22.風呂で色々ですっ♪
「……どうしてこうなった……」
「? 何がですか、旦那様?」
滾々と湧き立つ湯気の中、本来そこに居るには不自然な、バスタオル一枚巻いただけの姿の美少女を横目に、蒼汰は遣る瀬無く嘆いてしまっていた。そんな若い男女の声はだだっ広い大浴場に良く反響し、あたかも大勢の者が騒いでいるかのように装ってしまう。
あの後エリンに言い包められてしまった彼は昼、夕と、世界樹の根元でクラリスや召喚魔達とひたすらに戯れ、美少女による豪華な魚料理に舌鼓を打ち、今に至っている。まんまとしてやられた、と言う訳だ。
「エリンはさ、恥ずかしくないの? 異性と風呂に入るって」
「もちろん旦那様以外の異性と入るなんて絶対のお断りですっ!!
……でも、旦那様となら寧ろ毎日でも入りたいですっ♪」
「お、おぉそうか……」
堂々と言い切る彼女にたじろぐ蒼汰だったが、それが邪な理由など無い純粋な彼女の本心だと分かっている為に余計に質が悪かった。赤に変わっていく彼の顔は、温まったものなのかそれとも別の何かなのか。
肩と肩が触れ合う寸での距離でモジモジする彼を見て、エリンの表情は何故か嬉々から興奮へと変貌した。
「そうですよっ! この際だから言わせて貰いますけど、旦那様は”おはようのキス”も”おやすみのキス”もさせてくれないんですから、お風呂ぐらい一緒に入るべきなんですっ!!」
「えっ? ……えっ?」
蒼汰は訳が分からなかった。彼女が何で怒っているのかも、どうして自分が叱責されているのかも。
ただ、イジけた様に頬を膨らませて怒る彼女の表情や仕草が余りにも愛らしく、倫理観や貞操観念を全て無視して良いのであれば今すぐにでも彼女を抱き締め、男と女のアレやソレに持ち込んでいただろうと悟る彼だったが、余計にもそんな時にちょっとした疑問が浮かんでしまう。
「あっ、そう言えばさ」
「むぅ~、何ですか?」
「ごめんだからそんなに怒らないでくれって。
……それでさ、俺ってよく考えたらエリンの事を本当によく知らないなって思ってさ」
「私の事、ですか?」
「ああ。そもそも妖精についてもゲームの知識ぐらいしかないし、しかも聞いてる感じだと俺の知らない事もかなり多そうだからさ、この際聞いておこうかなって」
「は、はぁ。しかし、いきなり自分の事を話せと言われましても……」
「なら俺が質問するからさ、エリンはそれに答えてくれたらいいよ」
「あっ、確かにそれなら大丈夫ですっ♪
さあ、どうぞっ♪」
まるで今すぐハグでもするように両手を広げるエリンによって、豪快に水飛沫が上がる。だがそれらは器用にも蒼汰を避け、そのまま進行先の浴槽面を強く打ち付け波立たせた。
「そうだな。取り敢えず妖精って性別とかあるの?」
「うーん、ハッキリ言ってしまえば無いですね。ただ、生まれた時に情報として”私は女である”と与えられていたので、それっぽい振る舞いをしている、といった感じですね」
「じゃあ、もしかしてだけどエリンが女性っぽい体型なのも?」
「あ、はい。それに合わせて女性型の体型にしているんです。ですからもし、旦那様が望むのであれば男性型の体型に———」
「絶対しなくていいからっ!!」
「は、はいわかりました……?」
彼女からしてみれば性別など生物を区別するための仕切りでしかない為、自分が体型を変更する事に猛反対する彼のその真剣さが理解出来ないでいた。だがそこはエリンフィルターの出番、彼が何と言おうと「旦那様の言う事ですからきっと正しいんですっ♪」で万事解決である。
「そ、それで話を戻すけど……
結局のところエリンの言う”情報”って何だ?」
「そうですね、分かりやすく言うならこの星に生まれた際に必要最低限のマナーや一般教養、地理歴史や勉学、道徳観などを一冊の本にしたもの、といった所でしょうか。それを常に持ち歩いている感じですねっ」
「さらっと物凄い事言ってるよな……」
「私からしたらこれがいつも通りなので別に何とも思わないんですけどねっ。
……あっ、今度は私から質問良いですかっ?」
