10.ようやく召喚ですっ♪
「今度こそ本当に召喚石を使うぞ!」
「そこまでして使いたいんですか?」
空いた食器を片付け、今度はお茶三人分を器用に運ぶエリンがそう尋ねた。
「そりゃあ、モンスター召喚なんて生まれて初めてだし、やってみたくなるだろ?」
「私もした事無いですけど、そこまでやってみたいとは思いません」
「え、本当に?」
「はい。だってモンスターですし……」
「わ、私も召喚石を使うのは初めてなので少し怖いです……」
エリンに続き、クラリスもおずおずといった様子で発言する。二人共モンスターに対する危機意識が高いらしく、それが召喚石を受け付けないようだ。
蒼汰にそれが無い訳でなく、寧ろこの中だと一番高い筈であるが今回は例外だった。
「二人共、それは根本から間違ってる。
召喚石で召喚するモンスターは、言うならペットと同じなんだよ」
「ペット、ですか?」
蒼汰の言い分はこうである。
フィールドでPOPするモンスターは基本的には好戦的かつ知を持つ種族を優先的に狙う、迎撃システム的な動きをするものが殆どである。それに対し、召喚石で召喚するモンスターは召喚主の命令には忠実で、かつ理性的なために無差別に周囲の生き物を襲うという事は無い。更には意思疎通を図れるので、より身近な存在として傍に仕えるようになる、と言う。
「……だからペットみたいなものだ、って言うのも納得するだろ?」
「確かにそうですね。
……しかし、本当に危なくないんですか?」
「うーん、シス、どうなんだ?」
『はい。エリン様や旦那様、そしてクラリス様の想定している様な被害は無いに等しいでしょう。ただし、召喚するモンスターによっては存在するだけで被害が出る時がございます』
「あー、ドラゴンとか建物の中で呼び出したらマズいって事か」
『他にもシーサーペントやガーディアンゴーレム等ですね。
ですので安全のため召喚は開けた場所で行うのが良いでしょう』
「なるほど……なら、何か被害が出ても問題のない場所を用意するのがまず先って事か」
『トレーニングルームなどはどうでしょうか?
CP的にもお手軽ですし、マスターに合わせて言うのであれば体育館程の広さはあります』
「おお、それいいな!
早速頼むわ!」
『かしこまりました……完成しました』
「あ、因みにだけど今の所どれぐらいCP使ってる?」
『昨日のマスタールーム模様替え費用は伝えていますので、それ以降から申し上げますとキッチンルームの作成に500,000CP、その際に同時に用意した病人食セットが2,000CP、小部屋の作成に300,000CP、シングルベッドが24,600CP、木製テーブルが32,000CP、万能薬が100,000CPにクラリス様の衣類が一括で7,000CP。
その後のダンジョン経営で一階改造に250,000CP、二階増築に30,000CP、罠設置に180,000CP、自動POPモンスター・ゴブリン設置に毎月3,000CP、自動排出ドロップアイテム、そしてダンジョン内で手に入るアイテムの費用が毎月1,000CP、マスターの衣類が一括で9,000CP。
そして今現在行ったトレーニングルームの作成に100,000CP。
これを所持CPの35,413,427CPから引きまして本日のCP供給量である101CPを加えますと、残りは33,874,928CPとなります』
「お、おっふ……反応しづらいな」
『まだまだ余裕があります。漸く全体の約3%を使った、といった所でしょうか。ですが油断は禁物です、早いうちにCP供給量を増やしておいたほうが良いでしょう』
「まぁそうだよな。
……てか、CP供給量増えてなかったか?」
『はい。クラリス様が供給者としてダンジョンに認められた為だと思われます』
「なるほど……ってクラリスどうした? それにエリンも……」
供給者として迎えられた事を伝えようとクラリスの方に首を回す蒼汰だったが、少女の顔は何故かげんなりしていた。それどころか、全く関係のないエリンまでもが同じ様な表情だったために、心臓を握られるような思いに駆られてしまう。
「……旦那様はシスさんと仲が良すぎる気がしますっ」
「へっ?」
「もっと私に構って下さいっ!!」
「いやいや、そこではなくてお兄さんはもう少し他人の目を気にするべきですよ?」
「……あー」
今のやり取りの間で、大体の状況を掴んだ蒼汰。どうやらエリンはシスに嫉妬し、クラリスは無機物と会話する蒼汰の体裁の事を考え微妙な表情になっていた、と言う訳らしい。
「と言われてもシスとは会話した方が早いからなぁ。
すまんがクラリス、慣れてくれ」
「分かっていますよ。私は言うなれば居候の身ですから、文句を言う筋合いもありませんし」
「いや、そこはガンガン指摘してくれていいから。
どうもこっちに来てから常識の感覚がおかしくなってるんだよなぁ。
……っとそんな事より、取り敢えずトレーニングルームに向かおう」
これ以上は話が長引くと悟った蒼汰は話題をモンスター召喚の方に戻す。
『場所はキッチンルームへ向かう通路に新たな扉が出来ていると思いますので、そちらへ向かって下さい』
「だそうだ。さ、早く行こう」
「……何だかうやむやにされた気がしますが、まあいいですっ」
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トレーニングルームは一面コンクリートに蛍光灯を張り付けただけの簡素な場所だった。シミや汚れがある訳でもなく、これといった器具が置いている訳でもない。何とも殺風景である。
