円舞曲
「久しぶりじゃねぇか、ライ。知らない間に取っ捕まったのかと思ったぜ」
「僕がそんな下手な真似をすると思うか?それより、情報を買いに来た」
カムラと別れた僕は、王都に近い村の酒場に同業者を呼びつけた。
「お前が人に情報を求めるとは珍しい。んで、何の情報が欲しいんだ?」
「盗賊団翠華と、サイバーライト軍の動向」
「・・・・・おいおい、そりゃ入手困難な情報トップ2だぜ?」
「わかっているさ。だからこそお前を頼っている。北の情報屋と言えば君だからね。キタキツネのコンさん」
「口の減らねぇ野郎だ。それだけの情報を望むってんなら、相応の対価を用意できるんだろうな」
「ああ。とびっきりの情報だよ」
コンの目が光る。やはり情報には目が無いな。
ある程度情報を引き出したら、カムラたちの行き先を偽って翠華と軍を攪乱してやる。
「あの勇者様の行き先なんてどうだい?」
「それは、お前がその耳で仕入れた情報か?」
「おっと、これはあくまで対価だ。教えるには、君の同意が必要だよ」
「それはこちらとしても知りたい。いいぜ、交渉成立だ」
「感謝するよ」
お互いに笑みを浮かべる。コンはカバンの中から地図を取り出し、テーブルの上に広げた。
「まず、翠華だ。この廃坑道に、団長のグレンを含めた幹部たちが集まっているらしい。廃坑道の中は街三つ分くらいの広さがあるらしいが、奴らが居座っているのは、このアスピレイトよりの南側だ」
「逆に言えば、北側なら通り抜け可能ってことか」
「まさか、ここを通るつもりなのか?なら、やめておけ」
「何でだ?僕が追われている身だってのは君も知っているだろう?こういう道は、僕にとって絶好の通路なのだけど」
「これはサイバーライト軍の動向と同じネタなんだが・・・・・。神が、また天啓を告げたらしい」
「っ!?」
カムラたちが動き出した、このタイミングでか!?嫌な予感しかしないんだが・・・・・。
「だがその前に、お前の方の情報をもらいたい」
「な、何で・・・・・」
「神の天啓に、勇者の行き先が含まれているからだ。俺の情報を先に出したら、お前が嘘をついているのかわからなくなるだろう?」
「お、おい。ちょっと待て・・・・・。神の天啓に、勇者の行き先が含まれれる、だって・・・・・?」
まずい。神の天啓ということは、“あの男”の耳にもこのことは間違いなく伝わっている。
「コン!勇者の行き先は廃坑道!そのままサイバーライトに向かうつもりだ!」
「・・・・・聞いていた通りだな」
「早く、その天啓の内容を教えてくれ!」
「・・・・・今回の天啓の内容はこうだ。『北と西の大国を繋ぐ地下道。かの場所を訪れる裏切り者の勇者を討つべし』だそうだ」
「その天啓で誰が動いた?サイバーライト軍か?」
頼む、そうであってくれ。
「違う。聖域の神子、ランドルフ=アーサーが、勇者討伐に向かった。確か、二日前だな」
・・・・・まずい。アーサー相手では、今のカムラたちでは間違いなく殺される。
僕は残った食事をそのままに、札束をコンに押し付け席を立つ。
「これ、飯代!悪いけど、また今度!」
「お、おいライ!・・・・・あいつ、まさか」
カムラを殺されるわけにはいかないんだ!頼む、間に合ってくれ!
