7.お手軽ダンジョン建造ですっ♪
「ずっと、ずっと一緒に居させてくださいっ!!」
シスに唆され部屋に戻った二人が最初に聞いたのは、そんな言葉だった。
「……えっと、本気?」
「はい、本気ですっ」
目をぱちくりさせる蒼太の前には、握りこぶしを造り力説する少女がいた。
「料理でもお掃除でも何でもしますからっ!!
……ケホッ、コホッ」
「まだ病み上がりなんだから無茶するなって」
「ううっ……はぃ……」
「取り敢えず体調が万全になるまでは安静にして貰うから、その話はまた今度な?」
「え……という事はそれまでの間は……?」
「ああ、この部屋で大人しくしていてもらうからな。
……何か都合が悪かったりするか?」
「いっいえそんな事はありましぇんっ!?」
「お、おうそうか……」
蒼汰のその言葉に全力を込めて首を横に振る少女。自分が噛んだことすら気付かない程の、余りの必死さに若干引いてしまっている彼だったが、ふと思い立ち改めて少女の事を真正面から目にする。
ほんの数時間前まで泥で汚れていた顔も、今では電灯の光を反射する程のすべすべした子供肌をさらし、艶のあるボブカットの金髪、そしてエルフ特有の横に長い耳は初めて見た時と比べて明らかにピンとしていた。
そうして怪しまれない程度の観察を終えた蒼汰の感想は、というと
(え、何この娘メチャクチャ可愛いんですけどっ!?)
……明らかな異常事態だというのに何とも呑気な事である。
「えっと、どうかしましたか?」
「あ、あぁいや何でもないよ。
……と、ところで君の名前は?」
「クラリスター・リィン=ヨースガルドです。クラリスって呼んで下さい」
「『リィン=ヨースガルド……』」
少女———クラリスの自己紹介を聞き何故か意味深げに呟くエリンとシス。だがその音量が小さかったのか蒼汰の耳には届いていなかったらしく、自己紹介を聞いて頷いた後自分も、と自己紹介をし始めた。
「おっけ覚えた。俺の名前は大川田蒼汰、蒼汰でいいよ。んで隣にいるのがエリン。
俺は今は一応ダンジョンマスターをしている」
「ダンジョンマスター、ですか」
この世界でダンジョンマスターというのは稀有な存在であるが、その存在はしかと記録媒体に保存されている。そのため未だ幼いクラリスでもダンジョンマスターと言う名称は知っていた。しかし聞き慣れない単語であるために、つい同じ言葉を反復してしまう。
「お兄さんは、えっと、凄いんですね?」
名を知ってはいるものの、具体的には殆ど何も分かっていない存在であるため、どうしてもその様な言葉の足らない褒め方になってしまう。
少々俯きがちにそう褒め言葉を言ったクラリスだったが、少女の愛らしさが蒼汰の残念な性癖に引っかかってしまった。
「……ごめん、今の所をもう一回頼む」
「ふぇ?……えっと、凄いんですね?」
「違う! そこより前の部分だ!」
「え、えっと……お、お兄さん?」
「……」
「だ、旦那様? どうして今にも消えてしまいそうなんですか?」
「ふっ、エリンは何も分かってないな。
……クラリス。エリンに『お姉さん』と呼んでやってくれ」
「は、はい、いいですけど……」
蒼汰による変な注文に戸惑うクラリスとエリンだったが、言う位なら、と彼のいう事を承諾する。クラリスは視線を蒼汰からエリンに移し、先程彼に言ったようにモジモジしながら口にした。
「えっと、お、お姉さん?」
「……」
エリンは彼の考えが全く理解出来なかった。ただの言葉に、彼をそこまで言わせる呪いのような効果があるものなのか、と。
だからこそ、彼女は簡単に———堕ちた。
「え、エリンさん……?」
「…………今の」
「は、はい?」
「……今の。今のもう一回お願いしますっ!!」
「ぃええっ!?」
素質があろうが無かろうが、容姿の整った子供に言われると誰でも堕ちてしまう魔法の言葉、『お兄さん(ちゃん)』と『お姉さん(ちゃん)』。
クラリスの言葉に完全に魅了されてしまったエリンは、まるでおやつをおねだりする飼い犬であるかの様に少女に縋り付き、本能のままにあの言葉を求めてしまっていた。
「え、えっと……お姉さん?」
「はぅっ!!……もう一回です!!」
「お姉さん」
「はぅぁっ!!
