第十二章 脱出(9)
楽しんでいただけたら幸いです。
「――――――――――――待たせたわね」
アラタたちと別れたクラリスが向かった場所は他でもない”あの”場所であった。
その場所とは――――――――――、
「・・・・・・」
一心不乱に何かの文を地面に彫り連ねているジャンヌと、彼女が操っているであろう人間の少女たちが待機する洞窟であった。
一応表向きはジャンヌ・ダルクと共闘している身でもあるクラリスは、自身の裏の顔を悟られないようにごくごく普通を装って、私が帰ってきたことに一切の興味を示さないジャンヌへと声をかける。
「ねぇ、一体何をしているのかしら? 私を無視するほど熱中するのだから、よほど重要な事なのでしょう?」
前言撤回。
このクラリスという女に普通を求めるのが間違っていた。
自身の問いかけを無視されたことを根に持っているようで・・・・・・、額に血管を浮き立たせている様子から余程怒っているのであろうと推測できる。
「・・・・・有事に敵と密会する”鼠”と会話するほど、私は出来た女じゃない」
「!?」
嘘、バレてる!?
クラリスの細い体躯に衝撃という名の電流が迸る。あまりの驚きにクラリスは声も出せずに身動きできなくなってしまう。
そんなクラリスの心情を知ってか知らずか、何かを書き連ねていたジャンヌであったが、必死に走らせていた手を止めて立ち上がると、脂汗まで滲ませて困惑した表情を浮かべる彼女へと振り向く。
彼女の足元には何やら呪文のような文章が彫られていたのだが・・・・・・、ここからでは内容を視認することは不可能であった。
端正な顔に土汚れを付けたジャンヌは、どこか自信たっぷりにお世辞にも豊満とは言えない胸部を反らすと、
「まぁ、貴女が裏切ろうが私にはどうでもいい事!! だって、この魔法さえあれば私は”無敵”なんだもの!!」
地面に彫られたソレをクラリスに自慢する様にして見せびらかすジャンヌ。さっきまでは私と会話しないと言っていたのに、と彼女の言葉の統一性の無さや矛盾さに気づくクラリスであった。
というか、さっき彼女の口から魔法がどうのこのって言っていたのを思い出し、あまりのショックさに放心状態であったクラリスは聞き逃せない一言に我を取り戻すと、彼女の言っていた魔法の正体を聞き出すべくジャンヌに詰め寄る。
「その魔法は何? 貴女には伝えていなかったけど、ヴァネロペ様以外の魔女が勝手に魔法を創ってはいけない決まりになっているのよ」
そう。
これは我が親愛なる大魔女であるヴァネロペ様が制定された、ユートピア唯一とも言える法令であり、
魔女が勝手に魔法を創ることは禁止されているのだ。この法令はユートピアが創建されて数百年ほど破られた事が無い。
中にはカビの生えた古い法令だと口にする魔女もいるが、そんな失礼極まりない発言をする魔女は魔女派には誰一人としていない。魔女派の魔女がヴァネロペ様の意志に背くことは決してないのだ。
なので、私たちが使っている魔法はヴァネロペ様が創ったものであり、魔女個人のオリジナルは存在しない、はずだ(こっそり作っている魔女もいるかもしれないので断言はできない)。
少なくとも、私はオリジナルの魔法は創ってはいない。数多ある魔法のレパートリーも、全てヴァネロペ様が創造なされた物ばかりだ。
だがその魔法は土台しかないわけで、どれだけ洗練するかは魔女の資質や本人の努力によるわけで。
私もここまで洗練されるのに血も滲むような努力を重ねたのに。
それなのに、この女は大した努力もしてない上に、魔女としての資質も才能もカスカスの癖に、ヴァネロペ様の法令を無視してオリジナルを創るなんて、と歯噛みするクラリス。
これはもうあれね。私たち”魔女派”に対しての宣戦布告にも等しい行為ね。
(どんな魔法か知らないけれど、もうこのジャンヌには私がアラタたちと通じていることはバレているし、彼には悪いけどこの女はここで殺すわ!!)
