8.初の十連ガチャですっ♪
深夜。窓のないマスタールームでは電灯をシスの力で豆電球ぐらいの明るさに変え、ギリギリ夜目で物が見えるように調節されていた。蒼汰は最初「シスに言って窓を作ろうか」と提案したが、エリンの「たまには世界樹を見ない日が続いてもいい、むしろそれが良いですっ」という言葉の圧に負けたために、当分の間窓を用意しない事となっている。
「ん~、旦那様ぁ…………」
「っ……」
そんな部屋の端、サイズがダブルに変わったベッドの上では、もぞもぞと動きを見せるモノが二つ確認される———蒼汰とエリンである。
(……クッソ寝れねぇっ!!)
電灯を暗くしてから既に数時間が経過していたその部屋の中で、自分の発言がいかに愚かだったかを今になって認識する。ただ同じベッドで寝るだけ、そう楽観的に考えていた彼だったが、いざその瞬間になると女性特有の良い匂いや寝返り、艶めかしい寝言など、彼女の言動全てに反応してしまっている事に気が付いてしまっていたのだ。さらには寝る直前に食らった「おやすみなさいのキスですっ♪」の余韻が彼を熟睡から遠ざける。
(ホントにどうしよう……いっそ床で寝るか?
……いやダメだっ。結局エリンの寝言が聞こえるじゃねーか)
現状詰み状態の彼は致し方なし、と横で眠る彼女を起こさぬようベッドから身体を起こす。上は黒の長袖ワイシャツ、下は紺のパジャマという全身黒ずくめコーデを露にした彼は、PCの置かれたテーブルまで忍び寄るように足を運ぶと、それを持ってマスタールームを後にした。
「……すげぇ」
外の景色が彼の視界に飛び込んだ時、素直な感想が彼の口から零れ落ちた。
日本に暮らしている内はまず見る事の出来ない、数える事すら億劫になりそうな数の星が深青色の夜空を飾り、少し肌寒い風が世界樹と呼ばれている巨木の葉を弄ぶように揺らして去っていく。それだけでなく、草原から漂う爽やかな草木の匂いが幻想的なその光景にアクセントを加えてくれていた。
「何だろうな……上手く言えないけど、物凄く感動するよな」
『もしかすると感情に作用する成分が風に運ばれて来ているのかも知れません。すぐに成分を調べます』
「……雰囲気ぶち壊しだよっ!!!!」
残念ながら蒼汰が詩人となる時間は無いらしい。脇に抱えるPCにまともに反応された彼は、髪をクシャクシャして気を紛らわせると扉から少し離れた位置の幹に腰掛ける。PCを右側に置いて開くと、シスから声を掛けられた。
『マスター。眠れないのですか?』
「……まあな」
『やはり異性と寝ると抑えられませんでしたか』
「俺を性獣みたく扱うのやめてくれませんかねぇ!?」
『冗談です。……きっと、多分』
「ホント何なの!?
最近のPC内ではマスターイジリでも流行ってるの!?」
深夜という状況が彼のテンションを高めてくれているようで、昼間に比べてノリツッコミが何割か増している様な気がする。
シスとそんな漫才を少し行い、蒼汰は「この際だから」と未だ試していなかったあの機能を見てみる事にした。
「シス、確か”無料十連ガチャ券”ってあったよな?」
『はい、ございます。ご用意いたしますか?』
「ああ、頼むわ」
『かしこまりました』
シスのその言葉とほぼ同時に、蒼汰の前に赤い縦長の箱の様なものが光に包まれながら出現する。右側に取り付けられた出っ張りの様な取っ手、上半分が半透明で中身の見える用になっている縦長の箱、そしてその下半分は何か受け取り口の様なものまである。———そう、見た目は完全に古き良きあのガチャガチャだった。
「懐かしいな、この見た目。これに触るとか何年ぶりだろうな」
『マスターはご存知でしたか。でしたら説明は不要ですか?』
「ああいや、見た目を知っているだけでガチャのシステムは知らないから説明は頼む」
『そうでしたか。では一から順に説明させて貰います。
まずガチャには大きく分けて二種類、”レアガチャ”と”CPガチャ”があります。
レアガチャとは今回の様に券を持っていれば引けたり、特別な条件を達成した際に引けたりするもので、基本的には引く事が出来ません。
CPガチャはその名の通りCPを消費する事でガチャを引く事が出来ます。CPガチャの中でも一回100CPのものと10,000CPのものと二つ存在していますが、基本的にこれらはCPさえあればいつでも引く事が出来ます。
……ここまでで何か質問はありますか?』
「いや、大体分かったよ。要するにソシャゲのガチャシステムみたいなもんだろ?」
『はい、ぶっちゃければそうですね』
「……PCがそんな言葉を使うと違和感しかないな」
『お褒めに預かり光栄です』
「褒めてない褒めてない、っと」
流石に何度もシスの冗談に付き合ってられないと、適当に受け流した蒼汰。そして話をガチャの方に戻す。
「つまり今回のこの無料十連ガチャはレアガチャの方に当たるのか?」
『お褒めに預かり光栄です』
「……は?」
『お褒めに預かり光栄です』
「おい、壊れたのか?」
『お褒めに預かり光栄です』
「……」
『お褒めに預かり光栄です』
「……ああもう分かったよっ!?