……もう一回、もう一回お願いしますっ!!」
「……お姉、さん」
「あああっ!?
そ、そのジト目からの『お姉さん』は反則ですっ!!」
「……お兄さん、助けて下さい……」
最初こそ付き合っていたものの、目の前で今にも涎を垂らしてしまいそうな、美少女とは思えない程の発禁モノの顔をしているエリンにドン引きし、恐怖さえ感じてしまっていたクラリスは隣の好青年に救援を求めた。自分では手に負えないと判断し、頼れそうな者に助けを求めた少女の判断は満点評価だろう、だが間違いである。
「おっけい任せておけっ!!
……その代わり、もう一回『お兄さん』って——」
「言いません」
「そんなぁ!?」
「旦那様、抜け駆けはズルいですよ!?
ちゃんと私も『お姉さん』って呼んで——」
「呼びません」
「そんなぁ!?」
「何なんですか一体……」
ダメダメな二人を適度にあしらいつつ、更に良くなって来ている体調に驚きながら少女は話を変えようと切り出す。
「と、とりあえず助けて下さってありがとうございます。
あの、お二方はダンジョンを管理しているんですよね?
それでダンジョン内で倒れた私を助けてくれた、と」
「まぁ、言ってしまえばそうだな」
「でしたら、どうして私はあの洞窟の中でモンスターに襲われなかったんでしょう?」
「あぁ、それはまだあそこがダンジョンとして機能していないからだと思う。と言うか、俺も今日ダンジョンマスターになったばっかりだから正直良く分かってないんだよ」
「ええっ、そうなんですか!?」
彼の言葉に驚きを隠せないクラリス。自分を助けてくれた時の行動や話し方からも熟練された何かを感じていたため、その様な勘違いを生んでしまったらしい。
その後もクラリスの質問に蒼太とエリンが答える、と言った形で会話が繰り広げられ、かなりの時間話し込んだ所で再びダンジョン経営についての話題に戻ってくる。
「私、ダンジョンがどのようにして出来るのか見てみたいですっ。
ただここでゆっくりしているだけでは、その、退屈ですから……」
「まぁ、確かにそうだな。知識的な面はエリンとシスがいるから助かるけど、実際のダンジョンについてはクラリスの方が経験として頼りになる、か。
……よし、ならみんなでやってみるか?」
「「はいっ!!」」
元気に返事をした二人の少女に、蒼太は優しい笑みを向ける。二人ともまだ知り合って日を跨いでいないが、それでもこの短時間で情が湧いてしまったらしい。
エリンに指示を出してシスを取ってきてもらった彼は、それをクラリスの足元にそっと置く。少女を挟むように位置どった蒼太とエリンは、そのままシスに話しかけた。
「シス、話は聞こえていただろ?
