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27.お前は……ですっ






 四月末日、セルスト国内の一般階級区の中央広場に国民の全てが集められていた。波紋状に広がる石畳を歩く彼ら彼女らの表情は重く、どこか死地に向かう様な、そんな雰囲気を漂わせていた。

 お世辞にもいい雰囲気だとは言えないその会場に当初から設営されている簡易ステージの裏には、少し薄汚れた黄色い簡易テントが数多く並べられていた。




「それで? 各警備地点に異常は無かったのよね?」


「「「「はっ!!」」」」


「そう。ならいいわ。引き続き警備に当たりなさい」


「「「「はっ!!」」」」




 複数あるテントの中でも丁度真ん中辺りに位置するその中では、清掃に身を包んだアリシアと四人の衛兵、そしてロイの姿があった。

 彼女から指示を受けテントを後にする四人を見送った後、残った二人はより一層深刻な表情で話し合いを始めていた。




「ロイ。今日の進行予定は頭に入れている?」


「はっ。正午から国王様がステージで演説、その後衛兵達による戦闘実演と講習、最後に国王が歴代国王の慰霊碑に剣をお供えする、という流れです」


「うん、問題なさそうね。

……今日は何事も無い様に行事を進行させ、それと並行して裏で暗躍している者を捉える。貴方もしっかりと会場には目を光らせていなさい?」


「はっ!!」


「さ、私は裏から見ているから、貴方は持ち場に戻りなさい」




 アリシアのその言葉を受け、ロイは早足でテントの外へ出て行く。漸く一人になれた彼女は無造作に置かれた椅子に腰掛け、幕の隙間から国民達を眺めた。

───あぁ、何て酷い。誰の顔にも生気が宿っていない。まるで生きた屍ね。




「全く、バシクスは一体何を見ているのかしら……」


「失礼しますっ!!」




 憂鬱な気持ちを深いため息に乗せていたアリシアだったが、彼女の下に一人の衛兵が駆け込んで来る。動きやすい様にと胸当てや短剣で身を固めている辺りから伝達係だと彼女は推測した。彼の名前は憶えていない。




「国王様からの伝言を預かっています。

『私の演説が終わり次第、王宮の中庭に来て欲しい』との事です」


「バシクスが? ……何でしょう、何か重要な用事でもあるのかしら」


「王妃様、返答は如何いたしましょう?」


「分かりました、と伝えておきなさい」


「はっ!!」




 彼女の言葉の後、テント内に再び風の出入りが起きる。まだ冬を越したばかりの冷たい風がアリシアの頬を撫で、それによって彼女は思わず身震いしてしまう。




「う……流石にまだ寒いわね……

っとそんな事より、バシクスが一体何を言おうとしているのかを予測しておかないと。

恐らく私が裏で動いている事はバレていない筈、もしバレていたら即刻打ち首だもの……」




 どれだけ憶測を立てようとも、それは憶測の域を超えない。頭の中ではその事を理解しているつもりだった彼女も、いざ予測不能な事が起きればこうして口が動いてしまう。

 テントの外からは国民のざわめきが聞こえて来る。元々小さい筈のそれが聞こえる程に彼女は集中していたという事なのだろう。




「……嫌な話。どうしてここまで劣悪な国家運営が出来るのかしら」




 自分の立場を顧みずに嘆く彼女は、気付かない。この日を以て、全てが崩壊する(・・・・・・・)事を…………
























────────────────────────







 建国記念日には、例外なく全ての国民が招集される。たとえ病気に陥って寝込んでいたとしても、大きな怪我を負ったとしても、高位の貴族であったとしても。

 そのために王宮内はもぬけの殻、廊下や庭先を吹き抜ける風は軽い物を虚しく揺らしていた。




「ここで、いいのかしらね……」




 コの字に建造されている王宮の中心には対称的に花壇が造られ、太陽に照らされているその光景は鮮やかな絨毯を想起させる。

 その花壇を一望できる位置にある横長のログチェアに腰掛けたアリシアは、今日の日の為に輝いている様なそれを俯瞰する。

 赤を中心として黄色、白などの、花としては在り来たりな色の他に青やピンク、更には二色混合した花など、かなり珍しい色合いの花も植えられていた。それらが強弱様々な風によって前後左右に揺らされる光景は、多くを抱える彼女が何も考えずにただ眺める事の出来る、至福の一時へと成り変わっていた。