「・・・・・ったく、もう一つ耳寄りな情報があるってのに。まあ、また今度教えてやるか」
「この森を抜ければ坑道に着く。ライも待つなら、この辺りで見を隠すのがいいだろう」
「あ、えっと。この近くに、洞窟があったと思います。川も近いので、休むには最適かと・・・・・」
「そうね。雲行きも怪しいし、雨を凌げる場所がいいわ。アマネ、案内頼める?」
「は、はい!」
どっちが年上なんだよお前ら・・・・・。
何にしても、このメンバーはずいぶん個性的だ。ガキのくせにクールなセレス。頼れる兄貴分のジーク。常にビクビクしてるアマネ。あと、掴みどころのないライ。
何ていうか、仲のいい兄弟みたいだな。
「・・・・っと。ちょっと!聞いてるのハミル?」
「ん?ああ、悪い。えっと、何?」
「洞窟に向かう前に食料の調達するから、ジークと一緒に川で魚取ってきてって言ったのよ。ちゃんと聞いててよ」
「了解。森はたまに獣が出るから、二人も気をつけろよ」
「誰に向かって言ってるのよ」
短剣に手を置き、ふんっと胸を張るセレス。こういう粋がりなところは子供っぽいんだけどなぁ・・・・・。
「こんなものか。暗くなる前に戻ろう」
「カムラは器用なものだな。俺はそんな風に魔法を使いこなせん」
まあ、防壁魔法に魚を閉じ込めて陸に持っていくなんて、普通やらないもんな。防壁魔法を自分以外の場所に張ること自体、本来は不要なことなのだから。
「必要なら魔法を教えるけど」
「いや、遠慮しておく。昔から、力魔法以外は全然ダメでな。・・・・・その力魔法すら、お前には通用しなかった。俺ももっと強くならないとな」
「俺はさ、魔法の知識をある人に叩き込まれたんだ。聖剣を使いこなせる勇者になるためにって」
「ある人?」
「聖域の主にして、アヴァロンの神子。聖王ランドルフ=アーサーだよ。よく言われたよ。お前には才能がないって。でも、勇者に選んでくれた人々の期待を裏切りたくなくて、必死に魔法を覚えた。・・・・・今思えば、アーサーはわかっていたのかもな。俺が、勇者なんかじゃないって」
悔しさに唇を噛む。アーサーには、戦いの訓練でも一度も勝てたことはなかった。
「何度も思ったよ。何でこいつじゃなくて俺なんだって。こいつの方が、絶対確実に魔王を倒せるって」
「カムラ・・・・・」
「聖剣の使い方だって、あいつの方が上だった。何もかも、俺は負けていたんだ」
少し沈黙して歩いていると、ジークは突然俺の肩に手を置いた。
「ジーク?」
「あんまり嫌なことばかり考えるな。確かに、お前は仕立て上げられた勇者で、本当の勇者はアーサーなのかもしれない。でも、実際に魔王を倒したのはお前だ。お前には出来て、アーサーには出来ていないことだ。もっと、誇っていいんじゃねぇの?」
「あ・・・・・」
「人間、上には上がいる。アーサーだって人間だ。得手不得手は存在する。戦いで勝てなくても、聖剣の使い方で勝てなくても。きっと、カムラが勝てることはあるさ」
俺が、アーサーに勝てること。思いつかないけど、ジークの言葉でそれが存在するんじゃないかと思えてきた。
「ありがとなジーク。やっぱり、アンタを仲間に出来てよかったよ」
「俺はお前やセレスに比べて、戦闘では活躍できそうにないからな。悩みがあれば相談してくれ。話くらいはいくらでも聞けるからよ」
やっぱり、ジークは兄貴って感じだな。これからも、頼りにするかもしれないな。
「あ、二人ともお疲れ様です」
「おう。んじゃ、洞窟まで案内頼めるか?」
「はい!」
「そういえば、セレスはどうした?」
「セレスちゃんなら、先に洞窟に向かってます。すごいですよね、セレスちゃん。高い木に生ってる果物も、簡単に取っちゃうんですよ」
あいつ、小回りの利く行動は得意そうだもんなぁ・・・・・。
