哀曲
「ここが地下坑道か」
「中は分かれ道だらけらしいよ。ただ・・・・・」
坑道内で何度も爆音が聞こえる。中はずいぶん薄暗く、爆音と相まって嫌な雰囲気が滲み出ている。
「だが、中はこの通りだ。音のする方を避けて通ればいいはず。特に、南側が拠点になっているようだから、北向きに進んでいこう」
「ああ。よし、行こうか」
「・・・・・いい加減降ろしなさい」
ライの魔法で辺りを照らしながら坑道内を照らす。俺がやってもいいのだが、抱えているセレスに熱いと怒られた。
そういえば、ライも奇妙な魔法を使う。葉っぱのような紙に何かを書いて放ると、それが魔法となって発動する。こんなものは今まで見たこともない。
「なあ、ライの魔法っていったい何なんだ?原理がよくわからないんだが」
「前にも言ったはずだよ。情報は等価交換だ。言の葉と等価となると、そうだな・・・・・。聖域について聞かせてくれないかい?あそこには、さすがの僕も行ったことが無くてね。勇者だった頃に、君は行ったんだろう?」
「まあ、別に構わないが。あそこは、世界樹という巨大な木を中心とした都市だ。都市と言っても、街は廃墟同然。遺跡のようなものだと思った方がいい」
「でも、ランドルフ=アーサーは聖域に住んでいるんだろう?人の住む場所はあるんじゃないの?」
「あいつは特別さ。世界樹の上層に、神の間っていう空間がある。そこで、神からよくわからん力を受け取って、それをエネルギーに生きているらしい。それがあれば、食事も不要だって言ってたな」
『その通りよ。神子とは、ある意味人と神の中間の存在。・・・・・私も、奴がいなければそうなっていた』
人と神の中間、か。
「なるほどね。・・・・・つまり、アーサーは神の間で神から力を得ている。それって、逆に言えば、アーサーを神の間に戻らせなければ、力をそぎ続けることが出来るってことじゃないの?」
『無理ね。聖域にそびえる世界樹の根は、地中を通じて世界中に巡っている。そこから少しずつ力を送ることは可能でしょうし・・・・・』
「なにより、アーサーは神の力無しでも十分強い。あいつを倒すにしても、姑息な手は通じないと思った方がいい」
「それは厄介だね。まあ、情報としては満足かな。えっと、言の葉についてだったよね」
ライは腰のポーチから紙を取り出し見せつける。
「これは魔符と呼ばれる特殊な紙でね。この紙の製造には、世界樹の繊維が使われているんだ」
「あんた、ずいぶん恐ろしいことするわね。世界樹の根が世界中にあることは周知の事実だけど、あれは触れることを許されていないはずよ」
「僕を誰だと思っているんだい?裏世界の情報屋、ライだよ?こういう“訳ありな品”は、欲しくなるのがこちらの世界の人間の性なのさ」
「それで?その大層な木の樹脂を使った紙は、いったい何なんだ?」
「これはいわば、杖のようなものだよ。使用者の魔力を、魔符に含まれる世界樹の魔力が代用してくれる。だから、この魔符に魔法式を書いて、こうやって放ってやれば・・・・・」
ライがさらさらと魔法式を紙に書き、皆の中心に放る。すると、魔符は一瞬強く光り周囲に弱い風を起こす。
「当然、並外れた魔力を必要とするような魔法は使えない。でも、僕みたいに杖を持ちたくない人間からすれば、非常に画期的な発明でね。ジークさんもどうだい?」
「いや、遠慮しておく。そもそも、俺は魔法式もろくにわからねぇしな」
坑道を進むこと数時間。周囲の音が静まった場所で、俺たちは一時休息をとっていた。
