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終曲の奏者  作者: syara
6/9

追想曲

再び、街の中

「さて、翠華の関係者を探すわけだが」

「情報が無さすぎるわね。無闇に探しても、見つかるとは思えないわ」

「だよねぁ・・・・・。って、ん?あれは・・・・・」


 裏路地に入っていく数人の男たち。あれ?あいつらどこかで・・・・・。


「あ、ジークの村を占領してた翠華の幹部と、その取り巻きじゃないか?名前は、えっと・・・・・」

「名前なんてどうでもいいわ。でも、こんなところで何をしているのかしら」

「追ってみるしかなさそうだな」


 男たちを追って、裏路地に入る。

 路地は入り組んでいて、男たちの姿はすぐに見えなくなった。


「・・・・・こっちよ」

「わかるのか?」

「足音が聞こえる。そう遠くない」

「よし、急ごう」


 セレスの誘導に従い、路地を進む。角を曲がった先に、男たちの姿が確認できた。

 身を隠し、何をしているのかを窺う。この位置からでは話し相手は見えないが、話し声ならこちらへ聞こえてくる。


「・・・・・どうだ、宿はどうにかなったか?」

「ええ。5人分でしたよね。僕が取っておいたので、ご自由にお使いください。これ、宿屋の地図と部屋番号です」

「わりぃな、急な頼みでよ。団長が坑道での戦いで怪我しちまって、休めるところが必要だったんだ」

「構いませんよ、タレムさん。グレンさんには恩がありますから、このくらい当然です」


 あ、そうだタレムだ。印象薄すぎて忘れてた。


「堅気に馴染みてぇお前には、俺らとの関りは無い方がいいだろ。ああ、これ。報酬な」

「本当は僕も皆さんに同行したいのですが、魔法の使えない僕では迷惑になりますからね」

「まったく、いいやつだなお前は。でも、お前はここでのんびり暮らしな。俺は盗賊として生きるのが好きだが、この前も痛い目に遭ったからよ」


 ああ、あれはお前らが悪かったからな。自業自得だ。


「夜に一度、グレンさんのところに挨拶に伺うと伝えてください。いきなり行ったら迷惑ですからね」

「関わるなといったばかりだってのに・・・・・。ああ、わかったよ。団長に伝えておく。気をつけろよ、クラネ」


 ・・・・・え、クラネ!?さっきの服屋のクラネか!?


「カムラ、あいつらが来る。一度離れましょう」

「あ、ああ・・・・・」







「まさかクラネのやつが翠華と繋がっていたとは・・・・・」

「人は見かけによらないってやつね。でもよかったじゃない。これで、奴らに近づきやすくなったわ」

「クラネが了承してくれればだけどな」


 一抹の不安を抱きつつ、俺たちは再び服屋を訪れた。

 少しの間だけ抜け出していたのだろう。クラネは何事もなかったかのように仕事をしている。


「おや、先ほどの旅の方ではないですか。どうかされたのですか?」

「なあ、クラネ。ひとつ聞きたいことがあるんだが、いいか?」

「はい、私に答えられることなら、何でもお聞きください」

「それじゃあ、遠慮なく。お前、翠華って盗賊集団と関係があるんだよな?」

「っ!・・・・・それを、どこで?いや、見ていたのですね。先ほどの裏路地でのやり取りを」

「悪いな」


 クラネの目つきが変わる。やはり、あまり踏み込んでほしくない話なのだろうか。


「今夜、翠華の団長に会うんだろう?そこで頼みがあるんだ。そこに、俺たちを連れて行って欲しい」

「お断りします。グレンさんに迷惑はかけられません。あなた方の素性がわからない以上、彼のもとへは連れていけません」

「それなら安心しなさい。私たちも翠華と同類。国に追われるものよ。彼らには、協力を求めたいの」

「・・・・・武器を置いていく。そう約束してくれるのなら、グレンさんに掛け合ってみましょう」

「助かるよ」






「って、俺たちの宿と同じじゃないか」

「この街で宿屋と言ったらここくらいしかありませんよ」

「さて、盗賊団の団長か。いったいどんな奴が出てくることやら」

「・・・・・グレンさんは、君たちの思っているような人じゃないよ」


 俺たちの思うような人じゃない?

 盗賊団のボスってくらいだから、豪快な大男を想像していたんだが、違うのだろうか?


