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14.圧倒、そして和解ですっ





 ギースの剣捌きは素人の目から見ても凄まじいものだった。




「覚悟っ!!」


「っ!?」




 洗練された身のこなしは相手の認識よりも早く懐に滑り込み、身体の軸をずらす事無く相手の脇腹に片手剣の腹を叩き込もうとする。彼女からすれば何て事のない、普段の鍛錬通りの動きであり、難なく防がれる事を予期しての二撃目で意識を刈り取る予定だった。だが武術や剣術、体術などとは無縁だった蒼汰からすればその初撃ですら反応する事など不可能、突然の出来事に驚き後ろに仰け反ってしまい、わざわざ自ら殴られる体勢になってしまっていた。

 確実に仕留めた。ギースは経験からそう直感した。だがそれを証明する手応えはいつまで経っても彼女の手に伝わる事は無かった。




「……え?」




 拍子抜けた声を出す彼女の目線の先には、あるはずの黒銀剣が無かった、いや、柄より上の部分が存在していなかったのだ。そしてその直後、まるで誰かに切り(・・・・・・・・)取られたかの様に(・・・・・・・・)、柄の先の部分が床に落ちる音がした。




「な、何が」


「……ふふっ、何を驚いているんですか?」


「っ!?」




 本能的に声のした方向とは真逆に飛び退くギースだったが、足元が地面に着くより先に、蒼汰の正面に立っていた声の主の顔を見て驚愕し、恐怖した。




「え、エリン……なのか?」




 服装も、見た目も何も変わっていない、ただ右手に純白の細剣を握り締めていただけ。そんな恰好で自分の前に立つエリンが、蒼汰には別人にしか見えなかった。




「旦那様。少し待っていて下さいっ。

……そこにいる”敵”を排除してきますから」


「くっ……」




 あくまでも自分を”敵”だと見なす妖精に、ギースは再び剣を造り出し対峙しようとする。だが彼女は分かっていた。自分の造れる最上級の片手剣を、まるで木の枝を切り落とすかのようにあっさりと両断する相手に、ましてや突き刺す事を前提とした武器で”斬る”という行為を易々とこなす怪物を相手に、どう戦っても勝ち筋など皆無だと言う事を。しかし自分から斬りかかった以上、後には引けないという事も。

 運動による発汗と最高潮に達する緊張感による冷や汗とが混じり合う中、彼女を庇うかのように声を出したものがいた。蒼汰である。




「ま、まてエリン!? ギースは混乱しているだけで何も敵意があって」


「ダメですっ!! どんな理由があろうとも旦那様を傷つけようとしただけで重罪、いっそ死罪と同義なんですっ!!」




 こんな所で殺し合いなどされたら堪ったもんじゃないと、必死にエリンを抑えつける蒼汰だったが彼女も一歩に引く気配はなく、すっかり体制を立て直していたギースそっちのけで口論が始まってしまった。




「だからって殺そうとする必要は無いだろっ!? せっかく治療したのに殺したら元も子もないだろっ!?」


「その時は私がまた責任をもって生き返らせますからっ!! ちゃんと蘇生魔法も覚えていますのでっ!!」


「それでもダメだっ!! 俺に死んだり生き返ったりするスプラッタな光景を見せる気か!?」


「だったら旦那様は外で待っていて下さいっ!! 私が一人で肉ミンチにしていますからっ!!」




 その内容はともかく、傍から見ればただの痴話喧嘩である。激しさを増す蒼汰とエリンの言い争いの中、完全に蚊帳の外で攻めて良いのかと戸惑うギースに小さな影が被さった。




「……クラリス様?」


「あの、何か勘違いしているのかも知れませんけど、私は自分の意志でここにいるんです。だからお兄さんやお姉……エリンさんの事を悪く言うのはやめて下さい」


「っ!! く、クラリスちゃん今お姉さんって」


「言ってませんし呼びませんっ!!」


「そんなぁ!?」




 遠くから聞こえて来る、野次に近いそれに的確にツッコミを入れる少女に、ギースは言葉が出なかった。目の前にいる親友の娘は彼女の中に居る姿と全く重ならないのに、少女の瞳から窺える強い意志の表れは、彼女の良く知る親友のそれと全く同じだったのだ。




「……やはりアリシア様の娘なのだな」


「お母さん、ですか?」


「いや、何でもないさ」




 少女との会話のお陰で荒ぶっていた感情もいつの間にか鎮静していたギースは、自分が今までに取った無礼を詫びようと、全く会話の止まりそうもない二人の方に歩いていく。

 その気配に気が付いた二人は会話を中断し彼女に視線を移すと、先程までの血迷った発言とは一変した言葉が彼女の口から聞く事が出来た。




「どうやら私は勝手な勘違いの所為で気が狂っていた様だ。本当に申し訳ない事をした、済まなかった」




 そう言って深く頭を下げるギース。明らかに理性的な態度を取る彼女の様子に蒼汰は内心ホッとし、頭を上げるように告げようとするが、それよりも早くエリンが口を出した。




「あ、謝っても旦那様を傷つけようとしたんですから許せませんっ!!」


「いやいや、なんでエリンが答えてるんだよ。

俺は許すつもりだからな? ヒヤッとはしたけど別に怪我した訳じゃないし、ギースだってクラリスの事を想っての行動だったんだし、誰が悪いとかじゃなくてたまたま状況が悪かっただけだろうし」


