25.束の間の雑談タイム、ですっ♪
降り注ぐ陽光を遮る巨木の傘によって広がる影の中、四人はエリンお手製の豪華な弁当に唸り声を上げていた。
「こ、これ本当にエリン一人で作ったのか……?」
「はいっ♪ 私、頑張りましたっ♪」
「す、凄いです……こんな美味しそうな料理見た事がありません……」
「ああ、これが一流の料理人の手で作られたと言われても驚かない自信があるよ……」
赤、緑、黄を白で挟んだ、色彩豊かなサンドイッチや外から見て分かる程に良く揚げられた唐揚げ、そして主役並みの光沢を放つサラダなど蒼汰の世界でも定番の料理もあれば、味の想像がつかない謎の黒いスティック状の何かや、白とピンクという変わった色合いの球体と言った異世界ならではの料理も視界の一端に映る。
しかし異世界の料理が地球の料理の良さを妨げているかと言えば、全くそんな事は無い。藁の様なもので編まれた、一つの大きな籠にキッチリ収められたそれらは、重箱に必ずと言っていい程存在している黒豆やかまぼこの様な立ち位置で、寧ろ他の料理を華やかに飾っていた。
「じゃ、早速いただきますっと」
「「「いただきます」」っ♪」
食欲をそそる匂いに我慢のならなかった蒼汰は、食卓で待ちに待たされた少年みたく雑な掛け声をしてサンドイッチに手を伸ばした。他の三人もそれに続き、それぞれが食べたい物へと手や箸を伸ばしていた。
「んまっ!! エリンこれ何入れたんだっ?」
「サンドイッチにはエレメンタルホグのハムとキズナドリの卵、それと水で戻したレタスを挟んでいますっ。旦那様に喜んで頂けて良かったですっ♪」
「この唐揚げも美味しいですっ」
「クラリスちゃんもそう思いますかっ?
えへへっ、それはけっこう自信作なんですよっ♪」
「どれどれ……おおっ!!
このサクサク、ジューシー!! 病みつきになるなコレ!!
でも、鶏肉とは違った食感だよなぁ、何使ってるんだ?」
「ふふっ、実はこれアルバニアスフカンの肉を使っているんですっ♪」
笑顔でそう口にするエリンに、クラリスとギースの手がピタリと止まってしまった。
アルバニアスフカンというのは、セルスト国のある大陸ともう一つの巨大大陸との狭間に位置するアルバニアス海峡に生息する鮫型のモンスターである。単体で小型ボート程の大きさを有し、鋭利な歯は初心者冒険者が着そうな粗鉄の鎧程度なら容易く噛み砕いてしまう。それだけでも十分に厄介なのだが、何より討伐して手に入る肉の肉質が余りにも硬く、一流の料理人ですら食材として扱わない様にする程。その為海を職場とする者達からは”海の赤字王”という非常に不名誉な呼び名が付けられている。
そんな誰にとっても得のない鮫の肉を絶品唐揚げに生まれ変わらせてしまったエリン。確かにこれだけの情報を持つ二人からすれば、声が出なくなってしまうのも納得のいく話だろう。
「ち、ちょっと聞いても良いかエリン……?」
「はいっ何でしょう?」
「その、料理スキルはどの程度まであるのだ?」
「料理スキル、ですか? それは持ってませんけど家事スキルなら最大ですよ?」
「なっ、か、家事スキルだとっ!?」
彼女の呟いた一言に激しい反応を示すギース。その隣でクラリスも口をあんぐりさせていた為に、エリンがまたぶっ壊れ性能を露にしたんだと蒼汰は悟った。
「ギース、落ち着けって。で、家事スキルって何だ?」
「す、済まない取り乱してしまって……
家事スキルというのはその名の通り、家事全般を補佐するスキルだ。ただ、これは統合スキルと言って、料理、掃除、裁縫、菜園、そして教育の五つのスキルを最大にするとそれらが一つに纏まり、新たなスキルとして家事スキルが手に入る。
ただでさえ五つのスキルを最大にするだけでも一生を費やすというのに、それを統合したスキルさえ最大とは……」
「そ、それだけ聞くと確かにヤバいな……」
「ヤバいなどという次元の話ではないぞアオタ殿っ。
今まで家事スキルを手に入れた者は伝記上二名のみ。しかもそのどちらもレベル2までしか取得出来ていないのだからな」
「てことは、エリンってもしかして……」
「ああ。私の知る限り世界一の料理の腕を持っている。それだけじゃない、世界一家事が上手いと言い切っていいレベルだ。
……一体、どうやってその域に達したんだ?」
「どうやってって、生まれた時には既に持っていたので……」
興奮気味に迫られるエリンが困り気味にそう答えると、それがまた彼女の刺激となってしまった。
「な、何だとっ!?
天性の統合スキル持ちとは、どこまで凄いんだエリンはっ!?」
「そ、そんなに凄くないですよっ?
他にもスキルは生まれ持ってますし……」
「それは真かっ!?」
「きゃぁっ!!」
ギースの爆発した好奇心によって、悲鳴にも取れる驚声を上げたエリンは、逃げ隠れるように蒼太の腕にしがみついた。そんな彼女の頭を軽く叩くように撫でてやると、彼はギースを諌めた。
「だからギース落ち着けって。そんなに詰め寄られたら誰だってビビるからな?」
「そ、そうだな済まない……
しかし、エリンのスキルについては本当に興味深いんだ。良ければ聞かせてもらえないだろうか?」
「だってさ。いいか、エリン?」
「はいっ、そういう事でしたら。
……えっと、生まれ持っている統合スキルだと家事、生成、騎乗、移動、能力向上、交渉、体術、武器、防衛、六属性魔法、高位魔法、身体変化魔法、古代魔法……」
「ストップストップ!!
