12.勝利の美酒、ですっ♪
クイズ大会の翌日の昼間、蒼汰は普段と同じくリビングで寛いでいた。それだけを聞けば退屈な時間を過ごしているように思えるが、実際はそうでは無かった。たとえ普段と同じ行動を取ったとしても、状況が普段と違うのである。
「旦那様ぁ……えへへ……」
「はぅぅ……」
「……何で?」
左右から感じる温かな重みに、蒼汰は思わずそんな疑問を漏らしていた。しかし、当然のようにその疑問はスルーされ、代わりとして重量感が更に増していった。
蒼汰自身、一体何が起きたのか理解出来ていなかった。ただ記憶の一端に残っているのは、食後すぐにソファで寛いでいた所に二人の少女────エリンと、垂れ目が特徴的なメリーヌがやって来た、そして何も言わずに擦り寄っていたという事だけである。
「……あの~」
「……ふふっ……」
「えっと……?」
「はぅぁ……」
「……お願いだから話ぐらい聞いてくれない!?」
その状況にいたたまれなくなった蒼汰がそう叫ぶと、流石に無視する事も出来なかった、というより彼の言葉が漸く耳に届いたようで、二人は顔だけを彼の視界に入る様に持ち上げた。
「どうかしましたかっ? 旦那様っ」
「……どうして何事も無い様に喋ってるのか問い詰めたい所だけど。
それより、何でこんな事になってんの?」
「こんな事、とは?」
「この状況だよっ!!
何で二人共くっついてんの!? 俺そんな事頼んだっけ!?」
「違いますよ、旦那様っ。これは”ご褒美”ですっ♪」
「……ご褒美?」
エリンの言葉に引っかかりを感じた蒼汰は、少し記憶を旅してみた。そして、昨日のクイズ大会で似た発言をした事を思い出した。
「……あぁ、そう言えばそんな事を昨日言ったっけ?
アレだよな、その……”優勝したチームは願い事を何でも一つ叶えてやる”ってやつ」
「その通りですっ♪」
「……で? それがどうしてこうなるの?」
「はいっ、私とメリーヌちゃんのお願いを叶えてもらおうと思いましてっ♪」
「な、なるほど?」
未だに身体を密着させる彼女からの説明に、いまいち理解していない様子で首を振っていた蒼汰。彼女達の考えを端的に言ってしまえば「ご褒美は私達を甘やかしてくださいっ♪」という事なのだが、どうやら言葉より行動が先行してしまったらしい。エリンらしいと言えばそうなのだろうが、何も知らされずに急接近されるのは、まだ純潔を守っている蒼汰からすれば何とも心臓に悪い案件である。
「……はぁ。まぁ、俺としても悪い気はしないから良いんだけどさ……」
説明を求めている間も一ミリたりとも離れようとしない二人に、完全に諦念してしまった蒼汰は二人の顔を交互に見て、そして軽くため息をついた。
「……それで、他の三人はどうしたんだ?」
「それなら、シスさんを使ってそれぞれ願いを叶えていますよっ」
「へぇ、そうなんだ。因みにどんなの?」
「そうですね、ラザン君は本を沢山読みたいと言ってたので図書室を作り、ギースちゃんが本を外に買いに行きましたっ。他にはラナちゃんが裁縫をしたがっていたので裁縫室を作ったり、ニッケちゃんはお菓子作りがしたいと言ってたのでニッケちゃん専用の調理室を作っておきましたっ♪」
「お、おう……結構自由にやってるな……」
「そう言えば昼からシス無かったな……」と、意外と皆がシスに順応している事に若干顔を引き攣らせていた蒼汰。そんな時だった。話しているエリンとは逆の方向の、彼の左腕の重みがスッと消えたのは。
「……ん? えっと、メリーヌだっけ、どうした?」
何事だ、と首を捻った蒼汰の目に映ったのは、上目遣いで見つめる少女だった。顔が少し赤らんでいたのは温度によるものなのか、それとも別な理由があるのか、それを彼に知る由は無かったが、それでも何か言いたげな様子だという事は窺い知れた。
「あ、あのぅ……」
「ん?」
「頭を、頭を撫でて欲しいですぅ……」
「……頭を? ……俺が?」
「だめ、でしょうか……?」
一体この様な小悪魔行為を誰に教わったのだろうか。瞳を潤ませ強請るメリーヌによって、蒼汰の疼いてはいけない部分が酷く揺さぶられてしまっていた。
本能に身を任せた蒼汰からゆっくりと手が伸ばされる。そしてそれが頭の上に届くと、少女は身体をビクつかせた。
「っ……」
「っとごめん。痛かったか?」
「い、いえ、その……こういうのに慣れていなくて驚いただけですからっ。つ、続けて下さいっ」
「お、おう……こうか?」
「はぅ……」
少々食い気味に蒼汰にせがむメリーヌだったが、彼に頭を撫でられるとすぐに蕩け顔に変わってしまう。横長の耳をだらんと力無く垂らしているその姿は、まるで飼い主にあやされる飼い猫である。
二度、三度と往復する毎に「はぅ……」や「はぁぅ……」の様な声を上げながら、されるがままのメリーヌは自ら身体を蒼汰の方へと擦り寄らせていく。
「そんなに撫でるのいいのか? って聞いてないし……」
「ふにゅぅ…………」