「ライ、この坑道を抜けるのに、あとどれくらいかかる」
「そうだねぇ・・・・・。何もなければ、今日中に抜けることは出来るんじゃないかな」
「セレスはまた俺が運ぶとして・・・・・。アマネ、歩き通しだが体力は持ちそうか?」
「大丈夫です。長旅は慣れてますからね」
「というか、何でまた私は運ばれることになってるわけ?自分で歩けるわよ!」
怪我人ではあるけど、元気みたいだな。よかったよかった。
でもまぁ、片腕抑えた少女を無理に歩かせるのも申し訳ないから、やはり抱えていこう。
「さて、こんなところに長居は無用だ。さっさと抜けてしまおう!」
「だから、降ろしなさい!」
「カムラ、ライ。ちょっと止まれ」
「ん?ジーク、どうかしたのか?」
「足音がする。遠くから、こちらに向かって走ってきている」
「本当か?・・・・・一度、引き返すか?」
「すぐそこに脇道があったね。そこでやり過ごそう」
脇道に入り、足音の主が通り過ぎるのを待つ。ジークの言う通り、足音は次第に大きくなていく。
「翠華か、サイバーライト軍か・・・・・」
「どちらにせよ、接触は避けたいな。っ!来るぞ」
全員、息を殺す。足音の主が通り過ぎるのを陰から見守る。
足音が目の前に到達するその瞬間、俺の目に飛び込んできた人物は予想外の人物だった。
その人物はミサだった。かつて、俺とギルと共に魔王討伐の旅に出たもう一人の仲間。いや、今は仲間ではなく敵なのだが。
当然、ミサは俺たちに気付くことなく去っていく。
「何でミサがこんなところに・・・・・」
「へー。あれが勇者一行の天才魔導士のミサか。そういえば、彼女は故郷であるサイバーライトに戻ったと聞く。旅を終えて、国軍に戻ったとかそんなところじゃないか?」
「どうでもいいわ。今のうちに進みましょう?」
「いや、ちょっと待て。何かおかしい」
少し先で、ミサが歩みを止めた。首を動かし、何かを探すように辺りを見回している。
「おい。あいつ、何がしたいんだ?軍の援軍なら、さっさと奥へ行けばいいのに」
「・・・・・仕方ない」
「カムラ?」
「俺が囮になって気を引こう。俺相手なら、一瞬の隙は生まれるはずだ」
「出口までそこまで距離はない。魔符の破片を落としておくから、それを追って出てくるといいよ」
「助かるよ」
「あ、おい・・・・・」
ミサが何をしているのかはわからない。でも、一度話をしておきたいとは思っていた。
「おい、ミサ」
「えっ!?カムラさ・・・ま・・?」
ミサが俺を見て呆然としている。・・・・・・・・あ。
「私を抱えたまま出ていくとか、馬鹿なの?」
やっべ、セレス抱えたままなの忘れてた。
「・・・・・カムラ様」
「ああ、えっと・・・・・。ミサ、これはだな・・・・・」
「よかった」
「え?」
「ずっと探しておりました。アーサー様が動いたと聞いた時は、もうダメかと・・・・・」
どういうことだ・・・・・。
ミサはサイバーライトからの旅の従者。立場はギルと同じはずだ。仮に俺を探していたとしても、それは俺を捕らえるか殺すかするためのはず。
だが、ミサの表情は本当に安堵しているように見える。
「あのグランドでの夜、何があったのかはギルから聞きました。でも、カムラ様が世界を滅ぼそうとしているなんて、とても信じられなくて・・・・・」
「してないけど!?」
「ですよね!何かの間違いですよね!」
え、ちょっと待って。そんな話になってるの?
