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6.全力の看病と決意ですっ






 二人の予想以上に少女の容態は酷いものだった。極度の疲労から来る発熱に加え豪雨に晒され続けた事による体温低下、それによって免疫力が低下し切り傷から侵入した微弱な菌にすら対応できなくなっていた。




「さて、保護したもののどうするかな……」




 頭を掻きながらそう呟く蒼汰のいる場所は、先程シスに頼んで増築した六畳ほどの小部屋。シングルベッドと申し訳程度の椅子、テーブルしかないが休息を取るという目的だけなら十分だろう。

 ベッドに寝かされている少女はエリンのお陰で着替えが済んでおり、今は薄ピンクのパジャマを着て横たわっている。しかし息遣いは荒く、体から熱が引かない以上、ここからが大事な所である。




「私、一応回復魔法は使えますがこの病気に効くかは分かりません……」


「そっか……って回復魔法使えるの?」


「はい、記憶の中にある基本的な魔法は全部使えるようです」


「凄いな……って感心している場合じゃない。

エリン、その回復魔法の中に状態異常を回復する魔法は無いか?」


「ある事にはありますが……風邪とか病気には効果が無いと思います」


「なら別の手段だろうな。

……その情報の中に料理とかは含まれてる?」


「あ、はいありますよ」


「だったらエリンは何か病人が食べやすくて栄養の取れる料理を作って来てくれるか?

材料はシスが用意してくれているみたいだし」


「分かりましたっ! 私、頑張ってきますねっ」




 そういって元気よく小部屋を飛び出していったエリンを見送ると、蒼汰はPCに向けて声を発する。




「……シス。今のやり取りは聞いていただろ?

何か病気を治せるアイテムってあるか?」


『はい、マスター。マスターなら知っているかもしれませんが、万能草というアイテムでしたら』


「いや、それはダメだ」




 ゲーム内でお馴染みの様によく出て来るアイテムの一つ、”万能草”。どんな状態異常をも治すというゲーマーや冒険者には欠かせない必須アイテムだが、残念ながらこれは少女には使えない。何故なら使用法として非常に苦い薬草を丸々食べなければならないからである。そんな力は彼女には残されていない。




『はい。ですから今回はその万能草を使った飲み薬はどうかと』


「……なるほど、それはアリだな。因みにそれは病人の少女でも飲めるか?」


『味は当然ながら苦くなっていますが、飲めます』


「ならそれを用意してくれ。後出来たら上に出現させずにテーブルの上とかに出現させてくれ」


『かしこまりました』




 蒼汰が注文を出した直後、例の登場の仕方でテーブルの上に緑の液体が詰まった瓶とコップが置かれていた。彼は瓶を手に取り、コップに注いでいるとシスから声が飛んでくる。




『それは一回につきコップ一杯となってます。計四杯飲めるようになっていますので、昼を過ぎている今日は二杯、今のタイミングと夕食時に飲ませて下さい』


「まるで病院から出されるお薬だな」


『それでしたら注射器やナース服を用意いたします』


「いらねぇよっ!!」




 お決まりなのか一連のやり取りをしながら、蒼汰はカップ八分目まで注いだ飲み薬のフタを閉じる。零さないようにそれを、未だに目の覚まさない少女の元まで運ぶと、頭を起こして口に近付けてやる。




「飲め……ないよな」




 未だに呼吸の乱れている少女を見下ろしそう嘆く蒼汰は、シスにスプーンを用意させ、少々荒業だが口の中に無理やり捻じ込んでやる。




「んっ…………がはっ、ごほっ……!!」


「だ、大丈夫か!?」




 彼の中では強引なりにもゆっくり流し込んでやったつもりだったが、恐らく薬が喉に撥ねたのだろう、急に激しくせき込む少女に慌てふためいてしまう。しかしここで手を止める訳にもいかないので、咳が止まるタイミングでまたスプーンを運び、今度はより慎重に薬を口内に落とす。

