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終曲の奏者  作者: syara
8/9

追奏曲

タイトルと各話サブタイを変更しました。内容は変わっていないのでお気になさらず。

 目の前にそびえるのは巨大な壁と門。その門の先からは、目が眩むほどの光が流れ込む。

 この世界のすべてを照らすのではないかと思うほどの強い光。それは、不思議と俺を引き寄せる。

 安心感。光に近づくにつれ与えられるのは、そんな感覚。この光に身を委ねれば、永久の安寧が手に入る。


「・・・・・それでいいの?」


 背後から聞こえるのは少女の声。振り返ると、陰に包まれて姿の見えない小柄な子供がいる。


「あの光を否定するんじゃなかったの?何を犠牲にしてでも、神を殺すんじゃなかったの?」


 神を、殺す?

 この光を与えてくれるのが、神なのだろうか。それならば、何故それを否定しなければならない。なぜ、それを殺さなければならない。


「私は、約束を果たす。迷っていた私を引き留めてくれたあなたを、今度は私が連れ戻す」


 それはまるで悪魔の囁き。白が正義で、黒が悪。そんな理を否定する、魔の導き。


「ほら、私の手を取って。あなたが望んだ自由を、取り戻しに行くわよ」


 背後の光はさらに強さを増す。まるで俺を誘うかのように。こちらに来いと、手招きするかのように。

 そう思った瞬間、背後の光が怖くなった。

そして、目の前の少女が差し伸べる手。真っ黒で、影が纏いついた不気味な手。その手から奇妙な力を感じた。その力が何かはわからない。でも、俺はこの手を取らなければいけない。そう、感じた。


「そう、それでいいの。ただひたすら前へ進みなさい。たとえ、この先にどれほどの絶望と苦しみが待ち受けているとしても」


 少女の手に触れた瞬間、世界が暗転する。表現しがたい嫌悪感に包まれながら、意識は闇の果てへと消えていった。










「っ!?・・・・・・・夢、か」


 目を覚ますと、腕の痛みが気になった。机で眠っている間、腕の上に頭を置いてしまっていたのだろう。


「それにしても、変な夢だっ・・・・・あれ、どんな夢見てたんだっけ」


 つい先ほどまで見ていた夢の内容が思い出せない。別に不思議なことでもないのだが、嫌な夢を見たという印象が残っているだけに思い出せないのが気持ち悪い。

 やや体が気だるいが、何とか体を動かす。ひとまず、朝飯でも食べるか。・・・・・・って、あれ?


「ミサがいない!?」


 昨晩、この部屋のベッドで寝ていたはずのミサが忽然と消えていた。あいつ、いったいどこに・・・・・。

 ひとまず、ここにいても仕方がない。探さなきゃ。







 廊下で最初にすれ違ったのはジークだった。斧を片手に、かなりの汗をかいているところを見ると朝から修行してきたといったところだろうか。


「なあ、ジーク。ミサを見なかったか?朝起きたらいなくなっていたんだが」

「いや、俺は見てねぇぞ。早朝からそこの庭で斧振ってたが、誰かが通ったのは見てないな」

「じゃあ、それ以前にいなくなったってことか」


 そうなると、今から探したとしても既にどこか遠くへ行ってしまった可能性が高い。

 ミサ、いったい何で・・・・・・。


「ああ、そうだ。俺もお前に聞いておきたいことがあったんだ」

「俺に聞きたいこと?」

「俺たちの今の目的地はヘル王国だけどよ。あそこに行く目的って何なんだ?」

「・・・・・・アーミラがヘル王城に行けば協力できることがある、としか俺も聞いていない。詳しいことは、本人から聞くしかないだろうな」

「今はアマネに憑いてるんだっけ?じゃあ、後で聞いてみるとするか」

『その必要はないわ。今ここで話す』

「「うわぁ!?」」


 いきなり出てくんなよ!?


「お前・・・・・。どこから出てきたんだ」

『アマネの才能ね。あの子の力があなたより強いお陰で、以前より自由に動けるようになったわ』

「悪かったなアマネより弱くて」

『単純な魔力量の話よ。えーと、ヘル王城へ行く目的だったわよね』

「ああ。そこへ行って、どんなメリットがあるんだ?」

『そうねぇ・・・・・。一つは、アマネに力を与えられること。本来はカムラに与える予定だったのだけど、アマネの方が適性が高いから仕方ないわね』


 この野郎・・・・・。本人の前で言うかそれ。


「他には?」

『まあ、これが一番の目的なんだけど。私の肉体を再生するわ』

「え?」

『整然ほどの力は出せないと思うけど、私も戦えるようになるわ。ヘルにいる従者に私の死体は保管させてあるから、それを基にアマネにホムンクルスを生成させてそこに私が戻る算段よ』

「ホムンクルスの生成って・・・・・。確か、禁術の一つだよな、それ」

『あなたたち人間の世界ではね。割とヘルではよくやるわよ?』


 マジか。あの旅でやたら同じような奴と戦った気がするのは、似ていたわけじゃなくて同じ奴だったりしたのだろうか。そう思うと何度も斬り殺したのが申し訳なってくる・・・・・。


