奏鳴曲
視点の変更が頻発する回になります。読みにくいと思いますが、ご留意を。
気が付いた時には、辺り一面が真っ暗な空間にいた。
前も、後ろも、右も、左も、上も、下も。
そんな概念が一切存在しない空間。ただ、そんな世界を漂うことしかできなかった。
「・・・・・――!」
時折、声のようなものが聞こえる気がする。ただ、何を言っているのかわからないし、それを聞く気にもならない。
ただ、何もない時間が永遠に続く。それ以外、何も望む気になれない。
少しなのか、とてもなのかわからないが、時間が経つと白い光が現れる。声とは違う、はっきりとした光が。
それだけが、この世界の置ける唯一の刺激。俺はそれを求めて、そちらに向かって漂っていく。
でも、それに近づこうとすると、決まってまた声がする。そして、それに反応するように光は闇に飲み込まれて消えていく。
「大丈夫でしょうか、カムラさん」
「大丈夫ではねぇだろ。だって、死んだんだろ?」
「・・・・・」
あれから二日が経った。ホムンクルス錬成では失った部位も元に戻すことが出来るということで、カムラの左腕の代わりになる腕を探させているがなかなか見つからない。
「もし代わりになる左腕が見つからなかったら、五日後には錬成を開始しろとアーミラさんは言っていました。最悪、諦めるしかないかもしれませんね」
「だな。カムラが生き返れねぇのが一番やべぇからな」
・・・・・代わりになる左腕、か。もしもの時は、私が。
「そういや、ライはどこ行ったんだ?」
「彼なら、例の少女に話を聞きたいと言っていました。先ほど食堂に向かっていましたが」
「あ?何で食堂なんだ?」
「それは、直接行ってみるのが早いかと・・・・・」
「本当によく食べるね、君」
「ねぇライ!本当にまだ食べていいの?人の世界に来てから、おいしそうなもの食べたらみんなに怒られたんだけど」
「さては君、人の農作物を勝手に食べたんだろ。そりゃあ、怒られるさ」
「?」
「・・・・・これもわからないか」
丸テーブルの向かい側に座り料理を食べる少女。おなか減ったとうるさいので連れて来てみれば、何だこいつは。僕の前には山のように皿が積み重ねられている。こいつの胃袋はどこに繋がっているんだ・・・・・。
「これは、アマネに無理言って立て替えてもらうしかないかね」
「ライ!それちょうだい!」
「はいはい。ほら」
あまり子供は好きじゃないんだが、どう考えてもこの少女は情報の塊だ。逃がすわけにはいかない。
「それじゃあ、えっと。ミスティア、だっけ?」
「そうだよ!いい名前でしょ!」
「・・・・・いや、ミスティアなんて名前、聞いたこともないんだけど」
「そうなの?サンクチュアリにはいっぱいいるよ?」
ほら、早速こぼれた。何だよ、サンクチュアリって。
「そのサンクチュアリっていうのが、ミスティアの故郷なのかい?」
「こきょー?」
「故郷もわからないのか。・・・・・ミスティアは、サンクチュアリから来たのかい?」
「そうだよ!アヴァロンがね!ましょーせき?じゃ足りないからぶーすたー?っていうのの代わりになるミスティアに、人の世界に行って来いって言われたの!」
「・・・・・ごめん、ちょっと食べてて」
「はーい!」
待て、落ち着け僕。
ここまで理解の追いつかない話は人生で初かもしれない。
聞いたこともない地名に続いて、今度は聞き覚えのある単語とない単語がボロボロと。
・・・・・文面通りにとるのなら、まず彼女はアヴァロンの指示でサンクチュアリとやらを出てきた。何をしているのかは知らないが、アヴァロンにとって魔晶石では不足するようなことをしている。ブースターとやらが何かはわからないが、その代わりとなるミスティアをこちらに寄越した。
つまり、この少女はアヴァロン側の者ということか?
「ミスティア」
「なーに?」
「君は、アヴァロンの味方なのかい?」
「違うよ!ミスティアはライたちの味方だよ!」
「でも、アヴァロンの指示で来たのだろう?」
「だって、そうでもしないとアヴァロンはゲートを開けてくれないんだもん!」
「ゲート?」
「サンクチュアリと人の世界を繋ぐドアみたいなものかな。アヴァロンはそこの門番でもあるんだけど、誰も通してくれないんだよ!そのせいで、よくゼウスとかニュクスとかと喧嘩ばっかりしてるんだよ」
「はい。またちょっと食べてて」
「はーい!」
・・・・・ダメだ。今回は無理だ。
ミスティアが味方で、アヴァロンが門番ってところまではいい。
ゼウス?ニュクス?何だそれは?
