29.ワンサイドゲーム、ですっ♪
蒼汰とクラリスが王宮で事を進めている一方、ギースとエリンもまた王国内で事を進めていた。
「エリン、二つ先の角を左だったか?」
「はいっ、その通路の奥に潜んでいる筈ですっ」
レンガブロックが不規則に敷き詰められ塀で仕切られた狭い路地裏を、予め知らされていた情報を互いに確認し合いながら二人は慎重に足を進めていく。
「しかし流石はエリンだな」
「何がですっ?」
「我が国自慢の魔法障壁をいとも容易く解除した事だよ。本来であれば腕利きの魔法使いが十二人体制で、更に時間をかけてゆっくり行うものなのだが……」
「魔法は妖精の専売特許ですからっ♪」
ヤタガラスに乗った四人はダンジョンを後にすると、誰も居なくなった貧困階級区に近い上空から侵入しようとした。事前にギースから魔法障壁の事を聞いていた為に、それに触れる直前でエリンが手早く解除、誰の目にも留まる事無く侵入を果たした四人はギースとエリンを地上に下ろし、別行動を取り今に至っている。別行動の理由としては、同時並行で進めていかないと時間が足りない、という蒼汰の意見である。
「……そろそろ情報の場所、か」
「ですね、気を付けていきましょうっ」
今から向かう所では戦いが待っている筈なのに、お気楽にも笑顔を向けるエリンがギースにとっては羨ましかった。自分を骨の髄まで陵辱し尽くした男達と一戦交える、その事を考えるだけで震えの止まらない全身を無理やり抑え込んでいた彼女は、会話する事と嫉妬する事ぐらいでしか気を紛らわせる事が出来なかった。
二人が発言通り裏路地の角を曲がると、その奥には周囲の建物によって完全に死角となっている、薄暗い溜まり場と、そこで屯する四人の若い男性森精人が厭らしい視線を送りつけていた。
「……どうやらここ、みたいだな」
「これはこれは。何処かで見た事のある顔だと思えばギース元隊長じゃないか。それと……上玉なお友達をお連れな事で」
「本当だ。よくあんな状態から復活出来たもんだ」
「また俺達に相手して貰いに来たのかな~?」
「…………」
ギースが溜まり場の方へ少しづつ歩を進めるのに合わせ、四人の中で最も目付きの悪い者が挑発するような口調でそう返してくる。それに続いて他の者も口々に彼女に言葉を浴びせかけ、ギースの心の余裕を奪う。
そんな四人に対し、ギースは自身のスキルで例の黒銀製の片手剣を生成し握り締めるも、剣先にまで無意識の震えが伝わっていた。
「ははっ、何だ。理性では抵抗しても身体が憶えちゃってるんじゃん」
「っ……」
「何だ? あの鞭や切り傷の痛みが忘れられないのか?
それとも───子宮に傷を付けられる痛みか?」
「ふ、ふざけるな……」
「しかし、アンタもつくづく不運な人だ。何でかは知らないけど、一度犯し尽くされた相手の前に再び現れて、そしてまた同じ過ちを犯そうとしているんだからなぁ?」
「ち、違う私は」
「いやいや、アンタはそっちの気質があるんだよ。徹底的に舐られ、身が擦り切れるまで蹂躙される事に悦びを感じる─────立派な雌豚の気質がなぁ!!」
「く、くそぉっ!!!」
「あっ、待って下さいギースちゃんっ!!」
忌々しい過去を呼び起こすように言葉を連ねる男共に侮辱され、遂に頭に血が上ってしまったギースは勢いに身を任せ飛びかかろうとする。しかし、そんな彼女の肩をエリンががっしりと掴み引き留めた。
「え、エリン離してくれないかっ!!
あんな、あんな奴ら生かしておけないッ!!」
「落ち着いてくださいっ。情に流されては斬れる敵も斬れませんよっ?」
「うっ……そ、その通りだな。
すまないエリン……」
「何だよ、せっかく返り討ちにして愉しんでやろうかと思ってたのに。冷めたことを言うもんだ」
エリンによって一時的な憤怒を抑えられたギースを見て、不服そうな表情を浮かべる男性。そうして一度リセットされた状況の中で、エリンは彼女にとある助言をする。
「ギースちゃん、旦那様からの伝言がありますっ」
「伝言?」
「コホンっ。
……”メイドとして大事な事を二つ教えておいてやる。
一つは何時如何なる時も主人の為に行動する事。
そしてもう一つ、必ず綺麗にお掃除する事”
らしいですよっ♪」
「……ぷっ、あははっ!!」
その場に居ない主を真似てなのか、口を少し尖らせて伝言を告げるエリンにギースは思わず吹き出してしまう。
───あぁ。やはりあの男は変わった奴だ。私の事を心配しつつ自分の趣味を押し付けてくるとは。
「ははは────はぁ、しかと承ったよアオタ殿」
心のどこかで蝕んでいた負の感情はいつしか消え、強張っていた顔からも力が程良く抜けて、更には全身の震えも収まっていた。ただ主君からの言葉を聞いただけでここまで安らげる自分に驚きつつも、ギースはポツリと感謝の言葉を漏らし、待ちくたびれている四人の方に再度構えを取った。
「そろそろ茶番は飽きたんだけど?」
「あぁ。好きにするといい。
……エリン、出来れば私一人でやらせてくれ」
「いいですけど……大丈夫ですか?」
「当然。それに、何かあったら助ける様にアオタ殿に言われているのだろう?