「それって、俺が死んでも可能なのか?」

『可能だけど・・・・・。肉体の保存状態が悪いと生き返った後でも腐敗が進むから、やめた方がいいわよ?』

「それは遠慮したいな・・・・・」

「あ、そうだ。アーミラはミサが出ていったのを見てないか?」

『見てないわ。私だって夜は眠るもの』


 これは、探すのは無理かもな。出ていったってことは、もしかしたら俺たちと来ることを諦めただけなのかもしれないし、無理に探すのも悪いか。







 朝食の席。グレンたちも俺たちもあまり堂々と行動できる身ではないため、酒場の端での食事となった。


「グレン。明後日の戦いにどれくらい戦力を投入できる?」

「近場にいる奴らには声をかけるつもりだけど、あんまり期待すんなよ?うちは軍隊じゃねぇんだからな」

「そうなると、やはり数の勝負は避けた方がいいな。戦力を一点に集中して一気に突破するしかない」

「抜けた後はどうする?さすがに、ストレンジアの街には行けねぇと思うが」

「そのまま一気にヘル王国へ向かおう。ストレンジアは海岸の街が栄えた国だが、聖域よりの内陸は平地になっている。まっすぐ抜けることが出来ると思う」

「なるほどねぇ・・・・・。じゃあ、食料の用意を多めにさせるかね」


 右手にナイフ、左手にフォークを持ち、やたら丁寧な所作で肉を口に運ぶグレン。なるほど、確かにこれだけみれば貴族っぽい。見た目は明らかに蛮族だけど。


「カムラ、あなたはあのギルって男と話したいことがあるんでしょう?」

「ああ。そのために行くようなもんだしな」

「なら、危険だろうけどあなたが先頭を走りなさい。戦闘が始まればそんな余裕は無くなる。それでも、話せる時間は数十秒でしょうけど」

「十分だよ。あいつに聞きたいことはもう決まっているからな」

「そう。一応聞くけど、和解の可能性はあるの?」

「・・・・・限りなく低いと思う。でも、俺はギルを信じたい。共に旅をした仲間を、最後まで信じたいんだ」

「あなたがそれを望むのならそうすればいいわ。ただ、もしあの男が敵意を見せたら、その瞬間殺しにかかる。いいわね?」

「ああ。それでいい」


 これは最後の賭けなんだ。ギルと分かり合うための、最後の賭け。どうなるかはわからない。

 これは、“勇者カムラ”の最後の仕事なのだから。








「カムラ、いるかい?」


 日が沈み始めた夕方。ライが調査を終えて帰って来たらしく俺の部屋を訪ねてきた。


「何か情報はあったか?」

「微妙なところだね。少なくとも、関所付近にあのギルって男以外の有力な兵士がいるって話はないから、向こうは数の勝負を仕掛けてくるんじゃないかな」

「そうなると、やっぱり一気に攻め落とすのが一番だな。・・・・・説得するつもりだけど、駄目なら俺がギルを抑えるから他を頼む」

「みんなそのつもりだよ。あ、セレスは違うかな。彼女は、きっと君の傍から離れないだろうね」

「少しでも殺気を感じたら殺しにかかるって言ってたからなぁ・・・・・。数だけの戦力より一人の厄介な相手に狙いをつけるあたり、あいつらしいと言えばあいつらしいけど」

「・・・・・君、結構鈍いんだね」

「え?」


 何かおかしなこと言ったか?


「まあ、いい。それと、妙な噂を耳にしたんだ」

「噂?」

「そう。関所の向こう側の話らしいけど、ときおり奇妙な光を放つ子供が出歩いているという話なんだ。外は危険だし、国軍が保護に向かったらしいんだが、子供を捕まえようとした兵士がいつの間にかまったく別の場所に移動していたらしい。確か、その兵士は国内のちょうど真逆に位置する海岸の街に移動していたらしいよ」

「捕まえようとすると別の場所に飛ばされる子供か・・・・・。下手に接触してどこかの街に飛ばされでもしたらたまったもんじゃないな」


 いや、だがそれは関所の向こうの話。今は無視していい話だろう。









関所への侵攻前夜


「・・・・・はぁ」

「どうしたの?こんな夜中に月なんか眺めて。らしくないわね」


 呼んでもないくせに人の部屋に入ってきたやつには言われたくない。


「なあ、セレス。覚えてるか、あの約束」

「どちらかが逃げようとしたら、もう一人が引き戻すってあれかしら?」

「ああ。・・・・・あのさ、もしかしたら明日の戦い次第で、俺は何か迷ってしまうかもしれない。明日、何かを決断しなきゃいけない。そんな予感がするんだ」

「それは、かつての仲間を殺す決断かしら?」


 ・・・・・はっきり言ってくれる。


「ああ、そうだ。・・・・・正直迷ってる。もしどれだけ説得してもギルが退いてくれなければ、俺は明日あいつを殺すことになる。でも、その時に剣を振り下ろせる自信がないんだ。それって、自分に都合の悪いものを切り捨てる神と同じような気がして・・・・・」

「・・・・・カムラ」


 外に向けて悩みを吐き出す俺に近づいてくるセレス。背中を叩かれたので振り返ると、右手を振り上げているセレスの姿があった。


「え、ちょっ!?」

「くだらないことで悩んでんじゃないわよ!」

「ふぼぉっ!?」


 おそらく全力で、左頬を叩かれた。


「本当に、くだらないわ。あなたこそ覚えているの?あなたは、何を犠牲にしてでも神を殺すって、私と約束したんじゃないの!?」

「あ・・・・・」

「だったら、約束を果たしなさい。この前あなたが私を無理やり連れて行ったように、もしあなたが動けなくなっても私が連れて行く。どれだけあなたの体が、心が、粉々に砕けたとしても、私が絶対に助け出す!でもね、もしあなたが約束を破棄するというのなら・・・・・」


 強く拳を握り、俺を見上げるセレス。その目には、以前は感じなかった力を感じる。


「その根性、私が叩き直してあげるわ。私はジークみたいに頼りにならないし、アマネみたいに強い魔法は使えないし、ライみたいに情報に強くない。あなたのように、強い力があるわけでもない。だから、せめてあの約束だけは何が何でも果たす。それだけが、私に出来ることだから!」

