受難曲
「勇者よ、よくぞ帰った!お主の活躍のおかげで、この世界の平和は約束されたも同然!」
「もったいなきお言葉。王よ、私は天啓に従い魔王を討っただけ。当然のことをしたまでです」
「まったく謙遜するでない。何か褒美をやらねばな。何が欲しい?」
「私が望むものはこの世界の平和だけ。それが叶った今、望むものなどありません」
「それでは余の面目が立たぬではないか。望むものがあればいつでも言うがよいぞ」
国王への挨拶を終え城を出る。駆け足で城下町を駆け抜け、下町の聖堂院へ向かう。
「みんな、ただいま!」
「あ、カムラにーちゃんだ!」
「まおーたおしたんでしょ!すごい!」
「おかえりなさい、カムラ。4年前旅立った時に比べて、ずいぶん頼もしくなったわね」
この聖堂院は孤児院としての活動もしており、生まれてすぐに両親が病死した俺もここで育った。4年前、神のお告げだとこの聖堂院に国王が訪れ俺は魔王討伐の旅に出た。
俺が聖堂院に戻ると、子供たちが駆け寄ってきた。それを、ここでシスターをしているミランダさんも笑顔で眺めている。
「カムラ、もう戦いは終わったの?」
「ああ。魔王は倒した。もう俺が戦う必要もないだろう。これからは、ここでみんなと暮らすことにするよ」
「本当にお疲れ様。かつて魔王討伐には何千もの兵が犠牲になったというわ。4年間、旅立ったあなたが帰ってこなかったらと何度不安になったか・・・・・」
「こうして帰って来たんだ。そういう話は無しにしようぜ」
「そうね。無事にカムラが帰って来たのだもの。今夜はみんなでパーティーに・・・・・」
「カムラ殿、いらっしゃいますか?」
盛り上がる聖堂院の扉を、唐突に一人の兵士が開く。
「あ、カムラ殿。国王様から伝令を受けて参りました」
「国王には先ほど挨拶に伺ったが、まだ何か?」
「はい。今宵、隣国の王がこの国に到着されるそうで、魔王討伐の祝賀会を城でおこないことになりました。国王様は、勇者様もどうかご参列いただきたいと」
「今夜か・・・・」
「行ってきなさい、カムラ。ここでのパーティーはいつでもできるもの。あなたは今やこの国の英雄なのだから、あなた無しでは面目が立たないでしょう?」
「・・・・・ありがとう、ミランダさん。悪いな、みんな。パーティーはまた明日だ」
パーティーは思いのほか盛大なものだった。隣国の王だけでなく各国の名だたる人物が集まっている。
そんな人たちがいつまでも話しかけてくるため、居心地の悪さを覚えベランダに出た時だった。城下町にある大きな時計塔の頂点。そこからこちらを見ている少女が目に留まった。長い黒髪をたなびかせ、赤い眼が光ったように見えた。
何しているんだ、あんなところで。
「どうかしましたか、勇者殿」
「ああ、ギル。お前もいたのか」
「国に帰る前にと、国王に止められましてね。ミサのやつも、向こうで酒を侍らせてますよ」
ギルとミサ。魔王討伐の旅に出た僕の護衛としてつけられた護衛。二人とも五大国に数えられる国の中でも実力者で、背中を預けることができるほど信用できる人物だ。
「いや、あの時計塔にさ。小さい女の子が・・・・・」
「時計塔?・・・・・いや、人がいるようには見えませんが」
「よく見てみろ・・・・・って、あれ?」
ギルの言う通り、少女は忽然と姿を消していた。
「あんなところに、子供が、ましてや少女が昇れるわけがないでしょう。見張りの兵士もいるはずです」
「だよ、な。・・・・ははっ、疲れてるのかな俺」
「あなたの旅は、常人には耐えがたい苦痛のような日々だったはずです。しばらく、羽を伸ばしたらどうです?」
「そうだな。しばらくしたら、今度は世界観光の旅にでも出てみるかな」
「あー・・・・・、くそっ。あのジジイども。酒に強すぎだろ・・・・・」
あの後、貴族の老人たちに酒を勧められ、長いことそれに付き合わされた。おかげで頭がくらくらする。
「そういえば、隣国の王に挨拶してなかったな。・・・・・たぶん、王座の間の近くの客室だよな」
ふらつく足に鞭を打って上層階に向かう。予想通り、そこには隣国の王の客室となっていた。
近づいて見ると、中から話し声が聞こえる。
「いやー、やりましたな。これで人の世は安泰ですぞ」
「何もかも、あの勇者のお陰だ」
俺の話か。話し相手は国王様みたいだな。
「それにしても、運がいいですなあなたは。いったい、どこから拾って来たんです?」
「別に、大したことはない。若き勇者となるものを仕立て上げただけのこと」
「4年前の神のお告げ。若き勇者が魔のものを討つだろうというあのお告げを聞いた後は、どの国でも勇者探しに躍起になった。まったく、汚いですぞ」
「神は若き勇者が魔のものを討つと言っただけ。であれば、我が国に従順な、魔のものを討つ若き勇者を作り上げればいい。何も間違ってはいないさ」
「お主も悪いのぉ」
・・・・・・・・・・・・・・・・。
いったい、何の話だ?
若き勇者を、作り上げる?何を言って・・・・・。
「あの者は、自分が勇者であると信じ込んでおる。思いもしないだろうな。自分が勇者ではないただの人間で、本来歩むはずもない地獄の道を歩まされていたなどと」
「あの勇者、今後はどうするのです?」
「魔族の残党狩りでもさせればよかろう。それが終われば、あんな小僧用なしだ」
・・・・・・・・・・・。
俺の中で、何かが音を立てて崩れ落ちていくような気がした。
目の前が真っ暗になる。今の会話の内容が理解できない。いや、理解したくない。理解したら、俺を保てなくなるような気がした。
「・・・・・ゃ・・の。勇者殿!」
「っ!・・・・・ギルか」
「今、我が国の国王が、そちらの王と食事をしています。何か用があるならお聞きしますよ」
そうだ、ギルは隣国の出身だ。もし隣国の王も先ほどの話通り勇者探しに躍起になり、そして俺が現れたせいでそれを諦めたとしたら。
神に少しでも媚びを売るために、何かしら勇者に協力するのではないか?だとしたら・・・・・。
「なあ、ギル」
「どうしました?暗い顔されて」
「俺たちさ、仲間だよな」
「当たり前ではないですか。僕らはともに、死線を潜り抜けた仲間でしょう?」
ギルは確か、殺された両親の敵を討つために俺に同行していた。
「・・・・・お前、本当に魔族に家族を殺されたのか?」
「その話は何度もしたでしょう?幼いころ、僕の両親は魔族に・・・・・」
「なあ、ギル。家族がいないってさ、本当に辛いんだぜ?一番身近にいるはずの、頼れる人がいない。それをさ、そんな淡々と話せるってどうなんだ?」
「っ!?・・・・・勇者殿、あなたまさか」
ギルが腰に携えた剣を即座に抜き僕に向ける。
「知ってしまわれたのですね。勇者の秘密を」
「じゃあ、やっぱりあの話は本当なのか!?僕は、勇者なんかじゃないのか!?」
「うるさいぞ、お前ら・・・・・。ギル、これは何の騒ぎじゃ?」
中から僕らに気付いた王たちが出てくる。
「勇者殿は、自分の秘密を知ってしまったようだ。どうしますか?」
「どうもこうもあるか。これは最重要機密。絶対に知られてはならない事実だ。カムラ、貴様をこの城から出すわけにはいかぬ!捕らえよ!」
「・・・・・そんな」
階下から、大勢の兵士がかけ寄せてくる。まずい、武器がないこの状況では太刀打ちできない。
「おとなしく捕まれば命までは捕らぬ。さあ、こっちへ来い」
そんな、どうしてこんなことに・・・・・。
ふいに脳裏に浮かんだのは、先日魔王が放った言葉。
『生まれながらに使命を背負わされたあなたが可哀想だと言ったのよ。私を殺したいのは、あなたの意志ではないのでしょう?』
違うと、そう思っていた。俺は勇者なのだから、人々のために魔王を討つのは当たり前にことだと。
『そう。なら、自分で確かめてみなさい。本当にそれがあなたの望みなら、この先の未来にあなたの幸せがある。それを確かめてみるといいわ!』
確かめた結果がこれだ。蓋の中には、最悪の事実が隠されていた。その蓋を、自分で開いてしまった。
ふと、王座の間の正面に飾られた剣が目に留まった。それは石で出来た飾り物の剣。確か、古の時代に力を封印された魔剣と言っていたか。
「・・・・・上等だよ」
魔剣を振るう勇者か。いや、実際には勇者ですらなかったのだが。
『この先の世で、お前がどう生きるのか。楽しみにしているわ』
「裏切ったのは、お前たちだ。もう、お前たちの意志になど従うものか!後悔させてやるよ。俺の意志に、応えろ!」
魔剣にありったけの魔力を込める。すると、石の剣は次第にひび割れ、強い闇を放って砕ける。
そこから現れたのは、黒い光を流す魔の剣。その力は聖剣にも匹敵するほどだ。
『・・・・・聞こえるかしら』
「この声、まさか・・・・・」
『今は状況が悪い。ひとまずここを脱しなさい』
魔剣からだろうか。聞き覚えのある声がする。この声はおそらく・・・・・。
「捕らえろ!所詮はガキ一人だ!」
「そこを、どけぇ!」
魔剣を振るうと、地面から爪のような斬撃は発生した。これなら、一気に敵を薙ぎ払える。
「逃がすか!」
「ギル。悪いけどお前に負けるほど、俺は生半可な訓練はしていない。怪我したくなかったら下がってろ」
「アンタを逃すわけにはいかないんでね。力ずくでもっ!」
「・・・・・前から言っていたはずだ。目の前の敵に目が行きすぎるのがお前の悪いところだと」
「何!?」
ギルの足元に氷を発生させ足を止める。どうやら、魔剣は聖剣同様魔法の触媒になるらしい。
「全員ここで止まってもらう。さあ、凍れ!」
魔剣を地面に突き刺すと、俺を中心に地面に氷が張り、周辺の兵士の足を凍らせる。全員の動きが止まった隙に、階段を駆け下りる。
城を裏から抜け出し、何とか城下町まで逃げることができた。裏路地に駆け込み息を整える。
「このまま孤児院に戻るわけにもいかないよな。・・・・・街を出るしかないか」
だが、ここを出てどうする?あの様子では、五大国すべてが神の天啓に従って勇者を仕立て上げることに協力したと考えていい。ならば、俺はどこに逃げても意味がないのではないだろうか。
「勇者は城下に逃げた!まだ外には出ていないはずだ!」
「っ!もう追手が・・・・・」
多少疲れは残るが、この程度先日までの旅に比べればなんてことはない。兵士に見つかる前に、裏路地を利用して逃げなければ。
「うわぁぁぁぁぁぁ!やめてくれ!死にたくない!」
な、何だ!?少し先で男の悲鳴が聞こえた。この路地は確か一本道だから進むしかないのだが。
息を殺して声のした方を覗き込む。そこにいたのは、壁に背を預け正面の何かに怯える貴族風の男。
そしてその正面には、両手にナイフを持ち服を血に染めた少女。
あの子、さっき時計台にいた子か?