「この部屋です。グレンさんに話を通してくるので、少々お待ちください」


 そういい部屋の中に入っていくクラネ。しかし、その直後に聞こえた大声は、確かに俺たちの予想を大きく裏切ってきた。


「おお、クラネじゃん!久しぶりだなぁ!」

「ちょっ!グレンさん、声大きいですって・・・・・」


 部屋の中から聞こえたその声は女の声だった。豪快な、低い女の声。


「そこに誰かいるんだろ?入って来なよ!」


 気付かれてる・・・・・。

 一応セレスと視線を交わす。セレスが小さく頷いたので、部屋に入る。

 中にいたのは、数人の男と、ベッドに腰かける女。

 女は片目に右目に眼帯をしていて、左腕には包帯が巻かれている。長い髪を後ろで束ね、女性にしては大柄なその姿は、確かにボスって感じではあるのだが・・・・・。まさか女だったとは。


「・・・・・おや?どこかで見た顔だね」


 おい、さっそく気付かれてるじゃねぇか。意味ねぇじゃん服装。


「確か・・・・・勇者様じゃなかったかい?こんなところで何してるんだい?」

「あんたがグレンか。頼みがあってきたんだ。聞いてくれるか?」

「アタシは構わないがねぇ。うちの幹部の一人が嫌そうな顔してるよ」

「あ、いえ・・・・。団長、この男が俺の占拠した村に乗り込んできた野郎でして・・・・・」

「ああ、こいつが。それじゃあ、素直に話を聞くわけにはいかないねぇ」


 ある意味予想通りの流れだな。さて、何を要求してくるか・・・・・。


「あんた、運は良い方かい?」

「は?」

「運だよ、運。まあ、アンタの話を聞く限り、悪運には恵まれているようだがね。さて、私がアンタの話を聞く条件だが・・・・・。こいつで決めよう」


 そう言ってグレンがポケットから取り出したのは一枚のコイン。表には天使が、裏には悪魔が描かれている。


「あんたは、どちらの面が出るか予想しな。見事的中したら、無条件にアンタの要求を呑んでやる。ただし、外したらおとなしく帰りな」

「・・・・・わかった」

「よし。じゃあ、天使と悪魔のどっちに賭ける?」


 天使か悪魔か。天使の方が縁起は良さそうだが、そんなものに頼ってられない。


「悪魔だ」

「へぇ・・・・・。よし、じゃあいくよ!」


 親指でコインを弾く。それは綺麗に回転しながら宙を舞う。

 左手の甲でそれを受け止めるグレン。ゆっくりとそれを抑える右手を動かす。


「さあ、天使が出るか、悪魔が出るか。御開帳だよ!」


 場に緊張が走る。現れたコインの面は・・・・。


「お見事、悪魔だ。いいねぇ、もってるじゃないか」

「的中したら、要求を呑んでくれるんだったよな?」

「ああ、約束だ。言ってみな」

「じゃあ、遠慮なく。俺たちは、これからストレンジア方面に抜けたいと考えている。アンタらも同じだと聞いた。だから、協力してほしいんだ」

「ほぉ・・・・・。詳しく聞こうじゃないか」

「火山と関所を除いた道を、アンタらが使おうとしているんだろう?そのうちの一つを、俺たちに使わせてほしい」


悪い要求ではないはずだ。俺たちが抜け道の一つを無事に通過すれば、翠華もその道の安全性を確認できる。


「別にアタシは構わないがね。・・・・・でもよぉ、もっと面白いことしねぇか?」

「面白いこと?」

「最短ルート、かつ最も安全な道。ただし、一番危険な道でもあるあそこを通るのさ」

「・・・・・まさか」

「関所をぶち破って抜けるのさ!アタシらと元勇者のアンタが手を組むなら、それくらいやろうぜ!ちまちま進むなんてつまらねぇだろ!」


 ・・・・・曲者だな、こいつは。関所なんて、一番敵の守備が固い場所だろう。そんな場所を通れば、激戦になることは必至。そうなれば、向こうだけじゃなく、翠華や俺たちの被害も少なくないだろう。