「セレス・・・・・」

「もしあなたが、かつての仲間を殺すのが辛いというのなら。その苦しみを私に分け与えて、自分の苦しみを減らしなさい。いい?神を殺すまで、死ぬことだけは許さないわよ」


 ・・・・・まだ15歳の少女にここまで背負わせちまうとは、我ながら情けない。でも、今はお言葉に甘えるとしようか。


「じゃあ、頼らせてもらうぞ。お前が俺を連れ戻してくれると信じて、俺は自分の信じた決断をする。もしその決断が間違っていて、俺が逃げ出そうとしたら・・・・・」

「安心しなさい。首輪繋いででも連れて行くから」

「それは勘弁だな」


 俺の苦しみを共有してくれる大切な仲間がいる。そのおかげか、さっきまでの迷いは吹っ切れたような気がする。


「ここから、戦いはさらに激化していくだろう。ついてきてくれるんだな、セレス」

「愚問ね」


 これから先、どれだけ強大な敵が立ち塞がっても。セレスとなら乗り越えていける気がする。

 ・・・・・待ってろよギル。明日、俺の想いのすべてをぶつけて、かつてのお前を取り戻してやるからな。









そして、当日 国境関所 サイバーライト側大門前


「・・・・・来ましたか」

「ああ。約束したからな」


 後方に百を優に超える兵を控え、ギルはその正面に立っている。

 こちらの戦力は、仲間4人とグレン率いる翠華の団員およそ40人。戦力差は明らかだが、俺の仲間たちならこの程度の戦力差は問題ないだろう。

 ・・・・・もしかしたらミサがいるのではと淡い期待を抱いていたのだが、残念ながらここにはいないようだ。


「ギル。ひとつ聞かせてくれないか?」

「何ですか?どうせ、この場でどちらかが死にゆくのです。無意味な行為だと思いますが。まあ、いいでしょう」

「お前、いったい何のために俺と戦うんだ?」

「・・・・・それは、あなたにだけは聞かれたくない質問だ。すみませんが、それを聞きたいのなら僕を制圧することだ。勝ち目がないと認めたら、おとなしくその質問に答えましょう」


 ・・・・・制圧したら、だと?


「なあ、ギル。お前まさか・・・・・」

「これ以上の語り合いは時間の無駄。さあ、行きますよ!」

「ちぃっ!」


 剣を構え、こちらに向かってくるギル。それと同時に、背後の兵たちが動き出す。


「仕方ない。お前ら、雑魚は頼んだぞ!」

「いいのね、カムラ」

「ああ。あいつは俺がやる。セレスも他のやつらを頼む」

「わかった」


 魔剣を引き抜き、ギルに応戦する。お互いに剣一本で戦う身。ギルとは何度も旅の途中に訓練したから、その剣先は読みやすい。とはいえ、それはギルも同じだろう。


「どうしたんですか?その魔剣の力とやらを使ったらどうですか!」

「お前こそ、アヴァロンの力とやらを使わなくていいのか?」

「・・・・・必要ありませんよ。私は、私の力であなたを超えるんだ!」

「っ!?」


 何だ、この違和感は・・・・・。今戦っているこの男は、本当に三日前に会ったギルなのか?


「これで、どうだ!」

「・・・・・その剣筋、まだ直ってなかったんだな」

「あっ、しまっ!?」


 ギルが放った剣撃は、旅の途中に何度も俺が指摘した技。直線的なギルの性格の表れとも言えるが、避けやすいから直せと言ったのに結局旅が終わっても直らなかったそれだった。

 ギルの剣をいなし、足を掛けギルの態勢を崩す。ギルが再びこちらを向くまでに、その眼前に剣を構えることは難しいことではなかった。


「くっ!」

「まだやるか?」

「・・・・・いえ、結構。僕は結局、何も成長していなかったということなのでしょう」

「それじゃあ、聞かせてくれるな?」

「ええ。ただ、その前に。・・・・・全兵、剣を捨てろ!」

「ぎ、ギル!?」

「彼らは、僕のわがままに付き合わせてしまった兵たちだ。どうか、命は取らないでやってくれませんか?」


 本当に違和感が拭えない。三日前の、あの異常なほど神を崇めていたギルと、今目の前にいるギルはあまりに違いすぎる。いったい、この三日間の間に何があったんだ・・・・・。


「・・・・・わかった。みんな!それに翠華も!戦いをやめるんだ!」

「感謝します。それでは、全てお話ししましょう」






「僕は幼き頃、貴族家の名門である父に連れられ聖域を訪れました。神アヴァロンより、直接天啓を下すためだと言われました。・・・・・神が個人に天啓を下すなど、滅多にない異例の事態だ。本来天啓は、人類の行く末を示す予言のようなものですからね」

「・・・・・俺も聖域で訓練を積んでいたが、結局神とやらの言葉を聞いたことは一度もない。確かに、それはずいぶん異例だな」

「ええ。その場に立ち会ったのは、あのランドルフ=アーサーだけでした。そして、天啓の内容はこうでした。“これより先の世、魔の者の支配が世界を恐怖に陥れる頃。救世の勇者が人の世に現れる。天性の才を持った、稀代の英雄であるその者に仕え、その者の力となれ”。アーサーに、それを他言することは禁じられていました。これは貴様個人に向けられた天啓だ。人の世に伝えるべきではないものだ、とね」

「じゃあ、お前だけは4年以上前から勇者が現れることを知っていたのか」

「正確には、僕とランドルフ=アーサーだけですがね。その天啓通りに、勇者であるあなたが現れ、そのために長年訓練した僕は旅に同行した。・・・・・ずっと、考えていました。従者という、人の下につくような立場は正直不満だが、天性の才を持った勇者なのなら仕方がないのだろうと。でも、実際に僕の前に現れた勇者はそんな人物ではなかった!」


 突然語気を強め、感情的に言葉をこぼすギル。その表情は、悔しさや怒りが込められていた。


「あなたは!カムラ殿は、常に努力を続けていた!旅の合間、時間があれば剣の腕を磨き上げる。そんな人だった。・・・・・話が違うと思いましたよ。才能に恵まれた奴になら、負けてしまうのも仕方がないと腹を括っていたのに。・・・・・何度も、あなたには手合わせ願いました。でも、僕は一度もあなたに敵わなかった。才能の差などではなく、同じように努力を続けて磨き上げた剣であなたに負け続けた!それが、いつも悔しかった!」