「待ってくれ、金ならいくらでも払う!他にも、欲しいものがあるなら何でもやろう!」
「そう。じゃあ、ひとつだけ欲しいものがある」
「な、何だ?言ってみろ」
「お前の命」
「え?ひっ・・・・う、うぁ・・・・・」
男の断末魔すら上げさせず、少女は男を斬り殺した。
「これで、終わり。・・・・・やったよ、お母さん。これで私の復讐は終わ・・・っ!そこにいるのは誰!?」
気づかれたか!?くそっ、こんな時に・・・・・。
だが、今この道を引き返せば大通りに出て見つかるに決まっている。仕方ない。敵意がないことを示して、隙を見て駆け抜けよう。
「・・・・・あなた、どこかで見たことがある。っ、あなたもしかして」
「?」
「・・・・・まあ、いい。それで?殺人の現場に居合わせてしまったあなたはどうするのかしら。私を捕らえる?それとも、兵士を呼んでくる?」
「いや、今そんなことしている暇がなくてさ。君のことが気にならないわけじゃないんだけど、今は・・・・・」
少女はとても不思議そうな表情でこちらを見る。
当然か。殺人現場に居合わせた人間がそれを見逃そうとしているのだから。
「裏路地も探せ!勇者を絶対に逃がすな!」
「げっ!もう来やがった・・・・・」
「追われてるの?」
「あ、ああ。そういうわけだから・・・・・」
「こっち。ついてきて」
「え?」
少女はついてこいと促し路地を駆けていく。どちらにせよ進まないわけにはいかないので後を追うことにした。
「ここ。入って」
「これって、ごみの収集器だよな?」
「追われているんでしょう?捕まりたくなければ早く入って」
・・・・・路地を抜けた先にも兵士の気配がする。最悪、ここに隠れるのも手か。
中は人が数人は入れるくらいの空間になっていて、俺が入った後に少女も入ってくる。
「静かにしていて」
そういうと少女は床を叩き始める。三回、一回、二回、三回。一定の間をおいて床を叩くと、下の方から何か音が聞こえた。
「床が抜ける。そこそこ落ちるからしっかり受け身を取らないと骨が折れるわよ」
「えっ?って、うわぁ!」
少女の言う通り、本当に床が抜けた。そこから垂直に落とされる。
「あ、あぶねぇ・・・・・」
「いきなりあそこから落ちて無事でいられるなんて・・・・・あなたやっぱり」
相変わらず不思議そうな表情でこちらを見る少女。そんなことより石畳に打ち付けられ、さすがに背中が痛い。
「ここは?」
あたりを見渡すと、暗い地下空間に多くの人がいるのがわかる。だが、城下とは違い、皆服はボロボロで瘦せ細っている。
「ここはごみ溜め。いわゆるスラム街よ」
「この国に、こんな場所があったなんて・・・・・」
「地上の人間が資源を独占するために、金も地位もないものはここへ落される。私の家もここにある。ついてきて」
そこは小さな少女が住むにはあまりに荒んだ家だった。一応家としての外観はあるものの、家を形作る木々はボロボロ。中には壊れかけのテーブルに椅子。固そうな木のベッド。とても十代の少女が住むところには見えない。
「ぼろくてごめんなさい。私一人で住むにはこれで十分なの」
「ああ、いや。お構いなく。君のお陰で逃げ切れたわけだし」
「あの場を見逃してくれたお礼よ。ああ、自己紹介がまだだったわね。私はセレス。よろしくね、勇者様」
「やっぱり気づいてたんだ。でも、俺がそう呼ばれることは二度とないからさ。カムラでいい」
「・・・・・訳ありみたいね。カムラ、何があったの?」
「なるほど。この国王のやりそうなことね」
「それで勢いで逃げ出しちゃってさ。・・・・・その、セレスは何をしていたんだ?」
「何って、カムラも見たでしょう?あの貴族の男を殺した。それだけよ」
「それだけって・・・・・。いったい何で・・・・・」
「復讐のため。ここにいる連中は、みんな貴族の連中に少なからず恨みがある。私は、それが人一倍強かっただけ。・・・・・さっきの男。私の父親なの。母さんは娼婦で、私を産むとともに周りからの圧力に耐えきれず私を連れてここへ逃げた。ただ、あの男はそれが許せず母さんを殺した。だから、同じ目に遭わせてやっただけのこと」
少女は、とても淡々と語る。さも、それが当然であるかのように。
「別に、自分が正しいだなんて言うつもりはないわ。もしあの場に現れたのがカムラじゃなくただの兵士で、私を捕まえるというのなら抵抗する気は無かった」
「でも、俺の逃走に協力した理由はなんだ?別に、俺を連れてくる必要もないだろう?」
「まあ、理由はいろいろあるのだけど・・・・・。ひとつは、あまりにあなたが追い詰められた表情をしていたからかしら」
俺が、追い詰められているだって?
「信じていた国に、仲間に、全てに裏切られたってことなら、あなたのその表情にも納得だけどね。・・・・・まさか、自分で気づいてなかったの?」
「・・・・・わからない」
「まあ、いいわ。それで、これからどうするつもりなの?」
「ひとまず、この国を出て他国に逃げるつもりだ。急げば、まだこの事態を知らない国に隠れられるはず・・・・・」
「あなた馬鹿なの?そんなことしても、遠くない未来に見つかるに決まっているでしょう?そしたらどうするの?」
見つかったら・・・・・俺はどうすればいいのだろう。
また、戦うのか?俺が捕まるまで、追ってくる兵士すべてを殺して逃げ続けるのか?