スルーした俺が悪かったって!!」
げんなりした顔で彼がそう告げると、PCの画面が先程より光を放つようになった。
『最初からそう言えばいいのです。
マスターなんですから、しっかりとお仕事をして下さい』
「……それってつまり、俺にツッコミ役をしてくれって事か?」
『…………』
「沈黙は肯定だからな?」
『マスター、嫌いです』
「素直な悪口ぃっ!?
てかそろそろガチャの話に戻りませんかねぇ!?」
会話という項目でPCに屈服させられるという屈辱を味わされてしまった蒼汰は、逃げるようにして話題を元に戻そうとする。ここでも追撃の一手が来るか、と少し身構えていた彼だったが、思いの外シスは素直に話し始めた。
『分かりました。先程マスターの仰った通り、今回の無料十連ガチャはレアガチャにあたります』
「やっぱそうか。で、このレバーを押し込んでカプセルを取り出せばいいんだな?」
『その通りです。今回は十回までですので、それ以上は押し込めない仕様になっています』
「ん。じゃあ早速っと」
何の躊躇いもなくレバーを下ろす蒼汰。その出で立ちはさながら熟練者のそれを漂わせていた……やっている事はただのガチャなのに。
少しして軽いモノが地面に当たる音が響くと、蒼汰の足元には青色のカプセルが転がってくる。
「おっ、青色か———っておぉっ!?」
カプセルの中身に興味津々の蒼汰はそれを軽々と拾い上げる、がその瞬間手の中でカプセルが光の泡となり弾け飛んでしまう。これには蒼汰も度肝を抜かれ、オーバーなリアクションを取ってしまっていた。
やがて光が収まり始めると、彼の手の中には淡い虹色の石が一つ握られていた。
「……これは?」
『それは召喚石ですね。ただサイズからレアの召喚石です』
「召喚石か、ゲームっぽさ満載だな。
あぁそういえばこのガチャのレア度の種類って何があるの?」
『はい。良いものから順にMR、UR、SR、R。そしてCPガチャでのみ排出されるNの計5種類です』
「……そうなるとハズレだな、これ」
手元で転がして遊んでいたその石を見つめ、ため息混じりにそう嘆く。ゲーム脳な彼からすれば、どれだけ使えるレアでも、所詮はレアだという発想なのである。
『そんな事はありません。召喚石はかなり万能なアイテムです。たとえRでもSRに匹敵するモンスターを生み出す可能性があります』
「って言われてもなぁ。
ま、とりあえず次引こう」
十回も引くんだから何かは良いのが出るだろう、そう楽観的に考えていた蒼太は次々とレバーを下ろしていき、最後の十回目を引き終えてしまう。二回目以降の結果は以下の通りである。
R:召喚石(小)
SR:無限収納ポーチ
R:増力薬
R:召喚石(小)
SR:恒久なる炎
R:聖なるネックレス
R:爆裂種
SR:召喚石(中)
R:耐火のローブ
「……マジで?」
『はい。残念ながらUR以上は出なかった様ですね』
「ノォォォォォンッ!!?」
シスから告げられた爆死宣言に、蒼太のライフはガリガリ削られていく。とは言ったものの、SRが3つも出ている時点で爆死からは程遠いと思うのだが。
『マスター。悲観する前にアイテムの確認をされた方が宜しいのでは?』
「……こういう時って、普通慰めの言葉の一つでも掛けるもんじゃないの?