「・・・・・」
「ん?ジーク、どうかしたのか?」
「いや。何か、胸騒ぎがするっていうか・・・・・。危ねぇ仕事するときと、同じ感じがするんだよ」
「傭兵の感ってやつか。雨でも降るのかね」
「かもな。早いとこ洞窟に行こうぜ」
「あそこが洞窟で・・・す・・。え、何・・・これ・・・」
アマネの案内で辿り着いた洞窟。その入り口に広がっていた光景は異常だった。
3人の男の死体。一人は腕を落とされ、一人は背中を切り裂かれ。もう一人は、魔法であろう光の刃に貫かれ、地に伏せることも出来ずにうなだれている。
まさに、そこには血の海が広がっていた。
「お、おい。血の跡、洞窟の方に続いてないか?」
「・・・・・セレス!」
気づいた時には、ジークとアマネを置いて走っていた。
入口で男に刺さっていた光の刃。あの魔法は、見覚えがある。もし俺の予感が的中していれば、最悪の状況だと言っていいだろう。
ひたすら走ると、洞窟の開けた空間に出る。そこには、片腕を抑えて膝をついているセレスと、白いロングコートを着た長身の男がいた。
「・・・・・ランドルフ・・・・アーサー・・・」
「っ!カムラ!逃げなさい!」
「・・・来たか、カムラ」
アーサーは振り返りこちらを睨みつけてくる。
「天啓に従い、反逆者カムラの討伐に来たんだが、妙なお嬢さんがいたんでな。話を聞こうと思ったら斬りかかってきたから、つい手を出してしまったよ」
「アーサー!お前!」
「この娘もお前の仲間なのだろう?であれば、どちらにせよ判決は決まっている」
聖剣をこちらに構えてくるアーサー。その姿は、まさに俺が敵わなかった相手そのものだった。
「お前ともども、両者死刑だ。神に逆らった罪は、その命で償ってもらうぞ」
「・・・・・黙れよ」
「何?」
「何が神だ。何が天啓だ。そんな理由で、セレスを殺させるわけにはいかない!当然、俺も死ぬ気は無い!」
「・・・・・その口、二度と聞けぬようにしてやろう」
魔剣を構え、アーサーに対峙する。
・・・・・正直、勝てる気はしていない。今は、この場をやり過ごしてセレスを助けることが最優先。
「何を考えているかは知らないが、私にお前が敵わないことはお前が一番理解しているだろう」
聖剣が光る。直後、ホール上の洞窟の壁が光る。
「光の刃よ。断罪せよ!」
壁から、無数の光の剣が出現する。それは俺とセレスめがけて高速で飛んでくる。
「ちっ!」
「それがただの防壁で防げぬことなど、貴様が一番理解しているだろう」
くそ!せめてセレスだけでも・・・・・。
「イル・イージス!」
「えっ!?」
俺とセレスの周りを、黒い防壁が囲う。それは、飛んでくる光の刃をすべて防いだ。
「・・・・・何だと?」
「お二人とも、大丈夫ですか!?」
振り返ると、後から追いかけてきたアマネとジークがいた。
「アマネ・・・・・。今の、お前が?」
「は、はい。防御はお任せください!」
「助かる!」
アマネを信じ、防御を考えずにアーサーに突っ込む。魔剣を地面に這わせ、思い切りアーサーの方に振り切る。そこから生じた漆黒の衝撃波がアーサーに直撃する。
「・・・・・どうだ!」
「・・・・・くだらぬ。この程度の力で神に逆らおうなどと」
「何!?」
アーサーは傷一つなく、何事もなかったかのように立っている。馬鹿な・・・・・。今のだって、防壁魔法でどうにかなる技じゃない。
「お前がやりたかったのは、これか?」
アーサーはそっと地面に聖剣を触れさせる。そして、剣を正面に持ち上げたかと思うと、白い魔力の衝撃波がこちらめがけて発生する。
「なっ!?」
「お前に出来ることなら、私にはその数倍の技術で同じことが出来る。・・・・・操り人形ごときが、図に乗るな」
「まずい、間に合わなっ!」