一つずつ整理していこう。アヴァロンは、僕たちの住むこの世界と、例のサンクチュアリとを結ぶ門の門番。そして、ゼウスやニュクスとやらとよくケンカをしている。
・・・・・推測だが、そのゼウスやニュクスというのはサンクチュアリの住人なのだろう。
「いや、待て!冗談だろう!?」
「ひゃぁ!?びっくりした!」
「ミスティア、答えてくれ!神っていうのは、アヴァロン以外にもいるのか!?」
「えっと、向こうのみんなのことだよね?うん、いっぱいいるよ!アテナにイリスにウラノス。クロノス、ヘラ、ニケー。私と同じくらいの子だと、ペルちゃんかな!」
・・・・・ダメだな、これは。僕だけじゃとてもじゃないが抱えきれない。アマネは新魔王として忙しそうだし、セレスはカムラの傍を離れるわけがない。ジークは論外だし・・・・・。
これは、カムラが起きるのを待つしかないかな。
「よお、レアル。何やってんだ?」
頭を抱えて悩んでいたところに、肉を片手に近づいてくるローザ。いや、グレンだったっけ。
「・・・・・君も役に立ちそうにないしねぇ」
「何だと!?」
「ああ、ごめん。・・・・・そういえば、君は結構子供好きだったよね?」
「まあ、嫌いじゃねぇな」
「なら、ちょっと手伝ってもらおうかな」
あれからどれだけ経っただろう。最後に光が現れてから、どのくらい経ったのだろう。
「・・・――・・・・・―――!」
光が現れる頻度が落ち始めてからというもの、声が少しうるさくなった。
それにしても、俺はいったい何者なんだろうか。言葉なんかの知識は残っているのだが、それをどこで覚えたのかも思い出せない。
『こんなところにいたのね』
っ!?
ふいに、はっきりとした声が聞こえた。今まで聞こえていた声とは、どこか違う語気の強い声。
『その様子じゃ、見事に空っぽのようね。何も思い出せない。何をしようとも思わない。そんなところかしら』
・・・・・その通りである分、少し腹が立つ。上から目線なその話し方。どこの誰かは知らないが、その姿が見えるのなら一発殴ってやりたい。
『まあ、私は語りかけることしかできないから、記憶に関してはそこの二人に聞きなさい』
・・・・・?
振り返ると、そこには二人の男女がいた。騎士風の男に、魔導士風の女。
「まさか本当にこちらにいるなんて・・・・・」
「やむを得ない事情があったことは、彼女から聞いています。さあ、こちらへ。あなたを、必ず現世へ連れて行きます」
「ったく。いねぇじゃねぇかライの野郎」
「彼なら、人相の悪い女性と金髪の少女を連れて書庫へ向かいましたよ」
「書庫?何やってんだか・・・・・」
食堂にいるというライを探して来てみれば、既にそこにライの姿はなく、魔族の将軍の吸血鬼の男がワインを飲んでくつろいでいるだけだった。
「せっかくですし、どうです?各地の銘酒が揃ってますよ」
「じゃあ、頂こうかね。最近は酒を飲めてなかったしな」
「では、ヘルの自慢の一杯をご用意しましょう」
吸血鬼の男が注文すると、すぐにグラスが運ばれてきた。透き通った真っ赤な綺麗な酒。
「普段はジョッキで一気飲みする質なんだが、まあこういうのも悪かねぇな」
「改めて自己紹介させていただきましょう。魔王軍二柱が一人。吸血鬼のバロンでございます」
「んで?わざわざ俺に酒を奢る意図は何だ?」
「おや、鋭いお方だ。・・・・・あなたがあの少年かと思うと、人の人生の短さを痛感しますよ」
「ったく、やっぱお前か。俺が“傭兵になるきっかけ”を作ったあの男は」
「アマネ様から名を聞いた時はもしやと思いましたが、やはりそうでしたか」
ずいぶん懐かしい奴に出会ったもんだ。
「聞いたか?あの村の事」
「ええ。本当に、心苦しく思います。私の命を繋いでくれた方々の村でもありますからね」
「まったく、あの日が遠い昔のようだぜ。国軍に追い詰められて死にかけだったアンタを、村の食糧庫で介抱したあの日がよ」
「感謝しています。ただ、私を追ってきた国軍に追いやられる形で、あなたの村に野盗を連れ込んでしまったのは、今でも悔やまれます」
「吸血鬼様はずいぶん人がいいんだな。あれはあんたのせいでも何でもねぇよ。結局、アンタが全部追っ払ったじゃねぇか」
その姿に憧れて、人を守る傭兵職に就いたなんて、こいつには口が裂けても言わねぇけどな。
「まったく、縁というのは恐ろしいものです。例え世界の反対側で過ごしていようが、何の巡りかこうしてまた出会うのですから」
「まったくだぜ。じゃあ、その再会に乾杯といくかい?」
「ええ。喜んで」
「セレスちゃん、大丈夫?もうずっと寝てないんじゃ・・・・・」
「そんなに大したことはないわ。・・・・・カムラの方が、もっと苦しんでいるのだから。せめて、ずっと寄り添っていたい」
「・・・・・カムラさんは、本当に幸せ者ですね。少々羨ましいです」
「え?」
突然部屋に入ってくるなり、珍しくアマネが語りだした。
「私も、ジークさんも、ライさんも。みんな、一度は大切な人と離ればなれになってしまいました。その間の苦しみは、この身で味わいました。とても苦しく、寂しい」
「あ・・・・・。その、ごめんなさい。嫌なこと思い出させて」
「いいのです。だからこそ、カムラさんが羨ましいのです。例え死んでも、ずっと寄り添い続けてくれる大切な人がいるなんて」
