15.湯上りの語り、ですっ
朝から昼間にかけての大騒動の後、色々とうやむやになった状態なのにも関わらず蒼汰はシス片手にマスタールーム内を歩き回っていた。
「あ~、そこには銭湯ぐらいの風呂が欲しいんだけど、CPどれぐらい要る?」
『良い物をお求めでしたら、脱衣所にサウナ室、トイレ完備で初期建設に7,500,000CP、維持費として毎月50,000CP必要となります』
「結構するなぁ。でもまぁ何とかなるだろ、頼んだ」
『かしこまりました。……完成いたしました』
「おし、じゃあ次だな」
『確認しなくてよろしいのですか?』
「ああ。どうせ今日の夜には入るんだし、その時のお楽しみにしておくよ」
通路に突然扉が現れた事など気にも掛けず、PCにばかり目を向ける蒼汰の後ろではエリン達女性陣が呆れた様子で彼の動向を見守っていた。
「旦那様って変に凝り性ですよね……」
「あはは……でも、私達の為だって言ってますし」
「私にもあれを触らせて貰いたいのだが」
若干名見守っていない気もするが、そんな三人に蒼汰が話しかける。
「三人はどんな部屋が欲しい?」
「部屋、ですか? 私は旦那様と同じ部屋でしたら何でもいいですよっ♪」
「それはそれで困るんだが……二人は? 遠慮なく言ってくれ」
「でしたら、私はピーちゃんも一緒に寝れるように、少し大きめのベッドが欲しいですね。後は服もこれ以外に欲しいですし、クローゼットと机が欲しいです」
「私は余り部屋に拘りは無いからな。丈夫なベッドさえあれば問題ないのだが」
「それはちょっと無欲過ぎないか?」
「仕方ないだろ。王国で衛兵隊長を務めていた時は自室など寝る以外の用途が無かったのだから」
「う~ん、なら一応ベッドと机は置いておこうか。また必要な物が出て来た時に買い足せばいいか」
クラリスとギースの注文をシスに記録させると、早速個室の建設に移る。どんどん減っていくポイントにほんの僅かに焦りを感じつつも、蒼汰は完成していく部屋の内装を一つ一つチェックしていく。
「ここがクラリスの部屋かな。クラリス、ちょっと見てくれ」
「あ、はい分かりました」
クラリス用に作られた部屋は以前作った六畳ほどの小部屋と同じ大きさのもので、一回り大きくなったベッドの配置は変わっていなかった。簡易式の木製クローゼットも壁に寄せられて置かれ、その真横に木製の勉強机が一つ、と言った感じである。
「わあっ、ベッド大きいですっ」
「服は適当に何着かクローゼットに入れてあるし、カタログも入れておいたから欲しい物があったら言ってくれ」
「あ、ありがとうございますっ」
ここまで優遇されるとは思っていなかったクラリスは、自分の後ろでPCを弄る蒼汰に少々上ずった声でお礼を述べると、どこかへと駆けだしていってしまう。
どこへ行ったものかとその後ろ姿を眺める蒼汰だったが、暫くしてピーちゃんこと水色の毛むくじゃらを抱いて少女は戻って来た。
「あぁ、ピーちゃんか」
「はい。放って置いたらあの部屋から出てこようとしないので今のうちに連れて来ようかと」
「クラリス様、それはもしかしてモンスターなのか?」
「はい。お兄さ……アオタさんから貰った召喚石で召喚しました」
「あっ、アオタさん……」
本当に”一日中アオタさん呼び”は決行されるらしく、クラリスにそう呼ばれた蒼汰は魂が抜けたかのように口をぽっかり開けていた。
「もうっクラリスちゃんっ!!