「お前はそれでいいのか?味方への被害が一番大きい道。それを通るのが、お前のやり方なのか?」

「アタシのやり方、ねぇ・・・・・。んじゃあ、アタシのやり方で決めよう」


 次にグレンがポケットから取り出したのは一組のトランプ。


「イカサマがねぇか、ちゃんと見な」


 そう言って箱に入ったデックをこちらに放り投げる。受け取り、セレスと共にそれが普通のトランプであることを確認する。


「その中には、各スート13枚とジョーカー2枚が入っている。そこから、ジョーカーを1枚抜いてシャッフルしな」


 言われた通り、ジョーカーを抜き、数回シャッフルする。


「それで?」

「それを寄越しな。もしアタシが、その中からジョーカーを引ければ、通る道は関所で決定だ」

「えっ?」


 この中からジョーカーだと?単純確率で1/53。とても引けるとは思えないが・・・・・。


「アタシには運の女神が微笑んでいるんだ。もしジョーカーが出たら、それがアタシにとって進むべき道ってこと。ただそれだけだ」

「団長はいつもこうだ。何言っても聞かねぇから、何も言わないのが妥当だぜ」

「・・・・・わかったよ。じゃあ、引いてくれ」

「ああ、そうさせてもらおう。・・・・・これだ」


 53枚の中から、適当に取ったように見える。カードの裏面はシンプルな柄で、ガン付けがあったとは思えない。


「アタシはさ、数年前までクソくだらない生活を送ってたんだ。だがある日、転機が起こってねぇ・・・・・」

「何の話だ?」

「アタシが、運の女神に憑かれた日の話さ」


 カードを引き、それを確認せずに話し始めるグレイ。


「アタシはさぁ、くだらない日常に辟易してたんだが、そんな日々からアタシを救い出してくれた奴がいてさ。レアルってやつなんだけど、そいつのお陰で今の自由な生活を掴めたんだ」

「そもそも、お前はどこの誰なんだよ。セレスみたいなスラム出身だったのか?」

「逆さ。アタシはね、サイバーライト貴族のグレンケア家の長女なのさ」

「「「「ええ!?」」」」

「うるさっ!?え、お前らも知らなかったのか?」

「あ、ああ。姉御は昔の話してくれねぇからな」

「団長が、元貴族?」

「飯食うとき妙に礼儀正しく食ってたのはそのせいか!」


 何で誰も気づかなかったんだこいつら・・・・・。


「まあ、20になるまでは、私はグレンケア家の跡取りとして育てられたのさ。許嫁まで用意されて、いよいよこの生活から逃げられなくなるって時さ。あいつに出会ったのは」

「それが、例のレアルってやつか?」

「ああ。あいつも貴族で、私の許嫁として育てられた哀れな男でね。アタシはもう諦めてたんだが、奴は抜け出す機会をいつも窺ってたみたいでね。最初に二人で会わされた時も、貴族が嫌いだって話を長々と聞かされたもんさ。アタシらが多少仲良くなったある日、あいつはついに国を抜け出す計画を持ち掛けてきたんだ。アタシは嬉々としてその話に食いついたよ」

「それで?」

「でもまあ、国軍も馬鹿じゃなくてねぇ。逃げ出しても、すぐに見つかっちまった。それで、アタシらはどちらかが囮になって逃げだすことになったんじゃが・・・・・。どちらが囮になるか、恨みっこなしのコイントスで決めようってことになったんだ」

「その男、最低だな。自分が囮になるとか言わなかったのか?」

「ああ、あの馬鹿はそういう奴だったんだ。何としてでも生きて、真実を世界に広める。それをするまでは死ねないんだって、いつも言っていたよ。だからこそ、あのコイントスはアタシが負けたんだ」

「「「「ええ!あの強運の姉御が負けた!?」」」」

「だからうるせぇよお前ら・・・・・」


 そういえば、さっきからセレスが静かだな。・・・・・って、あれ?

 セレスの目つきがやけに鋭い。獲物を狩ろうとする、オオカミのような目だ。

 こんなセレス見たことない。・・・・・いや、一度だけある。あの夜、グランド王城から抜け出して、裏路地で初めてセレスと出会ったときだ。今のセレスは、あの時に似ている。

 その視線の先はグレン。いったい、どうしたんだ?


「まあ、結果としてアタシは軍をおびき寄せる囮になったんだ。王都の外れまで逃げ切れたのはよかったんだが、高い崖まで追い込まれちまったのさ。もうダメだって思ったんだが、右手に握ったままだったコインを思い出してね。表なら諦める、裏なら飛び降りるって決めて、一か八かで投げたのさ」

「裏だったわけか」

「ああ。ここがアタシの最後なんだって悟って、追ってくる軍勢を背に飛び降りた。下は湖だったとはいえ、断崖絶壁。普通なら即死さ。でもね、アタシは死ななかった。大怪我して田舎町に運ばれて、運よく命は助かったのさ。それからは自由に生きた。こいつらみたいな世間から弾かれちまった馬鹿ども連れて、盗賊団なんて呼ばれるまでにな。そこのクラネを助けたのも、命拾いした時の自分を思い出しちまったからさ」