「なっ!?わ、私は大切な人とか、そういうのじゃないわよ!ただ、約束放り出して戻らないなんてことが無いように喝入れてるだけよ!」
「ふふっ。そういうことにしておきます」
「そうなんだってば!」
まったく、アマネもずいぶん厄介な性格になったものだ。出会ったころのビクビクしてた頃とは大違いね。
ねえ、カムラ。これもきっと、あなたのお陰よ。ジークも、アマネも、ライも。もちろん私も。あなたのお陰で大切な居場所が出来たし、変わることが出来た。
だから、帰って来なさい。ここは、あなたの居場所でもあるのだから。
・・・・・私も、覚悟を決めるわ。
「おい、レアル。これはどういうことだ?」
「何が?」
「何がじゃねぇだろ!なんでアタシがこの嬢ちゃんに言葉と文字を教えなきゃならねぇんだっつぅの!?」
「子供好きなんでしょ?」
「だぁぁぁぁ!お前本当に相変わらずだな!アタシだってやることはあるんだっての!」
がみがみうるさいなぁ・・・・・。まったく、あのお淑やかなローザはどこに行っちゃったのか。
「それで?やることってなにさ」
「・・・・・ここを出て、各地に散らばってる仲間を集めて、死んじまった奴らの追悼をしてやらなきゃいけねぇ。それくらいしなきゃ、あいつらも報われねぇよ」
「君は本当にいいやつだね。その辺は変わってないというか・・・・・」
「お前のその相変わらずな剽軽な性格ほどじゃねぇさ」
口の減らない女だね。まあ、そういう理由なら引き留めるのも悪いか。
「そうだ。せっかくだから一つ、賭けをしないかい?」
「お、いいぜ。何を賭ける?」
「カムラが無事に戻ってくるかどうか。これ以外あるかい?」
「・・・・・悪趣味だね。アタシは戻ってくるに賭けるが?」
「・・・・・ふふっ。僕もさ。これで外したら、彼は悪魔にでも取り憑かれているんだろう」
「まったく・・・・・。んじゃ、行くぜ!表がアタシらの賭けた面だ。それっ!」
左手の手の甲でコインを受け止めるグレン。さて、運の女神さまとやらはどっちを選ぶのかね。
「・・・・・・ほぉ」
「どっちだい?」
「・・・・・それは、自分の目で確かめるんだね」
「はぁ?」
「アタシからの、あの時の仕返しさ。どうせすぐ、結果はわかるよ。それじゃあ、後は任せたぜ」
そういって部屋を出ていった。まったく、賭けの結果を知らせないとは悪趣味な。君も人のことを言えないじゃないか。
「ねーねーライー。これは?」
「ああ、ごめん。えっとそれは・・・・・・」
結局、ミスティアの言語教師は僕がやることになるのか・・・・・。
「この先に、あなたが進むべき道があります。どうか、ご武運を」
あの二人組に連れられてきたのは、光とは真逆の漆黒の渦がある場所だった。しかも、その渦に入れと言う。
「あなたへの所業、この程度で許してもらえるとは思っていません。ですが、これがあなたのためならば、それを成し遂げるまで」
「さあ、どうぞ」
言われるがまま渦に近づく。先は見えず、どこまでも続いていそうな暗黒の空間。
そこに入る前に、聞きたかった疑問を口にする。
「なあ、あんたたちはいったい・・・・・」
「やはり、覚えていないのですね・・・・・」
「それで良いのです。我々を繋ぐのは過去の因果。あなたは、これから未来へ進むのです。いるのでしょう?この先に、大切な方々が」
「あ・・・・・」
彼の言う“大切な方々”。はっきりと思い出せないのに、その言葉が脳裏に響く。
うっすらとだが、記憶に滲み出てくる。
頼りがいのありそうな、屈強な男。
自信は無さげだが、心のうちに強いものをもった少女。
軽快な態度で、情報をその一手に集める青年。
そして、ずっと俺の傍にいてくれた大切な少女。
「セレス・・・・・」
何故、忘れていたんだ・・・・・。
「ジーク・・・・・。アマネ・・・・・。ライ・・・・・」
そうだ、俺は絶対に戻らないといけなかったんだ。なのに、何度も光の誘惑に手を伸ばして・・・・・。くそっ、情けねぇ・・・・・。
「さあ、行って。世界を、もう一度救うために」
背中を押され、渦な中に身が投げ出される。不意に振り返ると、二人の姿は既にそこにはなかった。
・・・・・ギル、ミサ。ありがとう。
「っ!?ここは!?」
「来たわね」
「あ、アーミラ!」
渦を抜けた先には、巨大な岩が浮遊する広大な空間が広がっていた。いや、先ほどと同様な空間に、巨大な岩が浮遊していると言った方が正しいか。
俺が渦を抜けた先にはアーミラがいた。その先には、巨大な門がある。
「あそこを抜ければ、晴れて向こうの世界に帰れるわ」
「でも、門は閉まってるぞ。あんな大きな門、開けられるとは思えないが・・・・・」
「向こうに戻る準備が出来れば、勝手に開くわ。つまり、向こうでホムンクルスの肉体が出来れば開く。ただ、問題もあるのだけど・・・・・」
「問題?」
『来タカ。魔ノ王ト反逆者ヨ』
「っ!?」
門の方から底知れぬ気配を感じた。そこには靄も様なものが漂っていて、そこから機械質な声がしているようだ。
「来たわね、プルート」
『例エ門ガ開コウト、資格無キ者ヲ通スワケニハイカヌ』
「だ、そうよ?」
「資格ってのは、どうすれば得られるんだ?」
『簡単ナコト。我二力ヲ示セ』