「・・・・・ギル」

「それでも、あなたが勇者であるのならばと堪え、旅に同行し続けました。ですが、旅を終えて国に戻ったとき聞いてしまったのですよ!あなたが、勇者などではないただの孤児であったことを!それを知って、私は絶望しました。私は、勇者でもない人間に負け続けていたのかと。私は、いったい何のためにあの旅に同行し続けていたのかと」

「・・・・・ちょっと待て。聞いたって、いったい誰に?俺を騙し続けていたグランド国王以外に、それを知る人物なんて」

「一人、いるじゃないですか。神と通じ、この世界のすべてを知る男が」


 ・・・・・まさか、アーサーも知っていたというのか?俺が勇者でないことを知っていて、俺に聖剣の扱いを伝授したというのか?


「いや、あり得ないだろう。それこそ、神に逆らう行為じゃないか・・・・・」

「あの男の真意はわかりません。でも、それ以降、僕は自分が何なのかわからなくなりました。勇者の従者でもなかった。偽物の勇者にも負け続けた。・・・・・いつしか、そんな過去を清算したいとしか思わなくなりました。そのために、あなたを殺したいと思うほどにね」

「それが、俺と戦う理由か。・・・・・悪いが、追加でもう一つ質問だ。三日前のお前と、今のお前に何があった?何故そんなに性格が変わったんだ?」

「・・・・・操られていたのはミサだけではなかった。それだけの話ですよ」


 操られていた?確かにミサはあの魔晶石の力で操られていたようだけど、それを使っていたのはギルのはずだ。


「カムラ殿。あなたと戦って、やはり僕ではあなたには遠く及ばないことがわかりました。でも、不思議です。あなたに負けて、全てを吐き出して。そしたら、不思議と清々しい気分なんです。きっと、本当の僕の感情を理解したからでしょう」

「本当の感情?」

「ええ。僕は、ずっとあなたに憧れていたのだと思います。勇者であるあなたじゃない。一人の強者として、あなたに憧れを覚えていた。ただ、あの天啓とくだらないプライドが邪魔をして、散々迷惑をかけてしまった。本当に、申し訳ありません!」


 深々とあなたを下げ、涙を流すギル。・・・・・こいつも、あのふざけた神に翻弄されちまった人間の一人ってことか。


「なあ、ギル。お前はこれからどうしたいんだ?」

「これから、ですか?そんなものはないですよ。初めに言ったじゃないですか。ここで、僕かあなたのどちらかが死ぬと。そして僕が負けたのです。どうぞ、首を落として先に進んでください」

「なっ!?そんな必要ないだろう!お前の本音も聞けたんだ。もう、俺たちが争う理由なんて」

「もしあなたが先に進むのなら、僕は障害となりえる。だから、今ここで殺してくれませんか?・・・・・もう、あなたと敵対したくないのです」


 どこか諦めたような、それでいて何かを懸念するような表情をするギル。別に、ここでギルを殺す必要ななくなった。ギルに戦意がないのなら、見逃したって問題はないはずだ。


「あなたがやらないのなら、僕が自分でやるまでです。・・・・・最後に、こうして語り合えたことを感謝しますよ。カムラ殿」

「おい!待てギル!」


 剣を胸部に突き立て手前に力を入れるギル。まずい、間に合わない!


「・・・・・何を、勝手なことをしている」

「「っ!?」」


 ギルの先から、男の低い声がする。その声と同時にギルの手は止まり、剣を離した。


「間に、合わなかったか・・・・・」

「お、お前は・・・・・」


 ギルの先にいた人物。この世界で、最も敵対したくない人物。

 光り輝く剣を持ち、人とは思えない威厳を体現する男。ランドルフ=アーサーだった。


「くそっ!カムラ殿、早く僕に止めを!」

「えっ・・・・・」

「早く!手遅れになる前に!」

「・・・・・ミスティア様の捜索に来てみれば、ずいぶん好き勝手やっているようじゃないか。神に命を捧げると誓った神兵のすることではないな」


 アーサーの手には強く光る石が握られている。あれって、この前ギルが持っていたものじゃ・・・・・。


「さあ、ギルよ。そこにいる愚か者どもを始末しろ」

「くっ、あぁ・・・・・・」


 石が強い光を放った途端、ギルが頭を抱えて苦しみだした。これってまさか、ミサの時と同じ精神支配か!?


「カムラさん、早く!」

「おい、ギル!しっかりしろ!」

「ぐぅ、ぅあ・・・・・。は、早く、僕を・・・・・」

「殺せるわけないだろう!やっと、お前の本当の想いを知れたんだ。まだ、やり直せる。こんなところで終わらせられるものか!」


 魔法は普通、術者が死ねば強制的に解呪される。だから、今ここでアーサーを仕留めれば!


