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12.強がりは時に毒ですっ






『マスター。緊急事態です。起きて下さい、マスター』




 日がまだ頭を出し始めたぐらいの早朝、熟睡中の蒼汰を呼び起こす声がマスタールーム内に響いていた。




「ん…………何?」




 閉じられた状態のPCに話しかける蒼汰。ベッドから転げ落ちるようにちゃぶ台前まで這って進み、力の入らない手でそれを開く。すると目を庇いたくなる量の光が彼の目に襲い掛かって来た。




「ぉおっ……って、驚く事じゃないか。

んでシス、何があった?」


『はい。ダンジョン内に何者かが現れたかと思うと、布で包まれた何かをセーフポイントに捨てていきました。匂いや動きからして体に血が付着した生き物かと』


「……展開が急すぎて訳わからんけど、取り敢えず物騒な話だと言う事は分かった」


『この状況で取れる行動としましては、こちらで自動処分するかマスターが直接確認・保護するか、の二つだと思われます』




 まだ寝惚ける頭を無理やり叩き起こした彼は、シスからの情報を自分の中で一度整理し、何が最善なのかを出来る限り最短で導き出そうとする。しかし少ない情報で彼が出来る事となると、更に情報を手に入れるべく行動する他ない。




「……俺が行ったとして、危険性は?」


『恐らく殆ど無いかと。自動POPのモンスターはこちらで一時停止するようにし、ダンジョンに人を近づけない様にカモフラージュもしますので、誰かに見られる心配はありません。布越しに伝わる拍動からも、瀕死状態であることが窺えます』


「なら、直接俺が行っても問題は無いって訳だ……」




 ダンジョンに向かう事に少し肯定的な姿勢を見せると、視線を未だベッドの上でぐっすり眠っているエリンへと向ける。昨日の夜中から今日にかけて寝言はまだ一度も言っていない彼女の顔はだらしなく緩んでいた。




「……幸せそうで何よりだな」


『マスター、幾ら種族が違うとはいえ女性の寝顔を覗くのはいかがなものかと』


「……そこは聞こえなかったフリをしてくれない?」




 アニメの主人公の様に難聴になる事は無いシスのせいで、彼の口からは幸せが逃げていってしまう。

 愚痴をこぼしつつその場からゆっくりと立ち上がった彼は左手でシスを持つ。そして夜目のお陰で薄っすらと見えるダンジョン行きの扉の位置を確認すると、その方向に向かって足を進め始めた。




「しゃーない、さっさと行くか……」


『ダンジョンの扉を潜ればすぐに布の前に辿りつくよう設定しました』


「さすがシス。助かるわ」




 右手で寝癖を掻き毟りながら、ダンジョンマスターにはお世辞にも似付かわしく無い格好で、蒼汰は冷たい扉に手を掛ける。押し開いた先にはマスタールームの滑らかな壁面とは異なり、所狭しと凹凸のある岩壁がそこに差された松明に照らされていた。




「……これが、例の布か」




 ダンジョンの一角、蒼汰が訪問者のためにと作った休憩スペースの床に、それは乱雑に捨てられていた。布で覆われているそれの輪郭を辿ると、蒼汰の見る限りでは人間の女性のようである。





『マスター、害はありませんが慎重に。何が起きるか予測不能ですので』




 何の考えもなしに手を伸ばそうとしていた彼を、シスの一声が静止させる。本当に情報量の乏しい状態であるため、軽率な行動は出来るだけ避けたいと言うのがシスの言い分なのだろう。




「分かってるよ」




 一旦地面にPCを置くと、布の端を指でつまみ、ゆっくりと剥いていく。布自体は少し厚めであるため、これを巻き付けた者は何重に巻く必要も無いと判断したのだろうか。

 布を捲っていく内にその全貌が明らかになった。が、蒼汰の口から言葉が出る事は無い。寧ろ布の中身を見て声を出せるものがいたならば、その者は精神的な面で危険人物だろう。




『これは……酷な事をする者がいるものですね』


「…………」




 シスの言葉が空しく反響する。布の中には蒼汰達の予想通り、一糸纏わぬエルフの女性がいた。ただ、それだけなら蒼汰が奇声を上げて反応しない筈がない。




「…………ゴメン」


『マスター?』




 嘆くようにそう言った蒼汰は口元を手で覆うと、その場から離れる様に休憩スペースの角を曲がり、壁の縁に向けて胃の中身を全てぶちまけた。




「ぅえっ…………何なんだよ、アレ……」




 蒼汰の見たそのエルフ女性は、生きているのかすら分からない程に壊れていた(・・・・・)

 艶があっていい筈の金髪はグシャグシャに乱れ、力強く引っ張られたのだろう、何本か抜けたのが髪の毛の中で複雑に絡んでいた。整った顔は何度も殴られた跡が痣となって浮かび上がり、腫れあがった瞼が目を覆っていた。エルフの象徴とも言える横長耳には切り傷が数ヵ所に渡り付けられ、エリン程ではないにしろ形の整った豊かな胸が上下する上半身、大人の女性である事を知らしめる陰部、そしてモデル並みに長い下半身のいずれにも、火傷跡や刺し傷、ムチで何度も打ち付けた跡や鈍器で殴り付けた様な跡が刻まれていた。

 深く刺された跡から見えてしまう肉片にダウンさせられた蒼汰は、グロッキーになりつつ出来るだけ女性を見ないようにしてPCの前に戻って来た。また見てしまうと次は卒倒する自信があった。