力を示せってことは、たぶん戦えってことなんだろうな。
『貴様ラガ滅ボサントスルアヴァロンハ、カツテコノ冥界ヲ異界ヘト追イヤッタ仇敵。千年前ノ話ダ。ソノ頃ノ奴ヲ倒センヨウデハ話二ナラヌゾ』
「え!?」
黒い靄は、徐々に巨大な何かを形取っていく。人型でありながら、それは明らかな異形。
欠陥が浮き上がるほど痩せ細った手足。胸部の中心には巨大な眼。顔は兜のようなもので覆われていて、その表情は読めない。
『コレハ、千年前、コノ冥界ヲ滅ボシタ、アヴァロンノ影』
「アヴァロンの影だと!?」
『ソウダ。コレヲ超エラレヌヨウデハ、貴様ハ帰ル意味モナイ。ダガ、人ガ神二勝テルハズモナイ。ヤルダケ無駄ダト思ウガナ・・・・・』
千年前のアヴァロン・・・・・。そもそも、この冥界という場所はいったい・・・・・。
「ほら、さっさとやりなさい」
「お前はやらないのか?」
「・・・・・何故かは知らないけど、プルートは私と戦ってくれないのよ」
「?」
戦ってくれない?帰る条件が力を示すことなら、戦わない限り帰れないんじゃないのか?大丈夫かよ、こいつ。
「どうにもならないことを懸念しても仕方ないわ。ひとまず、あなたが戦いなさい」
「ったく。・・・・・それにしても、あれがアヴァロンか」
「ええ、間違いないわ。私もかつて、一度その姿を見たことがあるわ」
「本物の化け物だな。・・・・・少し、嘗めていたかもしれない。どれだけ最低な奴でも、神であることに変わりはないんだもんな」
さて、どうやって倒すかだな。弱点は・・・・・・あの中央の眼だろうか?
だが、アヴァロンの影の大きさは城ひとつと同等の大きさだ。簡単にそこまで行けるとは思えない。
「出し惜しみしてられないか。使わせてもらうぜ、アーミラの黒の器を!」
アーサーと戦った、あの時の感覚を思い出す。制御の効かないあの力に、その身を委ねる。
背には羽。腕には黒い鎧。皮膚は鱗のようなものが侵食する。
『魔ノ王ノ力・・・・・。イイダロウ、見セテミロ』
一切余計な動作をせず、真っ先にあの眼を目指す。幸い、それを妨害してこないので、魔剣に魔力を込めて眼を斬る。
だが、眼の周りには障壁のようなものがあり、魔剣の全力の力でもヒビすら入らない。
「くそっ・・・・・・」
『ソノ程度カ?』
「なっ!?」
『コレデハ、足リヌナ』
障壁の向こう側にある眼。その眼球がぎょろりとこちらを見た。
本能的に、ヤバいと感じた。
「くっ!」
『カツテ世界一ツヲ滅ボシタ力ノ一端。受ケルガヨイ』
眼の前に魔法陣が展開される。そこに小さな白い光の粒が集まり、一瞬の閃光。
即座にその場を離れるが、そこから放たれた光線の範囲は広く巻き込まれる。
「うあぁぁぁぁ!」
焼けるような痛みに、飛んでいる感覚は消え去る。体に力は入らなくなり、そのまま地面に落下する。
「が・・・あぁ・・・・」
体が焼けている様子はない。ただ、体中に痛みは残っている。
『ココハ冥界。肉体ノ欠損ハ無イ。アルノハ痛ミダケ。サア、力ヲ示スノガ先カ、心ガ折レルノガ先カ。見セテモラオウ』
「え・・・う、がぁぁ!?」
気付いた時には、次の光線がこの身を焼く。肉体が滅びない分、その痛みは永遠に続く。
熱い。痛い。苦しい。
永遠に続くその感覚に気が狂いそうになる。いっそ死ねれば楽だろうに。そんなことを考えてしまう。
『ソレガ、世界ヲ滅ボス力ダ。ソノ痛ミ二抗ッテ、元ノ世界二帰ッタトコロデ、貴様二何ガ出来ル?大人シク、ココデ世界ノ行ク末ヲ見届ケロ』
「・・・・・冗談じゃない」
『何ダト?』
冗談じゃない。ここで見届けろだと?そんなこと、許されるものか。
「向こうで、俺を待っていてくれる奴がいるんだ。俺が死ぬことを最後まで止めてくれる優しい奴が。それでも、俺の意志を認めてくれて、その手で俺を殺してくれた奴が!」
『・・・・・』
「お前にわかるか!?あの時のあいつの辛さが!死ぬ寸前に見たあいつの顔は、本当に悲しそうだった。俺は、あんな優しい少女に辛い想いをさせてまでここへ来た!あいつとの約束を果たせないままここで諦めるなんて、絶対に嫌だ!」
『ソレガドウシタ?イクラ貴様ノ覚悟ガ強クテモ、力ヲ示セナケレバ意味ガナイゾ?』
「力?そんなもん、いくらでも捻り出してやるよ!」
アーミラから受け継いだ魔王の力。その力を強いと思っていたが、俺が目指しているのは神殺し。だったら、手に入れるべきは魔王の力ごときじゃなく、神に匹敵する力。
「この世界で死ぬことはないんだろう?だったら、文字通り死ぬ程の限界まで、俺の全力を出すまでだ!」
本来であれば自殺行為である魔力の使い過ぎ。だが、肉体のリミットが存在しない世界なら、本当の限界まで力を解放できる。
「これが俺の、いや、俺たちの覚悟の力だ!」
翼から羽が飛び散り、その姿を竜の翼のような姿に変える。魔剣からは魔力が限界を超えて洩れ出し、鱗のようなものはさらに体を侵食する。
『ソノ姿ハ・・・・・』
「まるでドラゴンね。神話に出てくる竜人のようなものかしら」
『神獣ト人トノ間二産マレタ異形ノ獣カ。・・・・・ダガ、何故ソノヨウナ力ヲ貴様ガ』
「さぁな。そんなこと今はどうでもいいさ」
体の内側から力が溢れてくるのを感じる。あいつを倒したいという闘争本能。これが竜の本能というものなのだろうか?