「アマネはギルを頼む!グレンはいつでも翠華を連れて動けるように準備を!セレス、ジーク、ライは援護を頼む!」

「やるのね。あいつと・・・・・」

「この前は散々だったが、今は戦う力がある。この前の借りは返させてもらうぜ!」

「ローザ。僕らが相手をしている間に門を開いておいてくれ」

「ったく、仕方ねぇ。あの化けもんとうちの部下を戦わせるわけにもいかねぇからな。・・・・・死ぬんじゃねぇぞ、レアル」


 それぞれが今できる最善の行動をとる。

 ・・・・・相手は聖王ランドルフ=アーサー。この男の恐ろしさは身をもって味わっている。でも、何もしなければ全滅は必至。やるしかない。


「一気に叩く。ジーク、ライ。行けるな?」

「おう!」

「やるしかないね」


 ジークは斧を、ライは魔符を。俺は魔剣を握りしめ、アーサーに向けて突っ込む。

 この前よりも黒い魔力に体が馴染んだ気がする。今なら、以前よりも強い技を使えるはずだ。


「言の葉・風。さあ行け、言の葉・火炎!」


 数枚の魔符で風を起こし、その風に乗せて火炎の魔符をアーサーに向けて放つライ。それに合わせて、ジークも魔晶石の力で攻撃する。


「おらぁ!」


 地面を抉り加速する衝撃波。それに合わせて、俺も魔法を放つ。

 元々は、聖なる剣を具現化して敵に落とす魔法。でも、今使えば、聖なる力は闇に転じる。


「断罪剣・黒!」


 アーサーの頭上に、巨大な魔剣が出現する。それを、アーサーめがけて落下させる。


 耳を抑えたくなるほどの爆音。魔符による爆発に、大地を抉る衝撃波。そしてかつて聖剣を振るう勇者の特技が、闇に堕ちた一撃。黒煙が上がりよく見えないが、まず無事では済まないだろう。

 だが妙だ。技が届く直前、アーサーは一切の避ける動作を見せなかった。あの男が反応できないわけがない。・・・・・嫌な予感がするな。


「ジーク、ライ。油断す・・・・・え?」


 二人に注意を喚起しようとしたその時だった。黒煙の中で一瞬何かが光ったかと思うと、目にも留まらぬ速度で斬撃が飛んできた。突然のことに理解が追いつかなかったが、それを理解した時には俺の左腕は吹き飛んでいた。


「・・・・っぐぁあ!」


 数秒遅れて痛みを理解する。肉体の一部を失う痛みは、剣で貫かれるのと比べ物にならない痛みだった。


「・・・・・く、そぉ。見えない・・・・はずなのに、どうやって」

「カムラ!」


 背後から駆け寄ってくるセレス。

 このグロテスクな切断面は、さすがに子供に見せていいもんじゃねぇな。なんとか抑えてかくしておかないと・・・・いってぇ・・・・・。


「カムラ、大丈夫なの!?」

「ああ、心配いらねぇ。・・・・・それより、気をつけろ。どこから斬撃が飛んでくるか・・・・・」

「その心配はいりません」

「・・・・・ギル?もう、大丈夫、なのか?」

「重ねて、お詫びいたします。今の一撃、おそらく操られた僕の目を通してのものでしょう」

「お前の目を?」

「ええ。・・・・・カムラ殿。あの男の力は、いや、神アヴァロンの力は、想像を絶するものになっています。魔晶石のような依り代があれば、神の力をこの世界で使えてしまうほどに」

「何だって!?」


 左腕の痛みを忘れさせるほどの衝撃の事実を伝えてくるギル。

 ・・・・・神の力が既にこの世界で使えるだと?


「・・・・・まさかとは思うが、お前らにかけられた精神支配の魔法も?」

「ええ、おそらくあなたが思い浮かべている通りかと。天啓などというものがすんなり受け入れられるのも、世界樹の根を通して世界中の人間に精神支配の魔法が掛けられているから。それを、数百人分の魔力の込められた魔晶石で行えば・・・・・」

「自我すら奪い、神に従順な兵士の完成ってか。・・・・・ふざけてやがる」

「一度支配されれば、そこの彼女のような超級魔導士にしか解除は不可能でしょう。そして、この被害はこの先さらに広がります」

「どういうことだ?」

「魔晶石の大量生産を奴らは裏で行っています。そして、それを世界中に配置する。そうなれば、この世界がどうなるかはわかりますね?」


 人の意志を捻じ曲げてしまうような魔法を全世界にかける。そうなれば、この世界は冗談抜きの、神に支配された世界になっちまうってわけか。


「それだけは避けなければならない。だから、あなたたちにはこの場を逃げ延びてもらうしかないんです」

「だが、今の戦力で奴を撒けるとは・・・・・」

「・・・・・お任せください。従者ギル。これより最後の務めを果たします」

「従者って・・・・・。お前もさっき言っただろう?俺は勇者なんかじゃない」

「別にあなたが勇者であろうが、勇者でなかろうが関係ありません。先ほど言ったでしょう。あなたは僕の憧れです。僕が、あなたにまだ仕えたいと思っているのです」

「ギル・・・・・」

「お願いします、カムラ殿。最後に一度だけ、また僕に指示を!」


 ・・・・・出来るわけがない。そんな権利俺にはないし、ここをギルに任せるってことは、ギルを見捨てるってことと同義だ。


「・・・・・私からも、お願いいたします」

「み、ミサ!?お前、今までどこに・・・・・」


 こちらまで広がる爆煙の中、気づけば背後にはミサがいた。


「本当はもう会わないつもりだったのですが、この状況では仕方ないかと」

「ミサには、アーサーの魔晶石による支配を封じてもらうために動いてもらいました」

「しかし、アーサーがこちらに向かってきてしまったので、急ぎ追ってきたらこのような状況で・・・・・」

「・・・・・そうだったのか」

「私からもお願いします。私たちはあなたに付き従うもの。最後まで、その役目を果たしたいのです。あなたが勇者でなくとも、私たちはあなたをお慕いしています!どうか、今一度私たちに命を!」

「・・・・・っ。本当に、いいんだな?俺は、神を殺すためならすべてを犠牲にすると決めた最低最悪の人間だ。お前らがそこまで言うなら、俺はお前らにこの場を託して進むだろう。そんな人間に、お前らは本当に従うんだな?」