「呆れた。何も考えてないのね」
「・・・・・すまん」
「今のあなたを外に出しても、あまりいい未来が想像できないわ。・・・・・仕方ない」
「?」
「私も、今や追われる身よ。スラム街のみんなに迷惑をかけないために、ここを出なければならないわ。だからさ」
「しばらく、一緒に逃げましょう?」
「ひとまず移動手段ね。カムラ、あなた馬とか乗れるかしら?」
「ああ。旅で何度か乗ったから大丈夫だと思うぞ」
「じゃあ、街の入り口をうろついている旅商人から馬を一匹奪うわよ。どうせ騒ぎでばれるから、奪ったらそのままこの国を出る。あなたは隠れて、上手くいったら馬を捕まえて。私もそれに飛び乗るから」
セレスは15歳らしいが、とても落ち着いていて頭の切れる少女だった。
「あれ、よさそうね。私が馬を繋ぐ縄を切るわ」
「わかった。気をつけろよ」
「ご心配どうも」
セレスが物陰に隠れて隙を伺っている。その姿はとてもじゃないが15歳の少女とは思えない。
魔王を殺した俺の言えたことじゃないが、彼女は殺人犯だ。普通に考えれば、彼女と行動を共にするなんてどうかしている。
「・・・・・これから、どうするか」
一生逃亡生活を続けるわけにもいかない。いつか、どうにかして決着をつけなければいけない。でも・・・・・何をもって決着なんだ?俺を騙した国王を討つ?それとも、もっと多く、俺を騙した全ての人々を?
「カムラ、早く!」
「っ!わ、悪い!」
俺が考えているうちに、セレスは馬を解放していた。慌てて馬に飛び乗り手綱を掴む。
「まったく、お互い今は追われる身なんだから、ぼさっとしないでよ」
「ごめん。気をつける」
「ひとまず、このまま正面突破よ。大門を抜けてこの国を出る」
馬を操り中央街を駆け抜ける。当然兵士に気付かれたが、馬の速度に追いつけるわけもない。あっという間に大門前に出た。
もうすぐで門を抜ける。その時に正面に現れたのはギルだった。
「止まれ!裏切り者カムラ!」
「ギル・・・・・。悪いけど、そこをどいてくれ」
「それは出来ない。だがカムラ、お前の王は寛大だ。お前と共にいるその少女を引き渡せば、お前が事実を知ったことを許すと言っている。さあ、戻ってこいカムラ」
「馬鹿か」
「なっ!」
魔剣を振り上げギルに向けて雷を落とす。当然、周囲には大勢の国民がいるため場は騒然とする。
「・・・・・お前が俺のことを勇者殿と呼んでくれない時点で、もうお前のことは信用できないよ、ギル。“カムラ”とお前には、信頼も何もないのだから」
「っ!?」
「いいかよく聞け!俺はカムラ!作り物の勇者じゃない!一人の人間のカムラだ!」
魔剣を振るい、集まってきた兵士を薙ぎ払って進む。無事、門を抜けることに成功した。
「いいの?彼、仲間だったんでしょ?」
「いいさ。もう、俺とあいつの進む道は同じじゃない」
「そう。・・・・・まずは西方にあるアスピレイト王国に向かいましょう。あそこは小さな村や街の集合国家。その分、大国より情報の伝達が遅いはず」
「オッケー。しっかり捕まってろよ!」
広大な大地を馬で走る。魔王討伐の目的に囚われていた時は気づかなかったけど、世界ってこんなに広いんだな。
この先に、俺が幸せになれる未来が、あるのかな・・・・・。今は、進むしかないか。
カラス新聞 号外
王都にて勇者の反逆!?真相はいかに!
大国グランドにて、勇者カムラが殺人犯の少女を連れて逃走するという事件が起きた。魔王討伐の仲間であるストレンジアの騎士ギルを攻撃したことから、勇者の反逆として国王は勇者カムラを指名手配した。
しかし、大門での勇者の発言から、まったく別の線も考えられる。国王による圧政からも、その信用性は薄いと思われる。勇者が逃走した理由。それを明らかとするために私、記者ライは、今後の勇者の動向を追い、真実を皆様にお届けいたします。
「ひとまず、振り切ったみたいだな」
「ええ。このまま馬でアスピレイトまで抜けましょう。今ならまだ忍び込めるわ」
「今更だけどさ、なんで俺についてくるんだ?別に、俺についてきても追手が増えるだけじゃないのか?」
「本当はあのまま捕まるつもりだったけど、考えが変わったのよ。・・・・・もう一つの目標も、やはり果たさなきゃいけないって思ったのよ」
「もう一つの目的?」
「・・・・・私は、この世界の神を殺す。いや、殺さなきゃいけない」
・・・・・え?
「ちょっと待て。神って、創造主アヴァロンの事か!?」
「この世界に、他に神なんていないでしょう。あなただって、神に恨みはあるんじゃない?」
「あ・・・・・」
そうだ、国王は言っていた。俺は、神の予言通りに魔王を倒すために作り上げられた勇者なのだと。
「いくら神だろうと、予言なんて出来るわけがない。自分に都合のいい世界を創るために、人間を、・・・・あなたを利用したのよ。まあ、もし仮に予知能力なんてものを持っているのなら、それはそれで殺す理由になるのだけど」
「どういうことだ?」
「今の人間は、あまりに神に依存している。神の言ったことは天啓として必ず実現しようとするほどにね。その結果、あなたのような理不尽な境遇に置かれる人間が出てくる。・・・・・神が何者かは知らないけど、そんなことは許せない。人間には、自分の意志で自由に生きる権利があるはずだもの」
「いや、でも神のやることがそこまで酷いなら、人間だってさすがに反旗を翻すだろう?それがないのは、今の世界が平和な証拠なんじゃ・・・・・」
話の大きさに困惑する僕の意見を聞いたセレスは、後ろでしがみつきながらため息を吐いた。
「あなたは、人間が食事を摂ることに疑問を持つ?起きること、歩くこと、寝ること。そんな当たり前のことに疑問を持つの?」
「いや、持たないけど・・・・・。それとこれと何の関係があるんだよ」
「同じなのよ。今の人間にとって、神が絶対の存在だということは、人として当たり前の行為と変わらない。そういうものだと思い込んでいる」
「っ!?」
「だから、神の異常性に気付ける人間はいなかった。上手く行っている人間は当然神を崇めるし、落ちた人間も、それが神の意思ならと受け入れてしまう。・・・・・あなただって、あのまま逃げ続けていたらそうなっていたわ」
確かに、改めて考えてみれば異常だ。神が言ったからという理由で魔王を殺すことを決意した。それに、俺自身何の疑問も持たなかったのだから。
「でも、今は君の話を聞いてその異常性に気付けている。俺のように神に裏切られて、それに気づく人間もいるんじゃないのか?」
「いるかもしれないけど、あなたと私の場合は特殊よ。“ある人物”のお陰で、それに気づけたのだから」
「ある人物?誰だよ、それ」
「・・・・・何だ、まだ知らないのね。あなたの魔剣にも宿っていると聞いたけど」
俺の魔剣に?そういえば、城で魔剣を手に取ったとき声が聞こえたな。・・・・・そうだ、あの声は!
『ようやく気付いたみたいね』
魔剣が黒く輝くと、あの時城で聞いた声が再び聞こえる。魔剣から魔力があふれ出したかと思うと、その魔力はすぐに人型を造った。そして、それは馬で走る俺たちの横を漂う。
「お前は・・・・・魔王アーミラ!?なぜお前が生きている!?」
「落ち着いてカムラ。彼女は味方よ」
「味方・・・・・!?」
いや、味方かどうかなんて関係ない。この女は確かに俺が殺したはずだ。
「アーミラ。今はその剣に入ってるの?」
『いいえ。彼に語りかけたのは、彼が私を殺したときに混ざったごくわずかな魔力の残骸。今もあなたと共にいるから安心しなさい』
「そう・・・・・」
「あなたと共にって、どういうことだ?」
「アーミラは、今は私の中に眠っている。正確に言えば、私の魔力にアーミラの魔力が混ざっている」
『あなたが殺したのは、セレスを通して私が操っていたただの体よ。勇者に殺される日も遠くないと思って、セレスに私の器になってもらったのよ』
俺に殺されるのを、アーミラは予期していたっていうのか・・・・・。それにしても器って何だ?
