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24.世界樹を見て回る、その二ですっ♪






 過去のエリンの経験によると、世界樹の周りは順に草原区、森林区、そして花畑区の三区が、世界樹を中心としてバームクーヘンの層の様に連なっている。さらにそれぞれが大体3㎞、2㎞、1㎞の間隔で形を成している為、世界樹を中心とした半径6㎞の巨大な土地がそこには広がっていた。




「す、凄いですね! 景色がどんどん変わっていきます!」


「すげぇ、これ超楽しいっ!!」




 数多くの木々や茂みなどで覆い尽くされた、どこを見ても鬱蒼としている森林区の中を、大小様々な三つの影が駆け抜けていく。道なき道を放たれた矢の如く突き進んでいくそれらから、ふとそんな嬉々とした声が聞こえて来る。クラリスと蒼汰である。

 事は数十分前。くじ引きの結果としては赤を蒼汰とクラリスが引き、青をエリンとギースが引いた。「旦那様と一緒じゃないのでやり直しですっ!!」という理不尽な物言いをするエリンを抑えつけつつのじゃんけんにより赤組が大狼に、青組が黒鳥に乗る事が決定し、地上と空の二手に分かれて探索する事となった。「地上組は森林区を、空組は花畑区を探索して、一通り終わったらここに集合しよう」という取り決めを交わし、そうして今に至る。

 目まぐるしくスクロールされる、深緑色や焦げ茶色ばかりで飾られた視界の中の一端に、二人は一際異彩を放つ物を発見した。




「あっ、お兄さん見て下さい! あそこに何か花が咲いていますよ!」


「みたいだな。フォウル、近付いてくれ!」


「ガヴッ!!」




 二人の言葉を受け、藍色の剛毛を靡かせる大狼は進路を僅かに右に傾けると速度を少しずつ下げていき、目的地である花の咲いた茂みの付近でその強靭な足を止めた。

 大狼が歩みを止めたタイミングを見計らって地面に降り立った二人は、赤や黄、白の花を咲かす茂みを遠目に観察し始めた。




「これは……何の花ですか?」


「いや、俺にも分からん。って事でシスの出番だな」




 腰に巻き付いているポーチから白いそれを取り出すと、画面を開いて茂みの方へ向ける。




「シス、これ何だか分かるか?」


『はい、魔力草という名の草の群生です。その名の通り草や根の中に魔力を溜め込み、その量に応じた数の花を咲かせます』


「って事は、この数の花を咲かせる程こいつは魔力を溜め込んでいるって事か?」


『そうなります。元々この一帯は非常に魔力濃度の高い地域ですので、寧ろこれだけと言うのが不思議に思える程です』


「「なるほど……」」




 シスの説明に頷いた二人は、改めて目の前にある茂みに目を通す。そうして蔦の様に縦横無尽に歪曲する茎の一本一本がそれぞれ別の根本に向かっている事を視認している二人の間を肌当たりの良い温度の風が過ぎ去っていく。




「……何か変だよな」


「お兄さん?」


「いや、フォウルのあの速度で駆け抜けていって、やっとこさこれっぽっちの花が見つかっただけ。

もしさ、シスの言う通り魔力草が魔力を溜め込んで花を咲かせるんだったら、ここら一帯に花が咲いているもんじゃないか、って」


「た、確かに言われてみればそうですね……」




 彼の発言の内容に驚いたのか、それとも彼が真面な事を述べた事に驚いたのか。そんな目を丸くする少女に変わって、彼の左手の方から音声が飛んで来た。




『……マスター。もし良ければ私を地面に置いてもらえないでしょうか』


「ん? あ、あぁいいけど……」




 指示に従い左手のそれを、落ち葉を片手で乱雑に掻き分けただけの剥き出しの地面の上に慎重に置くと、蒼汰はクラリスの横に立ちその動向を見守る。こうしてする事の無くなった時間をどうするかと思案しようとした彼だったが、彼の期待以上にそれ(シス)は優秀だった。