いや、それよりも冷静になれ。確かに力は強くなったとはいえ、あの眼の防壁が破れるとは思えない。それくらい、あの防壁の強度は異常だった。
冷静に考えろ・・・・・。俺は、そもそも何かを間違えているのではないか?
あいつが俺に課した条件。それはあくまで“力を示せ”だ。決して、倒せとは一言も言っていない。
「・・・・・ああ、なるほど。そういうことか」
先ほどのあいつの、これでは足りないという発言。
そして、異常な硬度の防壁。
眼への攻撃を防がないやつの無防備さ。
これらを考えれば、答えは一つしかない。
「行くぜ!」
竜の翼を羽ばたかせ、再びあの眼へ突撃する。相変わらず、プルートはそれを防ごうとしない。
「これは、“そういうもの”なんだろ?いくらこれが千年も前の、今より弱いアヴァロンの再現とはいえ、それを操るようなことが出来るとは到底思えない。つまりこれは、千年前のアヴァロンを再現しただけのただの人形!さっきの光線も、あれはアヴァロンじゃなく、お前自身の攻撃だったんだろ?」
『・・・・・気付イタカ。ダガ、ソレニ気付イタトコロデ何ガ出来ル?』
「俺の力量を測るために、わざわざ動かない人形を使う意味なんて一つしかない。これはあくまで計測器。さっきの攻撃で、俺の体が無事だったのと同じこと。痛みや衝撃は受けても、その防壁は絶対に砕けない。力を示せっていうのは、その防壁への攻撃がお前の望んだ域に到達するかどうかってことなんだろう?」
つまるところ、こいつが納得するだけの威力の攻撃をぶち込んでやればいいだけのこと。
「やってやるよ。この力をさっきのやつと同じと思ったら痛い目見るぜ!」
魔力に耐えかねた魔剣がひび割れる。そこから割れ目は広がっていき、魔剣の表層が砕け散る。
その奥から現れたのは、まるで鋭利な竜の牙のような剣。聖剣や魔剣のような装丁は皆無な、ただただ敵を貫き喰らうための剣。魔剣から生まれた、竜剣ってところか。
「これで、どうだ!!!」
黒い魔力を纏った竜剣の剣先が防壁にぶつかる。相変わらず、防壁には傷一つ付かない。
『・・・・・』
「いや、違う!そんなんじゃだめだ!」
『・・・!?』
「これがお前の課した試練だとしても!この防壁が絶対に砕けないのだとしても!これを越えられないようじゃ、戻ったところであいつに笑われちまう!」
そうだ。仮にこの試練が力を示すだけでよいのだとしても。最後までこいつの領域なのは腹が立つ。きっと帰ってこの話をあいつにすれば、そんな防壁も壊せなかったのかと馬鹿にされるに決まってる。
「絶対にこの防壁が砕けないのなら、俺は絶対にすべてを砕く攻撃をするだけ!例え何が目の前に立ちはだかろうと、俺たちはすべてを犠牲にして進んで行く!こんな壁も壊せないのなら、進む意味なんてない!」
『・・・・・貴様ノ力ハ見セテモラッタ。人ヲ超エタ、驚嘆二値スル力ダ。モウ、剣ヲ納メヨ』
「嫌だね!お前が認めても、俺が認めねぇ!この防壁を砕くまで、絶対にこの剣を納めねぇ!」
竜剣の力は俺の想像を超えていた。この力なら、行けるはずだ。ただ、あと一押しの何かがあれば・・・・・。
「・・・・・結局、見つかりませんでしたね。左腕の代わりは」
「仕方ねぇだろ。この魔物の多い国で、人の腕を探すなんて至難の業だ」
「そう、ですね。カムラさんの蘇生が最優先。まもなく約束の五日です。準備に取り掛かりましょう」
ヘル王城地下の巨大魔法施設。その中心にある窯の横に、カムラの死体は横たえられている。
・・・・・斧と剣の違いはわからねぇが、片腕を失うってのは相当な損害だ。できれば、見つけてやりたかったが・・・・・。
「そういえば、セレスはどうした?」
「カムラさんの死体を運ぶ際にどこかへ走っていきましたが・・・・・。やはり、辛いんでしょうね。セレスちゃんは、誰よりもカムラさんのことを想っていましたから」
「こいつを殺したのだって、並みの人間の精神力で耐えられるもんじゃねぇ。相当堪えてるはずだ」
中央の窯の中の液体が、下からの炎で煮えたぎる。・・・・・蘇生の過程とはいえ、ここにカムラを落とすのは気が引けるぜ。
「さあ、始めましょう」
非力なアマネに代わってカムラを持ち上げ窯の前に立つ。
「ここに死体を落として、向こうから魔力が戻ってくれば勝手に再生されるんだったよな?」
「ええ。きっと、戻ってきてくれますよ」
腹を括るしかねぇか。頼むぜ、カムラ。戻ってきてくれよ!