エリンが勢いよく右手を挙げる事で、再び水飛沫が宙を舞う。その速度で手を挙げたとなればバスタオルがはだけてもおかしくないように思えるが、どうやらそれはいい仕事をしているらしい。彼などにラッキースケベは拝ませないと言った様子でぴったしと彼女の身体に張り付いていた。
たが、肩から横胸にかけてのラインをバスタオルの長さではカバー出来ず、身体に張り付くそれに乗るような形で盛り上がる彼女の白肌だけでも、十分に蒼汰の理性を突き刺していた。
「あ、あぁいいよ」
「ありがとうございますっ♪
旦那様は私にどんなお嫁さんになってほしいですか?」
「う、う~ん……」
余りにもド直球な彼女のその質問に、蒼汰は返答に困ってしまった。そうして悩み抜いた挙句、ようやく絞り出した答えは、何とも彼らしい曖昧なものだった。
「そうだな。エリンは今のままが良いかな」
「今のまま、ですか?」
「ああ。
……エリンは、今の生活楽しいか?」
「はいっ、もちろんですっ♪
クラリスちゃんがいて、ギースちゃんがいて、シスさんがいて、モンスターさん達が沢山いて……そして、旦那様がいる。もうこれ以上ないくらいに楽しいですっ♪」
「そっかそっか。
俺もさ、まだダンジョンマスターとしてここに来てから十日ほどしか経ってないけど、結構この生活気に入ってるんだよなぁ。それもこれも全部、いつも明るいエリンが隣に居てくれているからだと思ってる」
「旦那様……」
「だから、その……何だ。エリンはエリンのまま、いつも通り明るく元気に笑っていてくれるといいかな。
……なんて、ちょっとクサかったか?」
「………………」
「え、エリン? 何か言ってくれないとスベったみたいで恥ずかしいんだけど……」
「旦那様ァっ!!!!」
「うおぉっ!!?」
感情が爆発した。今の彼女を纏めて述べると、その言葉が違和感無いぐらいに一致していた。
大粒の涙を流しながらその元凶である蒼太に思い切ったダイブを決めるエリンは、涙やら湯やらでグシャグシャになった顔を彼の胸に力強く押し付けていた。
「旦那様ァ〜ッ!!
私は、エリンは幸せ者ですぅ〜っ!!」
「分かった!! 分かったから一旦落ち着いて離れてくれっ!?」
「嫌です〜っ!!
今日はもうず〜っとこのままですっ!!」
「何で素面で酔っ払いよりタチが悪いんだよ!?
いいからそろそろ離れてくれって!?」
「い〜や〜で〜す〜っ!! キスしてくれたら離れてあげても良いですっ!!」
「何でそうなるの!? い、いや、やらないからな!?」
「むぅ~っ、ここはする流れじゃないんですかっ?」
バッと勢いよく顔を上げ、風船のように頬を膨らませる彼女の目元は赤く染まっていたが、蒼汰はそれを愛らしく感じた。ただ彼女の純粋な好意を全て受け止めるには、彼にはまだ経験が浅かったのだろう、どうも素直になれずに本能を理性で抑え切ってしまう。
彼の態度、表情からその事を察したエリンは、少しアプローチを変え彼に迫ることにした。
「だったら!! ハグしましょう♪」
「は、ハグ?」
「はいっ♪ お互い、こう、ギューッて感じでですっ♪
これなら別にいいですよねっ?」
「ま、まぁあ確かにそれなら別に……」
「では早速しましょうっ♪」
「あ、俺からするのね……」
水飛沫を飛び散らせながら両手を一杯まで広げ笑うエリンに、さすがの蒼汰もこれを断ることは出来なかった。
仕方なしに、と言った様子ではあったが、彼の方から彼女の背中辺りで手を重ねるようにして抱き締めた。その直後の彼女の手は、ハエトリソウの様だった。
(……何だろ、思っていたより恥ずかしいけど、安心感みたいなのも感じられる。それに、意外とエリンって着痩せするんだな……)
タオル越しに感じてしまう美少女の身体の細さ。普段は彼女から抱き着かれているため、真正面から抱き合うのは、加えて彼から抱き締めるのは、意外にもこれが初めてだったりする。
しかし安心感を得たのもつかの間、たった一枚の布切れを隔てて女性と裸で抱き合っているという状況に、蒼汰の心拍数は徐々にだが高まり始め、いつしか頭の中は自分に重なっている彼女の身体の事に侵食されていた。
「……えっと、エリン?