少年との約束を破るのは心苦しいが、それでも魔女派の魔女としてヴァネロぺ様に忠誠を誓う者として、私は彼女の暴挙を黙って見過ごすわけにはいかない。
クラリスはジャンヌに気取られぬようにそぉ~と腰に提げた”杖”へと手を伸ばす。あと数ミリで指先が杖の持ち手に届くといったところで、
「――――――――――――――――だから、裏切り者の貴女には、少し眠っていてもらうわ」
「えっ?」
それはあまりにも一瞬の事で―――――――――――――、意識を別の事に集中させていたクラリスは何が起きているのか分からずにいた。
そして声を出した時には、もう遅かった。
気づいた時には、ジャンヌの姿は眼前にはなくて・・・・・・、彼女は一瞬の動きでクラリスの懐に潜り込み、手にした剣の柄の先端をクラリスの腹部にめり込ますように突き入れる。内臓が潰れたと錯覚する様な激しい痛みに喘ぎながら、クラリスの華奢な体は糸の切れた操り人形のように地に伏せた。
それでも気を失うまいと持ち前の精神力で落ちるのを耐えるクラリス。気を抜くとすぐに意識が暗転しそうになる。それほどまでに強烈な一撃だ。
胃からこみ上げる猛烈な吐き気と鉄臭い味。どうやら内臓が潰れたのは比喩じゃないらしい。何らかしらの内臓が先ほどの一撃で損傷した様だ。その証拠にさっきから食道からせり上がるようにして、血液が口内にジワジワと溜まり始める。
いっその事吐き出せたらどんなにすっきりするか。だけど、そんなはしたない真似をしたくなかったクラリスは懸命に顔を苦痛に歪ませて血を少しずつ嚥下する。
鉄臭い味にえづきながら、それでも彼女は一言も弱音を吐かなかった。
魔女としての矜持故か、それとも己のプライドの為か。
どうして自分はこんなに辛い思いをしてまで耐えているのだろうか。
この痛みに身を任せて気を失った方が楽なのに、どうしてわざわざ苦行の道を選ぶのか。
クラリスは自身の心が分からなかった。
分からなかったが、それでもこうする方が正しいと思ったから。
だから、私は最後の最後まで諦めず、この女に対峙しようと決めていた。
息も絶え絶えに私はこちらを無表情に見下ろすジャンヌへと視線を向ける。彼女は何故私の意識がまだあることに疑問を抱いている様子。
しかし、ジャンヌはもしかしてまだ足りなかったのかも、と思い直したのか、再び剣を握る手を大きく振り上げると何の躊躇いもなく、激痛で身動きの取れないクラリスの頭上へと振り下ろした。
ガツン、という重たい打撃音が洞窟内に木霊する。
痛いとか思う前に、辛うじて保っていたクラリスの意識は、ジャンヌに殴られた瞬間にグルリと暗転する。ピクリとも動かなくなったクラリスを一瞥したジャンヌは、洞窟の隅に控えていた少女たちに命令を下す。
下された命令通りに動く少女たちを無感情に見つめながら、ジャンヌは鞘に付着したクラリスの血痕を手近な葉で拭き取ると、その血の付いた葉を手の内でくしゃと握りつぶす。手の中でバラバラになったソレを地に落とす。
その様を眺めていたジャンヌは、腹の奥底からこみ上げてくる笑いを堪えつつ、再度自身が編み出した魔法へと視線を向け、
「――――――――――フ、フフフフ。さぁ、死合を始めましょうか」
これから行われる一方的な虐殺を思い浮かべたジャンヌの愉悦そうな笑い声が、日も暮れ始めた黄昏の森に響き渡るのであった。
いつまでも、いつもでも。
その笑い声はジャンヌの声が枯れるまで止むことはなかった。
この章は次回で終わる予定です。
ジャンヌの編み出した魔法とは?
まさかのクラリス退場?
では、次回に。