だったら、思う存分に暴れられるからなっ」
「……そうですねっ♪
頑張ってきてくださいギースちゃんっ♪」
激励を背に受け、ギースはじりじりと距離を詰めて来る四人全員に意識を集中させる。幾ら能力的開きがあり、戦闘経験でさえも凌駕している彼女でも、大の大人兵士四人を一度に相手にするのは難がある。だが彼女の存在と応援のお陰か、不思議と悪い気分にはならなかった。
(……全く、あの夫婦には感謝してもし尽くせないな)
「オオオォォォォォッ!!!!」
一度は無礼を働いた自分を快く迎え入れてくれている二人(蒼汰とエリン)を思い浮かべ口元を緩ませるギース目掛け、彼女と同じサイズ感の大斧が横薙ぎで迫り来る。それを片手剣で受け止める事はせず、屈みながら相手の懐に潜り込んだ彼女は大きく隙の出来た横脇に柄殴りを一発ぶち込んだ。
「ぐぁっ!?」
「まだまだぁっ!!」
脇への一撃に大きく体勢を崩した男の脇から、今度は長剣が振り上げられる。
余りにも隙だらけだ、そう思ったギースだったが不意に危険を感じ、それを信じて後ろへと大きく跳躍した。すると数秒前まで彼女がいた場所を弓矢と炎の槍が通り過ぎていく。
「ちっ、うまく誘導にかかればいいものを……」
「はっ、流石にそれぐらいは読めるさ。伊達に隊長を務めていなかったから、なっ!!」
「なぁっ!?」
大斧と長剣の二人の男の体勢が立ち直る前に、ギースは後衛の弓と杖を構えている二人の方へと駆け出す。自分の方へ迫る彼女を視認した二人は弓矢や魔法を乱雑に飛ばすが、それら全てが悉く弾かれ躱されていく。
そうしてあっという間に距離を詰めたギースは、その黒光りする片手剣を杖に叩き込もうとする。がしかし、男達の方もこれ以上好き放題させるつもりはない。
「そう簡単にやられるかよぉっ!!!」
「くっ!!」
黒銀の片手剣と鉄の合金で出来たナイフの、金属の擦り合う甲高い音が路地裏に響き渡る。それも、一度では飽き足らず二度、三度…………
打ち合いは徐々に激しさを増していき、火花の散り具合がハッキリと見える程に達した頃合で彼女の背後に前衛二人が詰め寄って来た。
「はっ、はっ……どうやら隊長もここまでみたいだな」
大斧を手にそう呟く男の言う通り、形勢は明らかにギースが不利へと変わっていた。後衛二人を討ち取るべく肉迫し過ぎた為に四方を囲まれてしまった彼女は剣の手を止め、その場に棒立ちになってしまう。
背後から掛けられる、ほくそ笑んだ男の言葉に、意外にも彼女は素直に反応した。
「あぁ、どうやらその通りらしい」
「何だ? 妙に潔いじゃねーか。
そういうのは嫌いじゃねぇ、なら大人しく寝てくんなっ!!」
男のその掛け声に合わせ、他の三人も一斉に武器で殴り掛かろうとする。
あくまでも殺すのではなく捕らえて後々恥辱の限りを尽くしてやろう。そういった慢心に近い嗜虐心が、彼らにギースが黒銀の片手剣を持っていないという事実を与えようとしなかった。だから、ギースは口角を珍しく吊り上げた。
「つくづくお前達は目先の利しか見ていない」
「「「「なっ────」」」」
彼女の言葉に反応する間もなく、目を大きく見開いた四人は景色が混濁する程の速度で四方へ吹き飛んでいってしまう。薄れゆく意識の中、それぞれが目にしたのはギースに直撃している自分の武器、ではなく自身の腹にめり込む鉄心の様なものだった。
「ったく、いつから私は片手剣しか使えないと言った。
私のスキルは武器生成、武器だと思うものなら何でも生成出来るんだぞ?」
溜息をつくギースの手に握られていたのは、十字に伸びるただの鉄の棒。生成時に伸縮を自在に変えられるそれは、長期的な使用はおろか敵を倒す事など考慮されておらず、複数の敵との距離を離す為に使う補助具だった。それを用いて見事に四人の意識を刈り取ったのだから、ギースが如何に戦闘技術面で優れているかが窺い知れる。
完全に伸び切ってしまっている四人の男に向け吐き捨てる様にそう呟いたギースの元へ、満面の笑みでエリンが近寄って来る。それに気が付いた彼女も鉄棒を一瞬にして消失させると、それに向き合った。
「ギースちゃんお疲れ様ですっ♪」
「ああ、ありがとう」
「それで……どうしますか?」
爆散する様に散り散りになった四人の男の誰かに目を向け、そう口にするエリン。顎に手を当て天を仰ぐギースは、思考を少し巡らせると何を思い付いたのか再び口角を吊り上げた。
「そうだな。ここを離れる前にもう少し復讐をしようじゃないか」
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