アマネの魔法が発動する前に、衝撃波は俺のもとに辿り着く。避けられない攻撃に、反射的に目を閉じる。しかし、想定していた痛みは訪れなかった。
「・・・・が・・・ぁ・・・」
「・・・・・え?」
視界を染める赤。
時間にして一瞬、しかし永遠にも感じられるような時間の末、思考がそれを血だと理解する。
そして、その血の主。今、俺に倒れかかっている人物が、セレスだということも。
「セレ・・ス・・?」
「あ・・・ぅあ・・。カムラ・・・・無事・・・?」
その身を挺して、セレスは俺を守ってくれたのだ。それをすれば、自分がどうなるかわかっていただろうに。
左肩から背中にかけての大きな傷。すぐにでも治療しなければならないことを理解しながらも、あまりに一瞬の間に起きたことの衝撃に体が動かない。
「・・・・・愚かな娘だ。反逆者など見限れば、死ぬことなどなかったというのに」
「・・・・・」
「神の神子である私に斬りかかったこと。それだけでも、お前の罪は重い。分を弁えろ、愚かな娘」
「・・・・・殺す」
「ん?」
「アーサー。お前は、絶対に許さない」
「何を言っている。お前が私に敵わないことは、お前の人生が証明しているだろうが」
アーサーの言葉を無視し、魔剣をセレスを担ぐ。
「アマネ、ジーク。セレスを頼む」
「お前は?」
「俺は、今ここで奴と決着を付ける」
「む、無茶です!あの人、強すぎます。なんとか逃げた方が・・・・・」
「どちらにせよ、囮が必要だ。お前たちには、セレスを救ってほしい!」
「カムラ・・・・・」
振り返り、アーサーを睨みつける。
『待ちなさい』
セレスの中から、アーミラが現れる。その表情は、今までに見たことがないものだった。怒りと取れる感情が、あのアーミラの顔から見て取れる。
『私の力を使いなさい。・・・・・私も、あの男は許しておけない』
「ああ。助かる」
アーミラは魔力体となり四散し、魔剣の中に溶け込む。その瞬間、魔剣から今まで感じたことのないような力を感じた。
『魔の力に関して、私の右に出る者などいないわ。そこにあなたの強い力が組み合わされば、神子にだって対抗できる』
「ああ。・・・・・いくぞ、アーサー!今度こそ、俺はお前に勝つ!」
「神の力を分け与えられた私の前には、貴様らのような魔の者がいくら集まろうが無力。死んで後悔するといい」
確かに、俺だけじゃ勝ち目はないのかもしれない。
でも、ようやくわかった。俺にあって、アーサーにないものが。
「いくぞ」
先ほど同様、剣で地面を切り裂く。先ほどよりアーミラの力で威力を増した衝撃波がアーサーに向かう。
「その程度、大した違いではない。いい加減、諦めろ!」
アーサーも衝撃波を放つ。ぶつかり合った衝撃波は、威力の強いアーサーのものだけが残り俺を襲う。
「やるぞアーミラ。力を貸せ!」
『ええ。思う存分やりなさい!』
「喰らえ。インフェルノ!」
正面に突き立てた魔剣を中心に魔法陣が出現する。そこから発生する黒い渦は、アーサーの衝撃波を飲み込む。
「そして、自分の力を呪え!オクタ・ミラー」
アーサーの周りを、八枚の鏡面体が囲う。そこから、先ほど黒い渦で飲み込んだ衝撃波がアーサーめがけて出現する。
「何!?」
「どちらも、アーリアの力無しじゃ再現できなかった魔族の魔法だ。たとえ自分より強い力でも、それを自分のものとして戦う。お前の馬鹿にした魔の力だ」
「・・・・・この程度で図に乗るな」
分散した八つの衝撃波がアーサーに直撃する。・・・・・どうだ?
「・・・・・小賢しい。所詮は弱者の足掻きにすぎぬ」
「無傷かよ」
『やはり簡単にはいかないか。相変わらず化け物ね、アーサー』
「・・・・・貴様には言われたくないな。かつて、神子になれず魔に堕ちた貴様にはな」
「え?」
神子になれなかった?アーミラがか?
