第九章 誘い(10)
楽しんでいただけたら幸いです。
―――――――遠くで、小さな子が泣いている声が聞こえる。
確か俺はさっきジャンヌ・ダルクに操れている少女たちに殴られて気を失っていたはずだ。だから鳴き声なんて聞こえるはずもないのに・・・・・・、あぁ、そうか。これは夢なんだな。
微睡みが見せる束の間の夢であることに気づいた俺は、この夢から醒めようと試みるが、一向に醒める気配はない。それどころかますます意識が冴えてきてしまい、俺はここが本当に夢の世界なのか自身が無くなってしまう。
それほどまでに意識や感覚すら、現実の時とそう変わらなくなってきたからだ。
俺は取りあえず鳴き声がする方まで向かってみることにした。何だろうか。はっきりとは言えないけれど、何だかその鳴き声に誘われているような気がしたからだ。
鳴き声に誘われて歩くこと数分。暗闇の世界から抜け出した俺は、見たことのない景色に目を奪われた。
それもそのはず。
俺が今立っている場所は、枯葉が舞う森の中なんかではなくて、いかにも年季が経っていそうな内装の教会の礼拝堂だったのだから。パッと見は小ぢんまりとした造りの教会であり、よく外国の観光地になるような大教会や大聖堂なんかじゃなくて、地方で見かけるような規模の教会のようであった。
周囲を見渡してみるが、俺の他には参拝客はいないようだ。いや、参拝客っていうのかこの場合。まぁ、この際そんな細かい事はいいか。
俺はあの鳴き声の人物がいないかともっと目を凝らして、この場所を探してみることした。声の感じからして小さな子供のようだから、もしかしたら見落としている可能性があるからだ。
視線を下の方に集中して見てみると、案外簡単に鳴き声の発信源は見つかった。後ろ姿ではあるが、髪の長さや身に着けている衣服から女の子であると分かった。
どうやらその子は礼拝堂のステンドグラスの前に置いてあるキリスト像の前に両膝を立てて跪き、俺の存在にも気づかずに熱心にお祈りをしているようだ。
しかし、祈りの言葉を口にしつつも、時折悲しそうな嗚咽が混じっていた。そのただならぬ雰囲気に、この女の子を放っておくことが出来なくなり、俺は思わずこの少女へと声をかけてしまう。
「なぁ、どうして泣いているんだ?」
しかし、少女は俺の声が聞こえていないのか、問いかけに反応することも振り向くこともなく一心不乱に神様へと自身の祈りを捧げている。
祈ることに夢中で聞こえなかったのかと思い、俺はもう一度だけ少女へと声をかけようと口を開いたその時、
『そこにいたのか、ジャンヌ。方々探したぞ』
バン!! と重たい木の扉を開けて礼拝堂に入って来て、祈りを捧げている少女へとそう言い放ったのは、彼女より三歳ほど年の離れた少年であった。
少年は俺の存在に気づくことなく礼拝堂に足を踏み入れると、ズカズカと足音も荒く俺たちがいる方へと歩み寄って来る。しかも、その際になんと俺の体をスッと何事もなかったかのようにすり抜けてたのだ。
それを見て俺はこれはどうやら夢であると確信に至ったのだが、夢にしてはえらく生々しいと思った。
少年は呆れた風に少女の元へと歩み寄ると、強引にその手を取って無理やり立ち上がらせた。
『また役にも立たない神に祈りを捧げていたのかジャンヌ。何度言ったら分かるんだ。神に祈りをささげたって無駄なんだよ。そんなことをしたって戦争は終わらないし、作物だって実りやしない』
『そんなことないわ!! 兄さんも、父さんも主を信じておらぬだけよ。私には声が聞こえるの。必ず、祈りは通じるわ』
『いい加減にしろジャンヌ!! これ以上俺たちを困らすな!! お前は大人しく家で家事をしていればいいんだ。俺は知っているんだぞ。お前が父さんたちに黙ってコソコソと剣の練習をしているのを』
少女と少年の言い合いはますます激しくなる一方だ。どうやらこの二人は兄妹のようだ。それは彼女たちと容姿や言い合っている内容から察することが出来た。
それにしてもこの光景。俺はどこかで見たことがあるような気がする。どこでだろう。あぁ、もう喉の奥まで出かかっているのに、こういう感情を歯痒いというんだろうか。
それにしても、この少年が時折口にする”ジャンヌ”という名前。
もしかして、この少女は―――――――――、俺の憶測が外れてなければ、幼い頃のジャンヌ・ダルクなのか?
