第十二章 脱出(3)
楽しんでいただけたら幸いです。
―――――――――――ジャンヌ・ダルクという女はとても頭が切れる女だ。
アラタたちが森から脱出するために村を出立する数時間ほど前に話は遡る。
クラリスはジャンヌの立てた作戦立案を聞いて、つい背筋をザワザワと粟立てるのと同時に、流石女の身で騎士として名を馳せた猛者であると痛感した。
彼女の立てた作戦は隙の無い素晴らしいものであり、これならばあの少年も完ぺきに騙されるであろうと確信したクラリスは手放しでジャンヌを褒める。
「素晴らしいわジャンヌ。まさかお前にこんな才能があっただなんて。これならば護衛役の女が手も足も出せずに、アラタを我が手中にすることが出来るわ」
「・・・・・・何を言っているの?」
「? それはどういう意味かしら?」
クラリスはジャンヌの発した一言に眉を寄せながら、その言葉の真意を尋ねるべく尋ね返す。
ジャンヌは殺意と敵意が入り交じった赤く染まった瞳をこちらに向けると、
「生け捕りになんかしない。男は全員皆殺しにする」
この作戦はその為に起てたのだから、と腰から提げた鞘からほんの少しだけ刀身を見せるようにして持ち上げる。僅かに顔をのぞかせた刀身は鈍い銀色を放っており、それはさながら血を欲しているように見えた。
クラリスはアラタを殺されてはまずいので、どうにかジャンヌの過激な思考を思い止まらせようと口を開く。正直な話、まさかここまで自分の魔法が効くとは思わなかったクラリスは少しばかり焦っていた。
「待って。お前の気持ちも分かるけど、あの男だけは駄目よ。前にも言ったけどあの少年はヴァネロペ様のモノなの。本来ならば傷一つもつけてはならないのに・・・・・・、先ほど彼を崖から落としたわよね?」
どうにかジャンヌの感情を揺さぶろうとカマをかけてみることにした。
カマかけはどうやら成功したようだ。案の定、ジャンヌは気まずそうに視線を逸らす。
別に一部始終を見たわけではないが、何となく分かるのだ。
仮にも彼女は魔女の端くれ。普通の人間よりは魔法のかかりに時間がかかることを。
今は完全にかかっているようだが、かけたばかりは不安定なので途中で自我を取り戻す可能性も十分にある。
その証拠にジャンヌは手ぶらで戻ってきた。
あのジャンヌがアラタを逃がすなんてへまを侵すわけがない。
となれば答えは簡単だ。
ジャンヌはもう一歩のところで自我を取り戻し、アラタを逃がしたのだということを。
まぁ、崖というのは女の勘というか。要はあてずっぽうなのだけど・・・・・・。
けれど反論しないところを見ると私の勘は当たったという事で。
だが、ジャンヌは私のカマかけにもあえて動じない様子を貫くようで、キッとまるで射殺すかのような物騒な目つきでこちらを睨みつけてくる。
今の彼女には理屈も道理もなく、ただただ怒りと憎しみだけをその身に纏い、目の前に映る全ての者を倒すまで留まることも、ましてや反省することも、自分のしたことで嘆き悲しむこともない。
さながら飢えた野獣のよう。
そこには騎士としてのかつてのジャンヌ・ダルクの姿はどこにもない。
神の従僕として”百年戦争”を終結させた”オルレアンの乙女”の面影は、どこにも見当たらない。
だからこそ、ジャンヌはこの世界に選ばれたのだ。
闇の底へ堕ちきった女には、血と憎しみこそが美しい。
私はその手伝いをしただけに過ぎず、元よりジャンヌの奥底で眠っていた本質を目覚めさせただけ。かの少年を”兄”と慕う? 馬鹿馬鹿しい。今更そんな虚栄にすがって何になるというのか。
私は真実に眼を反らしていたジャンヌに、少々喝を入れてやっただけ。
だって、魔法は”万能”じゃないから、ジャンヌそのものを変える力はないもの。
だから・・・・・・、私は悪くない。悪くないもの。
クラリスは誰に言い訳しているのか分からないものの、とりあえずそう言い訳の言葉を小声で述べる。
いや、本当は誰に言い訳しているのか分かっているのだが、それを認めたくないのだ。
仮にも過激派を取り仕切る自分とあろうものが、ここにきて怖気つくなんて信じたくもなかったからだ。それもたった一人の少年によってなんて――――――――――。
予想外に魔法が効き過ぎたから? ジャンヌが半ば暴走しかけているから? 理由を挙げればキリがないが、一つだけ言えるのは・・・・・・、
―――――――――――――自分のせいで、アラタが殺されてしまうということ。
それだけは何としても避けなくては。
クラリスは一人静かにそう決意すると、ジャンヌの立てた作戦とは別の作戦を考えた。
もうこうなっては、ジャンヌ・ダルクは目障りに過ぎない。
はっきり言って制御不能の魔女を抱え込む訳にもいかない。
ならばどうすればいいか?
簡単な事。
いらないモノを始末するにはどうすればいいか?
(・・・・・・ジャンヌには悪いけど、消すしかないわ)
私の魔法がキッカケなので胸が痛むが、こればかりは仕方がない。
彼女の作戦に乗じて、私はこの女を――――――――、ジャンヌ・ダルクを殺す。
しかし、何故だろう。
私の心は陰鬱としたままで、最後の最後までスッキリと晴れ渡ることはなかった。
その意味を知ることを心が拒否してるようで、クラリスは最後までその違和感の正体を探ることもなく、自身の真意を悟られぬようにジャンヌに優しく微笑みかけるのであった。
クラリス側を書いてみました。
クラリスがとんでもない作戦を思いつきましたが、それが上手くいくかは定かではありません。
次回から再び主人公sideに話は戻ります。
では、次回に。




