわざ言葉にするなんて野暮なことだって分かっている。


 でも、言い表すことで決意はより強固なものになる。それと今、幼馴染との関係に悩んでいる人たちが、少しでも前向きに考えてくれるようになったら嬉しいと思うから。


『俺がツンデレ幼馴染を捨てるわけがない』一生大事にすると、ここに誓います。

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― 新着の感想 ―
[一言] そうそうこれだよ!これ! これこそ幼馴染モノの醍醐味なんだよ! 今の幼馴染ザマァの風潮にどうこう言う気はないけどやっぱりツンデレ幼馴染が良いよね ザマァじゃなくて最終的に幼馴染と仲直りする展…
[一言] 良いお話を産み出してくださりありがとうございましたー。
[良い点] 久しぶりにまともなツンデレを見れた気がする こんないい娘ならそりゃ捨てられないわ笑 和む〜 [一言] 最近のざまぁされる幼馴染ってツンデレっていうよりただのクズが多いんだよね、因果応報み…
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