それならば目の前で繰り広げられているやり取りにも頷ける。
俺が今見ている夢は、ジャンヌ・ダルクの過去の記憶。
どうして俺が彼女の記憶を”夢”という形で見れているのかは謎であるが、もしかしたらこの夢にジャンヌ・ダルク攻略の糸口があるかもしれない。
俺は意識を集中してこの兄弟のやり取りの行く末を見届けることにした。
『主が言っていたの。この百年にも及ぶ戦争を終結させるのはお前だと。お前しかいないと。だから、私は主の意志に沿う様に必死に剣の腕を磨いているのよ。大きくなったら騎士隊に入隊できるように』
『ふざけるな!! 女のお前が騎士隊に入隊できるわけがないだろう!! 馬鹿も休み休み言え!! いいか? お前はさっさっと結婚して子供を産むんだ。それが親孝行であり、女であるお前の幸せなんだ。戦争なんかお前が気にするところではない』
『兄さん、私は――――――――――――――』
まだ幼いジャンヌが兄の発した一言に激高したのか、兄に対して何か文句を言おうとしたところで、俺の意識は再び遠のき始めたようだ。
どうやら現実世界で気を失っている俺の意識が戻りかけているようで、それに伴ってこの世界での俺の意識も覚醒しつつある本体と同時に目覚めつつあるようだ。
(―――――――惜しいな。あとちょっとでジャンヌの本心が聞けたかもしれないのに)
ジャンヌの本心を聞けないことへの後悔を胸に抱きつつ、俺はジャンヌの過去の記憶から退散した。薄れゆく意識の中、ジャンヌが浮かべた悲しそうな笑顔を瞳に焼き付けながら俺は意識を手放したのであった。
さて、夢の世界から帰還した俺が最初に感じたのは、
「――――――――――うぉっ!! いてぇ!!!!!」
突如全身に走った痛みという感覚であった。
あまりの激痛に心臓が止まるんじゃないかという危機感も同時に抱いた俺は、身体中を覆っていた気だるさや睡魔をすっかり忘れて慌てて跳ね起きる。
痛みに釣られて俺が跳ね起きた際に最初に目にしたのは、さきほどいた湖なんかじゃなく、どこか見知らぬ建物の一室であった。
造りとしては木造で、部屋自体はそんなに広くもない。かと言って牢屋みたいな無機質な感じもせず、きちんと人の温かみが感じられる部屋である。その証拠に家具も一通り揃っていて、俺が今の今まで寝かされた場所はシングルサイズのベットの上であった。
本来ならば牢屋にでも放り込まれ、汚い藁の上に寝転がされていても不思議ではないのに、何なのこの好待遇。普通の捕虜ならあり得ないほどの好待遇に俺は何だか現実感がなかった。
俺は本当にジャンヌ・ダルクに捕まってしまったのかと疑ってしまう。
だがよくよく自分の体を見てみると、手には手錠がかけられていて、足にも足枷のようなものが嵌められていた。
自身の置かれた状況を見ることで、ようやく合点が入った俺は「はぁ~」と重々しい溜息を吐く。
どうやら俺は本当にジャンヌ・ダルクに捕まってしまった様だ。これだけは間違いない。
にしても、捕まえた張本人の姿が見えないのだけれど、これはもしかして逃げれるチャンスなんじゃないか?
と、自身の置かれた状況を忘れて実行不可能なことを宣う。
しかし、今この部屋には自分以外誰もいない。見張りも配置されていないことは何となくわかるし、この足枷だって上手く逃げれたらどうにかなるだろう。
などと甘い事を考えていた俺は、後に知ることになる。
―――――――――――ジャンヌ・ダルクという女は決して甘くはない女である、と。
しかし、ベットの上で芋虫のように蠢く俺には今のところ知る由もなかったのであった。
中途半端な所で終わりましたが、これでこの章は終わります。
次章を始める前に短い話を二話ほど書いて、その後に次章を書いていきたいと思いますので、
よろしくお願いします。
では、次回に。
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