「シス、小さい方の召喚石を三つ取り出してくれ」
『かしこまりました』
蒼汰の手元でそう返事するシスは、三人の真上にそれぞれ召喚石(小)を出現させる。
「あうっ!?」
「あーすまん、クラリスには説明してなかったっけ」
何も知らされていない状態で頭上に石ころが現れれば、当然上手くキャッチする事など不可能。落下する召喚石(小)に頭を打たれ、ひ弱な声と共に打ち所を擦るクラリスに平謝りする蒼汰は、自分の足元まで転がって来るそれを拾い上げると少女に手渡した。
「さてシス。使い方の説明を頼むわ」
『はいマスター。召喚石を強く握りしめると光が漏れ始めますので、その際に手を広げて頂ければ十分です。目の前に召喚陣が現れると思いますので、後はそこに触れて頂ければ契約完了、従魔としてモンスターが召喚されます』
「思っていた以上にシンプルだな。ゲームの中だと確か魔力を込めるとか何とかだったはずだけど……」
『強く握る事でマスター達の体内から微量の魔力を徴収していますので問題ありません』
「そうなんだ。
……って訳だけど、二人は何か質問とかある?」
二人が首を横に振ったのを確認すると、蒼汰は我先にと手の中にある虹色の石を強く握りしめた。石の冷たさが肌を通して伝わる中、彼の指の隙間から光が漏れ始め───
「えっと、確か手を開くんだっけか───うおっ!?」
彼の目の前に、白色の魔法陣が広がる。漫画やアニメ、ゲームではさんざん見てきたデザインではあるが、いざ実物を前にすると何も言えなくなってしまう。それ程の存在感を前に怯んでしまう蒼汰の背中を、エリンがちょん、とつついてやる。
「旦那様っ」
「あ、ああそうだな……」
後ずさりしそうになる身体を無理矢理押さえつけ、喉を鳴らしながらも彼はそれに手を伸ばす。そして魔法陣の文字らしき記号に触れるその瞬間、魔法陣がより一層白く輝き出した。何かあるだろうと予め構えていただけあって、目を閉じる事で何とか後退は免れた蒼汰が次に目を開けると、足元にソイツはいた。
「……これが、モンスター」
全身を覆う藍色の毛、強靭な四本足、僅かに開いている口元から覗かせる鋭利な歯。そのどれを取ってもこの者の威厳を現している。
不自然な体勢で固まってしまっている蒼汰の前に跪いているのは、まさに大狼だった。
「もしかして、フォレストウルフですか?」
「フォレストウルフ? ってあのゲーム序盤で出て来る……?」
背後でエリンが呟いたその単語を、自分の記憶の中から探し出す。だがしかし、彼の中にあったそれとは明らかにサイズが異なっていた。
「……いやいや、こんなにデカかったっけ!?」
『マスター。召喚石で召喚されるモンスター達は野生の者達より丈夫に生まれます。ですのでマスターの記憶の中にあるのは恐らく自動POPするフォレストウルフかと思われます』
「……そういうのは先に教えておいてくれよ……」
悪態をつく彼だったが、その背後から待ち切れなかった青い光がルームを包み込んだ。
「っ……誰がやったんだ?」
「わ、私です」
光が収まると同時に周囲を見渡す、と震える手を挙げていたのはクラリスだった。どうやら蒼汰達が話し込んでいる時に召喚を行っていたらしく、彼女の手には既に虹色の石は握られていなかった。
「召喚には、成功したんだよな?」
少女の周囲にはそれらしき姿形は存在していない。だが彼を襲った光は間違いなく召喚の際の光であった為、クラリスに確認を取らざるを得なかった。
「はい、召喚には成功したんですけど……」
「けど?」
「どうやら、狼さんに怯えてしまって私のパジャマフードの中に隠れちゃったんです……」
そういって背中を見せる様に半回転するクラリスのフード内には、水色の毛むくじゃらが小刻みに体を震わせていた。ぱっと見ではどんな生きものか想像し難いが、その性格だけはその場にいる誰しもが分かってしまった。
「あ、あはは……」
「それは、何とも変わったヤツだな……」
これには流石の蒼汰達も下手くそな笑い方をするしかなく、それを見たクラリスは更にしょげてしまう。
「ううっ……何だか飼い主の私が一番恥ずかしいです……」
徐々に赤らめる頬を隠すように両手で顔を覆う少女。どうやら水色の毛むくじゃらはペット枠確定らしい。
「っと、私もそろそろ召喚しないとですねっ!!」
唯一召喚の済んでいなかったエリンが元気よくそう声を上げると、細い指で自分の拳ほどのそれを包み込むように握りしめる。そして彼女の前に現われた魔法陣は、怪しい紫色に輝いていた。
「っ……これは」
目を見開くエリンが対面したのは、大小二匹の蝶。しかしそれは蒼汰の知る蝶の大きさを遥かに凌駕していた。
地球最大の蝶でも彼ら彼女らの顔を覆う位のサイズだろう、しかも全力で翅を広げて、である。故に蒼汰は、小さい方でも自分の身体の半分ほどある二匹の蝶に度肝を抜かれてしまっていた。大きい方に関して言えば蒼汰を覆えるサイズである。
「……これはさすがに発狂してもいいか?」
「ええっ!?
何でですか!? 可愛いじゃないですか!!」
「それはちょっと無茶があるかな!?」
「ああっ!? ピーちゃん暴れないで!?」
怪物級の蝶を前に、三者三様の表情を見せる蒼汰達。と言うか既にペットと戯れている者が一名ほど見受けられるのだが。
『……何でしょう。このグダグダ感は』
それから蒼汰が大狼と巨大蝶に追いかけられ始めるまで、シスの言葉は誰の耳にも入らなくなるのだった。