 そんな彼女の背後から、一つの大きな影が近付いてくる。




「ここにいたか、アリシア」


「……バシクス」




 頭に嵌められた金色のサークレットには幾何学的模様が彫られ、巨体をすっぽり覆う深紅のマントは彼の威厳を十分に証明している。

 アリシアに「バシクス」と呼ばれた彼こそがセルスト国の国王にして彼女の夫、バシクス・リィン=ヨースガルド。先程まで全国民に向けて演説を行っていた者である。

 彼の登場により重い腰を上げざるを得なくなり、ログチェアから立ち上がったアリシアは、早速本題に入ろうと自ら質問をした。




「何の用ですか?」「何の用だ?」




 二人の声がシンクロした瞬間、まるで時が止まったかのような静けさがその場を襲った。

 アリシアも、バシクスも、互いが互いに何を言っているのか分からないと言った様子で、相手の顔をまじまじと見つめてしまっていた。




「まてアリシアよ。私を呼び出したのはお前の方だろう?」


「いえいえ、何を言っているんですか。私を呼び出したのはバシクスではありませんか」


「何をバカな。伝達係を通して伝えて来たから、演説を終えてすぐに駆け付けたのだぞ?」


「伝達係を使って呼び出したのは貴方でしょう。私は貴方が演説する前に伝達係から聞いているんですが」


「いや、私はそんな事言った覚えはないぞ」


「私もありませんよ」




 たった一つも噛み合わない会話に、両者共に顔を強張らせしまう。

 一体、何が起きているのか。未だに混乱の収まらない脳内で必死に結論を出そうと模索する彼女は、どうやら自分と同じ様に原因究明に脳を回すバシクスに声を掛けようと一歩前に出た。だが、異常(イレギュラー)には異常(イレギュラー)が重なるものである。




「ね、ねぇバシクス—————」


「やあやあ!! もうお集まりの様で!!」


「っ!! ……!?」




 頭上から突如として聞こえて来た素知らぬ声に顔を向けたアリシアは、そこで言葉が詰まってしまった。

 自分の何倍もの体格を持つ、”国堕とし”の異名で文献に残される程の被害を引き起こす黒鳥。そしてその災害元に跨る青年と少女。それだけでも驚くには十分過ぎる要素なのだが、それ以上に少女の存在がアリシアの目を引いた。




「く、クラ、リス…………?」


「久し振りですね、お母さん」


「な、何故……? いや、でも……有り得、ない……」




 一度たりとも見覚えのない衣服に身を包み、自分を母だと呼ぶ少女。この国から出した筈の自分の娘が再びこうして目の前に現れた事に、アリシアの脳と心は散々に搔き乱されてしまう。

 急激な状況の変化にやられてしまったアリシアを細目で見つめる青年と少女は、跨っていた黒鳥を地面に下ろすと、颯爽と飛び降りた。




「うんうん、その驚き顔、いいねぇ~!!」


「お兄さん、そのキャラは何なんですか……」




 怪訝な表情でそう嘆く彼女の目には、独特な形状の薄茶色の帽子、首元までボタンを留めた白いワイシャツ、その上から羽織っている焦げ茶色のロングコート、そしてグレーの長ズボンの、まさにツッコんで下さいと言わんばかりの仮装を決め込んだ青年・蒼汰の姿が映っていた。




「何言ってるんだよクラリス。事件解決の時にはこの正装でないといけないんだぞ?」


「そ、そうなんですね……」


「お、お前は一体何者だ?」




 クラリスに間違った知識を吹き込む蒼汰に、今の今まで硬直していたバシクスが声を上げた。すると、それを待っていたかのように彼の口角は不気味なまでに吊り上がる。




「さて、何者だと思いますか? 国王様?」


「ふざけるなっ。その出で立ちが人間だという事を見抜けぬ程の実力が私に無いと思うか?

