第九章 誘い(2)
楽しんでいただけたら幸いです。
慣れない足取りで森の中を歩くこと数分。
ハイキングや登山経験がない俺は、すぐに音を上げてしまう。普通に道を歩くよりすごく疲れるのもあってか、ものの数分ほどしか歩いていないのに早くも息が上がってしまう。
やはり現代人の怠慢からくる体力不足か。遠出する際にはほぼ電車かバスに乗ることが大半で、徒歩で歩くことがほとんどない。せいぜい買い物の際にぶらぶら商品を見ながら歩く程度なので、こうずっと脇目も振らず歩き続けることには慣れていないのだ。
それに最近は病院と高校の往復なのもあって、ますます運動不足になっていた自覚もあったのだが、俺自身があまりアウトドア系の遊びを好まない傾向にあるのも運動不足に拍車をかけていた。
それに地面一面に枯葉が敷き詰められていて、今履いている靴だとズルズルと滑って歩くたびに足を取られるので非常に歩きにくい。どうにか滑らずに歩こうと一歩ずつ足を踏み出す度に、足に力を入れ踏みしめつつ進んでいくために体力の消費が著しいのだ。
俺はケティに貰った剣を杖代わりにして、スサササッとまるで天狗のように林道を進んでいくケティに辛うじて付いていけれた。
というか、アイツはなんであんなに素早く動けれるんだ、と額から滴り落ちる汗で視界が滲むのを感じつつ、俺はケティの疲れを感じさせない軽い身のこなしを羨望のこもった視線で見つめ続ける。
やはり昔の人ととは体力的に差があるんだな~。あれだな。絶対現代人が昔にタイムスリップしてもすぐに死んでしまうだろうな。生き残れるとしたら特殊部隊に属する人間や自衛隊員くらいなものであろう。少なくとも一般人は無理だと俺は思う。
何故? それは俺の実体験から辿り着いた結論である。
俺が辛うじて生きていられるのは、ただ運が良かっただけで・・・・・・。今思い返してみれば実際に死んでいたであろう場面がちらほら浮かんでくる。
魔女に遭遇した時とか、初めて魔物とバトルした時とか・・・・・・、そして今現在とか。
しかし、今回ばかりはいつも以上に頑張らないと”生死の危機”に直面するからだ。酸素が無くなって呼吸が出来なくなるなんて、恐怖以外の何物でもない。
あんなスライムとの戦いなんて今の状況からしてみると児戯のように思えてくるほどだ。怪我はしたけど別に命にかかわるものではなかったし、ケティが応急処置してくれたお陰で大事には至らなかったのもある。
しかし、今回ばかりは命の危機に密接する”呼吸”が関わってくるので、俺たちの気合の入り様はハンパなかった(恐らく酸素で呼吸する生き物全てが必死にはなると思うが)。
だから、ただ歩き疲れたという理由で足を止めるわけにはいかないのだ。
でも、身体の方は正直で・・・・・・、ガクガクと膝が笑い始めてきて歩くのにも困難になってしまう。先を行くケティはそんな俺の容体にいち早く気づき、慌てて俺の方へ戻って来てくれる。
「どうしたんだ? 歩けないのかアラタ」
よろめきかけた俺の体を支えてくれるケティ。上半身を支えてくれる彼女の腕力の強い事。改めてケティの存在の大切さ重要さに気づくのと同時に、俺の存在の儚い事を嘆く。
この世界唯一の男であるというアドバンテージも生かせず、ただ彼女たちに迷惑をかけているだけのお荷物に成り下がっている事実に歯噛みする。
このままじゃダメだ、と決意するものの、それが実現した試しはない。そのことがすごく歯痒かった。
「・・・・・・いや、ちょっと疲れただけだ。もう、大丈夫だから」
離してくれ、と俺が口にする前に、ケティは有無も言わさずに強引に俺の肩を取り、どうにか座って休憩できる場所へと移動する。体を預けるには最適な大木を見つけたケティは、ふらついている俺の体をその幹に体を預けるように、ソッと優しさが感じられる手つきで座らしてくれた。
「おい、ケティ」
「無理をするな。何、まだ時間はある。それに、何だその。私も疲れてきてな。ちょうど休憩したいと思っていたところなんだ」