何があったのか知らないけどそろそろ許してあげて下さいっ!!」
「嫌ですっ。エッチなお兄さんなんて”アオタさん”で十分ですっ」
「グフゥッ……」
プイっと首をエリンのいる方向とは逆方向に捻る少女を必死に宥めようとするエリンだったが、誰に似たのか頑固な態度を取り続ける。エリンとしてはそれが蒼汰の為を想って発言したのだろうが、実際はそのやり取りだけでも十分に彼のメンタルを削っていた。
『マスター。一々反応していますといくら時間があっても足りないので先に進みましょう』
「……お前ホント冷酷だよな!?」
─────────────────
時刻は変わって夜九時頃。エリンによる最高の夕食を終え、午前の内に増設した風呂の入り心地を確かめるべく蒼汰が率先して入ろうとした所、ご機嫌ナナメのクラリスが女性陣を引き連れて入っていってしまった。そのため一人寂しく、とはならず、新たに造られたリビングルームでシスと今後の計画について話し合っていた。
「シス。ダンジョンってどうなればゲームオーバーになるんだ?」
『はい。基本的にはCPが供給出来なくなれば、です。しかし多くのダンジョンは供給者を迎えるため、これは満たされる事が稀です。他にはダンジョンの運営権を手放す、マスターの寿命が途絶える、そしてダンジョンを踏破される。この四つが主なダンジョン停止の要因です』
「思ってたより多いんだな。因みに運営権ってどうやったら手放せるんだ?」
『画面の”ダンジョン”アイコンを開き、画面をスクロールした一番右下に”ダンジョン権限放棄”があります。それをクリックし、画面に映る項目にチェックを入れ、最後にユーザーネーム認証と音声認証を行うと運営権の放棄手続きが完了し、その後一切のダンジョン管理が出来なくなります』
「やっぱり厳重なんだな」
『はい。かなり以前ですがここまで厳重で無い頃、供給者によって権限を放棄させられたマスターもいましたので』
「怖っ!? 一体何をやらかしたらそんな恐ろしい目に合うんだよ……」
『男女関係だと記録されています』
「……気を付けるようにするよ」
余り知りたくなかった情報を聞き、自分もいつかそんな目に合いそうな予感が背筋を走った蒼汰は、逃げるように視線を別の方向に向けた。すると丁度そのタイミングで、風呂場の方からギースがタオルを首に掛けて帰って来た。
「アオタ殿。ここにいたのか」
「ギースか、二人は?」
「まだ気持ち良さそうに湯船につかってるよ。
私はのぼせそうだったので一足先に退散させて貰ったよ」
「湯加減どうだった?」
「どうも何も、あそこまで抜群の湯加減の風呂など早々無いぞ?
一体どこの大富豪の暮らしを真似ているのだ……」
湯に熱せられて赤くなった顔で苦笑するギースを見て、風呂好きな蒼汰の入浴欲がどんどん高まっていく。日本人は大抵の者が風呂好きだと言われているが、彼もその大抵に含まれているという事である。
「隣、いいか?」
「ん? ああ……」
青のスパッツに白の短パンを穿き、上はスポーツブラにグレーのタンクトップというラフな格好のギースは、ソファに腰掛けていた蒼汰の隣まで来ると同じ様に腰を下ろす。引き締まった体を持つ彼女が着るとジムトレーニング中のモデルみたく見え、綺麗なお姉さんに抵抗のない蒼汰は思わず視線をそらしてしまう。
「はぁ。ここまで何もせずに寛いだ一日は久し振りだよ」
「お、おぉそうか……」
隣から香ってくるシャンプーやらボディソープの甘く良い匂いの所為で、彼女の言葉に曖昧な返事をしてしまう蒼汰。そのぎこちなさに気付いたのか、ギースは彼の顔を見て微笑んだ。
「何を緊張しているのだ。こんなおばさんに照れる必要など無いだろう?」
「おばさんって……全然そうには見えないんだけど?」
「そりゃあ、エルフは人間の三倍長く生きるからな。言っておくが私は今年でもう121歳だぞ? 君達人間からすればもうとっくに死んでいるか、超高齢者のおばあさんの年齢だろ?」
「ひゃ、121歳!?」
「エルフは超高齢」というのは、蒼汰のいた世界でも割とメジャーな話であり、それ故に知識として彼の中にあったのだが、実際に目の前の北欧風美女にその事実を告げられれば驚くのも無理は無いだろう。聞くのと見るのとでは訳が違う。
「ははっ、やはりこの話をすると人間は良い反応をする。
全く懐かしいものだよ」
「何だよそれ。本当に年寄りみたいな発言だな」
「いやいや、何も嘘を言ってるんじゃないんだ。
……そうだな、アオタ殿には知って貰っておくべきだろう」