『解析完了しました。マスター、こちらをご覧下さい』


「これは……?」


「何かの、地図ですか?」




 地面に置かれた画面を四つん這いで見る二人。その目には真っ白な平面に描かれた、年輪が三つの円形図、そして円の中心から不規則な放射状に広がる水色の線が円の縁の近くに密集するように収束していた。

 話の脈絡的にもそれが世界樹の周辺図を表している事は推測出来た蒼汰だが、その水色の線が何を表しているのかまでは推測出来なかった。




『説明いたします。この図はこの周囲の魔力を追って限りなく再現した、世界樹の周辺図です。

そしてこの水色の線は”魔力スポット”を表しています』


「魔力スポット?」


『はい。世界樹を含むこの周辺は非常に高濃度の魔力で満たされています。しかしその中でも更に濃度の高い魔力が集まっている場所、それが魔力スポットです』


「なるほど、その超濃度の高い魔力の集まっている場所がこの水色のラインの上、って事で合ってるんだよな?」


『はい。恐らく魔力草がここでのみ花を咲かせていたのも、偶々この魔力スポットの上で生育したからではないかと』


「はぁ。何だか凄いんだな魔力スポットって……」


『魔力草にとって魔力は栄養分です。それが高ければ高い程花を咲かせやすいという事なのでしょう』




 図面で波打つ水色の線を眺めながら説明を受けていた彼は、それを終えると地面に付けていた膝の土を取り払って重い腰を上げた。




「ま、何はともあれ原因究明は出来た訳だし。他の所も見て回ろう」


「そうですね。他にも何かあるかもしれません」


「ああ。って事でフォウル、また頼んだ」


「ォオーン」




















─────────────────






 魔力草の群生を発見してから更に一時間程の探索を終え、蒼太達は元の玄関扉前まで戻って来ていた。そこには既にエリンとギースが戻っていて、何やら楽しげに雑談を繰り広げている最中であった。




「あっ、旦那様おかえりなさいですっ♪」


「おうただいま。早かったんだな?」


「はいっ。頑張りましたっ♪」




 駆け寄ってくる彼女と軽い挨拶を交わしていると、根に腰を下ろしていたギースもまた彼に近寄っていく。




「何が"頑張った"だ。事ある毎に『旦那様が〜』って嘆いていたくせに」


「そ、それは内緒にする約束だったじゃないですかっ!?」


「いやいや、こういう時にお灸を据えておかないと、いつまた同じような事をするか分かったもんじゃないからな」


「ううっ、だって二時間も旦那様と離れ離れだったんですよ?

そんなの、私に耐えられると思わない事ですっ」


「胸張って言う事なのか、それは……?」




 腰に手を当てて、胸を張って自信満々にそう断言するエリンを見て、ため息混じりに嘆くギース。そんな彼女の気苦労に同情するように苦笑する彼は、近寄ってきた二人が元いた所に集められていた花にふと目が向いていた。




「二人共、あれは?」


「あぁ。花畑区に咲いていた花だよ。

エリンでも見たことの無い花だったらしくてな、シス殿に助言頂こうと思って何本か摘んで来たんだ」




 「そういう事なら」とポーチからPCを取り出し、先程と同じ要領でシスにそれを見せると、彼の想定通り回答はすぐに返ってきた。




『これはまた珍しい形の魔力草ですね』


「魔力草? これもか?」


『はい。魔力草の中でも種子の時点から膨大な量の魔力に晒され続けると、希にただの一本花として育つ時があります。その花を煎じて作る飲み薬は特定の病気を治療する他、一時的に魔力を増大させる効果を持ちます』