「で、でもっ!!」


「俺がいいって言ってるんだからそこは意地張るなよ……」


「うう~っ、もうっ、旦那様は優しすぎますっ!!」




 蒼汰の正論にぐうの音も出なくなってしまったエリンが我が儘の通らない子供みたいな態度を取る。十万年そこら生きて来た者が取る態度では無い気がする蒼汰だったが、頬を膨らませて「私は怒ってますっ!!」と言うエリンの愛らしさが勝ったので触れないでおく事にした。

 と、話のついた所でギースが二人に提案を持ち掛ける。




「ならば私に何か罰を与えてくれ。やはり自分側に責任があると思うし、何より元からただ許して貰おうとは思ってもいないさ」


「罰、か……そんなすぐに思いつくわけじゃないしなぁ」


「はいはいっ、だったら私が決めますっ!! 今すぐここで首を」


「あー却下で」


「まだ最後まで言ってませんよ!?」




 どうしてもギースを殺したがるエリンを適当にいなしつつ、蒼汰は一度仕切り直しを図るために場所を移そうと提案するとギースもエリンもそれには素直に同意し、彼はシスとクラリスも連れて一度マスタールームに戻る事にした。



















────────────────







「で、大事な話なんだけど」




 ちゃぶ台を囲むように座るのは蒼汰から右回りにクラリス、そしてギース。エリンは彼に言われお茶の準備にと席を外している。因みにギースといがみ合わない為にと、蒼汰とクラリスの間に座らせる予定らしい。

 エリンが戻ってくるまでにある程度までは話を進めておこうと




「まず、ギースはこれからどうするつもりなんだ?」


「そうだな……私をあんな目に合わせた者共を捉えたいし、何よりアリシア様の身が心配だ。今すぐにでも王国に帰りたい。

出来る事ならクラリス様もここから連れ出したいのだが……」


「すいません。さっきも言ったようにここを離れるつもりは一切ないです」


「……みたいだからな。流石に乱暴を働いてまでここから出そうとするつもりも無いし、本人の意思を尊重するつもりだ。だから私一人で国に戻ろうと思う」


「なるほど、まぁそう言うだろうなって思ってた」




 クラリスの事を知っているという事は少なからず王国関係者であることは間違いない、そしてあの戦闘特化の特殊なスキルの事も合わせると衛兵だろうと予測を立てていた蒼汰からすれば、彼女の発言は至極当然のものだった。




「だったら」


「だからギース、お前に与える罰はクラリスと同じ様にここに永住するって事で」


「なっ……」




 ギースに言い渡された判決は「ダンジョンマスター管理下の永住」。これには冷静さを取り戻したギースも驚きを禁じ得なかった。だが以前の彼女とは違い、今度はしっかりとその先を聞く耳を持っていたらしく、彼の目を真っ直ぐ捉えていた。




「あぁ、意地悪をしたくて言ってる訳じゃないんだ。ギースがここに足を踏み入れている時点で、どうやら外には出さない方がいいらしいんだ。そうなんだよな、シス?」


『はいマスター』


「なっ!? 板が喋っただと!?」




 蒼汰のすぐ左に置かれたPCからシスの声がした事に再び驚愕の声を出すギース。クラリスの時と言い、やはりPCを見た事のない者達の反応はどれも似た傾向にありそうである。




『マスタールーム等は言わばダンジョンの心臓部分に当たります。ですので容易に人が出入りされると情報の漏洩等につながる恐れがある為、出来るだけ避けたいのです』


「って訳だから、悪いけどそう簡単にここを出す訳にはいかないんだわ」


「そ、そうなのか。それよりも、その喋る板は一体……?」




 完全に興味が自分の事よりもPCに向いてしまったらしく、ギースはちゃぶ台に身を乗りだして食い入る様にPCに熱い視線を送っていた。エリン程の大きさがあるわけでは無いが、女性らしい肉付きのある胸が台に押し付けられ強調される。ボタン式のパジャマではないため残念ながら胸チラというラッキースケベなど起きやしないが、それでも蒼汰からすれば十分にご馳走である。




「……お兄さん、またエッチな目で見てます」


「そ、そんな事無いぞ?」


「……エッチなお兄さんなんか嫌いです」


「そんなぁ!?」


「アオタ殿っ。これはマジックアイテムの一つなのか? 一体どうやって使うんだ?」


『マスター。視線が痛いので止めるように言って貰えませんか』


「待って今それどころじゃないからっ!!

クラリス、どうにか機嫌直してくれないか?」


「嫌です。今日はもうアオタさんって呼ぶ事にします」


「そんなぁ!?」


「アオタ殿っ!! どうしてこの板は光を放っているのだ!? しかも私の知らない記号が現れたり消えたりしているのだがっ!?」


『マスター。そろそろ限界なのですが』




 クラリスに精神攻撃を食らい続ける蒼汰に勝手にPCを弄ろうとするギースと、本来の目的を忘れたかのように騒ぐ四人。もうメチャクチャである。そんな中にお盆をもってエリンが突入するとどうなるかと言うと……




「だ、旦那様っどうして今にも死にそうなのですかっ!?」


「え、エリンや……俺は今日は”アオタさん”らしい……」


「なっ!? それは可哀想ですっ!!

クラリスちゃんっ、どうか旦那様に”お兄さん”って言ってあげて下さいっ!!

そして私も”お姉さん”」


「絶対に呼びません」


「そんなぁ!?」


「あ、アオタ殿っ!? これは何を押せば良いのだ!? さっきから画面に良く分からない記号ばかり表示されるのだが!?」


『マスター。本当にピンチです助けて下さい』




……更にヒートアップしてしまったようだ。

 その後シスによるタライ落とし攻撃によって全員が冷静になる頃には、既に昼を回っていたのだった。



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