「一年前、あなたが魔王を殺すことが現実味を帯びてきた頃。私のお母さんは、あの男の従者に殺された。行く当てもなかった私は、スラムの端でひたすらあの男を恨むしかなかった。そんな時、アーミラが私のところに来たのよ」
『魔力には、人間の感情に反応してその性質を変える特性がある。私は、神を信奉する純度の高い白い魔力を宿さない人間を以前から探していたの。人間の国を漂っている時、一人の少女の魔力が黒く濁ったのを感じた。彼女は適任だったわ』
「適任?」
『彼女の真っ黒な底なしの魔力に、神を殺すための反逆者となる兆しを見たわ。でも、それ以上に適性のある人間を見つけてしまった』
まさか、それって・・・・・。
「あなたよ、カムラ。あなたを気に入ったアーミラは、どうにかしてあなたをこちらに引き入れたかった。だから、彼女は肉体を捨て自分の死を演じたのよ」
「・・・・・ずいぶんあっさり死んだと思ったけど、そういうことか」
アーミラは突然真面目な表情になり、こちらに頭を下げてきた。
『私は神が許せない。この世界を自分の都合のいいように作り変えようとしているあいつがね。だから、お願いよ。カムラ、セレス。私に協力してほしい』
「私は別に構わないわ。もう、やることもないしね。あなたはどうする、カムラ」
神を、殺す・・・・・。
この世界における神の存在は、セレスの言ったように絶対的だ。神の言葉が人間の指針であり、来るべき未来だと思っていた。でも、それが人心を操っていただけのことなのだとしたら。人間の意志を無視して、自分の都合を押し付けているだけなのだとしたら。
「俺も、許せない。俺を利用してアーミラを殺させようとした神を、許してなるものか」
『やはりあなたは適任だわ。人間であるあなたにはわからないでしょうけど、今のあなたの魔力は白から黒に転じている。・・・・・でも、不思議ね』
「何がだ?」
『あなたの魔力、確かに黒く転じているのだけど、セレスのような力を感じないのよ。・・・・・まさか』
「どうした?」
『いや、確信を持つまで口にするのはやめておくわ。ひとまず、あなたたちはヘルに向かってちょうだい。あそこへ行けば、私も多少協力できるわ』
何だったのだろう。いや、魔王の考えなどいくら考えたところで俺にわかるはずもないか。
「最短ルートで行きたいところだけど、聖域を通り抜けるのは危険。遠回りになるけど、大陸を一周するしかなさそうね」
「・・・・・また大陸一周の旅か。道案内なら任せてくれ。この前の旅で、世界のほとんどを巡ったからな」
『二人とも、頼りにしているわ。さて、セレスの魔力を使いすぎるのも危険だから、私は一度セレスの中に戻るわ。頑張ってね』
そう言い残して、アーミラは魔力となってセレスの中に戻っていった。
「さて、目的は決まったわね。目指すはヘルの魔王城。追われる身だから一筋縄ではいかないだろうけど、やるしかない。頼りにしてるわ、カムラ」
「ああ。しばらく頼むぜ、セレス」
互いの意思を確認し、アスピレイトへ馬を走らせる。
勇者から一転して逃亡者か。しかも、今度は神を殺すための旅。でも、俺だって許せない。絶対に、神を殺すんだ。今度は、俺自身の意志で。
「さすがカラス。情報が早いわね」
「何それ。新聞?」
「ええ。カラスって呼ばれているライってやつが、不定期で出す新聞よ。王族貴族への遠慮が一切ない客観的な記事だから、結構信用できるのよね。でも、今回ばかりはご遠慮願いたいわ」
「えーっと・・・・私、記者ライは、今度の勇者の動向を追い、真実を皆様にお届けします!?え、こいつにも追われてるってことか俺たち!?」
「下手をすれば、すでにどこかから監視されているかもね」
俺とセレスは、アスピレイトの辺境にあるカースという村の酒場で食事をとっていた。当然服も買って、多少身なりを変えた。よく知る人物でなければ、俺たちだと気づかないだろう。
「私としては、このライを味方に付ければ心強いと思うけど。情報は何よりの武器よ。仕入れることも発信することも得意とする味方は欲しいところね」
「君、本当に15歳だよな・・・・・」
「ええ。特殊な環境で育ったから子供らしさはないでしょうけど、正真正銘15歳の女の子よ」
か、可愛くねぇ・・・・・。孤児院の子供たちとはえらい違いだな。
「さて、今日の宿だけど・・・・・。カムラお金持ってる?」
「あるわけないだろ。こっちはパーティーの後そのまま逃げたんだから」
「じゃあ、ひとまず行動資金を稼がなきゃね」
セレスに連れられてきたのは、やたら造りの立派な大きな建物。
「ここは町役場。基本的にはすべての町や村にあるわ。ここには、周辺住民からの依頼が集まるわ。スラムにいた頃はよく地上に出て出稼ぎしてたの」
「本当に厳しい生活してたんだな」
「ええ。あ、でももっと楽な稼ぎ方もあるわよ」
「楽な稼ぎ方?」
「ちょっと来てみて」
そう言って、セレスは通りの脇にある小さな路地へ入っていく。ここで待ってて、といい路地の奥にたむろする二人の男に近づいていく。
「お兄さん、こんなところで何してるの?」
「おいおい、ここは嬢ちゃんみたいな子供の来るところじゃねぇぜ。さっさとママのとこに帰りな」
「でもぉ、お母さんがお金稼ぐまで帰ってくるなって・・・・・」
そう言ってセレスは上着を脱ぎ始める。え、何やってんのあいつ。
「お、嬢ちゃんそっちの口か。じゃあ、そこらの空き家で」
「バーカ」
「ぐぁ!?」
手を出そうとした男の顎に、セレスは思い切り蹴りを入れた。そのままもう一人の男の腹部にもこぶしを入れて気絶させる。
「まったく。私の綺麗な体に手を出そうなんて、馬鹿な男ね。さて・・・・・、あら。結構持ってるじゃない」
男たちの所持品を漁り、財布と思わしきものを持ってくるセレス。やばい、おっかねぇコイツ。
「ほらね、簡単に稼げたでしょ?」
「もうやるなよ・・・・・」
「割のいい仕事には危険がつきものだけど・・・・・。あら、何かしらこれ」
セレスが依頼の書かれた一枚の紙を眺めている。
依頼内容:盗賊退治
村を占領する盗賊の退治を依頼したい。危険な仕事のため、詳細は直接お話し致します。詳しくはカースの宿203号室までお越しください。
報酬:直接交渉
「これ、いいかもね。直接交渉なら私たちのことも知られにくいしね」
「やばそうな匂いしかしないんだけど。村を占領されたって、相当な規模じゃん・・・・・」
「その程度、元勇者のカムラなら問題ないでしょ。ほら、宿屋に向かうわよ」
「ここね、203号室」
「セレス、君は前からこういう仕事をしてきたのか?」
「ここまで大規模なのは初めてかもね。一人じゃさすがにやらないわね」
小規模ならやるんだな。そんなことを思っていると、既にセレスは扉をノックしていた。
「依頼を見てきた者です。腕に覚えのある人を連れてきたんで、入れてもらえませんか?」
「え、お前戦わないの?」
「あなた馬鹿なの?15歳の女の子が普通戦うわけないでしょ?あなたがやるのよ」
まじかよ・・・・・。急に難易度の上がった仕事に面倒くささを覚えていると、扉が開かれた。
「・・・・・ずいぶん若いな。まあ、とりあえず入ってくれ」
中から顔を出したのは、30後半くらいと思われる男。髭を生やした、どこにでもいそうなおじさんだった。
中に通され、テーブルを挟んで対面で話をする。
「えーと、まさかこちらの少年一人で戦うというわけではないよね?」
「・・・・・俺一人です」
「・・・・・悪いけど、君いくつだい?」
「20ですけど」
「よし、帰れ。未来ある子供を殺す趣味はない」
まあ、そうなるよな・・・・・。
「腕には自信がある。盗賊程度なら問題ないが・・・・・」
「若者は自身の力を過信しがちだ。お前、いったい何に勝ったことがある?」
「えっと・・・・・魔族の大軍2000匹と、魔族の幹部6人。あと魔お・・うぐっ!?」
「馬鹿!」
「?」
セレスに口を塞がれ、息が苦しい。
「なに正直に自分の素性晒してるわけ!?あなた自分の置かれている状況がわかってないの!?」
「あ、そっか。勇者なのばれるとまずいんだった・・・・・・」
実力を疑われ、つい躍起になってしまった。
「彼の実力は本物よ。疑うなら、自分で試したらどうかしら?」
「ほう?俺はこれでも傭兵だぜ?それでもやるか?」
「それで納得してくれるなら」
「いいだろう。街の外に移動しよう」
街の外にある森の奥。そこにある開けた空間で、傭兵の男と対峙する。男は斧を持っている。
「自己紹介が遅れたな。俺はジーク。さっき言った通り傭兵さ」
「俺は・・・・・ルイスだ。今はわけあって無職だけど」
「ルイスね・・・・・。ありふれた名前だな」
男がグッと斧を握りしめる。鍛え上げられたその腕は相当な実力者のように思える。・・・・・でも。
「行くぜっ!」
「悪いけど、単純な力なら魔族の幹部にいた奴の方がよっぽど強かったよ。鋼鉄をも砕くあの力、聖剣で止めるの苦労したなぁ・・・・・」
「少年!避けねぇと怪我するぜ!」
「避ける必要もないよ」
魔剣に魔力を流し、とびっきりの重力魔法をかける。そして、ジークの斧に正面から受け止める。
「何だと・・・・・」
「よっと」
少し力をこめて剣を動かすと、斧は粉々に砕けた。あ、やりすぎた。
「・・・・・」
やばい、ジークが絶句してる。どうしよう。疑いを晴らすために戦ったのに余計疑われてるんじゃないかこれ。
「すごいじゃないかルイス!」
「ん、ああ。それほどでも」
ルイスって呼ばれるの違和感すごいなぁ・・・・・。
「いやぁ、疑って悪かった!お前になら任せられそうだ!」
「えっと、村を占拠した盗賊の退治だっけ?」
「・・・・・少し長くなるが、事の顛末から説明するよ。あれは、一月ほど前のことだ。俺はいつものように傭兵として働いていたんだが、その日は妙な依頼が来てな。グランドの軍人さんが、輸送する荷物の仲介をしてほしいって言ってきたんだ。俺は自分の村でその荷物を一旦保管して、数日後にグランド側が取りに来るって話だった。・・・・・だが」
「その荷物に何かあったのね」
いつの間にか近づいてきたセレスが質問する。
「わからないんだ。荷物の請負だけしても仕方がないし、別の仕事を探そうとアスピレイトまで来ていたんだが・・・・・。次に帰ったときには、村のみんなが全員倒れ伏していた」
「っ!?」
「何があったんだ?」
「わからないと言っただろう。原因は不明。でも、それを確認にしたときにグランドの兵士が来たんだが、俺を見るなり突然襲い掛かってきたんだ。・・・・・自分の身を守るのが精一杯で、殺しちまったがよ」
なんだよそれ・・・・・。村の人間が、少しの帰還で全員死んだっていうのか?