 何度か同じ作業を繰り替えし、ようやくコップの底が見え始めたタイミングでエリンが白い食器を持って部屋に入って来た。




「旦那様っ、お粥で良かったですか?」


「良いも悪いも完璧だよ、ありがとう……って凄いな!?」




 彼女の手の内にある器には、部屋の光を反射してキラキラと輝く白いスープ状の料理が盛られていた。所々に散りばめられている緑色の葉が食欲をそそり、器から溢れる湯気やお米独特の甘い匂いがそれをさらに加速させる。

 写真を撮って深夜にSNSにでも投稿すれば間違いなく爆弾投下になるだろう、破壊力バツグンの料理(それ)を手にして微笑むエリン。彼には大天使が地上に舞い降りたまさにその瞬間にしか見えなかった。




「やべぇ……俺も食べたくなってきた」


「ならすぐに旦那様の分も用意させて頂きますよ?」


「マジで!? って言いたいけど……」


「んんっ…………ここ、は」




 聖女(エリン)によるお粥侵攻が始まりそうになる直前で、それを止めるが如く短い唸り声が二人の耳に届いた。ベッドの方では寝苦しそうに身を捩る少女の目が、薄っすらと開いたかの様に二人の視界には映る。

 その後、口から漏れた言葉を聞き逃さなかった蒼汰達は、少女の傍に寄り添いながら華奢な体を起こし支えてあげる。




「まだ身体とか重いだろ? あんまりムリしなくていいからな?」


「え、あ、はぃ……」


「取り敢えずこれ、食べられるか?」


「あ、はい……」




 焦点の定まらない目で蒼汰の運ぶスプーンを何とか追いかける少女は、自分の口元まで来たそれを勢いよく咥え込む。するとその直後、病人である事を忘れるぐらい少女の目が見開かれた。




「お、美味しいっ!!!!」


「そっか。それは良かったな。

ほれ、まだまだあるからたんと食べろ。自分で食べれるか?」


「は、はいっ、有難うございましゅっ!!

…………あぅ」


「ははっ、そんな慌てなくていいから」




 熱の所為なのか照れの所為なのか、さっきに比べてまた一段と朱に染まる頬を小さな手で隠す少女。その前に木製のスプーンと一緒にお粥の入った器を置いてやる蒼汰は、何故か俯いて小刻みに震えるエリンとPC(シス)を連れて部屋の扉の方まで歩き出す。




「あ、あのっ」


「取り敢えずそれ食べたら枕の横にでも置いておいて。後で取りに来るから。

それまでちゃんと安静にしてろよ?」


「え、あ、はい……」




 少女の元気な返事を聞けた事に満足した蒼汰は、何か言いたげだった少女の態度には気付く事無く、その部屋を後にした。




「……で、エリン。どうしたんだ?」




 少女が目覚めてから一言も発していなかった彼女をベッドに腰掛けさせ、優しい口調でそう切り出す。だがその優しさが追い打ちとなったようで、彼を見上げたエリンの両目から滝のように涙が溢れ出していた。




「だ、旦那様ぁ~っ!!!!!!」


「ちょっ、おまっ抱き着くなって!!」


「あんな小さな女の子に『ご飯美味しい』って言って貰っただけなのに、何でか分からないんですけど涙が止まらないんですぅっ!!!!」


「分かった、分かったから一旦離れろって!!」


「ううっ……ぐずっ……」




 少々力任せに彼女を引き剥がした蒼汰は、深くため息をつくと彼女を諭してやる。




「あのなぁ、これぐらいで泣いてたらこの先毎日が大号泣だぞ?」


「た、確かにそれもそうですね……

わ、分かりました。旦那様みたいに我慢するようにしますっ」


「……別に我慢はしてないんだけどなぁ」




 変にキラキラした目線を送られ気恥しそうに髪を掻く蒼汰。何となくではあるがこの二人の空間が今いい雰囲気なのだが、残念な事に空気を読めないモノ(・・)がいた。




『マスター。例の少女がもう少しで食事を終わりそうです』


「……うん、色々言いたいけどもういいや」


「旦那様? どうしてそんな死んだ魚の様な目を……」




 何かとお騒がせな二人(?)に現実逃避したくなる彼だったが、内心どこかで期待していた───あの何も無かった頃よりはずっと楽しくやっていけそうだ、と。

 やれば何でも完璧にこなしてしまう妖精嫁に万能ハイスペック喋るPC、そしてこれから増えるやも知れない多くの者に思いを馳せながら、誰に向かって言った訳でもない、ただの独り言を小さな声で吐き出す。




