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16.どうやら来てしまったらしいですっ







「あ゛ぁ~~~~ぎもぢぃ~~~~」




 浴槽に身体を沈め、年相応とは思えない弛み切った声を吐き出す蒼汰。ゆっくり腰を下ろしたため浴槽から勢いよく湯が溢れる、と言った事は無かったがギリギリまで上昇した熱湯は今にも外へ出んとしていた。

 ギースとの会話の途中でエリン達が出てきたため、蒼汰もこうして何日かぶりの風呂を堪能しに来ていた。実際は入る機会など幾らでもあったのだが、どうも気乗りしなかったらしい。




「久々の風呂はやっぱり気持ちいいよなぁ~~~~

マジで生き返った気がするわぁ~~~~」




 全身を大きく回転させ、凭れていた縁に伏せるような体勢を取ると蒼汰がそう呟く。ぱっと見、百人程なら余裕で入れそうな超巨大な浴槽を一人で使うという愉悦に浸りながら、目を閉じて芯から温められる自分の体に意識を集中させていると、今となってはもうお馴染みの無機質な声が浴室内に響いた。




『マスター、やはり来ました。今現在更衣室のドアを全力で開けようとしています』


「……やっぱ来ちゃったかぁ」




 当たってほしくない予想が当たってしまい、ため息をつく蒼汰。目を開け縁を視線でなぞっていくと、少し行った先に浴室には似つかわしくないPC(それ)が顔をのぞかせていた。

PCをそんな所に持ち込んで大丈夫なのか? と思うのだが、どうやら防水耐性は完璧らしく、熱や湿気や蒸気にも非常に強いらしい。何ならマグマでも用意しない限り壊せないとか(シス談)。




「シス、ドア壊される心配は無いよな?」


『はい。最大レベルの強度にしていますのでまず壊される心配はないかと。諦めて頂けるかは別ですが……』


「なら良かった。ベッドは一緒でもさすがに風呂まではなぁ……」




 再度口から息が漏れてしまう蒼汰。この会話でもう察したと思うが、貴重な一人になれる(シス除く)時間をじっくり堪能しようと思っていた蒼汰の邪魔をするかのように、彼女、エリンがやって来たのだ。




「というか普通さ、いくら好きな相手だからって一緒に風呂に入るってなると、羞恥心とか働くもんじゃないのか……?」


『それが常識的な反応で合ってます。エリン様が特別なだけかと』


「……だよなぁ。でもそれに少しずつ慣れ始めてる自分が怖い……」




 ほんの薄っすらとだが「旦那様ぁ~っ!! 一緒に入らせてください~っ!!」という心の叫び声が彼の耳に届く。これだけでも彼を幻滅させるのには十分だった。それ以前に、彼女は先刻風呂に入ったばかりである。

 沈みそうな気分を持ちなおすため、蒼汰は話題をセルスト国に変えた。




「シス。セルスト国についてどう思う?」


『……申し訳ありません。その質問には答えかねます』


「質問が曖昧過ぎたか?」


『はい。どの面においての質問でしょうか』


「どの面、と言うよりは総合的に見て、ってのが正しいのかな」


『それでしたら私は、”今まで国として成立していたのが奇跡だと思う”、と答えます』




 シスの回答は、恐らく模範解答に限りなく近いだろう。ギースの話していた内容を踏まえて改めて考えてみても、やはりセルスト国が国として存在しているのを不思議に感じるのが正しい反応だと言える。

 だが、それを聞いた蒼汰の反応は少し違っていた。




「やっぱそう思うか」


『マスターは違うのですか?』


「いや、勿論シスの言ってる事には納得してるけど、俺はどちらかと言うと”ふざけるな”って感じかな」


『……それは、怒っているのですか?』




 蒼汰が感じていたのは、疑問でも驚愕でもなく、憤怒だった。しかしシスに指摘されるまでは、胸の奥にしこりとして残るそれが怒りの感情だとは気付けずにいたのだ。そのため───




「……そっか、怒ってるんだ」




まるで感情を手に入れたばかりのロボットのような事を口にしてしまう。確かに普段あまり本気で怒るという行動を取らない蒼汰からすれば、その感情は忘れるぐらいに懐かしい、もっと言えば初めてのもの。




「ああ、怒ってる、メチャクチャ怒ってるよ。力を私利私欲のために使って、守るべき国民を自分から殺して、それなのに誰も止められない。そんな理不尽の塊で出来てるあの国に俺は本当に怒ってるんだ」