「それって結構高価な物だよな?」


『結構どころでは無いです。この花一本で小さな家なら建てれる程です』


「お、おぉ…………」




 たった一本で数年単位遊んで暮らせる金が手に入る。そんな花が目の前に数十本と積まれている事実が強大な圧となり蒼太に襲い掛かっていた。

 だがそんな大金を得る機会も無ければ使う機会も見当たらない彼にとっては、そんな花束など宝の持ち腐れもいい所だろう。

 少しの虚脱感と満足感を覚えた彼は視線をそれから外すと、その先にいたギースに微笑まれてしまう。




「アオタ殿は、余りこういう高価な物に不慣れだと見た」


「まぁ、ここに来る前はただの一般人だった訳だからな。今の生活が贅沢過ぎて困ってる程だよ」


「幸せな悩みじゃないか。

しかし、実際ダンジョンに携わるなんて大それたものだと思っていたのだが、こう過ごしてみると、何だかこう……」


「やりがいが無い、か?」


「……そうだな。いや、アオタ殿を貶したいとかそういう事では無いんだ。ただ、もっと忙しなく動き続けないといけないものだと想像していたのでな」


「そりゃまあ、ダンジョン関連はシスが全部管理してくれてるからな。それと、エリンがずっとここにいてくれたお陰で溜まったCPで裕福に暮らせている、ってのもあるし。

……結局は、シスとエリンの貢献で成り立ってるようなもんなんだよ」


「そうなのか。なら二人には感謝しなければな」


「いやいやっ、私なんてまだ感謝される事なんてしてませんからっ!!」


「「「……ぷっ」」」




 照れ隠しのつもりなのだろうか、頬を朱に染めたエリンは右手をその赤ら顔の前で左右に、それも頭も一緒に振っていた。その子供っぽい仕草が三人のツボに入り、思わず吹き出してしまう。




「なっ、わ、笑わないで下さいよっ!!」


「い、いやだってエリンがつい可笑しくてっ」


「そうだなっ。いやはやエリンのこういう一面はどうにも慣れなくてなっ」


「エリンさん可愛いですからっ」


「む~っ、バカにされてる気がします~っ」




 風船みたく顔を膨らませるエリンに、更に三人は表情を綻ばせてしまう。

 誰かが言葉を紡ぎ、それが誰かの笑顔を誘い、その笑顔がまた誰かの笑顔を引き出す。これ程までに優しい世界が一体どこにあろうか。

 その後も四人で色々な雑談を交わしていると、ふと蒼汰の脳裏に当初の目的の一つが(よぎ)っていった。そして、それが彼の中でハジけた(・・・・)




「……そうだ、そうだなっ」


「旦那様っ、どうかなさいましたかっ?」


「ちょっと思い付いた事があってな。

……エリンはこの場所は好きか?」


「勿論好きですよっ♪ 何てったって旦那様と出会った場所ですからっ♪」


「クラリスとギースはどうだ?」


「私も好きです。ここまで景色の良い場所なんて元の世界にはそう無いと思うし、それにここならクーちゃんとも、皆とも遊べますからっ」


「そうだな、私もクラリス様の意見と同じだ。

ここ程環境の整った美しい場所はそう無い。だからこそ私もこの場所は大事に守っていきたいなって思う」




 三人の意見はどれも高評価ばかり、似たり寄ったりだったが、蒼汰にはそれが全て全く異なって良い様に思えた。だからこそ、自分の持つ意見が正しいのか、三人の逆鱗に触れないだろうかと心配になるが、どうしても言い出さない訳にはいかなかった。




「俺も皆と同じ様にこんな綺麗な場所は大好きだし大事にしていきたいって思ってる。

でもさ、これを俺達四人で独占するのは勿体なくないか?」


「と、言いますと?」


「つまりだ。今みたいにこうやって絶景の中で誰かと笑いあう、そんな機会がどんどん増えていったら、本人たちもそれを遠くから見ている人もみんな幸せになるんじゃないかって思って。だから、さ―――――」




 頭にハテナマークを浮かべる三人に向け右手の人差し指を立てた蒼汰は堂々と、そして高らかにこう宣言した。




「─────作らないか?

ここに、クラリスやギースみたいに辛い目に逢った奴らが皆笑顔で暮らしていける様な、そんな()を、さ」


「「「え、えぇぇぇぇぇっ!?」」」




 こうして自称:自重しない男は全くのゼロベースからの”建国宣言”をするのだった。





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