「それじゃあ、落とす・・・」
「・・・・・ちょっと待って」
カムラを落とそうとした瞬間、部屋の入口の方から声がした。間違いなくセレスの声。ようやく来たかと二人で振り返ると、そこには予想を遥かに裏切るセレスの姿があった。
「「っ!?」」
「・・・・・何?」
「え・・・・・あ、その・・・・・。セレスちゃん・・・・・・それ・・・・・」
「ん?・・・・・ああ、これ?必要、なんでしょ?人間の左腕」
「・・・・・確かにあればカムラの左腕を蘇生できるが。・・・・・お前、それ」
そこにいたのは、血まみれでフラフラとこちらに歩いてくるセレス。その右腕には、確かに人間の左腕が握られていた。
・・・・・どこから手に入れたのかが、一目でわかる左腕が。
「・・・・・お前の、左腕なんじゃないか?」
こちらへ向かってくるセレスには、左腕がなかった。異様に綺麗な断面から血が流れ落ちる。
「・・・・・さあ、早く。カムラを、助けてあげて」
数時間前
まもなくカムラの蘇生が始められる。・・・・・結局、代わりとなる左腕は見つからなかった。
「・・・・・私が、やるしかないか」
部屋を出て、城内を走る。探していた人物はすぐに見つかった。
吸血鬼のバロン。今この城のことを一番よく知っているのはたぶんこいつだろう。
「おや、お嬢さん。そんなに急いでどうされたのです?」
「・・・・・この城には、処刑器具なんかはあるかしら?」
「ええ。古今東西様々なものがありますが・・・・・」
「それを貸してくれないかしら。今すぐに」
バロンに連れてこられた場所は、罪人の処刑場だった。血なまぐさい匂いが辺りを漂う。
そして、血にまみれた処刑器具が並べられている。
「この中で最も鋭利で、確実に肉を切断できるもの。・・・・・そうね。ギロチンなんかはあるかしら?」
「首切り用のギロチンはありますが・・・・・・。何に使われるおつもりですか?」
「それは私の勝手。アマネに、私たちに尽くすように言われていたわよね?それを守るつもりがあるのなら、余計な詮索はせずにはやくギロチンを貸しなさい」
「・・・・・仰せのままに」
バロンはすぐに首切りギロチンを用意してくれた。固定用の木材は血にまみれているが、肝心のギロチンは光を反射して妖しく輝くほど磨かれている。
「なるほど、ここに首を固定するわけか・・・・・。それじゃあ、吸血鬼さん?ギロチンを持ち上げて」
無言でギロチンを上昇させるバロン。どうやら、この男の魔王への忠誠心は相当なもののようだ。普通なら、私のしようとしていることを察し止めに入るだろうに。
本来首を固定する部分。その部分に左腕の付け根を固定し、本来は横になる場所に上半身を預ける。
「それじゃあ、お願い」
「・・・・・僭越ながら、忠告させて致します。このギロチンは確実に首をはねる代物。腕など、間違いなく吹き飛びます。そして、首と違いその痛みは終わらない苦痛としてあなたを苦しめることとなります。それでも、よろしいのですね?」
・・・・・本音を言えば、怖いに決まっている。
腕は惜しいし、痛みだって恐ろしい。
子供っぽいことをいうなら、怖いから逃げたい。
でも、絶対に逃げない。私にとって、カムラは何にも代えがたい大切な人なのだから。そんな人が苦しんでいるのに、私はただ待っているだけなんて絶対に嫌だ。少しでも、カムラの役に立ちたい。
私の左腕でカムラの左腕が蘇るのなら、どんな痛みだって耐えてやる。
だからさ、カムラ。戻ってきたら、両腕で抱きしめてほしいな・・・・・。
「いいわ。やって」
「かしこましました。それでは、いきます」
それは一瞬だった。落ちてきた刃は気づいた時には私の真横にあり、それを見た瞬間に痛みを認識する。
「っ!?ぁ・・・い・・・あぁ・・・」
お母さんを失ったときとは、全然種別の違う痛み。きっと、カムラも左腕を斬られたとき同じ痛みを味わったんだ。
「う・・・ぁ・・・・」
こんな痛みの中でも、カムラは私たちのことを考えてくれていたんだ。
「・・・・・行か・・・なきゃ」
こんな痛みの中でも、カムラは最後まで私との約束を果たそうとしてくれたんだ。
「何を・・・・・犠牲にしてでも・・・・・」
例え、自分を犠牲にしてでも。神を殺すためならば。・・・・・いや。
「カムラのためなら、私は!」
急ごう。カムラの蘇生が始まる前に。
「もう、少しっ!」
あと少し力が足りない。本当に、あと一押しのはずなんだ!