『…………』




 いつの間にか胡坐を掻いて座っていた蒼汰は、無意識のうちに両手共に握り締めていた。だがシスは彼の言葉には応じようとしない。なぜなら彼の本心がそれではないという事が分かっていたから。




『マスター。僭越ながら言わせてください。

マスターが本当に怒っている原因は、クラリス様の事なのではありませんか?』


「それは……」




 PCに正解を突きつけられ、蒼汰は少し浮いていた腰を下ろす。少女の過去を知ってしまったからこそ、彼なりに思う所があり、それが今の彼の言動に繋がっている、という事なのだろう。

 あれ程までに様々な声の反響していた良く室内が、水滴の跳ねる音しか聞こえなくなる。それを切り裂いたのが、苦笑いを浮かべた蒼汰の呟きだった。




「……なぁシス。あの国が滅んで欲しいって俺が言ったら、シスはどう思う?」


『どうも思いません。マスターがしたいようにするのが一番です』


「それってある意味答えてないよな?」


『どうでしょう。私としては十分答えとなっている気はしますが』


「うーん、曖昧な気がするけどまぁいっか」




 PCからの返答に微妙な表情を浮かべる蒼汰は、縁に手を掛け湯船から身体を一気に引き上げた。その勢いで外に大量に流れていった湯を足で踏みつけ、PC片手に冷水の張られた井戸の方へ歩いていく。




『マスター。もう上がられるのですか?』


「ああ。もう十分浸かったし、これ以上は逆上せそうだからな」


『でしたらご報告が。今さっき、漸くエリン様が諦めて戻られました』


「……まだいたのかよっ!?」




















────────────────────────






 久々の入浴の翌日、4人は蒼汰が昨日急ピッチで仕上げたLDKルームに集まっていた。東西に長く伸びた長方形に近い形のその空間は、西側がカウンターキッチンスペース、それに接するようにテーブルが置かれ、椅子が四脚置かれている。東の方にはCの字型にソファ並べられ、その中央にちゃぶ台を納めている。

 まだ家具が少ないために物足りなさは残るが、生活する上では十分に環境が整っているその空間で、四人は仲睦まじく朝食を取っている所だった。




「しかし、本当にここの食事は美味いな。王宮でもここまで美味な食事は中々出ないぞ?」


「ですね。この前食べたお粥も有り得ない美味しさでしたし」


「何と! それは是非とも食べてみたいものだ」


「……だってさ。良かったな、エリン」


「はいっ♪ ありがとうございますっ♪」




 無邪気で眩しい笑顔を振りまくエリンのその姿に、つられて三人も笑みを零してしまう。そんな何とも微笑ましい光景に、終わりを告げる声が鳴り響く。




『マスター。侵入者です』


「……こんな朝早くから来るなよ……」


『数は……多いですね、ざっと三十人程でしょうか』


「三十? 一体どんな奴が来たって言うんだよ……」


『画面に映します』




 一人(?)ちゃぶ台の上で食事が終わるのを待っていたシスを取りに蒼汰が向かっている間、気を利かせてエリンが空いた皿を下げていく。この熟年夫婦並みの違和感のない連携に若干苦笑しつつ、クラリスとギースはテーブルに運ばれてきたPCに目を向ける。




「これは……どこかの騎士団なのか?」


「さあ……私の知っている情報の中にはありませんね」


 


 そこに映っていたのは、鈍く光る銀色の鎧に身を包んだエルフの男女。シスの言う通り五人一組で隊列を組み、それが六組ある事から三十人ぐらいなのは容易に確認が取れる。

 異世界系のゲームやラノベなどでお馴染みになりつつある騎士団。その三十人の風貌がそれらしく感じた蒼汰はそのままの感想を口にしたのだが、反応を示したのはエリンだけだった。




「……クラリス? ギース? どうしたんだ?」




 急に声が途絶えた二人を不思議に思いそちらに視線を向けると、二人は眉一つ動かさず、瞬きもせずに画面を見つめていた。どうやら蒼汰の声など全く耳に入って来なかったらしい。

 もう一度声を掛けようかと思った彼が動作に移ろうとする前に、クラリスは小さな指をゆっくりと持ち上げ、そして画面に映る一人だけ鎧を着ていない女性を指差して口を開いた。




「あれ……私のお母さんです……」


「なっ……!?」




 言い放たれた事実に、唖然とするしかなかった。何故ここに来た、何故ここに王妃が来れた、何故この人数で来た。言い出すとキリのない”何故”を胸に抱えつつ、蒼汰は目の前で慎重にダンジョン内を探索していく集団の動向を見守るのだった。



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