多すぎて全部把握出来ないから!!」
「そ、そうだな……気安く聞いたのが失策だったと思わされる量だな……」
あれよあれよと出てくる単語に歯止めをかけた蒼太は、半ば無理矢理話を折り、先の件についての自分の考えを述べ始めた。
「とりあえずエリンが凄いって話は置いといて、さっきの話の続きをしよう」
「さっき、と言いますと国を造るって話ですか?」
「そうそう。と言っても特にこれと言った案がある訳じゃないんだ。ただ、最終的にそうなればいいなってだけなんだよ」
たとえ自重はしなくても、ただ一人の人間でしかない為に身の程を弁えはする、出来る事と出来ない事の区別もしっかりついている。常識的価値観は持っているつもりである蒼太にとって、それは単なる夢物語でしかない、がいつか叶えたいという願望でもあった。
そんな彼の意図を汲み取ってか、声を上げたのはクラリスだった。
「そういう事だったんですね、ビックリしました。
急に訳の分からない事を言うからお兄さんの事を一瞬だけ危ない人だと思いましたけど、そういう夢のある話なら私も賛成ですよっ?」
「……サラっと貶してくるなぁ。まぁいいけど」
「しかし、国を造ると言っても実際何をするつもりなのだ?」
「そう、それなんだよなぁ」
前の世界でもただ自分の部屋に篭っていただけ、やった事と言えば仮想の世界を救った程度。そんな彼が当然国造りなどした事がある筈もなく、何なら政治の"せ"すら分からない。
全くのノープランでの発言だと分かったギースは、彼のその大雑把な性格に溜め息をついた。
「はぁ、何も計画していなかったのかアオタ殿は……」
「し、仕方ないだろ?
国造りなんてゲームでしかやった事ないし……」
中学生の頃に牧場経営系のゲームや国家運営系のゲームを飽きる程やり尽くしてはいるが、そのどれもが言ってしまえば"指示しただけ"である。
彼の言い訳によって更に眉間にシワがよっていくギースは、仕方ないと言った様子を表に出した。
「なら微力だが私も協力しよう。これでも一応は政界に触れていた者だからな」
「おぉ、それはすげー助かるよ!!」
「あっギースちゃん抜け駆けはズルいですっ!!
旦那様っ、私も一杯サポートしますっ♪」
「う、うん程々にな……?」
ほんの些細な事であっても蒼太の事となれば嫉妬してしまう、それがエリンという残念系美少女である。
と、よくよく考えれば三桁超の年齢を持つ二人が彼の為に何かしようと意気込んでいる中、最年少の少女クラリスだけは苦い顔をしていた。
「クラリス、どうかしたのか?」
「……いえ、私はお兄さんのお役に立てないなって」
何かをしようとすればそれ相応の経験、知識、才能が必要となってくる。しかしそのどれもが自分には欠けていると、幼いながらにクラリスは自覚していた。
そんな少女の思いを十全に感じ取った蒼太は、ふっ、と優しく微笑みかけた。
「んな事ねーぞ?
クラリスにはクラリスにしか出来ない事があるからな」
「私にしか出来ない事、ですか?」
「ああ。クラリスはこの中で一番素直な意見が出せるからな。だから思った事を口にして欲しいんだ」
「え、でもそれって……」
蒼太の発言は正しかった。衛兵という縦社会に揉まれて生きてきたギースは論理的に正しい事を言おうとする傾向にある。エリンは言わなくても分かるように、蒼太絡みの発言がどうしても多くなり、終いには彼の言動の殆どに賛成、同意してしまう次第である。ここまで言えば、誰が一番素直な意見を出せるかなど一目瞭然だろう。
だが、少女の顔は晴れなかった。彼女にはそれが、どうしても自分がすべき事だと思えなかった。だから次に続く彼の一言が心地よく響いた。
「大事な事だからな。期待してるぞ、クラリス」
「っ……は、はいっ頑張りますっ!」
手に持っていた箸を握りしめ、彼の期待に答える意志を示そうとするクラリス。それに満足した蒼太は小さく頷くと、大元の問題点を口にする。
「とりあえず、当面はあらゆる面での"資源"の確保が最優先、かな」
天然資源、観光資源、経済的資源、そして人的資源。それらがどの程度必要なのか、どこから手に入れてくるのか。
一つの問題が新たな問題を生み出していく中で、蒼太が最初に目をつけたのは人的資源だった。
「なぁギース、確かセルスト国には奴隷商館があるんだったよな?
そもそも奴隷ってこの世界じゃどういう扱い?
俺の持ってる知識だと、借金を抱える人や犯罪者が人権を失って奴隷となって、お金で売買されて、買い主に絶対服従させられる、って感じなんだけど」
「それは半分正しくて半分間違っているな」
「と言うと?」
「奴隷は商館のある国によって法が違うんだ。その為にセルスト国では家畜の様に扱われているが、別の大陸にある獣人の国では進んで奴隷になる者が後を絶たないと聞く。更には奴隷商館を持たない国もあるからな」
「なるほど……奴隷、買うのもアリか?」
「悪くは無いと思うぞ? アオタ殿なら手荒な真似はしないだろうし、何より人員確保で真っ先に浮かぶ事だからな。ただ……」
「ただ?」
ギースの言葉を濁す発言にオウム返しに聞き返す蒼汰。そんな彼に向かって、彼女はごく当たり前で、それでいて一番重要な事を告げた。
「仮に奴隷商館に行けたとしても、お金が無いじゃないか」
「……あ、ああぁっ!!?」
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