「それ以降、やたらグランドの軍人に追われるようになってな。仕方なく王都の宿に引きこもってたわけだ」
「なるほど。・・・・・ねえ、カムラ。私、その村を調べたい。頼むわよ」
何かを考えた後、セレスはそう耳打ちしてきた。確かに、話の通りならその荷物とやらもまだ残っているだろう。もちろん盗賊が売り払ったりしていなければだが。
「それより、ジークだったかしら?あなた、グランド王国に追われる理由とかあるかしら?」
「こんな中年の傭兵を追う理由が、大国の軍隊にあるとは思えないが?」
「それもそうね。・・・・・でも、わざわざ他国の村を利用した理由って何なの」
「利用?」
「普通に考えれば、村がそうなった原因はその荷物にある。そして、それを回収しようと村へ来たグランド兵は、それを見たジークを襲った。つまり、それは他には言えないような危険な“何か”で、その実験、もしくは検証にジークの村が利用された」
「問題は、何故ジークの村を利用したかってことか。ただ兵器の実験がしたいのなら、わざわざ他国の辺境の村でやる必要ない。その実験で村人全員が死ぬのだから、どこでやっても同じ。・・・・・・つまり、ジークの村をわざわざ選んだのには理由があるってことか」
でも、いったい何だ?そもそも、その荷物っていったい何なんだ?
「ここで考えても仕方ないわ。ジーク、案内してちょうだい」
「あ?嬢ちゃんも来るのか?」
「ええ。大丈夫よ、ルイスが守ってくれるから」
森の奥にある丘の上。そこからはジークが住んでいたという村がよく見えた。
村にはここから見ただけでも数十人の盗賊がいる。
「どうだ?やめるなら今だが・・・・・」
「あの程度なら問題ないけど・・・・・。建物が密集してるから大振りな技や魔法が使えないのが厄介だな」
「なら東にある広場を利用するのはどうだ?あそこならそれなりの広さがある」
ジークの指さす方に、確かにそれなりの広さの広場がある。あそこなら、思いっきり暴れても大丈夫そうだ。
「それじゃあ、やってくる」
「え、おい待てルイス!」
ジークの言葉を無視し丘から飛び降りる。風魔法で着地し、村へ向かう。
入口には見張りらしき男が二人。武器は剣と斧か。奥には先ほど見た通り、それなりの数の盗賊がいる。一人ずつ相手にしてたら日が暮れちまうな。
観察しながら近づいていくと、見張りの男たちがこちらに気付いた。
「おいガキ!ここは俺たち“翠華”の村だ!痛い目に遭いたくなきゃ、金目のもの置いてさっさと帰りな!」
「翠華?何それ?」
「知らねぇのか?俺らは大陸中を駆け回る大盗賊ぐれふごぉ!?」
「ああ、うん。興味ない」
喋り終わる前に近づいてきた剣の方の男の腹部を殴り気絶させる。大盗賊だか何だか知らないけど、俺たちの旅には無関係だからな。
「てめぇ!」
「ジークと違って、力のない斧だな。止めるまでもないよ」
「なっ!?」
魔剣を振り下ろされる斧に向けてぶつける。安物の斧なのだろう。持ち手の部分から折れた。それを考えると、ジークの斧はなかなかの代物だったのかもしれない。
「金が入ったら弁償してやらなきゃな」
剣を握り、一気に広場まで駆ける。当然村にいる盗賊に見つかるが、足には自信がある。無事、捕まることなく広場まで辿り着けた。
広場では盗賊共が酒を飲み交わしており、中央にいる、やたら筋肉質で巨体の男がリーダーだと思われる。
「・・・・・おい、見張りはどうした。何でガキが紛れ込んでやがる」
「あんたが盗賊の頭?悪いんだけど、村から出て行ってくれない?」
「お前、俺を誰だと思ってやがる?盗賊タレム様だぞ!」
「いや知らないから。あんたらが出て行ってくれれば平和的に終わると思うんだけど」
「ふざけるなよガキ。おい、つまみだせ」
タレムの指示で周りの盗賊たちが動き出す。村から追ってきた盗賊も追いついてきたようだ。
「平和的に終わらせたかったんだけどなぁ・・・・・。仕方ない、この数だとこれしかないよな。後悔するなよ」
剣を高く掲げる。旅の中で魔族に囲まれたとき、何度も窮地を切り抜けたこの技。
「ジャッジメント・レイ!」
上空に巨大な魔法陣が出現し、光の剣が降り注ぐ。いくら敵が多かろうと、周囲を滅するこの技の前には関係ない。
・・・・・はずだったのだが。
「あれ?」
掲げた剣の先には、魔法陣が出現しない。あれ!?何で!?
「あ・・・・・」
そういえば、聖剣を授かったときに言われたな。
『この剣は、神の加護を受けた特別な剣。本来なら、神子たるこの私、ランドルフ=アーサー以外が持つことなどありえない。しかし、貴殿が神に選ばれた勇者だというのなら、この剣を使いこなせよう。天啓に従い、この剣で魔王を討つがいい』
・・・・・あー、なるほど。魔剣じゃ使えないのか、あの魔法。
「・・・・・何をするかと思えば、はったりかよ。野郎ども、やっちまえ!」
今の俺には神の加護も聖剣の力もない。
あるのは自分の、黒く染まった魔力だけ。だったら、それを使うだけだ。
「魔族の魔法なら散々見てきた。大軍を喰らう闇の力。ヘル・ヘイム!」
先ほどの真逆。魔剣を地面に突き刺す。そこから広場全体ほどの大きさの魔法陣が出現する。
魔法陣は次第に、中央の俺のいる部分を残し黒く染まる。それはまるで底なし沼。盗賊たちはそこに飲み込まれていく。
「な、なんだこれ!」
「お頭!助けてくれ!」
「くそ!おいガキ!これ止めろ!」
「じゃあ、この村から出て行ってくれるか?」
「わかった出ていく!だから早く!」
仕方ない。魔法を止めて盗賊を解放する。中にはすでに気を失ったものもいて、数名倒れ伏している。
「ほら。おとなしく出ていけ」
「ああ、わかった。おとなしく・・・・・死ねこのくそガキ!」
「っ!」
解放された瞬間、タレムは剣をとりこちらに斬りかかってくる。
「・・・・・なん、だと」
貫かれたのは俺ではなくタレム。背後からの気配に気づかなかったらしい。
背後から剣でタレムを刺したのはジークだった。
「俺の村を取り返すための戦いだ。俺が見てるだけってのはまずいだろ」
「別に、この程度俺一人で十分だけどな。・・・・・おい、まだやるのか?」
タレムは地面に倒れ伏している。取り巻きの盗賊たちも、さすがに力の差を理解したらしい。
「に、逃げろ!」
「すまねぇお頭!」
全員、タレムを置いて逃げていった。まったく、薄情な連中だ。
「覚えていろ、ガキ。翠華を敵に回したこと、いつか後悔することになるぞ。グレン様は仲間を殺されて黙っているほど薄情じゃねぇ」
「グレン・・・・・。聞いたことがある。大陸各地で暴れまわっている盗賊で、この前もアスピレイト大陸で村を滅ぼしたとか」
「ふーん。まあ、どうでもいいや。タレム、逃げるなら傷を癒してやるがどうする?」
「ルイス、お前何を言って・・・・・」
「ちょっと羨ましくなっただけさ。天啓に従わずに、平和に反旗を翻す盗賊がな」
たとえその矛先が神ではなくても、この盗賊たちも神の平和からこぼれた見捨てられた人間。どうにも、そういうやつを殺す気になれない。
タレムは黙ったままなので、治癒魔法をかけ傷を癒す。
「ほれ、傷は塞がったぞ。さっさと逃げな」
「・・・・・礼なんてしねぇぞ。次会ったときは殺してやる」
そう吐き捨ててタレムはのろのろと村を去っていった。
「いやぁ、本当に追っ払っちまうとは、大したもんだぜお前」
「このくらいで何てことはないさ。それより、例の荷物ってやつを見せてほしいんだが」
「ああ、こっちだ。来てくれ」
ジークに連れられて倉庫に来た。あの後合流したセレスが、積み上げられた荷物を観察している。
「これ、魔道具ね。・・・・・でも、いったい何の魔法なのかしら」
「なあ、この中心にある石みたいなの。強い魔力を感じるぞ」
「ちょっと見せて。・・・・・ねえ、アーリアはどう思う?」
セレスが問いかけると、先ほど同様アーミラはセレスの中から姿を現す。それを見たジークはとても驚いているが、そんなことはお構いなしに二人は魔道具を見つめる。
『この魔力の量。普通じゃあり得ない量よ』
「見えるの?」
『ええ。この体になったおかげでね。それにしてもこの量、人間一人の魔力を1とするなら、およそ100ね。魔道具一つに、あらかじめそれだけの魔力を込められるとは思えない』
「えーと、つまり?」
『この魔力は、この魔道具によって後から吸収されたもの。おそらくだけど、この魔道具は生物の魔力を吸い取り蓄えるものよ』
「「「!?」」」
生物の魔力を吸収する、だって!?そんなことをすれば、当然それを受けた生物は死に絶える。
いや、でも待てよ?確かジークが言っていたな。
『わからないんだ。荷物の請負だけしても仕方がないし、別の仕事を探そうとアスピレイトまで来ていたんだが・・・・・。次に帰ったときには、村のみんなが全員倒れ伏していた』
もし、村人が倒れ伏していた原因がこの魔道具にあるのだとすれば?