『・・・・・あなたが現れなければ、私は神子としてくだらない人生を送っていたでしょうね。でも、今はそれでよかったと思っている。神に捧げる一生なんて、何の価値もないもの』
「アヴァロン様への侮辱は許さん。裏切り者は、一人残さず殲滅する」
『カムラ。あいつは間違いなく人類最強の男。まともにやりあっても勝ち目はない。でも、あなたにも、彼に勝てる最大の武器がある』
「ああ。感じるよ。“そろそろ”だ」
「?」
「さあ、もっとやるぞアーミラ!魔力解放!」
魔剣にこもるアーミラの魔力を、自分の体に流し込む。異物の流れ込む感覚に痛みも伴うが、それ以上に自分の力が跳ね上がるのがわかる。
『代々、魔の王に宿る”黒の器”。あなたに託すわ!』
「ぐっ・・・・これが、魔王の力・・・・・」
胸の奥が焼けるような感覚が、次第に強くなっていくのを感じる。
『無理に制御しなくていい。受け入れなさい』
「受け入れる?」
襲い来る感覚に抗うのをやめ、力を抜く。すると、次第にその力は体中に浸透していく。力が、全身に流れていく。
「何をしようとしているか知らないが、動かぬなら殺すまで」
『馬鹿ねアーサー。あなたは、カムラを甘く見すぎよ』
「何?」
斬りかかってくるアーサーの剣を正面から掴む。痛みはない。手首から先は、黒い鎧のようなものが覆っているからだ。
手だけではない。背中からは翼が、顔の一部は蒼白い鱗のようなものが。少しだが、人ならざるものに変化しているのがわかる。
『安心しなさい。力を使い果たせば元に戻るから』
「別にこのままでもいいさ。今、戦う力さえ手に入るのならな!」
「図に、乗るなぁ!」
アーサーが先ほど衝撃波を放った剣を、そのまま俺にぶつけてくる。さすがにこれは手で止めることは出来ないので、地面を蹴り翼で飛んで避ける。
「ちぃ!ちょこまかと!」
「アーサー。あんたは何故そこまで神に執着する?自由に、自分のしたいように生きたいとは思わないのか?」
「自由?そんなものがあるから、人は争い滅びるのだ。歴史の中で、何度戦争が起こり、国が滅びてきたと思っている。人間には、絶対の統制が必要。神の支配が必要なのだ!」
「そのためなら、人間の意志が踏みにじられてもいいと?」
「ああ。人の意志など、平和と繁栄に比べたら不要なもの。絶対的な神の統治の先に、人類は完全なる平和を手に入れる。これほど素晴らしいことはない!」
本当に狂ってる。いや、これも、アーサーなりに人の平和を考えた結果なのか。
「でも、俺はそれを認めない。俺たちは、自由に生きるんだ!」
「それは無理だ。貴様は、ここで死ぬのだからな」
「さて、それはどうだろうね?」
「なっ!?」
アーサーの周りに、何枚もの紙が舞う。
「言の葉、火炎!」
紙は赤く光り、アーサーを大火が襲う。
「ぐっ!」
「ライ!来てくれたんだな!」
術の主はライだった。全身泥だらけで、雨の中走ってきてくれたことがわかる。
「カムラ、今は逃げるぞ!」
「ああ、行こう!」
入口へ繋がる道に駆け込む。
「逃げす、ものかぁ!」
しかし、アーサーは早くも炎の中から抜け出し、先ほどよりも強い衝撃波を放ってくる。まずい、この狭い一本道じゃ逃げ場がない・・・・・。
「イル・イージス!」
「あ、アマネ!?」
「不安だったので、セレスちゃんはジークさんに任せて来てしまいました。私が守ります。早く外へ!」
「助かる。ありがとう!」
三人で外で抜け出す。外は雨が降り注ぎ、まさに嵐といった状況だった。
「今は好都合だな」
洞窟入り口に、広範囲の炎を放ち、雨との蒸気で霧を発生させる。さらに洞窟内の道の岩を隆起させ、道を塞ぐ。
「これで奴を振り切れるはずだ。早くセレスのところに!」
嵐の中をひたすら走る。いつの間にか、変容していた腕や背中の羽は消えていた。
「頼む。無事でいてくれよ・・・・・」