確かに神を殺して、今の世界の在り方をぶち壊そうとしているわけだけど、別に滅ぼしたいわけじゃない。さてはギルのやつ、かなり話を肥大させたな・・・・・。
そんなやり取りをしている間に、セレスが背後のジークたちに視線を送る。背後の気配が消えたから、みんな上手く奥へ移動したのだろう。
「安心いたしました。では、共に国へ帰りましょう!話せば、きっとみんなわかってくれます!」
「えっ・・・・・。いや、それは・・・・・」
「どうされたのですか?」
まずい、ミサが嫌な誤解をしている。
「そういえば、そちらのお嬢さんはどなたです?って、腕を怪我しているじゃないですか!見せてください!」
「え、ちょっと!?」
「動かないでください」
セレスの左腕に杖をかざし、治癒魔法をかけるミサ。傷は少しずつ癒えていき、完全とまではいかないが傷が目立たない程度には治っていた。
「・・・・・すごい、痛みが消えた」
「なあ、ミサ。一つ聞かせてくれ。君は、今でも俺の味方をしてくれるのか?」
「当然です!旅の途中、魔の者に殺されそうになったところを救われたあの日から、この身はカムラ様に捧げると決めております!」
あったなぁ、そんなこと。確か、魔族の幹部の罠でミサだけ分断されて、危うく殺されるところだったっけ。
「じゃあさ、頼みがあるんだ」
「何でしょうか?」
「ここで俺を見たことは、他言しないでくれ。それと、もしグランドに行くことがあれば、孤児院にいるミランダという女性に伝言を頼みたい」
「ちょ、ちょっと待ってください!国に、戻られぬおつもりですか?」
「ああ。今は、戻るわけにはいかない」
俺の言葉にひどく困惑するミサ。まあ、当然か。反逆を否定したかと思えば、今度は黙っていてくれ、だもんな。
「無理にとは言わない。だが、せめてこの場は見逃してくれ。君と戦いたくはない」
「・・・・・私には、カムラ様の真意はわかりません。でしたら、せめてまた私をカムラ様の旅に同行させてください!」
「駄目だ」
「えっ・・・・・」
「俺たちの目的は、君のその純粋な心とは真逆を行くものだ。君を巻き込むつもりはないよ」
「そんな・・・・・」
杖を握る両手の力が強くなったように見える。俯き、落ち込んでいるようだ。
だが、ミサをこの旅に巻き込むわけにはいかない。ミサが真実を知らず、未だに俺のことを信用していたとしても、目的のない彼女がこの旅に同行しても苦しむだけだ。
「行きましょう、カムラ。長居すれば、翠華や軍の連中に見つかるかもしれない」
「ああ。・・・・・そういうわけだ、ミサ。悪いが、これでさよならだ。もし次に会うことがあれば、その時は敵同士だと思ってくれて構わない」
「待ってください!・・・・・敵って、どういうことですか!」
「もし君が俺の前に立つようなことがあればの話だ。出来ることなら、そうしないでほしいがな」
「わからない・・・・・。わからないですよ、カムラ様!」
ミサの杖の先端が光る。
「まずい!セレス、来るぞ!」
「せめて、本当の事だけでも聞かせてもらいます!そうじゃなきゃ納得できない!」
ミサが杖を振り上げる。すると、ミサの正面にいくつもの魔法陣が出現し、そこから火や氷といった様々な魔法がこちらめがけて飛んでくる。
魔剣の力で正面に障壁を発生させそれを防ぐ。セレスも、短剣で魔法を撃ち落としながら障壁に入ってくる。
「どうするの?彼女、ずいぶんあなたにご執心みたいだけど」
「・・・・・この場を戦闘で制圧するしかない。最悪の場合も、覚悟しているさ」
例え何を犠牲にしようとも、俺は進むと決めたんだ。立ちふさがるのなら、それがかつての仲間であろうと容赦しない。
「すまない、ミサ!」
魔剣を正面に構え盾代わりにしながら、魔法の間を駆け抜ける。次の魔法を発動する隙を与えず、ミサの背後に飛び込み背中に魔剣を突き立てる。
「動いたら、悪いけど容赦せず斬るぞ」
「・・・・・変わって、しまわれたのですね。あなたは・・・・・カムラ様は・・・・・」
「そうだ。今の俺は、世界を救う勇者カムラじゃない。神を殺す、反逆者のカムラだ」
「そう、ですか。・・・・・それなら!」
「っ!?カムラ、後ろ!」
「何っ!?」
背後に別の魔法陣が出現する。それでも、俺が少しでも前に剣を押し出せば、魔法の発動より先にミサを殺せる。
「くっ」
「え?」
魔法は基本的に、術者を殺せば消滅する。だから、ミサを殺せばよかっただけなのに。
俺がとっさにした行動は、回避だった。
しかし、俺が避けてなお、ミサは魔法を止めない。その魔法が発動すれば、遮るものがない今、魔法はミサに当たるはずなのに。
「・・・・・でも、やはりカムラ様はお優しいのですね。最後にそれがわかって、よかった」
こいつまさか、自決する気か!?