「そう、だったんですか」

「まあ、その時から、アタシはこの運を信じるようになった。囮になったことすら、アタシが生きるための奇跡だったんだとすら思ってる。・・・・・さて、そんなアタシが引いたこのカード。何が出るのかねぇ」


 グレンは手に持ったカードを徐々にこちらに向ける。グレンが引いたそのカードが開示され、場の空気が凍り付く。


「ほら、何が出たか言いなよ」

「・・・・・嘘だろ」

「その様子じゃ、引いちまったみたいだねぇ」

「クラブの7だぞ」

「あれ?」


 カードを裏返し、グレンも確認する。


「あれ、おかしいな。絶対引けると思ったんだけど」


 グレンが困惑し始めた、まさにその時だった。部屋の入口の方から、突如聞き覚えのある声が聞こえた。


「それは、関所の守りが急に強化されたからだよ。君は、運の女神に好かれている。だからこそ、今は関所を通るべきじゃないという女神さまからのメッセージなんじゃないのか?」

「ライ・・・・・。よくここがわかったな」

「僕を誰だと思っているんだい?裏世界の情報屋、ラ」

「レアルじゃねえか!?お前、こんなところで何やってんだ!」


 え、レアル?ライが・・・・・?嘘だろ?


「久しぶりだね、ローザ。一緒にあの国から逃げたあの日以来だね」

「ふっざけんなてめぇ!お前のせいで死にかけたんだぞこっちは!」

「おっと、危ない。怪我人とは思えないほど元気じゃないか」


 ライに殴りかかるグレン。確かに、怪我しているとは思えないほど軽快な身のこなしだ。ライのやつは、それを軽快にかわしているけど。


「怒りっぽくなったね、ローザ。あの頃のお淑やかな君はどこに行ったんだい?」

「その名前で呼ぶな!」

「ああ、ごめんよ。元グレンケア家長女のグレンさん」

「殺すぞお前!」

「あの頃の君は、もっと上品で女性らしかったっていうのに。僕は君に、盗賊団のボスになってほしくて連れ出したわけじゃなかったのに」

「あ?じゃあ、何のためにアタシを連れ出したんだよ」

「囮」

「殺す!」


 そのまま逃げていくライを追って、外まで走っていくグレン。外出て大丈夫なのか・・・・・。


「・・・・・団長が、この国の貴族だったとはな」

「その様子だと、知らなかったみたいだな」

「俺たちは、そういう身の上話はタブーみたいなところがあったからな。重てぇ過去を抱えている奴もいるしよ。そういう探りはしないのが当たり前だったんだ」

「そういうお前はどうなんだ?タレムだっけ?」

「・・・・・団長が認めたからって、お前にされたことを忘れてやるほど、俺は器のデカい男じゃないんだ。団長が決めた以上協力はするが、慣れあう気はねぇよ」

「・・・・・そうか」


 今日はもうゆっくり話せそうにないな。って、廊下が騒がしいな。戻ってきたか?


「ふぅ、僕はローザと鬼ごっこするために来たわけじゃないんだよ・・・・・」

「はぁ・・・はぁ・・・。怪我治ったら絶対殺してやる」

「でも、今は自分の身を心配した方がいいよ」

「何だって?」

「カムラ、僕たちもだよ。・・・・・国軍が秘密裏に動き出した。今夜にでも南の森からこの村に攻めてくるらしい。目的は、盗賊団翠華の殲滅と、アーサーの取り逃した勇者カムラの討伐」


 ・・・・・動きが早すぎる。考えられるのはアーサーがすぐに動いた可能性だが、奴が天啓無しに動くか?そんなに早く聖域に戻って、そこから軍に指示を仰ぐなんて、そんなすぐに出来ることじゃない。


「どこから情報が洩れたのかはわからない。でも、奴らの目的に君が含まれている以上、考えられる可能性は二つだろう」

「二つ?アーサーが動いた以外に、俺たちの同行を把握できる奴なんているのか?」

「いるじゃないか。坑道で出会った、君の元お仲間。彼女が軍に情報をリークした可能性もある」

「ミサが?それはあり得ないだろ」


 いや、でもそうだとすれば筋は通る。あの坑道から抜けて俺たちが行く町なんて、ここ以外は考えられない。

 でも、坑道でのミサのことを思い返すと、それはやはり考えにくい。それとも、あれが演技だったとでもいうのか?