『諦メロ。貴様ガ言ッタハズダ。ソノ防壁ハ、絶対二砕ケナイト』
「ああ、言ったよ!そして、俺の剣が絶対にこの防壁を砕くともな!」
全力を超えるためにはどうすればいい。あと、どこから力を出せばいい。
『・・・・・-・・・――』
何だ?何かが、聞こえたような・・・・・。
『も・・・て、・・・ら・・・・・』
聞き覚えのある声。この声は、あいつの・・・・・。
『戻ってきて、カムラ』
聞こえる、セレスの声が。声がはっきりするにつれて、左腕を温かな感覚が包み込む。
「お前が、力を貸してくれているのか?」
不思議だ。先ほどまで感じなかった力を左腕から感じる。これなら、いける!
「うおぉぉぉぉぉぉ!!!」
『ッ!?コノ、力ハ・・・・・』
防壁にひびが入る。よし、あと少し!
『コンナコトガ・・・・・・・。人ガ・・・神ノ力ヲ超エルダト・・・・・!?』
「人が神に勝てないだなんて、いったい誰が決めたんだ?確かに、俺一人の力じゃアヴァロンは超えられないかもしれない。でもな、俺には一緒に戦ってくれる仲間がいるんだ!人を支配しようとする独りよがりの神なんかに、負けるわけがない!」
『・・・・・ナルホド。・・・・・見事だ、カムラよ』
「っ!?」
プルートの声音が、機械質なものから人間味を帯びたものに変わった。それと同時に防壁は消え去り、アヴァロンの影も霧散した。
突然の事に驚いたが、仕方ないので地上に降りる。
「お疲れ様。・・・・・ずいぶん変わったわね」
「え?」
「ほら、見てみなさい」
アーミラが魔法で鏡を出現させる。
そこに映っているのは、顔の半分以上が竜の鱗に覆われ、右腕がもはや人のものとは思えないほど硬質化した何かに変化した人物。いや、人とも化け物とも判別つかない何かだった。
「これ、もしかして俺?」
「ええ。力の使い過ぎね。注意しなさい。下手をすれば、戻れなくなるわよ?」
「・・・・・気を付ける」
幸い、力を使うのをやめれば、徐々に体は戻るようだ。左腕だけは変化していなかったのは、あいつのお陰だろうか・・・・・。
「さて、そろそろ出てきたらどうかしら。冥界の番人、プルートさん?」
「・・・・・そのつもりだ」
アヴァロンが霧散し辺りを漂っていた黒い靄が一点に集まる。それは人型を造り、次第にその容姿を明確にする。
やたら長い黒髪に、長身。高そうな服を着ているその姿は、確かに人とは違う何かといった雰囲気を放っている。
「見せてもらったぞ、カムラ。お前なら、奴にも届くかもしれん」
「あんたがプルートか。これで、俺は帰れるんだよな?」
「ああ。約束は守る」
プルートの背後の巨大な門が開き始める。その向こうは、さっきまでいたような真っ暗な空間が広がっている。
「さあ、行くがいい。帰る場所のあるお前なら、無事に向こうへ帰れるだろう」
「そういえば、アーミラはどうするんだ?」
「ああ、私もすぐに行くわ。先に行ってなさい」
「・・・・・そうか」
まあ、こいつならふらっと帰って来そうだな。
「それじゃあ、お先に」
門の向こう側に行くと、地面がないのに不思議と歩くことが出来た。
「そのまままっすぐ進むがいい。そのうち、意識が飛ぶだろう。次に目が覚めた時は、晴れて現世の肉体の中だ」
言われた通りまっすぐ進む。遮るものはないはずなのに、すぐに先ほどの門は見えなくなった。前も後ろもわからなくなるまで進むと、意識が薄らいでくる。
激しい不安に襲われるが、それでも進む。とにかく、前へ・・・・・
同刻 冥界
「行ったか」
「それじゃあ、聞かせてもらおうかしら。何故、私は向こう側に帰してもらえないのかしら?」
「・・・・・それは、お前が一番わかっているのではないか?」
「察しはつくけど、だからって止まるわけにはいかないわ。ねえ、お願い。・・・・・“今度こそ”成功させるから」
「そう言ってあの少年に殺されてきたのはどこのどいつだ。お前もわかっているだろう?自分がどれほど狂ってきているのかを」
「カムラに殺されたのは、彼にかつての私と同じものを見たから。彼は、私の復讐に絶対必要な存在なのよ」
「お前が戻ったところで何になる?お前が神子に殺された回数、覚えているのか?」
「そんなもの、いちいち数えているわけないでしょう?でも、そうね。50回は超えてるわね」
「・・・・・100を優に超えている」
「あら、そう。もうそんなになるのね」
「いい加減諦めたらどうだ?無駄だとわからないのか?」
「ええ。私に残っているのは復讐だけだもの」