「はい!」

「覚悟は出来ています!」


 あの旅で何度も助けられたまっすぐな目。こんなところでも、この二人に助けられてしまうだなんて。


「なら、俺もお前らに誓おう。お前らの犠牲は絶対無駄にしない。俺が、必ず神を殺して、こんなふざけた理想を止めてみせる!」

「お願いします、カムラ様」

「あなたならきっと成し遂げられます。信じています、カムラ殿!」


 腕の痛みを堪え、立ち上がる。まだ動く右腕を爆煙に向け、二人への最後の指示を出す。


「ミサ、ギル!お前たちはここを頼む!俺は、絶対に神を殺す!」

「あの時と同じ、ですね。であれば、きっと実現するのでしょう」

「あなたの行く末に、自由があることをお祈りいたします。・・・・行こう、ミサ」

「はい」


 ギルは剣を、ミサは杖を握りしめ、アーサーのいた方向へ向かう。

 その姿が見えなくなる直前、二人がこちらを振り向いて何かを言ったような気がした。


「・・・・・行こう、セレス。急ぐんだ」

「ええ」


 落ちた左腕を探している余裕などない。全速力で門に向かう。

 門の入り口には、既に他の仲間も集まっていた。翠華の連中は、おそらく先に行ったのだろう。


「急ごう。奴に追いつかれる前に」


 目が眩むほどの光が門の向こうから俺たちを照らす。憎たらしいほど眩しい光。それでも、進むしかない。止まっている時間なんて、もうないのだから。

 門を抜けると、光は自然と収まる。先ほどの光が強すぎたせいで、太陽が昇っているのに暗く感じるほどに。





・・・・・そう感じさせるほどに、目の前の地面は暗い、紅色で染め上げられていた。


「っ!?」


 あたり一面を覆いつくすほどの紅。それが血であることを認識したのは、あたりに倒れ伏す翠華の盗賊を確認した時だった。


「な、何だこれ!?何で、翠華の連中が死んでいる!?」

「あ、あれ見て!」


 少し先にいたのは、体中傷だらけで血を流し、片目に付けていた眼帯も取れているグレンだった。その正面にいる相手。それは、絶対にそこにいるはずのない人物だった。


「・・・・・何で」


 特徴的な白いロングコート。透明にすら見える白く光る眼。同じ色で輝く剣。

 今、背後の門の先でミサとギルが足止めしているはずの人物。


「アー・・・・サー・・・?」


 いったい、何で?この数十秒の間に二人を殺し、こちら側に瞬間移動でもして翠華を全滅させた?いや、いくら奴が超人的な強さを備えているとはいえありえない。


「おい、お前ら。ここはアタシに任せてさっさと行きな」

「ローザ!?何を言って」

「こいつはアタシの部下に手ぇ出した。団長であるアタシがケジメつけんのがそこに転がってる奴らへの礼儀ってもんだ。わかったらさっさと行きな!もって数十秒だ!」


 くそっ、どうする!?こんなにすぐ動けるのなら、ここをグレンに任せたとしてもすぐに追いつかれるに決まっている。


「・・・・・おい、カムラ。ありゃぁ、何の冗談だ?」

「え?」


 ジークが背後を見て冷や汗をかいている。後ろにいったい何が・・・・・。


「・・・・・っ、はぁ!?」


 門の向こうから現れた人物。それもまた、そこから現れるのがありえない人物。

 黒いコートは焼け落ち、頬を煤で黒く染めながらも、一切のダメージを見せていないその人物。

 その人物“も”、ランドルフ=アーサーだった。


「アーサーが、二人!?」

「どういうこと!?アマネ、そういう魔法はあるの?」

「幻影なら可能ですけど、実体を持つ分身を召喚するなんて不可能ですよ・・・・・」

「さっき戦ったアーサーの斬撃は、間違いなく俺の腕を切り落とした。そこで戦っているグレンも傷だらけ。どちらも実体のはずだ。・・・・・ふざけんな。何なんだよ、これは!」

「そんなこと考えている場合かい?・・・・・状況は、もはや絶望的じゃないか」


 前も、後ろもアーサーに阻まれたこの状況。左右には森が広がっているが、とてもじゃないが逃げるのに適した道じゃない。


「万事休すか・・・・・」


 もう、逃げ場がない。かといって、アーサーに戦いを挑んでも勝ち目がないのも明白。この場にいる全員が、諦めかけていた。





「いや、こんなところで終われるか。一か八か、全力で正面のやつに攻撃を仕掛ける!一人でも多くここを切り抜けるんだ!」

「でも、ここを切り抜けたとしても追いつかれるに決まっている!」

「一本道だしな・・・・・。森に逃げ込むにしても、奴の間合いを考えれば無意味か」


 誰も、この場で動く気力など起きない。・・・・・俺だってわかっている。そんなことしても無駄だってのは。でも・・・・・。


「俺は諦めきれない。だって俺は、まだ自由を手に入れてない!セレスとの約束も、まだ果たせてない!」


 魔剣にありったけの魔力を込める。魔剣にすら収まりきれない魔力が洩れだし、黒い瘴気を放つほどに。


「・・・・・あなたがやるなら、私もやる」

「セレス・・・・・」

「あなただけに、苦しみは背負わせない。約束、したでしょ」

「・・・・・ありがとな」


 そんなセレスを見て、他の三人も武器を取る。


「・・・・・悪あがきぐらいはしてみるか」

「私も、最後は皆さんと共に行きます」

「悪いけど、僕だけ生き残っても文句言わないでくれよ」


 全員が自身の武器にありったけの魔力を込める。そして、グレンの正面にいるアーサーめがけて一気に突っ込む。


「・・・・・愚かな」

「ああ、愚かさ。でも、これが俺の生き方だ!」


 聖剣を振り上げるアーサー。気配だけだが、背後のアーサーもこちらに攻撃を仕掛けている。だが後ろなんて気にしていられない。

 とにかく、目の前のアーサーに全力の攻撃をぶち込む!