いや、要らないけどさ」
『マスターの心拍数等を計測した結果、問題ないと判断しましたので』
「相変わらず反則級の有能さだな!?
……はぁ、もういいよ。アイテムの説明を頼むわ」
これ以上言い合っていても体力の無駄だと感じた蒼太は、使えそうなアイテムから順にシスに説明を求めた。
『それでは無限収納ポーチから説明させて頂きます。
その名の通りこれは見た目の何十倍もの荷物を仕舞う事が出来るアイテムです。ただし生き物は入れる事が出来ませんし、あまり多くの物を詰め込む事も出来ません』
「……待て待て、いきなり矛盾しているんだけど?」
『それはこのアイテムの製作者が「無限に入ればいいなぁ」という願いを込めて作られたからです』
「願望かよっ!?」
『次は恒久なる炎の説明です。
これもその名の通り一度使うとどんな魔法でも消す事は不可能となります。火力の調節は可能ですが、余り大きく変化させる事は出来ません。また燃え尽きて消えます』
「それただの火じゃねーかっ!?
……いや、魔法を受け付けないから一応は別なのか……?」
『次に召喚石について説明させて頂きます。
これも名前の通りモンスターの召喚に使用するアイテムですが、召喚されるモンスターはランダムとなっております。また召喚石の大きさによってモンスターの階級が変化します』
「因みに、モンスターの階級っていうのは?」
『はい。最弱のFから順にAまで上がり、最強クラスがS、これとは別に階級のない”?”の全8階級ございます』
「なるほど。……もしかしてだけど、一番小さい召喚石だとCランクまでしか召喚出来なかったりする?」
『その通りです、マスター。ご存知でしたか』
「いや、まぁ知っていたというよりは似てた、ってのが正しいんだけど……」
そう呟く彼の脳内では、例のあのゲームが思い起こされていた。膨大過ぎるアイテム量故にアイテム図鑑が発売された程のそのゲーム内に出て来ていたアイテムがガチャで排出されていた為、そうなのでは、と予測を立てたのだ。
『先程マスターの仰られたように、Rの召喚石ではF~Cまで、SRの召喚石ではD~Sまで、URの召喚石ではB~?までとなっております。因みにですがURの召喚石は現在確認されていません』
「それもゲームの設定と一緒だな。
……一応確認のために聞くけど、増力薬は短時間だけSTRを1.5倍するアイテムで、聖なるネックレスは呪い系の魔法に対する抵抗力を上げるアイテム、爆裂種は確かそのままでは使えない合成アイテムの素材だったよな?
んで耐火のローブは火属性の攻撃に耐性を持つアイテム、で合ってるか?」
『はい、全て合っています』
「そっか、なら良かったよ。……っと」
PCから正解の確認を得られた所で、彼の元に一陣の風が吹き込んで来る。髪を遊ばれる程度だったのだが、徐々に体温が奪われていくのを感じると徐に立ち上がり、身体についた木くずや土などを払っていた。
『マスター、戻るのですか?』
「ああ、結構冷え込んで来たからな。
ここら辺のアイテムってどうすればいい?」
『この量でしたら無限収納ポーチに全て入りますし、私の方で全て預かる事も可能です』
「シスの方に預けておく方がまだ安心出来そうだな。頼むわ」
『かしこまりました』
瞬きする間に足元からアイテムが消え去る、そんな超次元的な事が起きたにも関わらず平然とシスを持ち上げる蒼汰。ここまで無反応なのも、一日の内に余りにも多くの”理解不能”と出会ってしまい感覚がマヒしてしまっているからなのだろう。……普段がまともかと言われればそうではないが。
「眠たくなってきたし、さっさと寝る事にしよう。続きは明日な」
『かしこまりました、マスター』
暗転する画面を閉じ、脇に抱えて扉を目指す。良い感じで戻ろうとする蒼汰だったが、このとき彼は全く気が付いていなかった、いや、失念していた。帰った所で眠れる保証など無いという事を……