……愚かな人間風情でも分かる様に言ってやろう。

 この国は独自に開発した魔法障壁を球状に展開しているが為に、純血の森精人以外がその障壁に触れた時点で警報が鳴る。それを避けて国内に侵入するなど、ただの人間になど不可能。だからお前は何者だと聞いているのだっ」




 おどけた態度を取る蒼汰に憤慨しつつも、あくまでも権力者としての威厳を保とうとするバシクス。だが、これが逆に彼の中に眠る悪魔を呼び起こしてしまう。




「いやいや、答えならとっくに出てるじゃないですか。

─────”魔法障壁を突破した人間”だって、ね?」


「クソッ、まともに答える気が無いのか貴様はっ……

まぁいい、それで? そんな不可能を可能にしたと戯言を吐く人間が、何故ここに来たのだ?」


「さぁ? それも自前の実力とやらで考えてみたらどうですか、国王様?」


「馬鹿にしよって人間風情がっ……!!」




 一つ一つの返しに嘲笑を込める蒼汰は、沸々と怒気が高まる所為で目元や口元が徐々に凶悪になりつつある目の前の国王を一瞥すると、さも興味が無い様に口を開く。




「ま、そこはどうでもいいんで答えを言っちゃいますけどね。

何、ちょっとした答え合わせをしに来たんですよ」


「答え合わせ、だと?」


「そ。今回の二つの事件のね。

さて、順番に話すとしようかな。まずは事件の再確認から」




 そう言葉にした彼は両手をコートのポケットに突っ込み、その場を歩き回り始めた。完全に自分に酔いしれている彼に近くから冷ややかな目線が送られているのだが、当の本人は全く気にしていないらしい。




「今回の事件は二つ。クラリスの誘拐とギースの陵辱及び遺棄。どちらも無関係だと思うかもしれないけど、意外な事にこの二つは関連のある事件だった。それを紐解いていくためにはまず、クラリスの件から解決していこう。そのためには一つ、明らかにしておかないといけない事がある」


「お兄さん、それは一体……?」




 少女の疑問を受けた探偵気取りの蒼汰はその足を止めると、唯一周囲の者と反応が異なっていた者を指差し、高々と確信に触れた。




「なぁアリシアさん。どうしてアンタ、ハーフエルフであるクラリスを産めた(・・・)んだろうなぁ?」


「っ……!!」


「……確かに、今までどうしてその事を考えなかったんでしょう。

ハーフエルフは人間と森精人との間でしか生まれない。

でも、だとしたらお母さんは人間の男性と、その、そういう事をしたって事ですよね……?」


「いや、それは違うぞクラリス」


「ま、まってそれは……」


「いや待たないねっ。

……もう一つの可能性、いや違うな。ここには思い込みで消えてしまった事実(・・)があるんだ」


「くっ……」




 身体がそうなっているからか、震えた声で彼の言葉を遮ろうとするアリシアだが、それで止まる程蒼汰は生易しくは無かった。歯軋りの響く中、彼はクラリスに向け、今の今まで明かされなかった真実を語る。




「国王様が純血エルフを排除し終えてから数年後、それが落ち着いた頃にクラリスは生まれている。だが、そうだとしたら有り得ないんだ。アリシアが人間の男との間に子供を産むのは。当然、王家の血を引き継いでいる国王様が人間であるはずもない。じゃあどうしてハーフエルフが生まれた?

……ここにはトリックがある。今の話は全て、アリシアがエルフ(・・・)という前提で成り立っている」


「……ま、まさかそんなっ!?」


「っ……」


「そう。クラリスがハーフエルフとして生まれた理由はただ一つ!!」




 右手の人差し指で帽子のつばを軽くはじくと、そのまま天に向けて突き立て、蒼汰は苦汁を舐めたような表情を浮かべるアリシアに向けて言い放った。





「アンタ、本当は”人間”なんだよな?」




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