「じゃあ、すぐにでもこの街を出る必要があるな」

「その必要はねぇ。迎撃すれば済む話だ」

「今回ばかりはローザに賛成だね。ここですぐ動いたら、向こうの思うつぼだ。わざわざ情報が洩れるようにしたってことは、この街から僕らを移動させたいんだろう」

「どういうことだ?」

「ここから先には街がないんだ。ろくな準備無しにここを出れば、僕らはストレンジアまでもたない。つまり、選択肢が二つに絞られる。関所を襲い食料を奪うか、引き返して別の街に向かうかだ」


 だから関所の防衛を強化したのか。もし関所に来たとしても、迎撃できるように。

 仮に引き返しても、俺たちが忍び込める町や村は少ない。結局、追い込まれるのは俺たちだ。


「ここで国軍を倒し、時間を稼ぐ。そして、敵に気付かれる前に別の抜け道を使う」

「関所と火山の中間あたりに、アタシらが使おうと思ってた洞窟があるんだ。ただ、そこには厄介な魔物が巣食ってるって話でね・・・・・」

「関所や火山よりマシさ。・・・・・でも、まずは今のことを考えよう」

「野郎ども、行くよ!」









「団長、見えました!敵数、およそ100!」

「アタシらも舐められたもんだねぇ。その程度で、翠華を止められると本気で思ってるのかねぇ」

「服装の違う奴が二人。あれが隊長かと思います」

「二人だな。じゃあ、一人そっちに任せていい?」

「ああ、わかった」


 高い木に登った翠華の団員が、敵の情報を伝える。100か。翠華は今ここに全員いるわけではないらしいが、それでも数は50に近い。敵がただの兵士であれば、俺だけでも相当数倒せるだろう。確かに俺たちを倒すための軍勢にしては少ないように思える。


「罠かもな」

「関係ないね。アタシら相手に小細工なんて通じねぇ」

「そういえば、ジークとアマネはどうしたの?街では見かけなかったけど」

「アーリアが訓練するって連れ出してたけど、どこに行ったかはわからない」

「早いとこ合流した方がいいかもね。いつ出発することになるかわからないし」


 この場にいない二人のことを考えながら、森の中を進む。

 あの二人は大丈夫だろうか。ジークの持つ石の力は未知数。アマネは次期魔王になるという。いったい、どんな訓練をしているのだろうか。


「団長!敵最前列にいた奴が消えました!」

「消えただと?ちゃんと見ていたのかい?」

「もちろんです!本当に、瞬時に消えたんです。例の隊長格と思われるうちの一人です」

「・・・・・嫌な予感がするね」

「いや、止まれ」


 全員を制止する。正面に現れた、よく知る人物と対話するために。


「また会えましたね、カムラ様」

「・・・・・ミサ」

「一度国へ戻り、考えました。やはり、私はあなたの傍にいたい」

「この先に軍がいるのは知っている。何故連れてきた?」

「そうでもしないと私が国を出ることが出来ないからです。あなたと共に魔王を討伐してから、あまり自由の利かない立場になってしまって・・・・・」


 ・・・・・何かが、妙だ。

 この状況をミサの言動に、何か違和感を感じる。でも、それっていったい・・・・・。


「白々しいのよ、あなた。本音を言ったらどうなの?」

「え?」

「カムラは騙せても、私は騙せないわよ。このお人好しの馬鹿に付け入ろうっていうなら、私のいないところでやることね」


 先ほどグレンを睨みつけていた時とは、また違う目つきでミサを睨むセレス。そのまま俺とミサの間に入ってきて、ミサに短剣を突き立てる。


「・・・・・怖いお嬢さんですね」

「ミサ?」

「騙せないのなら、仕方ない」


 ミサの目が、白く光る。純粋な、透き通った瞳の色。それは逆に、清浄すぎて不気味さを孕んでいる。


「すぐに向かいます。後は、わかっていますね。ミサ」

「・・・・・何を、言っているんだ?」

「・・・・・っ!。りょう、かい・・・しまし、た・・・」


 ミサの様子がおかしい。奇妙な言動を始めたかと思えば、頭を押さえてふらつく。


「すべては、アヴァロン様の、ため・・・・・」

「っ!カムラ、気を付けて!」

「え?」


 ミサの姿が、一瞬にして消える。

 ここにミサが現れた時と同じだ。ミサはどこに・・・・・。


「上だ!避けるんだカムラ!」

「あっ、しまっ・・・・」


 反応が遅れた。ミサはすでに上空から雷魔法を放っている。

まずい、防御が間に合わない!


「もっと視野を広く持つんだね、元勇者君」

「グレン!?」


 上空から魔法を放つミサから俺を守ってくれたのはグレンだった。常人にはあり得ない跳躍力で飛び、雷魔法を空中で弾き返す。いや、違う。


「自由気ままに吹く風すら乗りこなす、アタシが手に入れた自由をとくと見な!」


 風に乗って移動しているのか!?