遠くで何度も雷が落ちる。それは思わず目を背けたくなるほど強く光る。その光は、まるで先ほど戦ったアーサーのようだった。
川沿いを下った先にあるもう一つの洞窟。その内部で、ジークがセレスの止血をしていた。
「ジーク。セレスは大丈夫なのか?」
「出血がひどい。あと、まともに治療できる奴がいねぇから、このままじゃまずいぞ」
既に、セレスは意識を失っている。その左腕の傷は、すぐにでも専門医に治療させなければ危険なのは明白。
「俺は魔法をろくに使えない」
「私も、回復魔法は・・・・・」
「・・・・・見せて」
そういってセレスの横に座り込んだのはライだった。
「針と糸。あとハサミを誰か持っていないか?」
「あ、それなら持ってます。ちょっと待ってください」
「ライ。お前もしかして・・・・・」
「昔、医療の知識を叩き込まれたことがあってね。・・・・・一生役立てる気は無かったんだけど、この状況じゃ僕がやるしかないだろう。最低限の処置だけして、僕の知る医者の所に連れていく」
「・・・・・頼む」
「よし、これで傷は塞いだ。・・・・ジーク、君が一番知名度が低い。この子を運ぶのを手伝ってくれ」
「ああ、わかった」
「カムラとアマネは、悪い意味で有名人だからね。街には来ない方がいい。ここで待っていてくれ」
「わかった。セレスを任せたぞ、二人とも」
雨の中、洞窟を出ていく二人。残された俺たちは、ただただセレスの無事を祈って待つしかなかった。
「そういえば、さっきはありがとうな。アマネの防壁が無かったら、俺はとっくに死んでたよ」
「いえ、そんなことは。私がもっと早く防壁を展開できていれば、セレスちゃんを守れたんです。私は、やっぱり役立たずです・・・・・」
膝を抱えて縮こまるアマネ。今の言い方からすると・・・・・。
「もしかして、過去にも似たようなことが?」
「・・・・・はい。弟がいたんです。私と同じで、魔の力を秘めて生まれた、弟が。弟は私より優秀で、子供のころから闇魔法が使えたんです。でも、そのせいで村を追われることになった。ずっと、二人で逃げていたんです」
視線をあげ、どこか遠い場所を見つめているアマネ。
「森で食べ物を取って二人で分けて。どうしようもなくなったら街で働いて。辛かったけど、二人でいたから楽しかった。でも、村から依頼を受けた傭兵が、ある日弟を捕まえて。さすがの弟も、十人以上の傭兵集団には歯が立たず、私を逃がすために最後まで奮闘して。・・・・・その時の怒りや悔しさから、私の魔の力は覚醒したんです。さっきのイル・イージスも、その時自分の身を守るために使えるようになりました」
「聞いちゃいけないことなんだろうけど、弟さんは?」
「後でその場所に戻ったときには、血の染み込んだ地面があるだけで、傭兵団も弟もいませんでした。きっと、殺されて・・・・・」
「アマネ・・・・・」
「私は、いつも間に合わない。もっと早く闇魔法を使いこなせるようになれば弟を助けることが出来たかもしれない。もっと私が優秀なら、セレスちゃんを守れたかもしれない。・・・・・私は、いつも目の前で守りたいものを失ってしまう。それが、辛いんです」
再び縮こまり、涙を流すアマネ。声を押し殺しているが、その震えから彼女の悲しみは見て取れる。
「無理して抱え込むなよ、アマネ。君がいたから、俺はこうして生きているんだ。・・・・・セレスだって、きっと大丈夫」
「でもっ、セレスちゃん、あんなにひどい傷で・・・・・」
「大丈夫さ。庇ってもらった俺が言えたことじゃないけど、あいつはあの程度じゃ絶対死なない。アマネが思っている以上に、セレスは強いからさ」
確かに、並みの人間であればまず助からないだろう。でも、セレスなら。
この前セレスから本心を聞いた時、彼女から感じた強い意志は、そう簡単に折れるものじゃなかった。きっと、無事に戻ってくる。