甘える様に頭を突き出してくる少女に苦笑するも、こういうのも悪くないと感じる蒼汰。一応言明しておくと、まだ小学生ぐらいの赤の他人の少女を撫でまわすのは、日本ではまず通報モノである。お巡りさん、こいつです。
そんなグレーゾーンギリギリを渡っているとは知らず、割と状況を楽しみ始めていた蒼汰だったが、彼は完全に失念していた。背後にもう一人、恐らく一番甘やかして貰いたがる者がいる事を。
「……旦那様っ!!」
「ぅおおぅっ!!?」
「きゃっ!?」
背中に弾力のある圧力を感じたと思えば、即座に首元に手が回される。それが意味するのは即ち、彼女からの逆あすなろ抱き攻撃が炸裂したという事。
四角からの奇襲に肩を跳ね上がらせ声を上げてしまい、目の前の少女にも被害を与えてしまった蒼汰。そんな彼の耳元に、彼女の甘い息がかかる。
「旦那様、どうか私も撫でて下さいっ」
「っ……」
それは余りにも魅力溢れる誘惑だった。メリーヌではやや危険が残るその行為でも、大人びて見える美少女妖精の、付け加えて嫁(※自称)である彼女ならば問題はない。
だがしかし、甘い蜜を手にしようと彼が振り返ろうとしたその時だった。
「っだ、ダメですっ!!」
「おおぅっ!!?」
視線を逸らした途端、彼の腹部を強烈な衝撃が襲い掛かった。元々その場に居たのが三人だった為犯人をすぐに特定出来た彼は、未だに自分の腹から退こうとしない金髪エルフ少女に視線を向ける。
「……メリーヌ? 一体何を」
「わ、私も撫でて下さいっ」
「……いやいや、さっきまで十分に撫でてたくない?」
「ダメですっ、もっと撫でて下さいっ」
「えぇ……」
「むうっ。メリーヌちゃん、旦那様を困らせてはいけませんよっ?」
(ちょ、当たってる当たってるって!!)
メリーヌの言葉に反を述べるエリンは熱を入れ過ぎた余り、腕に力を込め前のめりになっていた。ミシミシと音を立てている気がするが、彼としては理性メーターが吹き飛びそうな事の方が大問題らしい。
「で、でしたら一緒に撫でて貰えばいいんじゃないでしょうか?」
「……へっ?」
「あっそれですっ♪ そうしましょうっ!!」
「旦那様っ!!」「ご主人さまっ!!」
「お、おぅ……?」
彼の知らない所で意見を一致させた二人は、獲物に向けて吠えた。
「「撫でて下さいっ!!」」
「は、はいっ……?」
その迫力に押され切った蒼汰は首を縦に振る。振らなければどうなるか分かったものではないそれは、最早一種の拷問である。
物理的に手の届く距離にいるのに、少女二人の思考が全く理解出来ず冷や汗まで掻き始めて来た彼を二人はソファに座り直させ、そして────膝に頭を乗せた。
「えいっ」「えい、ですっ♪」
「……は、はぁっ!?」
「旦那様っ!! 早く、早く撫でて下さいっ♪」
「わ、私もお願いしますっ」
「えっ、ちょ、マジで何が起きたか確認だけ─────って俺の手を勝手に頭に持っていくなって!?」
二人の少女の頭が強引に膝の上に乗せられた彼は、止むを得ずと言った様子で二人の頭を神の流れに沿って撫で始めた。彼の溜息を吐きながらのぎこちない動作に、最初こそ不満げに頬を膨らませていた二人だったが数秒足らずで表情金が緩み始めていた。
そして一分も経たないうちに、二人は完膚無きままに堕落した。
「えへへ……天国ですっ……」
「ふふっ……幸せですぅ……」
「……マジで何なの? ねぇ、誰か教えてくんない?」
まるで彼の膝の上こそが探し求めていた理想郷だと、顔で指し示す二人。エリンに至っては口から涎まで出そうになっている程だ。
「ハーレムリア充じゃねーかよっ!!」と言われても仕方のない光景だが、当の本人は寧ろげんなりとしていた。意外と彼の貞操や理性は固いのかも知れない。
このまま時間が来るのを待てばいいだろう、そう考えていた彼だったが、こういうドタバタ展開の締めには当然のように不運・不幸がついていた。
「お兄さ────えっ……」
「……タイミング悪すぎだろクラリス……」
「お兄さん? い、一体何がどうなったら女二人を同時に膝枕出来るんですか命令ですか!!」
「お、落ち着いてくれっ!? ち、違うんだこれには色々と事情がだな」
「聞きませんっ!! 今日という今日こそはもうダメですっ!!
シスさんに頼んで牢獄を作って来て貰いますっ!!」
「待って牢獄って何!? 俺罪人扱いなの!?
って行っちゃったよ……」
「えへへぇ……旦那様ぁ……旦那様ぁ……」
「ふみゅぅ……極上ですぅ……温かいですぅ……」
まるで話を聞いてくれないクラリスが出て行くのを見送ってしまった蒼汰は、目線の下から聞こえてくる蕩け切った声に、普段の倍長い溜息をつくのだった。どうやら、本日も彼の周囲は通常運転らしい。
その後シスを抱え戻って来るクラリスの誤解を解くまで、蒼汰の身体の自由は保障されなかったのだった。
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