考えたくないことだが説明はつく。この魔道具によって、この村の住人は魔力を奪い取られて死んだ。
つまり、この魔道具の中心にある石に蓄えられている魔力って・・・・・。
「この村の住人たちの魔力、ってことか?」
「そん、な・・・・・」
『人間の魔道具技術がそこまで進んでいるとは思えない。・・・・・神の介入があったのは間違いない。つまり、アヴァロンの意志でこの村は滅ぼされた』
「神の、意思・・・?」
『ええ。ジークと言ったかしら?これは間違いなく、神の意志によって行われたこと。そして、神はこの魔力を使って何かをしようとしている。・・・・・さあ、あなたはどうする?』
「どうするって・・・・・これが神の意思なんだろう!?だったら、俺に出来ることなんて何もないじゃないか!俺一人で、いったい何が出来るっていうんだ!」
凄惨な現実に涙しながら訴えるジーク。その姿は、きっと王城を抜け出した後の俺と似ているのだろう。
「一人じゃない」
「え?」
「俺とセレスがいる。それに、アーミラも。俺たちは、この世界に生きる俺たちの自由を奪おうとしている神を殺すために旅をしている。もし、あんたにもその意思があるのなら、俺たちはまだ協力できるんじゃないか?」
「・・・・・ルイス」
「ああ、すまん。それ偽名なんだ。俺の名はカムラ。元勇者だ」
「勇者?・・・・・そう、だったのか。なあ、カムラ。あんたにもう一つ、追加で依頼をさせてくれないか?その、神を殺すための旅とやらに、俺を同行させてほしい。俺の家族に、友にこんなことをした神を、俺は許せねぇ!」
「ジーク・・・・・。ああ、一緒に神をぶっ殺そうぜ!」
強い力で、俺たちは握手を交わす。ジークのその力には、とても強い意志がこもっていた。
「さて、この魔道具はどう処理しようかしら。これが神のもとに渡ることだけは避けたいわ」
「ぶっ壊せばいいんじゃねぇの?」
「無理ね。中央の意志に短刀を突き立ててみたけど、傷一つ付かなかったわ」
「ちょっと見せてくれ。魔道具なら、いくつか触ったことがある」
そう言って、ジークは魔道具を調べ始めた。
「・・・・・造りはそこまで特殊じゃないな。ここを、こう。んで、これを抜いてやれば・・・・・。よし、取れたぞ」
「おお、すげぇ」
「魔道具ごと持っていくわけにはいかないから、これだけ持っていきましょう。もしかしたら、何か役に立つかもしれない」
「俺が預かってもいいか?これは、村のみんなの魔力がこもっているんだろう?俺が、持っていたい」
「どうぞ。誰が持っていても同じでしょうしね」
「さて、追手が来る前にここを出なければいけないわけだが。なあ、ジーク。なるべく王都に近づかずに最短距離でアスピレイトを出たい。いいルートはあるか?」
「お前らを追うグランドの追手が神の僕なのなら、聖域の方に近づくのはまずい。最短とはいかないが、顔の利く村を経由しながら身を隠して進むことは可能だろう」
「追手との接触は避けたい。ジークの言う通り、身を隠して進むのが賢明だわ」
「よし、じゃあ行くか」
「この道を抜けた先に、以前依頼を請け負った宿がある。あそこのオーナーなら安全だ」
人目につかないよう森の中を抜け、ようやくまともな道に出た。
それにしても、セレスには驚かされる。この歳の少女なんて、森の中を通るなんて経験したこともないだろうに、嫌な顔一つせず森を抜けた。前の旅で同行していたミサなんて、19歳のくせに小さな蜘蛛が出ただけで俺に泣きついてきたというのに。
「ねえ、森の方から何か聞こえない?」
「え?」
セレスが向いた方を見る。森の奥の方で、何かが動いている?いや、何かがこちらに向けて走ってきている。
ようやくその姿を捉えた。こちらに向かってきているのは、俺と同じくらいの歳の女性だった。赤い三つ編みの髪を振り乱し、一心不乱に駆けてくる。
「はぁ・・・・・はぁ・・・・・。あ、あの!そこの方!」
「え、俺たち?」
「そ、そうです!助けてください!追われているんです!」
追われている?