とりあえずダンジョン経営についてざっくり教えてくれ」
『かしこまりました、マスター』
「い、板が喋りましたっ!?」
生まれて初めて見る、柔らかい板を2枚引っ付けただけの様なモノから聞こえてきた音に、クラリスは声を裏返して反応してしまった。しかしそういう小さな天然ボケを拾っていると幾ら時間があっても足りなくなるので、蒼太は次に進もうと催促する。
『では手短にするべき事だけを説明させてもらいます。
まずダンジョン機能をオンにする所ですが、それはこちらでさせて頂きます。
次にCPを消費してダンジョンの階層数、また各階の細かな設定をします』
画面につらつらと書き連ねられていく文字を眺め、どんな構造にしようかと脳を働かせる蒼太。エリンも同じように思考を巡らせ、何時でも助言できるようにと配慮していた。
「試しに一階だけ造ってみるか。
形は四角形のドーナツみたいな感じにしよう」
「良いですね。シンプルでかつ分かれ道を用意するんですね?」
「そそ。シス、それでいけるか?」
『可能です。すぐに改造いたします』
「ああ、頼む」
一階の構造を彼から聞き入れたシスは、すぐさま直線だったあの洞窟の内部を大きく改変していく。その様子がPCに表示されていて、蒼太もエリンもクラリスも、皆が唖然としていた。
『完了しました。他の階層を造る場合は、より多くのCPを使いますがいかがいたしましょう』
「そうだな……CPがどれぐらい消費するかによるな」
『追加で一階層造る場合は10,000CPに加え、10,000CPに既にある階層数だけ2を累乗した値を掛けたCPの合算となります』
「えっと……つまり二階層を造ろうと思えば30,000CPが必要で、三階層を造ろうと思えば50,000CP要るって事か」
『そういう事です、マスター。
……話を戻しますが、二階層を造りますか?』
「うーん、どうするかなぁ」
ダンジョンとして機能したばかりである為、今すぐ二階層が必要になる事は無いかもしれない。しかしいざと言う時に造っていなかったせいで損をする、という事もあるかもしれない。そんな造る造らないの間で堂々巡りが起きていた蒼太に、横から導きの手を差し伸べられる。
「でしたら旦那様、こういう構造にするのはどうでしょうか?」
エリンは身振り手振りと巧みに言葉を使い、皆に自分の中の設計図を伝える。彼女自身、短時間で考えたにしては中々良い出来だと自負していたため、言い終えた後の周囲の反応に神経を尖らせていた。
「なるほど……」
「ど、どうでしょうか……?」
「……うん、その案でいこう。何だか上手く行きそうな気がするし」
「あっ、ありがとうございますっ!!」
彼からの褒め言葉を受け、隠せていないニヤケ顔のまま深々と頭を下げた。傍から見ればオフィスで働く上司と部下の関係図にしか見えないのだが、当の本人たちは全く気付いていないようだ。
「という訳だから、シス頼んだ」
『かしこまりました。ただCPの消費が少し多くなりますが』
「ちょっとぐらいなら問題ない、かな」
『了解致しました。すぐに取り掛かります。
……完了いたしました』
「えぇ……数秒で出来ちゃうのかよ」
『今回は簡単な構造でしたので。
それでは最後にPOPするモンスターの設定と素材のドロップ率、そしてダンジョン内で手に入るアイテムの設定をしてもらいます』
「あー、何だか聞いてるだけでも面倒そうなんだけど……」
『ご心配ありません。既に候補となるモンスターやアイテムは絞っていますので、マスターは選ぶだけで構いません』
「……本当に思うんだけど、絶対俺要らないよね? ねぇ?」
度を越して有能さを発揮するシスにたまらずツッコんでしまう蒼汰。何度も言うようだが、傍から見ればPCに話しかけている青年という、シュールにも程がある光景が完成してしまっている事に本人は気付いていないのだ。ツッコむ前にそちらに意識を向けるべきなのだが。
シスに提示されたモンスターリストから無難にゴブリンを選び、アイテムも薬草など基本的な物を選択するとシスがそれをダンジョンに組み込んでいく。
『これで大まかですがダンジョン経営ですべき事を全て終了いたしました。もし今後不明な点がありましたらその都度言って頂ければと思います』
「終わっちゃったよ……殆ど何もしてないのに」
淡々と説明が終わってしまい、謎の脱力感を感じつつ電灯しかない白い天井を仰ぐ蒼汰。周囲から乾いた笑い声が聞こえてくる中、彼の中で一つ苦悩が増えるのだった。