先程までの軽口から一転、重々しい口調で眉を寄せたギースはその場で座り直した。その急激な変化に戸惑いつつも蒼汰も同じ様に背筋を張ると、彼女はセルスト国と、その時期王女になる筈だったクラリスの話を持ち出してきた。
「クラリス様からセルスト国についてはどの程度まで聞いている?」
「いや、ほとんど聞いてないな。エルフの国だってのと、クラリスが王族と同じ名前だって事ぐらいかな」
「なるほど。それならセルスト国が現在、人種的鎖国状態にある事も知らないのだな」
「人種的鎖国? 他の国との外交を断ってるって事か?」
「少し違うな。簡潔にまとめると”純血エルフ以外を国内から排除”って所だ。
そのため、周囲の国から旅人や冒険者はおろか商人すら来ない、100%混じりっ気のないエルフの国が完成した。それが今のセルスト国なんだ」
「……それって国民は認めたのか?」
鎖国。日本の歴史にある程度の学を持つ者ならそれが如何にハイリスクな行為か分かるだろう。他国の技術を断ち、物資を断ち、文化を断つ。余程の事が無い限り、このような悪手を打つ国のトップはまず間違いなく国民から非難される。だが蒼汰のその質問にギースは首を横に振ったのだ。
「もちろん国民は猛反対した。しかし現国王、クラリスのお父様であるバシクス王陛下は武力と権力を以てそれらを全てねじ伏せたんだ。私は元々クラリスのお母様であるアリシア様の私兵であるため、その武力行使に立ち会ってはいなかったが、相当酷いモノだったらしい。何でも反発した者を片っ端から斬首刑にし、晒し首にしたらしい」
「……それが国王のやる事かよ……」
「仕方ないさ。あの方はエルフが最上位の種族だと狂信しておられるのだからな。
……種族など関係ないと言うのに」
そう嘆くギースの目は悲哀に満ちていた。長年その地で暮らしている内に溜め込んでいた不満や怒りというものは、一度その土地から離れた時に外へ漏れ出てしまうもの。隣に座る彼女からそういった雰囲気を蒼汰は感じ取れていた。
「そして、だ。国王の武力行使により国内から純血のエルフ以外は全員、貴族だろうが権力者だろうが病人だろうが、本当に例外なく全員追い出したんだ。勿論その中に混血エルフも含まれる」
「……まさかっ」
事の顛末が見え始めた事によって、蒼汰は思わず大きな声を上げてしまう。そして吹き出る冷や汗など気にも留めずギースに視線を合わせると、彼女は小さく、だがはっきりと頷いた。
「そう。混血エルフとして生まれてしまったクラリス様もその対象となったんだ……」
「あ、有り得ない……自分の娘だぞ!?」
「まあ落ち着け、話はまだ続きがある。
幸運な事にクラリス様は国王様の武力行使が落ち着いた頃に生まれている。だがアリシア様が身籠った際、アリシア様が特別な魔法で自分のお腹にいる子供が混血エルフだと判別した事で事態が大きく変わってしまった。
アリシア様はその事を国王様には告げず、私兵を立会人にしてクラリス様を内密に出産、国王様に見つからぬよう厳重な監視下でクラリス様を育てる事を決めなさったのだ」
「そ、それで?」
「アリシア様の予定通り、社会とは断絶された場所でクラリス様は育てられた。私も何度か様子を見に行ったことはあったが……あれは地獄そのものだったよ。
”どうして外に出れないの”、”どうして誰とも喋っちゃいけないの”って毎日壁に問うてる姿は、本当に、見るに堪えなかったよ……」
「…………」
彼女の言葉は、蒼汰には余りにも衝撃が大きすぎた。少女が体験するには余りにも重すぎる負の遺産。その事を知った彼はギースに返す言葉を完全に見失ってしまっていた。
「だから、あれ程まで楽しそうにしているクラリス様を見れて私は心から嬉しく思っている。
……本当にありがとう」
「よせよ。別に感謝されるような事は何もしてないって」
蒼汰としてはダンジョンに転がり込んできた薄幸の少女を拾っただけのつもりであり、ここまで大事になっているとは露も思っていなかった。だから彼女からの感謝の意を素直に受け取る事が出来ず、心の中に黒い蟠りが残ってしまう。
「……うむ、やはりアリシア様達が心配だ。
アオタ殿よ、どうしても出て行けないのか?」
「そう言う決まりみたいらしいんだよ。ダンジョンの事なんてまだ殆ど分からないから、今は取り敢えずシスに従っていてくれ。こっちでも戻れる方法を探しておくから」
「シス、というのはその喋る薄い板の事か。
分かった、アオタ殿を信じるとしよう」