 その動きは、浮遊魔法では再現出来ないほどなめらかな動き。ミサの魔法を翻弄しつつ、上空へ向かって飛んでいく。


「すごい・・・・・」

「でも、彼女は杖を持っていない。目立つ武器もないし、いったいどうやって・・・・」

「団長の手をよく見てみな。純度の高い翡翠の石が埋め込まれた、手甲が見えるだろう?」

「あ、本当だ。あれが、杖の代わりを?」

「ああ。自分の運命は自分で掴むって言って、いつも自分の拳で戦うのさ。団長が武器を持っているところなんて見たことねぇ」


 自分の運命は自分で掴む、か。俺たち以外にも、やっぱりいるんだな。自分の理想を掲げて、自分の道を進む人って。


「もらった!」

「よっしゃ!やっちまえ団長!」


 グレンがミサの背後を取る。そのまま拳で落とすかと思われたが、ミサを攻撃する瞬間、グレンの表情が変わった。


「レアル!後ろだ!」

「えっ!?」


 地上にいる全員が油断していた。上空での戦いに気を取られて、背後から恐ろしい速度で接近してくる敵に気付けなかった。


「まずい、ライ!」

「カムラ!?」


 ライを攻撃しようとする敵の刃から、ライを退ける。だが、さすがにそれを避ける術は俺にはなかった。


「ぐ、あぁ・・・・・」


 右腹部に刃が刺さる。魔王討伐の旅で火傷や凍傷は経験したが、皮膚を貫き体の内部を抉られるこの感覚は、生まれて初めて経験するものだった。

 血液が口から零れ落ちる。

 刃はすぐに腹部から引き抜かれた。霞ゆく意識を繋ぎ留め、痛みに耐えながら敵を確認する。

 その人物は、俺がよく知る人物だった。


「言ったじゃないですか。すぐに向かいます、って」

「ギ・・・ル・・・・・」


 俺の血が纏わりつく剣を片手に、傷を抑え蹲る俺を見下していたのは、かつての仲間ギルだった。


「やっと、やっとだ!僕はようやく、あなたを超えた!」

「う・・・ぐぅ・・・・。がはっ・・・」


 ギルが何を言っているか、かろうじて聞き取れる程度まで、俺の意識は消えかけていた。それに言葉を返すようなど、当然残っていない。


「あなたにはまだまだ言いたいことがありますが、時間が惜しいです。ミサ!」

「・・・・・はい」

「しまった!カムラ!」


 右と、上空。明らかな殺気を感じるが、避ける術がない。この場にいるみんなも、唐突な事態に反応が遅れている。


「さようなら、偽りの勇者カムラ殿。あなたは、この世界に不要です。今までお疲れさまでした」


 くそっ、こんなところで・・・・・。まだ、死ぬわけには・・・・・。セレスを、みんなを残して死ぬわけには・・・・・。


「これで、終わりです!」


 ・・・・・ダメかっ!

 死を覚悟し目を瞑る。

 嫌だ。嫌だいやだイヤだ。まだ、こんなところで死にたくない!












「・・・・・お言葉を返すようで申し訳ないですが」


 想像した痛みの前に訪れたのは、聞き覚えのある少女の声。

 ただ、いつもおどおどしていた声音は、まるで別人のように透き通っている。


「この方は、世界を救うお方。私の、次期魔王の大切な仲間です。その命の灯を亡きものにしようというのなら」

「な、なんだ・・・・・。この力は!?僕の剣が、弾かれた!?」


 腹部の痛みが次第に消えていき、意識が回復していく。

 重い瞼を開き、俺の視界に飛び込んできたのは、一面の黒。

 だがそれは、決して穢れた色じゃない。とても澄み切った、まさに純黒と呼ぶべき黒い光。地面に展開された魔法陣から、それは放たれていた。黒い光は俺を包み込み、傷を癒していく。

 そして、その黒い光はより一層強さを増す。


「この魔王アマネが相手です!我が信念に賭けて、カムラさんにはもう指一本触れさせはしません!」

「あ、アマネ・・・・なのか?」

「はい!遅くなって申し訳ありません!」


 その強い意志を宿した目も、自信にあふれた口調も。昼間までのアマネとはまるで別人だ。いったい、何があったんだ・・・・・。


「くそ!一人仲間が増えたくらいで調子に乗るな!」


 ギルが森の中に走る。また、死角からの奇襲を狙うつもりか!?