『マスター、大丈夫ですか』


「……大丈夫、とは言い切れないかな」


『左様ですか。

……一旦、マスタールームに戻りましょう』


「そう、した方が良いよな……」




 死者のそれに近い顔になっている蒼汰を気遣い戻る事を勧めたシスに賛同し、彼は口を押え足を引きずる様にして自室に————は戻らず、シスを持ったままトイレに向かった。




「うえぇっ……っ」


『マスター……』




 どれだけスプラッターなモノを見て来たとは言え、あくまでもそれはゲーム内や映画などの画面の中での話。極めて一般人の蒼汰からすれば、彼女ほど衝撃的な光景は刺激が強すぎたのだろう。

 レバーを押し込み、虚ろな目で流れていく水を眺める蒼汰に、シスからとある助言がなされる。




『マスター。例の女性の事ですが、一旦エリン様に任せるのはどうでしょう』


「……エリン?」


『はい。回復魔法の使える彼女であれば、外傷を完治出来るはずです。そして万能薬の飲み薬を使えば、まだ彼女を助けられる見込みがあります』




 シスの提案は最もな事だった。何の力も無い蒼汰がどれだけ行動しようが、エルフ女性の状態を悪化させるのみ、ならば改善させられる者に任すのが善策だろう。

 しかし、蒼汰はそれが正しいと分かっていながら、素直に首を縦に振る事が出来ないでいた。




「……わかってるんだけどな。今回のは、俺一人で何とかしたかったんだよ」


『……どういう事でしょうか』


「よくよく考えたらさ、俺ってエリンを頼り過ぎている気がするんだ。大量のCPだってエリンのものだし、クラリスを看病できたのもエリンあっての事だし。このままだと俺、またダメ人間になってしまいそうで、それは嫌だったんだよ」


『しかし、エリン様は種族の事もあり優秀ですから、もっと頼っても宜しいのでは?』


「いや、そうなんだけどなぁ……」


『何か、理由があるのですか』




 中々賛同しようとしない蒼汰に直球をぶつけるシス。すると少し気恥しそうに頬を掻きながら、蒼汰は語り出した。




「ま、その、さ。あれだよ。

エリンみたいな超絶美少女にあんだけ好かれてるからさ、ちょっとはカッコつけたい、って所かな」


『男の意地、ですか?』


「まぁ、そんな所かな。

……エリンには内緒にしていてくれよ?」




 こんな気恥しい事を当の本人に話せるはずがない。赤裸々に自分の内を曝け出した蒼汰はシスにそう口留めをするが、残念ながらシスからの返事は肯定では無かった。




『マスター。どうやらその必要は無さそうです』


「え、それって————」




 蒼汰の開いた口は、塞がらなかった。シスが画面に表示した矢印の方向、トイレ室の扉の方に視線をやると、そこには彼にとって間違いなく都合の悪い人物が立っていた。




「え、エリン……」


「えっと……その」


「も、もしかして……聞いてた?

その、さっきの会話……」


「あ、アハハ……」


「……さ」


「さ?」


「最悪だぁぁぁぁぁぁぁっ!!!?」




 申し訳なさそうにはにかむエリンを見て会話の一部始終が聞かれていた事を悟った蒼汰は、ただただ発狂した。人工知能的ポジションのシス相手だからこそ言えたのであって、ご本人が登場するなんて露も思っていない蒼汰からすれば、これ程までに致命的な一撃は無いだろう。とにかく、”御愁傷様”とだけ言っておこう。




「マジかよぉぉぉぉっ!!

俺恥ずかしっ!! 穴があったら入りてぇぇぇっ!!」




 頭を抱え天井に叫び声を上げ続ける彼。のたうち回るように回転もしていたが、それでもエリンと目を合わせる事は無かった。いや、会わせないように必死だった。

 しばらく声を上げ、溜まりに溜まった羞恥を出しまくった蒼汰は、燃え尽きた目でエリンを見た。どうせ冷笑が待ち構えているだろう、という被害妄想より何時でもメンタルブレイクされる覚悟は出来ていた彼だったが、何度でも言おう。相手が悪かった(・・・・・・・)




「旦那様、どうしてそんなに恥ずかしがってるんですか?」


「……ふぇっ?」


「だって、私の事を想って発言してくれたんですよね?

だったら最悪なんかじゃありません、とても最高ですっ♪」


「……マジか」




 一応彼女の為に弁明しておくが、彼女はアホの子ではない。寧ろ膨大な魔力のお陰でスーパーコンピューターにも引けを取らない頭脳を持つ、秀才な美少女である。しかし溺愛して止まない彼の事となるとエリンフィルター、つまり蒼汰の事が美化して見える特殊な何かが発動してしまうのである(注:ありません)。

 と、ここまで快活に話していた彼女だったが何を思ったのかその表情に陰りを作り、先程とは打って変わって優しい口調で話し始める。




「ですけど、それで旦那様が辛い思いをするのはダメですっ。

だって、そんな事されたら私、悲しいですから……」


「エリン……」


「……何て、こんな湿っぽい話は似合いませんよねっ。

この話はお終いですっ、もっと旦那様の魅力について語りましょうっ♪」


「……やらねぇよっ!?

せっかくいい感じなのに何で最後ぶち壊しちゃうかなぁ!?」




 最初っから最後まで自分ワールド全開だったエリンのお陰なのか所為なのか、気分が幾らかはマシになっていた蒼汰はシスを持ってそそくさとトイレを後にして行った。





「……旦那様は笑っていて下さるだけでいいんです。

それだけで、私は幸せになれますから……」





 少し肌寒くなったトイレ室の中で、エリンは誰にも聞こえないようにポツリとそんな言葉を落とす。それにどんな思いを込めたのか、どんな気持ちで言ったのかは彼女にしか分からないが、彼女の口元が緩んでいる事が全てを物語っていた。




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