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幕間 浮心と嫉妬心

楽しんでいただけたら幸いです。

 思えば、私は少し浮かれていたのかもしれない。


 数百年ぶりの”実兄”そっくりの風貌をした少年との邂逅に、忘れかけていた感情が、愛情が蘇ってきて・・・・・・、あの女との取引をも忘れて己の感情の赴くくままに行動してしまう。


 過去の過ちを彼と暮らすことで忘れてしまいたいという思いから、私はかの少年の事を本当の兄として接することに決め、例え仮初であろうとも彼と”家族”として共に生きていこうと思った。


 最初はなんだか彼のことを『兄さん』と呼ぶのは抵抗があったが、何度も何回も彼の事を兄と呼んでいるうちに、彼が私の本当の兄のように思えてきて・・・・・・、『兄さん』って呼ぶたびに私の胸は甘く疼いた。


 その甘い疼きは今でもよく覚えている。あれほどの甘く切なくなるほどの疼きは、19年の生でとんと味わったことがなかった。


 19年も生きていて恋愛一つした事が無いのか、と言われると恥ずかしいが、仮にも私は神にその身を捧げた”信徒”であり、また自分の籍を置いた騎士隊を従える立場の国の長である”国王”に、その身を捧げた身でもある私が普通の女の子のような生き方ができるはずもない。


 戦争があれば王の采配一つで方々の戦地へ駆けつけ、終戦するまで帰ってこれない。それに当時は女が騎士隊に入隊できるはずもなかったし、私は周りの者たちには”女だから”と馬鹿にされないために、周りの男たちよりも立派な男であろうと決意していた。


 その為に、私は入隊する前日に幼少の頃から長く伸ばしていた髪を散髪し、女と思われるような立ち居振る舞いや言葉遣いを矯正し、ついで女が好むような持ち物の類をみなその日のうちに燃やし尽くした。


 そうでもしないと、自身の決意が揺らぎそうになると思ったからだ。


 兄にはたくさん怒られた。


 短髪にしたことも、とても年頃の女と思えないような言動も、兄にとっては我慢ならないものだったらしい。


 彼の口癖は『お前は結婚した方が幸せだ。騎士になろうなど世迷言はよせ』であり、幼少の頃から耳に胼胝ができるほど言い聞かせていた。


 それは大人になっても変わらないようで・・・・・・、兄は騎士隊に入隊する前日の夜も言ってきた。彼は父の後を継いで農家をするようだ。特に理由もなく、継ぐ理由は自分が”長兄”だからとのことである。


 兄はルール通りに生きていくのを信条としており、彼の考えでは女である私は結婚すべきだと。旦那となる男を助け、その男の子供を産んで良き妻として良き母として生きる方が、私の幸せだと口酸っぱく言っていた。


 しかし、昔の私はその兄の言葉を単なるお節介として受け止め、全く聞く耳など持たなかった。兄はいつも”私の幸せ”の為と言うが、単なる”男尊女卑”から来る言葉なのではないか、とも疑った。


 当時の私は反抗的で、今思えば”神の言葉”を盾にして、親や長兄の指示をのらりくらりと躱していたのだとも思う。”主が仰った”と私が口にすれば、長兄を除く父母達は一様に口を噤んで、それ以上何も言わなくなったのだから(長兄だけは相変わらず私に口煩く言っていたが)。


 私は最後まで兄の言葉に耳を貸さず、騎士隊へと入隊し――――――――、現在に至るというわけだ。


 騎士として華々しい騎士人生を送っていたが、同胞らの裏切り、国や国民から見捨てられ、その末に”異端”として火炙りにされる末路を経て、私は”人”から”魔女”へと身を窶した。


 数百年生きてきて、唯一心残りだったのは――――――――、やはり故郷に置いて来た”家族”であろうか。一日たりとも家族の事を思わない日はなかった。


 友人も恋人もいない私に残されていたのは、家族に対する愛情のみであった。数百年経っているから名前はもう覚えてはいないが、それでも彼らの顔を忘れたことは一度だってなかった。


 兄弟たちの子孫に会えたらどんだけ良かったか。


 しかし、魔女として不完全な私にはそのような能力はなく・・・・・・、この世界に来て最初に降り立った森の奥で惰性のように日々を過ごすばかりだと思っていた。


 だが、遂に現状を打開する転機が訪れた。


 魔女派の魔女であるクラリスに指示され、侵入者を捕縛しに行った先で出会ったのが、あの兄そっくりな少年”アラタ”であった。


 もう私の思いは止められなかった。


 クラリスと交わした密約の事など記憶の彼方に追いやって、私は”アラタ”と前世では築けなかった”兄妹”として、そして一度は味わってみたかった”恋”をしてみたいという欲求のままに、彼の意見など無視して強制的に従わせた。


 彼と仮初の兄妹として過ごしてまだ半日ほどであるが、とても満ち足りていた。そして彼に嘘までついて強行した初キスも、想像していたころよりものすごく気持ちよくて、まるで夢を見ているかのようであった。