あ、本当だ。彼女が走ってきた方を見ると、3人の男がこちらに向けて走ってきている。
「いたぞ!悪魔の子だ!」
「お、お願いします。もう、魔力が持たなくて・・・・・」
「カムラ、その子お願い。・・・・・女一人を三人がかりで追い回す下種野郎は、私が殺してやる」
「お、おい。セレス・・・・・」
「どちらにせよ、彼らはアスピレイト国軍の兵士のようだぞ。俺たちとしても、彼らに見つかるのはまずいんじゃないか?」
「そ、それはそうだが・・・・・」
セレスは二本の短刀を両手に、兵士たちに斬りかかる。小柄かつ華奢なその体躯を利用し、目にも留まらぬ速さで兵を斬り殺していく。
・・・・・いったい、何であんなに躊躇なく人を殺せるんだ。俺なんて、結局グランド兵も盗賊も、誰一人殺すことは出来なかった。
「終わったわよ」
気づけば、既にセレスはこっちに戻ってきていた。返り血を浴びていることを気にもしていない。
「あの、ありがとう、ござい・・・ま・・す・・・」
「お、おい。大丈夫か!」
「・・・・・気を失っているだけみたい。この人も国に追われている身のようね」
「どっちにしろ、血まみれの嬢ちゃん連れて村に行くわけにもいかない。近くで野宿にしよう」
「・・・・・悪かったわね」
森の奥地の開けた場所に移動し、少女の看病にあたる。
「ずいぶんやつれてるな。こりゃ、ろくに飯も食ってねぇんじゃねぇか?」
「悪魔の子って呼ばれていたな。いったい、何があったんだ」
「そいつは、この子が起きたら直接聞いてみるしかないな。・・・・・そういや、嬢ちゃんはどこ行ったんだ?」
「ああ、セレスなら、服に付いた血を落としたいからって、水場を探しに行ったぞ」
「なあ、カムラ。あの嬢ちゃんはいったい何なんだ?あの歳で、あんな無感情に人を殺せるなんて、こう言っちゃ悪いが異常だぜ」
確かに、ジークの言うことは最もだ。母親の死の原因となった父親を殺すまでは理解できなくもない。だが、先ほどの兵士たちは違う。確かに俺たちにとって厄介な存在ではあるが、それでも俺たちに気付きさえしなければ相対する必要のない相手だ。
「・・・・・俺、セレスと話してくるよ。ついでに、食えそうなものがあったら採ってくる」
「ああ、頼む」
少女は未だに起きそうにない。ここはジークに任せて問題ないだろう。
「確かこっちの方に行った気が・・・・・」
いや、よくよく考えてみれば、何で来ちゃったんだ俺。セレスと話をするって、いったい何を話すんだよ。殺しはダメとでも諭すか?そんなの、セレスなら余計なお世話だとかいって一蹴される未来しか想像できない。
違うんだろうな。俺が知りたいのは、何故セレスが人を殺せるのかではなく・・・・・。
「ん?あ、いた。おーい、セレス!」
「っ!カムラ!?ちょっと、まっ・・・・・」
「あ・・・・・」
木々をかき分けて出たその場所。川の流れるその傍にセレスはいた。ただ、セレスは服に付いた血を落としに来ているわけであって・・・・・。
当然、そこにいるセレスは何も着ていないわけだ。
「あ、その・・・・・すまん」
「・・・・・服着るからそこの茂みで待ってて」
「まったく、故意じゃないのはわかるけど、一歩間違えれば犯罪者よ?」
「反省しております・・・・・」
「もういいわ。あなたの気配に気づかなかった私も悪いしね」
乾ききっていない服を身に付けたセレスは、呆れたような表情をしている。
「それで?わざわざ私を探して立ってことは、あの子が起きたのかしら?」
「いや、それはまだだ。・・・・・個人的に、お前に聞きたいことがあってだな」
「あら、何かしら?」
「その・・・・・セレスはさ、殺すことに抵抗はないのか?」
「・・・・・」
いつものクールなセレスの表情が曇る。セレスとしても、この話題には触れられたくないということか。
「いや、答えたくないならいいんだ。そりゃあ、抵抗あるに決まってるよな。変なこと聞いて悪かっ」
「無いわよ」
「・・・・・え?」
「だから、無いって言ったのよ。今更、人を殺すことに躊躇いなんて無いわ」
「冗談、だよな?」
「冗談を言っている顔に見える?」
セレスの表情は、いつになく真剣なものだった。そこに、嘘や偽りがあるとは思えない。
「私は、“そんなこと”を躊躇うわけにはいかないの。この世界の不条理を壊すと決めたその時から、この世界を犠牲にする覚悟はできているもの」
「っ!」
「神を殺すということは、この世界の仮初めの平和を終わらせるということ。それはつまり、この世界の誰も望んでいないことを、私の都合でするということ。だったら、例えどれだけ非情なことだろうと迷ってはいけない。迷ったら、私の意志を否定することになるのだもの」
この15歳の少女は、それほどの覚悟を決めていたというのか。それなのに、俺は・・・・・。
「むしろ、あなたはどうなの?あなたは、まだ人を殺すことに戸惑いが見える。あなたのしようとしていることは、その程度のことで戸惑っていて成し遂げられることなの?」
「あ・・・・・」
そうだ。俺はセレスの話が聞きたかったんじゃない。自分の中にある躊躇いを捨てる言い訳を、探したかっただけなのだ。もしかしたら、セレスの迷いのなさにそのヒントがあるのではないかと、そう思っただけだったのだ。
「別に、あなたにも私のような殺人鬼になってほしいわけじゃない。でも、あなたが私のような殺人鬼を良しとしないと考えているのなら、私たちは行動を共にするべきではないわ。考えの食い違う人と共に進めるほど、この先の戦いは甘くないもの」
・・・・・セレスの言う通りだ。こんなことで迷いが生じていては、きっとどこかでそれが障害となる。
「・・・・・カムラは、私のようになるべきじゃないわ」
「セレス?」
若干、セレスの声音に変化を感じた。セレスのその表情に変化はないが、右目から一筋の涙が流れていた。
「っ!?」
「“こっち”には、苦しみしかないわ。絶対に譲れない、自分の正義を掲げたが最後。死ぬまで引き返せない。もし引き返そうものなら、一度掲げた自分の正義が付き纏い、一生罪の意識に苛まれる」
「・・・・・」
「それでも、私はやり遂げたい。真の意味での自由を手に入れたい。・・・・・私にとって引き返すことは、迷うこと。自分のやっていることが間違っていると一瞬でも疑ったら、きっと私は今の自分を保てなくなる。それが、怖いの」
・・・・・違ったんだ。セレスは、人を殺すことに何も感じないわけじゃない。まだ成長しきっていない不安定な心を、自分なりに守っていただけなんだ。
俺なんて、未だにセレスの側に踏み込む覚悟も出来ていなかったというのに。
「なあ、セレス。迷うって、そんなに悪いことなのかな」
「良い悪いの問題じゃないの。私は、一度迷ったら二度と今の自分に戻れなくなる」
やはり、セレスは戻ることを恐れている。踏み込むことを恐れている俺のように。
「・・・・・決めたぞ、セレス」
「・・・・・?」
「俺も、お前と同じ罪を背負う。“そっち”側に踏み込む。でもさ、俺って臆病だから、まだ心のどこかでそれを躊躇しちまうんだ。だからさ、お前が俺をそっちに引き込んでくれよ」
「私が、カムラを・・・・・?」
「ああ。だから、お前も好きな時に、好きなだけ迷え。例えお前が戻れなくなっても、その時は俺が引き戻してやるからよ」
俺の言葉を聞いて、呆然とするセレス。彼女は流れた一筋の涙を拭う余裕すらないようだ。
「こっち側は、地獄よ。積み重ねた罪は、絶対に消えることはないわ。あなたは、その苦しみに耐えられる?」
「耐えてみせるさ。何も犠牲に出来ないようじゃ、神なんて殺せない。お前が教えてくれたことだ」
「カムラ・・・・・」
「だから、セレスも我慢するのはやめろ。辛いなら泣けばいい。もしお前がこっちに戻ることを拒んでも、俺が意地でも引き戻してやるからよ」
「っ!・・・・・・いい、の?迷っても、泣いても、いいの?」
「ああ。お前が俺の進む道を示してくれたんだ。感謝してる。だから、遠慮すんな」
「うぅ・・・・・本当は、ずっと泣きたかった。母さんを殺されたときも、あの男を殺したときも、さっきも。悔しかった。苦しかった。・・・えぐっ・・・うぅ・・ぁぁ・・・」
俺の胸に顔をうずめ泣きじゃくるセレス。ようやく、セレスの年相応な姿を見ることができた気がする。
「約束しよう、セレス。俺たちは、たとえ何を犠牲にしようとも神を殺す。どちらがか逃げ出しそうになったら、残った方が絶対に引き戻す。だから、一人で苦しみを抱えるのはやめよう」
「私の・・・・・。こんな私の罪を、一緒に背負ってくれるの?」
「ああ。こんな狂った世界をぶっ壊したい。それは俺も同じだ。だからさ、とことんぶっ壊してやろうぜ。自由を取り戻すためなら何だってする。それが、俺の掲げる正義だ」
「・・・・・うん」
涙を流しながらも見せた笑顔。そこにはもう、先ほどまで感じていた苦しみは無かった。
『話はまとまったみたいね』
「・・・・・アーミラ。見てたの?」
『見てたというより、見せられたと言った方がいいかしら。私はセレスの中から出られないのだもの。・・・・・それにしても』
アーミラがこちらを見て笑みを浮かべている。
「何だよ?俺の顔に何か付いてるのか?」
『いえ、ずいぶん真っ黒に染まったものだと思ってね』
「え?」
『あなたの魔力よ。この前見たときは、濁ったような魔力だった。でも、今はとても澄み切っている。綺麗な黒い魔力。あなたに足りていなかったのは、こちらへ踏み込む覚悟だったのでしょうね。それが固まったことで、魔力も淀みがなくなった』