「見つけた」


 アーサーの剣と俺たちの攻撃がぶつかり合う直前。双方の間に白髪の少女が出現した。

 腰まで伸びた長い金髪。やけに豪華な身なりの、セレスくらいの少女。


「なっ!?」

「真っ黒な魔力。やっと、見つけた」


 少女がこちらに手を伸ばす。すると、俺たちの周りを囲うように防壁が展開する。

 少女のもとに俺たちの攻撃が届いた時、少女はすでに俺たちの背後にいた。


「お前は・・・・・」


 外からのアーサーの攻撃は、防壁が完全に遮断している。外から何度も攻撃されているが、音すら聞こえない。


「あなたたちを探していた」

「お前は、誰だ?」

「私は、ミスティア」


 ミスティア?そういえばさっき、アーサーがミスティア様の捜索に来たとか言っていたような・・・・・?


「あなたたちは、どこに行きたい?」

「・・・・・ひょっとして、君が人を転移させるという少女かい?」

「たぶん。私を連れて行こうとする人はいっぱいいたから、遠くにとばしちゃった」


 年相応な少女の喋り方をする少女。セレスと同じくらいみたいだが、この障壁を展開したところを見ると只者じゃないのは明白。


「どこへでも行けるのか?」

「うん」

「じゃあ、ヘル王国へ頼む。・・・・・周りに倒れてる奴らは・・・・・」

「ごめん。魔力のない人間は駄目なの」

「・・・・・カムラ、いいんだ。あいつらだって、いつだって死ぬ覚悟は出来てたさ。アタシらは、そういう覚悟無しにやっちゃいけないことをやってんだからさ」

「・・・・・準備はいい?」


 首を傾げて聞いてくる少女。・・・・・今は、この子を頼るしかないか。


「頼む!」

「わかった。ゲート、構築。始点、現地。終点、ヘル王国。開門!」


 そう唱えると、障壁内に奇妙な渦が出現する。


「入って。この先はヘル王国に続いている」


 ・・・・・得体のしれない少女の術だが、今は信じるしかないか。


「みんな、行くぞ」








 奇妙な感覚だった。一瞬にも、永遠にも感じられる奇妙な感覚。時間の感覚が捻じ曲げられた何とも言えぬ空間。気づいた時には、地に足がついていた。


「ここは・・・・・ヘル王国!?まさか、本当に着くとは」


 正面には王都ヘル。魔の者たちが作り上げた国。視線をさらに先に移せば、懐かしのヘル王城。


『どうやら、無事に辿り着いたみたいね』

「アーミラ。・・・・・何で戦いの最中出てこなかったんだ?」

『あの神の力とやらが邪魔だったのよ。実体亡き今、ああいう魔力の干渉はあなたたち以上にストレートに受けるの』

「なるほど」


 あたりを見れば、俺以外の6人も全員無事に辿り着いている。先ほどの少女も、最後に渦の中から現れ、その渦は閉じた。


『それよりも、大丈夫なの?その左腕』

「いや、全然。今にも叫びたいくらい痛いが?」

「早く治療しなきゃ。・・・・・あ、でも落ちた左腕って」

「ああ。向こうに残ったままだ」

『失った部位を繋ぎ直すホムンクルス錬成に似た魔法はあるけれど、さすがに基になる肉体がないのは厳しいわね』

「・・・・・基になる肉体」


 セレスが何かを考え込んでいる。何か思い当たる節でもあるのだろうか。


「ひとまず、最低限の治療はしましょう。アーミラさん、街に行けばそういう施設はありますよね?」

『ええ。人間は少ないけど、何とかなるはずよ』

「・・・・・僕は、そちらのお嬢さんに話を聞きたいね」

「?」


 ライに視線を向けられ、俺たちをここへ連れてきた少女は首をかしげる。


「助けてもらったところ悪いが、その力は明らかに常軌を逸している。詮索したくなるのは当然だろう?」

「・・・・・難しい言葉、わかんない」

「え・・・・・」

「人の言葉、ちょっとしか知らない。魔法にいらない言葉は、あんまりわかんない」

「・・・・・そもそも、この嬢ちゃんはいったい」

『・・・・・ひとまず、カムラを連れて王都へ行きましょう。すぐに医者を手配させるから』






「おお、魔王様!よくぞご無事で!」

『悪いけど、無事じゃないわよ。無事で済むかどうかは、あなたたち次第じゃない?』

「ご安心を。魔王様の肉体は、我々が責任を持って保管してあります。防腐も完璧。傷も塞いであります」


 ・・・・・こいつらは確か、ヘルの双璧と呼ばれていた魔族の幹部か。アーミラを見て泣いてるオーガのバージスと、落ち着いた執事風の吸血鬼であるバロン。厄介だったなぁこいつら。


『私のことは後でいいわ。ひとまず、彼の治療を』

「お、お前は勇者!?何故貴様がここに!?」

「・・・・・人の世で騒がれていた話は本当だったか。勇者が裏切り反逆行為を始めたと聞いてはいたが。わかりました。魔王様のご意思は我らの意志。すぐに手配させます」

『あ、もう私のことを魔王と呼ぶのはやめなさい。後任に失礼よ』


 ニヤッと笑い、アマネの方を見るアーミラ。つられて従者二人もそちらを見る。


「ふえっ!?あ、えっと・・・・・その・・・・・」

『紹介するわ。彼女はアマネ。私の見つけてきた次の魔王よ』

「こ、この小娘がですか!?」

「だが、底知れぬ魔力を感じる。実力は申し分ないのだろうが・・・・・。お言葉ですが、アーミラ様の後任が務まる器に見えないのですが」

「あ・・・・・す、すみません」


 オークと吸血鬼にまじまじと見られ、さすがに怯えている様子のアマネ。無理もない。初めて魔物をみたミサもそんな感じだった。いきなりヘルの幹部なんて、恐ろしいに決まっている。