「おい、やめっ」
「馬鹿なことはやめなさい!」
「きゃっ!?」
魔法がミサに当たる直前、セレスがミサに飛び込み魔法を回避した。
あ、危ねぇ・・・・・。
「何、するんですか。私はもう、いいんですよ。私の仕える、カムラ様のいない世界なんて」
「カムラはいつでもあなたを殺せたわ。でも、それをしなかったのは、この馬鹿の本質的な良心。カムラがまだ、あなたを殺すべき敵だと思っていないから。それは、あなたの言う“カムラ様”も同じなんじゃないかしら?」
「っ・・・・・」
「だったら、この馬鹿のそういう甘っちょろい部分に免じて、今死ぬのはやめてくれないかしら?悪人でもないやつが自殺するのは、見ていて気持ちのいいものじゃないもの」
「じゃあ、どうすればいいんですか。私にとって、カムラ様に仕えることが人生そのものだった。あの旅の前だって、来るべき勇者にその身を捧げ、その旅路を支えろって、天啓を受けて・・・・・」
「ミサ。残念だけど、その天啓は嘘だと思う。俺は、勇者なんかじゃないんだ。きっと、サイバーライトの上層の人間たちが、お前にそうさせるために・・・・・」
「それでも、あなたが私にとってこの身を捧げる価値のある方であることに変わりはありません!カムラ様を失ったら、私・・・・・」
肩を抱えて泣き出すミサ。それほどまでに、ミサは“勇者であるカムラ”に執着しているのだろう。
「・・・・・勇者カムラがお前のその本心を知ったら、きっと喜ぶだろうな」
「そんな・・・・・。あなただって!」
「俺は勇者じゃない。だから、ミサ。今はお前と共に行動することはできない。一度、国へ帰るんだ」
「・・・・・そんなの、辛すぎます。戻っても、私の居場所なんて・・・・・」
「戻って、よく考えてくれ。勇者じゃない今の俺に、その身を捧げるほどの価値があるのかを。勇者じゃない、穢れまくった俺に、だ。もし、それでもお前がついてきてくれるというのなら、俺はお前を拒まない」
酷なことを言っているのはわかる。だが、ミサは勇者であった頃の俺に執着しているのであって、今の俺のことは何も知らない。そんな状態でこの旅についてきても、さらに辛い思いをするだけだ。
「・・・・・わかりました。今は、この国に残ります」
「すまないな」
「でも、約束ですよ。次に会ったときに、私の心が変わっていなければ・・・・・」
「ああ。その時は、共に行こう」
「ねえ、カムラ」
「どうした?」
「カムラはさ、もし真実を知らずに勇者として生き続けてたら、きっと別の形で私と出会っていたと思うの。もし、そうなっていたら・・・・・」
「やめようぜ。もしもの話をするのは。もう、勇者であるカムラは死んだんだ」
「・・・・・嘘つき。さっきミサを見逃したのは、勇者だった頃の思い出に、まだ捨てられないものがあったからでしょう?」
捨てられない思い出か。確かに、あの頃の思い出は、今思い返しても悪いものばかりじゃなかった。ギルの本心を知ってなお、あいつと笑いあった日々のすべてが嘘だったとは思えない。ミサだって、本気で勇者である俺についてきてくれた。
もし何も知らずに生き続けていたら、それはそれで幸せだったのだろうか。
「確かに未練はあるな。決別したと思っていても、それでも、やっぱりあいつらも“仲間”だったんだ。俺の中に残っている、“勇者であるカムラ”が、きっとあいつらを殺すことを拒絶している」
「そんな状態で、この先も進めるの?」
「・・・・・いつか、そんな自分すら殺す日が来ると思う。”何を犠牲にしてでも神を殺す“。その犠牲の対象には、当然自分も含まれるからな」
「自分すら犠牲にして、か。でも、これだけは忘れないでね。私は、“あなた”が必要よ。勇者じゃない、自分の意志を貫く反逆者であるあなたが」
「わかってるさ。俺は、絶対に死なない。神を殺すまで、絶対にな」
お互いに笑みをかわし、ライの落としていった魔符を追う。長らく歩いた末に、ついに光が見えた。
「ようやく出口か。そういえば、坑道内がずいぶん静かになったな」
「どちらかが果てたのでしょうね。何にせよ、よく争ってくれたわ。おかげで、無事に通り抜けられた」
「お、出て来たな。無事で何よりだ」
「ついでに朗報だよ。まだ僕らのことが伝えられていない街を、ここから南西に見つけた。久しぶりに、まともな休息が取れるよ」
それはありがたいな。何だかんだで、ジークの村を出た後はずっと野宿だったから、そろそろ宿でゆっくり寝たい。