「この前気にしていたのはそれか。気になっていたんだが、魔力の質が変化することで何か変わるのか?」
『変わるわよ。例えば、その魔剣。きっと以前のあなたでは使うことができないわ。それは“魔の力”を振るうための武器。白い魔力じゃ、まず使えないでしょうね』
なるほどな。確かに、心なしか体が軽くなった気がする。淀みとやらが消えたからだろうか。
『あと、気になっていたのは先ほどの少女。あの子もまた、“魔の力”を宿していたわ』
「何だって!?」
『でも、あの感じは生まれつきね。つまり、彼女は私と同じ魔の者よ』
「でも、彼女は普通の人間に見えた。とても、魔族には見えなかったわよ」
『あなたたち人間は、少し誤解をしているわ。私たちは別に、“魔族”として生まれるわけじゃない。魔族とはあくまで、“魔の力”を持って生まれたものの俗称。魔王である私だって、人間として生まれたのだもの』
魔王が、人間!?初めて聞いたぞそんなこと。
『おそらく神に近い人間はそれを知っているはず。そういう部分からあなたは騙されていたのよ』
「・・・・・ますます許せねぇ」
『まずは、あの少女に話を聞いてみなさい。もしかしたら、彼女も“訳あり”かもしれないしね』
川で魚を、森で果物を集めて戻ると、少女はジークと話をしているようだった。
「おう、戻ったか。こっちの嬢ちゃんも今さっき目が覚めたぜ」
少女は気に背を預け、ぐったりと座っている。
「これ、食えよ。果物と、あと水」
「え・・・・・。あ、その・・・・・いいんですか?」
「おう、遠慮すんな」
「・・・・・ありがとう、ございます」
余程腹が減っていたのだろう。少女はすぐ果物にかぶりついた。
「あ、えと・・・・・自己紹介がまだでしたね。私はアマネといいます。異端の魔術師・・・・・悪魔の子って呼ばれてます」
「さっきの兵士も言っていたが、悪魔の子ってのはどういう意味なんだ?」
「私は、生まれつき闇魔法しか使えないんです。そんなのは魔族に違いないって故郷を追い出されて・・・・・。他の町や村でも、悪魔の子って言われて・・・・・」
「酷い・・・・・」
別にこの子が何かした訳じゃないのに・・・・・。
「隠れながら辺境の村で居候させてもらっていたんですけど、兵士の人がやってきて、私を捕まえに・・・・・」
「特異な体質を持つ人間が阻害されることは珍しいことじゃない。でも、軍まで動き出すってどういうことなの・・・・・」
「アマネ。君はこれからどうするんだ?」
「これから・・・・・?どうすればいいんでしょう、私。行くところなんてないし、おとなしく捕まった方が楽なのでしょうか・・・・・」
「でも、君は逃げてきたんだろう?捕まりたくない理由があるんじゃないのかい?」
「は、はい。私は、見返したいんです。この闇魔法でも人の役に立てるんだって、村のみんなを見返したい。でも、この魔法は使えば使うほど人を不幸にしてしまうんです。だから、私なんて・・・・・」
使えば使うほど人を不幸にする、か。優しそうなアマネのことだ。自分の意志で誰かを不幸にしたことなんてないだろうに。
「じゃあ、俺たちと来るか?」
「え?」
「俺たちもさ、ある意味この世界を不幸にするために旅をしているんだ。それなら、君が俺たちと来てくれれば、俺たちとしても助かる」
「人々を、不幸に・・・・・・?」
「へー。ずいぶん落ちたものだね、勇者様」
「「「「!?」」」」
突然、上から声がした。そこには、木の枝に座る男。年齢は、俺とジークの間くらいだろうか。風変わりな帽子をかぶった男は、ペンと紙を持ってこちらを見下ろしていた。
「人々を不幸にするために旅をする勇者様、と。うーん、おかしいなぁ。何か違う気がしたんだけど」
「・・・・・誰だよ、お前」
「僕?あれ、知らないの?君たちを追っかけるって、ちゃんと書いたはずだけど」
「書いた?ああ、なるほどね。記者ライってのは、あんたのことね」
「ご名答。貴族殺しのお嬢さんは鋭いね。いやー、見つけるのに苦労したんだよ?」
「私たちを追う目的は何かしら?私たちの情報をどこかの国に流す?」
「・・・・・お嬢さん。僕らの世界では情報は命だ。対価もなしに命を明け渡せっていうのは、ちょっと承諾しかねるね」
セレスの表情は笑っているようにも見えるが、どこかライを査定しているようにも見える。そういえば、セレスはこいつを味方につけたいって言ってたっけ。
「欲しいのは、俺たちの本当の旅の目的か?」
「世界を不幸にするためってのは、勇者様の性格を考えると違和感があってね。そのあたりを詳しく教えてくれるのなら、僕も対価を渡そう」
「いいぜ、教えてやるよ」
「カムラ、いいの?今後動きにくくなるかもしれないわよ?」
「構わないさ。セレスが彼の記事に背信的な何かを感じたんだろう?それを信じるさ」
魔剣をライの方に向け魔力を込める。そして、この真っ黒な剣を見せつけてやる。
「いいか!俺たちは、神アヴァロンをぶっ殺す!そんでもって、この世界の仮初めの平和を壊し、自由を取り戻すんだ!」
「・・・・・へぇ~」
「もしこの話を五大国に売るのなら好きにしろ!俺は逃げも隠れもしない。邪魔する奴はぶっ殺す!」
「・・・・・ふっ・・・・・ははははは!いいねぇ、面白いな勇者様!」
「その勇者様ってのもやめてくれ。今の俺は、この世界に失望し、この世界を諦めた反逆者だ」
「なるほど。さしずめ、“絶念の反逆者”ってところかな。ははっ、スクープを求めて来たが、想像以上の収穫だ!神を殺す、か。うん、面白そうだ!」
一人で盛り上がるライ。
「ねえ、反逆者君。僕も、その旅に連れて行ってくれないかな?」
「はぁ!?」
「君が神を殺す瞬間を、この目で見たくなった。僕を味方にすれば良いことずくめだぞ。裏」社会の情報操作なんてお手の物だ!君たちの目的地をでっちあげることだってできる!」
「・・・・・どうする、セレス、ジーク。あいつ、連れていくか?」
「いいんじゃない?本当に情報操作できるならかなり心強いわ」
「ただ、あいつ気まぐれそうだからなぁ。裏切らねぇって保証が出来ねぇ。そこだけは注意しろよ」
「だそうだ。ついてくるなら好きにしろ。ただし、裏切ったら命はないと思えよ」
「裏切らないさ。・・・・・僕だって、こんな世界はいらないんだからね」
まったく、変な奴が同行することになったものだ。
「あ、あの!」
「ああ、すまないアマネ。話の途中だったな。今話した通り、俺たちの目的は神を殺すこと。それは結果的に、今の平和な世界を壊すことになる。君の性格からして、そういうのはやっぱり・・・・・」
「行きます!」
「え?」
「私も、連れて行ってください!私、闇魔法しか使えないけど。戦うことはできます!助けてくれた、皆さんのお役に立ちたいんです!」
真剣なまなざしで語るアマネ。先ほどまでのおどおどした雰囲気から一転して、強い意志を感じる。
「この旅は、どう転んでも辛い旅になる。それでも、耐えられるか?」
「大丈夫です。辛いのは慣れてます!」
理由が悲しい・・・・・。でも、確かに世界を相手取るなら、戦力は一人でも多い方がいいか。
「まだグランドを出てから三日しか経ってないのに、増えるものね」
「ああ。でも、俺は嬉しいよ。世界には、まだこんな世界に染まっていないやつらがいるってことがさ」
「そうね。・・・・・さて、これからどうしましょうか。アマネがこの国で追われる身なのなら、この国の村を利用するのは避けたいわ」
「ご、ごめんなさい」
「いいのよ、別に。ここにいる奴らは、全員何らかの形で追われているような奴らなんだから」
「おっかしいな~。僕は追われているなんて一言も言った覚えはないんだけどなぁ・・・・・」
「あなたが国王や国軍への誹謗中傷を繰り返して指名手配されているのは、裏の世界では有名な話よ」
「げっ、ご存じだったか」
こいつも大概だな・・・・・。まあ、たぶん“そういう奴”だから、俺たちについてきたいなんて言ったんだろうけど。
「この国をさっさと抜けたいなら、サイバーライトへ繋がる廃坑道を抜けるのはどうだ?あそこはとっくの昔に資源がなくなって、今は放棄されているはずだ」
「僕は反対だな。あそこは盗賊団翠華の本拠地になっている。この状況で、余計な敵を増やすような真似はしない方がいいと思うよ」
「翠華・・・・・って、この前ジークの村で追い払った奴らか。それならたぶん手遅れだぞ。そこの頭みたいなやつを逃がしちまったから、とっくに俺たちのことはバレてると思う」
「君たち、少しは後のことも考えて行動しようか。さっきも、国軍の兵士を殺しただろう?彼らが帰ってこないって、村の方では騒ぎになっているよ。まあ、そのおかげで僕は君たちを見つけることが出来たのだけど」
こういう部分は真面目なんだな。
「でも、他に国軍の目を搔い潜れる道もないか。わかった、君たちは先に行動に向かってくれ」
「お前はどうするんだ?」
「翠華に情報を流して、極力坑道の戦力を減らす。それと、サーバーライト側の国軍の動きも探ってくる」
「情報操作はお手の物ってか。じゃあ、頼むぞ。ライ」
「任せなよ。僕の力、見せてあげよう。それじゃあ、廃坑道の入り口で落ち合おう!」
そういってライは早足にどこかへ去っていった。
「それじゃあ、俺たちは坑道へ向かおう。案内頼めるか、ジーク」
「おう、任せろ」