「おいおい、仮にも元勇者の仲間だろ?そういうコソコソした戦い方は気に入らねぇぜ!」

「こ、この声は、もしかして!」


 力強い、頼りになるアイツの声。この方向・・・・・上!?


「男なら、こうやって派手に戦うもんさ。・・・・・大切な仲間を守るために、力を借りるぜ!みんな!」


 木の上から、斧を構えて飛び降りてくるジーク。・・・・・何するつもりだ?


「大地を、抉れ!」


 ジークの斧が赤く光る。それを地面に叩きつけると、後ろにいる俺たちにまでわかるほど強い衝撃が走る。

 ジークの正面の大地が抉れ、木々は吹き飛ぶ。当然、そこに隠れたばかりのギルもその攻撃に巻き込まれる。


「な、んだと・・・!?」

「すげぇ・・・・・。これを、ジークがやったのか・・・・・」


 まるで伐採作業を終えた密林の一部のように、木々の倒れた空間が目の前に広がっている。


「悪いな、カムラ。もう少し早く着ければ良かったんだが」

「いや、大丈夫だ。傷も、塞がってるし・・・・・」

「それよりも問題は・・・・・」


 アマネが振り返り、ミサの方を向く。

 ミサは相変わらずひどく透き通った目をしており、それはまるで人のものではないような、そんな疑念さえ抱かせる。


「こんなことをしておいて、カムラさんを非難するとは愚かしい」


 ミサに近づき、ミサの方に手を置くアマネ。そのまま、俺の時と同じように黒い光がミサを包み込む。


「ディスペル!」

「っ!う・・・・あぁ・・・」


 ミサの内側から、白い光がこぼれ始める。黒い光はミサの中に入り込み、その白い光と共に弾け飛ぶ。そのまま意識を失ったミサは、近くにいたグレンの方に倒れこむ。


「精神汚染・・・・・いや、精神支配でしょうか。人の魔力核を閉じ込め、その外側に別の魔力核を形成するなんて、正義を掲げる人間のすることではありませんね」


 再び振り返ったアマネは、ジークの攻撃で吹き飛んだギルを睨む。


「これで、終わりです」


 高く掲げたアマネの手の先に、黒い槍が出現する。その矛が向かう先は当然ギル。


「ま、待てアマネ!」

「カムラさん?」

「あいつはもう、ミサもいない一人の状態だ。仮に奥にいる残りの戦力が来たところで、俺たちに敵わないのはギルならわかるはずだ。今は、見逃してやってくれないか?」

「・・・・・いいのですか?彼はあなたを殺そうとしたのですよ?」

「あいつとは、もう一度面と向かって話したいんだ。そのチャンスを、俺にくれないか?」

「私はあなたについて行くと決めた身です。あなたの意志を否定するつもりはありませんが・・・・・」


 傷が塞がったとはいえ腹部の違和感は拭えないが、立ち上がりギルの方へ向かう。

 体中に痛々しい傷を残し倒れているギルに近づき話しかける。


「・・・・・三日後、俺たちは関所を通る」

「何?」

「俺は逃げも隠れもしない。だから、今は退いて傷を治せ」

「・・・・・あなたのそういうところが、僕は本当に嫌いなんですよ!この、偽善者が!」

「ギル・・・・・」


 傷が痛むであろう体を無理やり動かすギル。その手には、見覚えのある代物が握られてた。


「この魔晶石、見覚えあるんじゃないですか?」

「それは、ジークの持っている石と同じ・・・・・」

「ええ、そうです!人の魔力を吸収し、術者の魔力に変える優れもの!だが、それはあくまで仮の力。この石の本当の力、見せてあげますよ」


 突然、石が強い光を放つ。それに呼応するように、ギルの倒れこむ地面から、仄かな白い光が滲み出る。

 その白い光がギルを覆ったかと思うと、ギルの傷はたちまち回復し、数秒で無傷と呼べる状態まで回復した。


「なっ・・・・・」

「どうです?これが、あなたが否定する神の力です」

「なんだと?」

「これだけ膨大な魔力があれば、人の域を越えられるんですよ。そう、神に干渉する力を、僕は得たんです!僕の信仰に、アヴァロン様が応えてくれるのですよ!」

「そんなことのために・・・・・。いったいどれだけの人が犠牲になっているのかわかっているのか!?こんな世界間違っていると、何故わからないんだ!」

「そんなこと?・・・・・何を言っているのです?神との干渉する力の源になれる!これほど幸せなこともないでしょう!」


 こいつ、本気なのか?本気で、そう思っているのか?