「やるしかないかぁ……ダンジョンマスター」




 この決意をした瞬間から、彼のダンジョンマスターとしての歯車は回り始めた。それは彼女に感化されたからではなく、純粋な彼の本心からだという事は、多分彼以外には知る由も無いだろう。





















────────────────────────






 死んだ、と思っていたのになぜだかまだ感覚があった。でも身体が焼ける様に熱いし怠い、頭痛は酷いし喉もチクチクした痛みがずっと襲っている。身体を動かそうにも力が入らないし、瞼も開けられそうにない状態で、無理やり口をこじ開けて何かを入れられる感覚がした。




「んっ…………がはっ、ごほっ……!!」


「だ、大丈夫か!?」




 いきなりだったので思わずむせてしまう。その時に男の人の声がしたけど、それが誰だか確認するような余裕は全く無かった。しかもその後も続けて口に同じ苦い味の何かを口に入れられてしまう。何とか飲み干すことは出来るので苦いのを我慢しながらそれを飲んでいると、不思議な事に身体の怠さが少し楽になった気がした。もしかしたらこれは薬だったのかもしれない。

 途中から何かいい匂いが漂って来たり女の人の声がしたりと騒がしくなってきたし、身体の具合も少しマシになって来たので声を絞り出してみた。




「んんっ…………ここ、は」




 ほんの少し目を開けると、人間の男の人と何の種族か分からない女の人が私の身体を起こして支えてくれていた。全く知らない人達だったけど、どうしてだろう。心から安心できそうな気がしたんだ。




「まだ身体とか重いだろ? あんまりムリしなくていいからな?」


「え、あ、はぃ……」


「取り敢えずこれ、食べられるか?」


「あ、はい……」




 私の口に何かまた運ばれて来て、それから物凄くいい匂いがしたから思わず飛びつくように食べてしまっていた。でも口の中にそれが入った時、自分の行動は間違って無かったと思えるぐらいの味がブワッて広がった。




「お、美味しいっ!!!!」


「そっか、それは良かったな。

ほれ、まだまだあるからたんと食べろ。自分で食べれるか?」


「は、はいっ、有難うございましゅっ!!

…………あぅ」


「ははっ、そんな慌てなくていいから」




 やってしまった。恥ずかしい。これでは私が、どう見ても食い意地を張った子にしか見えない。でもその男の人は笑って流してくれた。何て優しい人なんだろう。

 私がその料理を手に取ろうとすると、男の人は女の人を連れて部屋の扉の方に歩いていった。何か、何かお礼を言わなきゃ。そう思って声を出したのに、男の人が邪魔をするかのように言葉を被せてきた。




「あ、あのっ」


「取り敢えずそれ食べたら枕の横にでも置いておいて。後で取りに来るから。

それまでちゃんと安静にしてろよ?」


「え、あ、はい」




 それだけ言うと、出ていってしまった。お礼を言おうと思ったのに、タイミング悪いなぁ。




「……美味しい、なぁっ」




 初めて食べる料理なのにどうしてここまで美味しく感じるんだろう。無意識に動かしているスプーンを眺めながらそんな事を考えてしまう。でも、その答えはとっくに出ていた。……あの人達が作ったからだ、あの人達の”人柄”がこの料理に出ているんだ。




「……どうしよう」




 気付くともうほとんど中身の残っていないお皿の底を見つめながら、私は呟いた。これを食べ切ってしまえば、もしかしたら追い出されるかもしれない。忌み子の私だから、それが当然の行為なのは知っている、分かっているつもり。

 でも、もうあんな惨めな思いは嫌だ。あの優しい人達に見捨てられるのは、もっと嫌だ。嫌だ。嫌だっ。




「……聞いて、くれるかな」




 だから私は、扉を開けて入って来た優しい人達に自分の想いをぶつけるんだ。






「ずっと、ずっと一緒に居させてくださいっ!!」






 地図なんてもうどうでもいい。目的地もだ。

 私は、たとえ間違っていたとしても自分の幸せがここにあると信じる事にした。







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