嘘だ。彼女の表情からは疲れなど一切見受けられない。恐らく俺に気を使わせないために”嘘”を言ったのであろう。彼女の気配りに感謝つつ、俺は彼女の”嘘”に甘えさせてもらうことにした。
「そうか、じゃあ少し休もうか」
「そうだな・・・・・・、あぁ、そうだ。水分補給はちゃんとしておけよ。暑くもなく寒くもないこの森だが、それでも汗をかくからな。飲める時に飲んでおかないと――――――――」
と、ケティは自身の水筒に口を付け、水筒の中に入った水を喉を鳴らして飲む。正直言ってあまり飲みたくはなかったが・・・・・・、ケティの言う事にも一理あったので俺は自分用の水筒を手に取ろうと荷物の中を探る、が。
どうやら想定外の事態に陥ってしまった様だ。
俺の顔色が蒼白になるのに気付いたケティは水を飲むのを止めて、
「――――――――どうしたんだ、アラタ? 何かまずい事でも?」
「えっ、あ、いや・・・・・・、俺の水筒、エマに渡したままだった」
「なに? エマに?」
そうなのだ。エマが自身の水筒を忘れたというので、俺の水筒を貸してあげたのだが、そのエマはだいぶ前に強制帰還されてもうこの場にはいない。本来ならば森の入り口で返してもらおうと思っていたのだが、予定外であった突然のエマの帰還にすっかり水筒の存在を忘れてしまっていた。
しかし、ここはもう外の世界のルールが一切通じない”黄昏の森”の中だ。今更、水筒を届けてくれなんて頼めるわけもないし、どうしようかと頭を抱えて悶絶していると。
「ふむ、ないものは仕方がないな。ならばアラタ。私の水筒を使うがいい」
と、先ほどまで自身が使用していた水筒を俺の方へ投げて寄越すケティ。俺はつい条件反射的にその水筒を受け取ってしまったが・・・・・・、よくよく考えてみればこの吸い口には先ほどまでケティの口が接触していたわけで。
つまり、こ、ここに口を付ければ、俺は間接的にだかケティと、き、”キス”したということに。
青少年的には心臓に悪い展開にすんなり消化できずに悶々としている俺を、なんだか不思議そうに見つめているケティは、
「ったく、先ほどから変だぞ。さっとさっと飲まないか。何、毒は入っていないぞ」
「・・・・・・ちげぇーよ。そんなことを気にしてんじゃ」
「? じゃあ、何が気になるんだ?」
鬼かよお前は!! そんなのをナチュラルに聞いてくるんじゃない!! と男女の機敏に疎いのか、普通は聞いてこないことも真顔で聞いてくるケティに軽い殺意を抱く。
そんなことを言えるようなら、こんな”間接キス”なんかで悶々としてないっつーの!!
しかし、気にしてないのなら、ここは普通に飲んだ方がいいのか? もしかしたら本当に知らないのかもしれないし・・・・・・、あまり躊躇っているとそのうちバレてしまうかもしんないし。
俺はバクバクする心臓の心音をケティに悟られないように、なるべく平然としたふりをしつつ、震える手で水筒を持ち、遅々とした動きではあるが確実にケティの水筒の吸い口を自身の口元に近づけさせていく。
あと数㎝というところで、―――――――――――事態は急変した。
ケティが腰を下ろす大木から数十メートルほど離れた場所から、大気を揺るがすような空気振動が響いてきて、その振動によって生じた波動で俺たちが座っていた大木もろともはるか後方へと吹き飛ばす。
あまりの波動の強さに為す術もなく、まるで紙屑のように飛ばされた俺とケティは吹っ飛ばされる中、舞い上がる砂塵の隙間から現れた、その巨体な体を持て余すように暴れる”ナニカ”を視界に捉えつつ、呼吸困難故の酸素不足で薄れゆく意識で、ある心残りが脳裏に浮かぶ。
――――――――――あぁ、出来る事ならケティの水筒の吸い口に口先だけでも付けたった、と。
―――――――――――――呼吸が出来なくなるまで、残り2時間15分。
間接キスって憧れますよね。普通にキスするよりロマンがあるというか、初々しいというか。
漫画や小説じゃあよくある萌えシチュですよね(まぁ、私は同性としかありませんが)。
では、次回に。