 確かに俺の知るギルは、一直線で生真面目なお堅い奴だったけど、人としての優しさは持ち合わせている奴だった。


「それでは、今はあなたのご厚意に甘んじて退かせていただきましょう。私を逃したことを、三日後に後悔しても遅いですよ」

「・・・・・俺は何度だってお前に言ってやる。こんな世界は間違っている」

「・・・・・ああ、そうだ。詳しいことはお話しする気は無いですが」

「ん?」

「この魔晶石、誰の魔力を吸収して作られたか、考えてみたらいかがです?」

「何?」

「それでは、失礼します」


 強い光を放ち、ギルの姿は一瞬で消え去った。

 ・・・・・誰の魔力を吸収したか、だと?そんなこと、俺にわかるわけない。

 いや、待て。逆じゃないか?俺にはわかるからこそ、あいつはわざわざ俺にそれを問いかけた。

 つまりあの魔晶石は、俺の知っている人物の魔力を吸収している。いったい誰だ?

 ミサはそこで倒れているから違う。国王も、そんなことになればもっと騒がれるに決まっているからあり得ない。

 俺が魔王討伐の旅先で出会った人々か?いや、そこまで接点の深い人物など、あの旅ではギルとミサ以外にはいなかった。

 ・・・・・接点の、深い人物?


「いや、まさか・・・・・。でも、それ以外・・・・・」


 頭に思い浮かんだ可能性を否定する。それだけは、それだけは駄目だ。もしそうだったとしたら、全て俺の責任だ。


「大丈夫かい、カムラ?」


 ギルがいなくなったことを確認し、仲間たちがこちらに近づいてきた。

 そうだ、ライなら・・・・・。


「・・・・・ライ、一つ頼みがある」

「何だい?」

「グランド王国下町にある、ミランダという女性がシスターをしている聖堂がある。そこは孤児院としても活動しているんだが・・・・・」


 本当は、これを頼むことすらしたくない。だってそれは、その可能性を疑い続けることになるのだから。


「その孤児院が今も活動を続けているか、確認することは可能か?」

「・・・・・どういうことだい?」

「孤児院のみんなが、ジークの村と同じように、あの石の生成のために魔力を吸収された可能性があるんだ!頼む、みんなが無事か確認してくれないか!?」

「いや、でも・・・・・。こことグランドじゃ、大陸の北と南で正反対の位置だ。すぐ調べるのは、厳しいと思う」

「そんな・・・・・」


 いや、ライの言うことは最もだ。無茶な頼みだってことは理解していた。


「さっきの男に言われたのね?」

「ああ」

「じゃあ、三日後に問い詰めるしかないんじゃない?ここで考え込んだって、確認のしようがないことだもの。ただのハッタリの可能性だって、十分あるわ」

「そう、だよな・・・・・」


 そうだ、ハッタリに決まっている。いくらギルだって、そんなことをするはずがない。


『暗い空気のところ悪いけど、喜ぶべきこともあるのではなくて?』

「アーミラ・・・・・。そういえば、今まで何していたんだ?」

『ここから少し離れたところで、二人の訓練をしていたわ。成果は、あなたも見たでしょう?』


 そうだ。アマネもジークも、昼間までとは別人のような力を得て戻ってきた。


『特にアマネは、私の予想を遥かに超えた成長を見せたわ。まさか、たった一日で魔王としての器を手に入れるとは思ってもみなかったわ』

「じゃあ、やっぱりアマネは魔王に・・・・・」

「はい。魔族の長という意味での魔王になれるとは思いませんが、少なくとも、皆さんのお役に立てる力は手に入れました!」

『ジークの方も、よくやったわ。石に込められた魔力の声を聞く。その意味をよく理解したわね』

「最初は何言ってるか全然わからなかったけどな。自棄になって、いろいろ試した甲斐があったぜ」


 二人とも、この短時間で強くなったんだな。

 それに比べて俺は・・・・・。


「俺は成長してない、とか思ってる?」

「よ、よくわかったな」

「カムラは表情に出すぎなのよ。まあ、そんなあなただからこそ、二人ともここまで強くなったのよ」

「え?」

「そうでしょう、二人とも」

「ええ。カムラさんだからこそ、強くなってお役に立ちたいと思えるのです」

「お前には、人を引き付ける魅力みたいなものがあるのさ。そうじゃなきゃ、神を殺したいなんて馬鹿な話について行くわけがねぇ」

「お前ら・・・・・。ありがとな」


 そうだ、迷ってる場合じゃない。俺たちには、進むしかないのだから。


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