『相変わらず、カムラたち以外にはその弱腰なのね・・・・・。しっかりなさい。あなたは間違いなく魔王の器を手に入れた、次期魔王なのだから』

「なんと・・・・・」

「あの・・・・・。私なんかに務まるかはわかりませんが、頑張りますので!どうか、よろしくお願いします!」


深々と頭を下げるアマネ。・・・・・そういうところだと思うぞ。魔王に向いていないの。


「顔を上げてください、魔王様」

「え・・・・・」

「お、おいバロン!?」


 バロンがアマネの前で跪く。それを見たバージスはとても驚いている。


「この方が魔王様であるのなら、忠誠を誓うのは当然のこと。吸血鬼バロン。あなた様にこの身を捧げます」

「ぐぬぅ・・・・・。まだ認めたわけではないが、それがアーミラ様のご意思であるのなら従うまで。アマネと言ったな、小娘よ」

「は、はい」

「我らのことは、好きに使うといい。そなたが望むのなら、我らはどんな命令でも従う」

「そ、それじゃあ、一つお願いを・・・・・」

「何でしょう?」

「・・・・・私に傅くの、やめてくれませんか?」

「「は?」」

「私はそんな器じゃないですし、皆さんの行動を制限する権利もありません。むしろ、私の仲間の方たちに尽くしてあげてください」

「い、いや、ですが魔王様・・・・・」

『いいじゃない。アマネは私とは違う。今までとは、向き合い方を変えることね』


 苦労しそうだな、この二人。








 あの後、俺は医者(とはいってもゾンビのような得体のしれないやつだが)のもとに通され、数時間に及ぶ治療を受けた。だが、いつになっても傷口を塞ぐ手術に移らず、痛みと奮闘する時間が続いている。


『・・・・・最悪ね』

「ええ。このまま傷を塞ごうものなら・・・・・」


 いろいろなデータを眺め、医者とアーミラが怪訝な表情をしている。


「カムラ、大丈夫?」

「大丈夫ではないけど、この前腹を刺されたときに比べれば多少はな・・・・・」

「でも、向こうの反応を見る感じ、ただでは終わらなそうね」

「・・・・・みたいだな」


 アーミラがため息をつき、医者と共にこちらに向かってくる。


『何となくわかっていると思うけど、最悪の事態になったわ』

「やっぱりか。聞かせてくれ」

「カムラ様の傷口を調べさせてもらったのですが、カムラ様の魔力とは別に、真っ白な魔力が検知されました」

「どういうことだ?」

『おそらく、あなたの腕を落としたあの斬撃が、アーサーの魔力を纏った攻撃だったのよ。その魔力が、両断された腕に残滓として残ってしまった。・・・・・これをどうにかしないまま傷を塞ぐと、非常に厄介なことになるわ』

「本来、一人の人間が宿せる魔力は一種類のみ。それが自然の理です。これを破れば、摂理に背いた代償として、何が起こるかわかりませぬ」

『過去にそういう実験を、ヘルでも行ったことはあったわ。結果はどれも悲惨。内側から体が爆散したものもいれば、元の肉体を保てず原子レベルで崩壊したものもいた。今のあなたは、傷口が塞がっていないから魔力が混ざり合うことはないようだけど、このまま傷を塞ぐわけにはいかないわ』


 ・・・・・鳥肌が立った。痛みだけかと思っていたが、そんな危険な状態だったとは。


「どうすればカムラは治るの?」

『一度体中の魔力を抜き去るしかないわ。・・・・・今の私のようにね』

「・・・・・アーミラ、冗談はやめて」

『本当にそれ以外ないから言っているのよ』


 ・・・・・人の魔力を抜き去る方法。そんなもの一つしかない。


「俺に、一度死ねっていうのか?」

『ええ、そうよ。そしてホムンクルス錬成で肉体を作り直せば、晴れて左腕も元通り。やる以外の選択肢はないでしょう?』

「それは、絶対に成功すると言い切れるの?」

『それは無理ね。一度死んで生き返るなんて、むしろ失敗する可能性の方が高いわ』

「だったら!」

『でも、他に方法がないのもまた現実。それなら、低い確率に賭けてみた方がいい。まあ、決めるのはカムラよ』


 ・・・・・どちらにしても行きつく先は死、か。ったく、最悪じゃねぇか。


「カムラ、そんな危険な方法を取る必要はないわ。きっと何か他の方法が・・・・・」

「いいんだ、セレス」

「えっ・・・・・?」

「どうせ時間はないんだろう。だったら、さっさと死んで、さっさと生き返るさ。・・・・・ここまで何度も死にかけた。一回死ぬくらい、大したことないさ」

「でも・・・・・」


 心配するセレスの頭に手を置く。触り心地の良い髪をゆっくりと撫でてやる。


「お前との約束を果たさないまま終わっちまうほど落ちぶれちゃいねぇさ。大丈夫、すぐ戻ってくるよ」

「・・・・・わかった。あなたを信じるわ」

「ありがとう」








『・・・・・本当にいいの?』

「ええ。これだけは私がやりたい」


 善は急げ。すぐにでもカムラの命を絶つことになったはいいが、まさかその役目をセレスが引き受けたいと言い出すとわね。

 薬で意識を飛ばし、寝台に眠るカムラ。心臓を貫かれれば、痛みを感じる間もなく絶命するだろう。


「・・・・・信じているわ、カムラ」


 短剣を逆手に持ち、振り上げるセレス。左手を添え、カムラの心臓にそれを振り下ろす。

 嫌な音と共に、血しぶきが飛び散る。返り血を真正面から浴びたセレスだが、それを拭おうともせず、カムラの口元からこぼれた一筋の血を拭き取る。


「いってらっしゃい、カムラ」


 私も大概狂っている自覚があるけど、この子のカムラへの執着も普通じゃないわね。

 ・・・・・でもまぁ、“それ”もあの男を殺すためには必要な力になるのかもね。どちらにせよ、ここまで来たらもう誰も引き返せないのだし、行くところまで行くしかないわ。


 ・・・・・待っていなさい、アヴァロン。次に私とあなたが会うとき。それがあなたの最後なのだから。


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