「そういえば、カムラさんは何で神を殺したいんですか?詳しい理由を聞いてなかったので、せっかくなので聞きたいです」
「んー・・・・・。最初は、とにかく裏切られたのが許せなかったのと、自由な世界を手に入れたいってのが大きかったな」
「最初はってことは、今は違うんですか?」
「まぁね」
まあ、ある意味では最初と同じなのだけど。
「俺さ、勇者だって囃し立てられてたせいで、自分に分不相応な理想を描いていたみたいなんだ。世界に自由をとか、仮初めの平和を壊すとか。そんなの、俺が抱くような理想じゃない。だから、せめて手の届くところにいる仲間だけでも守りたいんだ。こんな旅はさっさと終えて、みんなで笑って過ごせればいい。そう思ってる」
「カムラさん・・・・・」
「今の俺は、セレスに守ってもらわなきゃ、みんなに助けてもらわなきゃいけないくらい弱い。でも、それは俺が唯一アーサーに勝てるところでもある。孤独なあいつにはない、俺だけの武器。だから、そんなみんなだけは、絶対に守りたいんだ。いや、守らなきゃいけない」
「持ちつ持たれつ、ってことですか」
「ああ。絶対的な支配構造。縦に連なる世界に対して、俺たちは信頼関係という横の繋がりで戦いたい」
「私なんかが、そんな繋がりの中にいていいのでしょうか・・・・・。きっと、この先も迷惑をおかけしますよ?」
「関係ないさ。どちらにせよ、世界全てが俺たちの敵だ。どれだけの敵が向かってきても、誰のせいとか、そういうのはどうでもいい。だって、結局戦うしかないんだからさ」
だから、今は待とう。共に戦ってくれる、仲間の帰還を。
雨が上がり、二日が経った。その日の朝は、遠くでなった轟音から始まった。
「な、何だ!?」
「遠くで、爆発でしょうか?すごい音がしましたけど」
念のため外の様子を見ようと二人で外に出ようとする。その入り口には、待ちわびた人物がフラフラとしながら立っていた。
「・・・・・翠華の討伐に、サーバーライト軍が動き出した。行くなら、混乱状態にある今しかない」
「セレス!無事だったか!」
「まったく、酷い男ね。これが無事に見える?」
抑えていた左腕を見せるセレス。そこには生々しい傷が残っていた。
「まだ寝てろと言ったんだが、翠華に隙が出来る今しかないと聞かなくてな」
「でも、僕もセレスに賛成だよ。今なら、二大勢力の抗争の隙に抜けられる」
確かに、厄介な翠華と軍がやりあってくれるなら、俺たちとしては大助かりだ。ただ不安なのは・・・・・。
「セレス。まともに動けるようには見えないんだが?」
「・・・・・ついていくわ。最悪、置いていっても構わないわよ」
「・・・・・ったく」
怪我させちまったのは俺の責任だしな。俺が連れて行くのが筋ってもんか。
「ちょっ!カムラ、何するのよ!」
「何って、抱え上げたんだけど」
「それはわかるわよ!いいから降ろしなさい!」
「やだよ。降ろしたら遅いじゃんお前」
「だから、置いていけばいいって言ってるでしょ!」
「やだ」
「はぁ!?」
「俺は誰も置いていく気は無い。お前がここに意地でも残ると言うのなら、首輪繋いででも引っ張っていく」
「うわ、変態」
「何とでも言え。とにかく、ここにいる仲間を誰一人置いていく気は無い。お前らも覚えとけ」
俺とセレスの光景を眺める3人にも声をかける。皆、笑っていた。
「心配すんな。俺はむしろついてくるなと言われないか心配なくらいだ」
「行く当てなんてないですし、私はずっと皆さんについて行きます」
「君について行く以上に面白いネタはどこにもないさ。止められたって勝手について行くさ」
「言ったなお前ら。絶対に、神を殺すまでついて来いよ」
互いの意思確認は終わった。今はただ進むしかない。
「よし、地下坑道へ向かうぞ!」
「だ・か・ら!私を降ろしなさい!」