「私怨に捕らわれた哀れな娘よ。お前がこうなった責任は我にもある。せめて我が、永久の休息を与えてやるのが筋か」
「・・・・・つまり、あなたを殺して行けばいいのね。わかりやすいじゃない」
「っ!?」
「・・・・・ぅん?」
「カムラっ!?」
「セレス・・・・・。よかった、無事に戻れたみたいだな」
「本当によかった・・・・・・。肉体の再生をしてから二日も経ったのに起きないから、何かあったのかと思った・・・・・」
そんなに寝ていたのか。確かに、体が少し重い感じがする・・・・・。
「ああ、悪いな。心配かけ・・・た・・・」
「どうしたの?」
「セレス、お前・・・・・。左腕、どうしたんだ?」
安堵の表情で心配してくれるセレス。だが、彼女の服の左の袖はだらんと垂れ下がってくる。
「ああ、これ?心配しなくていいわよ。もう痛くないから」
「いや、そういう問題じゃないだろ!?何で、お前まで左腕が・・・・・」
って、あれ?・・・・・斬られたはずの左腕がある。ホムンクルスの錬成って、無くなった部位まで再生するのか?いや、さすがに無いものが生み出されるわけがない。
・・・・・まさか、セレスは。
「なあ、セレス・・・・・」
「うーん、やっぱり体温はないのね。あくまで器ってことか」
「おい・・・・・」
「あ、食事持ってくるわ!何が食べたい?」
「おい!」
「っ!な、何よ・・・・・。急に大声出して・・・・・」
「お前の左腕、どうしたって聞いてるんだよ」
「・・・・・そこに、あるじゃない」
「お前、やっぱり・・・・・」
この左腕は、セレスの左腕から錬成されたものなのか・・・・・。
「なあ、セレス。腕が治ったのは嬉しいけどよ・・・・・。お前に苦しんでまでこんなことしてほしく」
「それ以上言ったらもう一回殺すわよ?」
「っ!?」
恐ろしい形相で、右腕で短剣を取り俺の首元に突き付けてくる。
「絶対に戻ってくるって信じてた。でもね、不安に駆られるのよ。一日、二日、三日って・・・・・。アーミラはいつまで経っても戻ってこないし、当然あなたは目を覚まさない。きっとあなたは死んだ後もどこかで頑張っているのに、私はそれを助けてあげられない。そう思ったら、あなたのために出来ることを何かしたくなったのよ。そして、これが私があなたのために出来る唯一の事だった。自己満足だと言えばいいわ。余計なことをするなと罵れば・・・・・っ!?」
「ごめんな、セレス」
俯いて思いを吐き出すセレスを抱きしめる。
こいつのことを考えずに、軽率なことを言っちまった。俺が逆の立場だったら、同じことをしたに決まっているのに・・・・・。
「・・・・・ありがとな」
「両腕で抱きしめ返せないのが唯一の心残りだけど、これで十分よ。おかえりなさい、カムラ」
同刻 病室前廊下
「ったく、とてもじゃないが入っていける雰囲気じゃねぇな」
「あ、あの・・・・・。これって見ちゃいけないものなんじゃ・・・・・」
「そういう君もしっかり見ているじゃないか。まあ、そっとしておいてあげよう」
部屋の扉のわずかな隙間から、二人の抱擁を眺める3人がいた。
「羨ましいったらないぜ。俺なんてこの歳になってまで女が出来ねぇってのに」
「ジークさんも、決して悪くはないと思いますよ?」
「じゃあ君が貰ってあげたらどうだい?」
「えっ!?私ですか!?あの・・・・その・・・・・」
「あんまりアマネをからかうんじゃねぇよ・・・・・」
「はは、ごめんごめん。・・・・・って、やば」
「・・・・・あんた達、いつからそこにいたのかしら?」
「げっ・・・・・。逃げるぞ、お前ら!」
「わっ!ちょっと、ジークさん!引っ張らないでください!」
「待ちなさい!」
・・・・・外が騒がしいと思ったら、あいつらか。
「ずいぶん賑やかね」
みんなと入れ違いに部屋に入ってきたのはアーミラだった。
「お前も、無事に戻ってこれたみたいだな」
「ええ。実際に会うのは久しぶりね」
壁に背を預けて、人を見下して話をしてくるあたり、やはり魔王らしいというか・・・・・。
「そういえば、よく体が動くな。俺は起きたばかりでとてもじゃないが出歩く気になれないが・・・・・」
「まあ、私はいろいろ準備していたからね」
「ふーん・・・・・」
「それじゃあ、私はやることがあるから戻るわね。あなたも早く体の調子を戻しなさいな」
「さて、冥王の力も手に入れた。これなら、奴を引きずり落とせる。・・・・・ああ、楽しみだわ」