(練習用)エイシア何でも相談事務所零れ話1……エイシアの憂鬱
その日のエイシアは珍しく真剣な表情をしていた。
いや、正確には真剣というより何か悩みを抱えているような雰囲気で、どちらにせよ何かしらシリアスな雰囲気を纏っているようにレイスは感じていた。
そう、レイスの感覚からいくとこのエイシアという女がシリアスな雰囲気を纏って真剣に何かを考えているときは、今までの経験上本当に大事なことで悩んでいる時だった。
「エイシア、何かあったのか?」
思案しているだけでは結局何もわからないので、レイスは直球に聞くことにした。
「……うーん……」
エイシアはレイスの問いに明確な返事こそ返さなかったが、その返事だけでもエイシアにとってとても重要な問題を抱えているということは阿吽の呼吸で感じ取れるのだった。
現在時刻にして正午にもなろうかという時間帯。エイシアがそもそもこの相談事務所の所長の机でしっかりと座っていることがそもそもの奇跡だった。それは文字通り奇跡であり、普段いかにエイシアが所長としての責務を果たせていないかを改めて感じさせるとともに、それによる苦労が全部レイス自身に伸し掛かっていることを感じさせる瞬間でもあった。
そんなことを普段から思っているレイスだからこそ、エイシアが普段と違う行動を起こしていることそのものが何かしらの異変が起きていることを気づかせるのだった。
(本当はこんな事を考えることそのものが非常に悲しいんだがな)
内心そう呟いた。心の中で一筋の涙が流れるのを感じた。
そんなやり取りを自分の中でしているうちに、エイシアが一冊の本を取り出した。見ると城下町で数日に一度発行される情報誌のようだった。発行されるたびに事務所のポストに投函されるので、殆ど中身を見ることもなく机に積み重ねられるだけが運命のような本だったし、実際今までエイシアがそれを手に取ってる姿など一度も見たことが無かったが……どうやらエイシアが真剣に悩む理由はその本にある様だった。
「赤……黒……」
エイシアがぼそりと呟く。が、レイスには瞬間何を言ってるのか理解できなかった。
「? 何の話だよ」
レイスが当然の疑問をぶつける。が、それに答えたのは――
「ファッションですわね」
いつの間にか後ろには、この事務所で預かる金髪碧眼の美少女、ミネットの姿があった。
「ファッション?」
当然の疑問を今度はミネットへと投げ掛ける。
「いいですこと? お猿さんにもわかるようにご説明いたしますと、エイシアお姉さまはあの情報誌に掲載されているコーディネートの記事を熟読されているのですわ♪」
一つ突き刺さる言葉をレイスに浴びせつつ、人差し指をぴんとたて言い切った。
「私も先程あの情報誌を拝見いたしましたが、毎回掲載されている流行りのファッション特集のページに書いてあった、最近の城下町での流行りの色は情熱の赤と、大人の落ち着きである黒、なのですわ」
立て板に水が流れる如くミネットはそのまま続ける。
「エイシアお姉さまも人目を気にするお年頃で、尚且つ一目置かれる素晴らしき御方。そんな御方だからこそ、普段から街中での立ち振る舞い、一挙手一投足、そして容姿言動そういったものに最大限の気をお使いになられているのです。年中雑用の野蛮のお猿さんには……分かりえないでしょうけど☆」
「何で一回一回俺への嫌味を挟むんだ……」
レイスにとってはエイシアの事よりもむしろそっちの方が若干気になっていた。
「ふーん……エイシアが、ねぇ……」
ふとエイシアの方を見やる。こちらのやり取りも意に介さずに未だに情報誌とにらめっこを続けている。話を聞いたときはまさかと思っていたが、この感じはミネットの話もまんざら外れているような感じではないようだった。普段がずぼらで服や美容に賭ける金がある位ならすべてが酒かギャンブルにつぎ込むような女なだけに、今になっても正直信じられないといった所だったが……
「ささ、私たちはお暇しますわよ。邪魔者が居てはお姉さまの悩みも解消されないというものですわ。そういった女心がわからないから貴方はいつまで経ってもお猿さんですのよ?」
そう言ってミネットがそそくさと事務室からレイスを押し出した。
「だから何でいちいち……ほら、分かったから押すなって」
促されるがままレイスは事務室を後にした。
二人が事務室を出てから数分後――
「――よっし、決めた!!」
エイシアは椅子から勢いよく立ち上がった。
「今日は黒!! 黒に決まりよ!! そうと決めたら早速行くわよ!!!!」
そういって上着と鞄を取り出して軽快に外に出たエイシアの瞳はらんらんと輝いていた。
事務室の机の上には一冊の情報誌。
ページは今回の特集記事『新規開店!! 国営カジノ城下町通東店!! 本日限り酒代オール半額!!』の文字が堂々と記されていた。