 彼は”兄”ではあるけど、血の繋がりはないから”恋人”になっても何ら問題はない。兄でもあり恋人でもあるなんて、とあまりの幸せにいつもの冷静さを見失っていた。


 だって、そう思っても仕方ないじゃない。


 彼だって案外乗り気だし・・・・・・、もうこの思いは止められそうにない。


 今まで我慢していた欲が今になってドッと溢れ出し、もう私自身では制御できないほどであった。


 私は今までにないくらい浮ついていた。


 数百年ぶりに味わう”二人”での昼食、誰かがすぐ傍にいるという”安心感”など、私がつい最近まで求めてやまなかったものだ。


 だからか、私はすぐそこまで来ている脅威に気づかなかったのだと思う。


 もう少しだけ気を引き締めていれば、あんなことにならなかったのに・・・・・・。



 

 それは案外すぐに訪れた。


 その脅威は、私たちが夕食の食材を採りに森へと赴いた時、しかも私がアラタから離れた隙を狙って。


 私は妙な胸騒ぎを覚えて折角仕留めた鹿を解体するのも忘れて、慌ててアラタが待つであろう場所へと急ぐ。


 そして慌てて馳せ参じた私の視界に映ったのは、兄と濃厚なキスを交わすクラリスの姿であった。彼は抵抗する様子もなく、”私”以外の女とのキスの味に酔いしれていた。


 その光景を目にした私の心は悲鳴を上げていた。心臓を滅多切りにされたような鋭い痛みが襲い、あまりの痛みと愛していた人の裏切りに涙が溢れてきて止まらなくなった。


 私の嗚咽に気づいたのか、クラリスとキスを交わしていたアラタは慌てて彼女から離れると、私の方へと申し訳なそうに見つめてくる。


 ―――――――止めて、そんな目で私を見ないで。


 私はそんな表情を見たかったんじゃないのに・・・・・・。そうだ、悪いのは全てこの女なんだ。この女が兄を誑し込んだのだ。そうに違いない。


 私は全ての責任を兄の唇を奪ったクラリスに押し付けることにし、彼女を誅殺すべく行動に移すことにした。人を殺すのは数百年ぶりだけど、訓練を欠かしたことはなかったし、大丈夫。


 私なら相手を苦しませることなく殺せるはずだ。


 苦しませず殺すためには、首を切り落とす方がいいであろう。首を一刀両断するのは中々難しいが、私の腕ならば容易なはずだ。痛みなど感じる前にあの女は一瞬のうちに絶命するであろう。


 それがせめての救いであろう。誰しも痛いのは嫌だろうから。


 私は呼吸を整えて、一太刀でケリを付けるために全神経を剣を振るう腕に集中させた。そして、鼓動と呼吸が一体になった瞬間に合わせて、私は一息に剣を鞘から抜き放ち、クラリスの首を刎ね飛ばそうと神速の如く太刀筋を彼女の首に目掛けて放つも――――――――、渾身の剣戟は虚しく空振りした。


 そこにはクラリスの姿はなく、彼女は寸前のところで私の放った一撃から逃れ、安全な空へと退避していた。


 しかし、私の剣戟を全て躱せたわけではなく、羽織っていたローブがビリビリに破けていたことから、私の攻撃を間一髪のところで避けられたって感じであった。


 だが空に逃げられていたんじゃ、私には手も足も出ない。私には空中浮遊の魔法など使えないし、今日の手持ちである遠距離武器の中にはあまり殺傷能力の高い物がない。辛うじて弓矢は持っているが、弓はあまり飛距離がないし、それに私は弓矢を放つのは苦手で・・・・・・。


 今まであまり人に向かって使った事が無いので、正直不安であった。普通の人ならばともかく、魔女であるクラリスに命中するかどうかも定かでないし。


 だがここは一か八か、と背中に背負っていた弓一式へと手を伸ばすが、そう言えば弓一式はアラタに渡したのであったことをすっかり忘れていて、私はアラタの元へすぐさま駆け寄りたい気持ちに駆られたが、下手に動くとクラリスが何をしでかすか分かったものではない。


 どうすることも出来ず手をこまねいていると―――――――――、クラリスが衝撃の言葉を投下したのだ。


 私はその言葉を聞いた瞬間、あまりのショックさに立っている事すらも出来なかった。顔から血の気が引いていくのが手に取るように分かり、あまりの動揺に息をするのも苦しくなってしまう。


 身体の奥底からドロドロとした、全てを包み込んでしまうような深くて暗い”闇”が、私の体を覆いつくそうと触手を伸ばして忍び寄って来ていた。


 私はその闇に抗う力を求めるため、最愛の兄の姿をもう一度視界に収めるべく、いるであろう場所へと視線を向けるも―――――――――、そこにいたのは”兄”ではなく、全く見ず知らずの男であった。


 あまりの事にパニックに陥ってしまい、私は闇に抗うこともなく、全身を覆う闇の中へとその身を完全に沈みこませた。


 闇に侵食される自我で、最期まで消えずに残っていたのは”兄”に対する思いであった。


 だが、それすらも闇に覆いつくされていき、私の中に残ったのは強い怨嗟の炎だけであった。


 


 ―――――――――――そして私は、最愛の人へと手にした剣の切っ先を向けるのであった。



 


 簡単ですが、ジャンヌ・ダルク視点を書いてみました。

 彼女は数百年経って、ブラコンを発症したようです。

 義兄ならば、キスしても大丈夫だそうです(爆)。

 しかし、その感情をクラリスに利用されたようですね。

 では、次回に。

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