これぐらいでもういいんじゃないかな?」
「…………」
理性がこれ以上はマズいと判断したのだろう、そう切り出す蒼汰だったが肝心のエリンからは何の返答も無い。それに違和感を感じた彼は交差させていた両手を解き、彼女の肩を持って前後に揺すってやる。
「おいエリン? 聞いてるのか?」
「……聞いて、ますよ?」
「だったら……!」
ようやく返って来たエリンの言葉を受け、先程の自分の発言を促そうとする蒼汰。だがその時彼は気付いていなかったのだろう、彼女の声が弱々しく、どこか調子の乱れていた事を。そのため、次の彼女の言葉は彼にとって大きな衝撃となった。
「えっと、その……旦那様に抱き締められて私、今はちょっと見せられない顔をしているので、旦那様には見られたくない、です……」
「っ……」
耳元で途切れ途切れにそう告げられた蒼汰は、思わず息を呑んでしまう。その言葉遣いから分かる様に、今の彼女の心情を表す言葉としては”羞恥”が相応しいだろう。
かと言って彼も理性的に限界に近付きつつある為、エリンに申し訳ないと思いつつも彼は自分に巻き付いている手を解いた。
「エリン、それでもゴメンっ」
「えっ、あっ!?」
「ふ~っ、危なかった……あ」
少々強引ながらも彼女の腕を剥がし、浴槽の縁ギリギリまで体を寄せて無事に平和が保たれた蒼汰だったが、その際にエリンの顔が見えてしまい、固まってしまう。
蕩けた目に緩み切った口、そして普段の雪肌はどこへやらと言った様子の、全体的に赤みがかった顔。彼の見たエリンの顔は、逆上せた様で少し違う、どこか悦びを得た女の様だった。
「えへへ……見られちゃい、ましたね……」
「っ……!!」
普段の様に喜怒哀楽を見せる彼女とはまた一味変わった、はにかむ姿に蒼汰は胸の高鳴りを感じてしまう。いつもの彼女が少女的な愛らしさだとすれば、今の彼女はさしずめ大人の女性的な愛らしさであった。
俯きがちな彼女から受けた破壊力抜群のその言動にただ茫然としてしまう蒼汰だったが、これまた意外な所から助け舟が出された。
『…………あの』
「おわっ!?」「きゃあっ!?」
不意に響く単調的な音に、二人は声を上げて肩をビクつかせてしまう。そして恐る恐る音の方に目を向けると、二人から離れた所の縁の上にPCの姿が見られた。
「お、驚かせるなよシス……」
「び、ビックリしました……」
『申し訳ありません。しかしどうにも私の事を忘れられていそうでしたので』
「そんな理由で!? いや、実際助かったけど!?」
『私なりに空気を読んで発言したつもりなのですが』
「う、うん助けられたから一応ありがとう、なのか……?
それで、どうかしたのか?」
『いえ、たった今セルスト国の情報を集め終えたので報告しようかと』
「……うん、やっぱシスは空気読めないな」
どう考えても場違いの発言にため息の漏れてしまう彼に、ここでもまた衝撃を与える者がいた。エリンである。
「あ、そう言えば旦那様」
「ん? どうした?」
赤かった顔は元に戻り、普段通りの整った顔立ちの彼女の口から発せられたその内容に、蒼汰の目は飛び出る程に見開かれる事となった。
「私、多分ですけど今回の件の犯人、誰だか分かったかもしれませんっ」
「……は、はぁぁぁぁっ!?」
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