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第九章 誘い(1)

 楽しんでいただけたら幸いです。

 俺とケティは日が暮れる前にどうにか黄昏の森の入り口の前へと辿り着けることが出来た。一人欠けての目的地到着という事実に、何だか胸の内がモヤモヤと陰りを見せるがそれを表には出さずに、右隣に並びながら同様に淡い輝きを放つ入り口を見つめるケティへと声をかける。


「ここで、合っているんだよな? 何だかあっさりと辿り着けて、ここが本当に俺たちが目指した場所なのかと疑ってしまうというか」


「あぁ、こんな入り口をしている森はユートピア中を探してもここしかないだろうな。まぁ、私もユートピアを全踏破したわけではないから正確に断言はできないが」


「そうなのか。それにしてもこんなわざとらしいくらいに自己主張している所に入るのは、なんかこう躊躇ってしまうような。いかにも”罠”って感じがするじゃん」


 映画やゲームでのそういった類の罠などはよく見受けられる。わざとらしいくらいに明るく照らした部屋だとか、ものすごく高価そうな見た目の宝箱とか。大体そういうのは”罠”って相場が決まっていて、それらに引っかかると大抵ロクな目に遭わない。


 天井が落ちて来たり、底から水がせり上がって来たり、はたまたものすごく強い敵が出現したりと・・・・・・、多種多様な罠が発動する仕組みになっているのを思い出した俺は、今になってこの入り口に足を踏み入れるのを躊躇してしまう。


 これは決して優柔不断とかヘタレから来る行為ではない。


 これはそう! 注意深い性格から来るものであって、俺は決してチキンではないのだ。


 しかし、一向に入り口に進もうとしない俺に痺れを切らしたのか、


「何をグズグズしている!! 忘れたのか、この入り口はそう長くは開かないと!! さぁ、早く進め!!」


 と、ケティは若干苛立ちや焦りを含んだ声でそう叫ぶと、俺の背中を思い切り手のひらで押した。心構えもしてなかった俺の体はケティに押されるがままに、文句を言う間もなく森が放つ引力に引っ張られるように光の中へと吸い込まれるのであった。


 


 ――――――――――ドン!! という衝撃音と共に、俺は前のめりの態勢のまま、勢い良く地面の上をスライディングする。どうやらケティに押された勢いのままに突入してしまった様だ。そしてその勢いを殺せずに今に至るというわけか。


 にしても・・・・・・、と俺は地面に突っ伏したままで、今この状況を把握すべく脳内で少しばかり整理してみることにしたのだが、何という事はない。


 ただ俺がチキンな為に、せっかちなケティに無理やり背中を押されて、森へとスライディングしながら立ち入った。


 そう、ただそれだけ・・・・・・・。


 あれ? 何故だろう。悲しくもなく両の目から滝のような水が―――――――、うん。これは汗だ。そう汗なんだ。違うよ? 決して虚しさからくる涙じゃないよ。うん。


 誰に言い訳しているのかも分からずに、必死に自己弁論を脳内で繰り返す俺。そんな俺へと続く様に数秒ほど遅れて、ケティもあの光り輝く入り口を通ってやって来た。


 俺たち二人の到来を確認したかのように、あれほど自己主張の激しかった森の入り口が、瞬く間に跡形もなく消えてしまった。その事実は未だ顔を突っ伏している俺でも分かった(明々と灯っていた光が消えたため)。


 入り口が閉ざされたことにとてつもない不安と焦燥を抱いた俺は、地面に突っ伏したままの体を跳ね起こすと、慌てて入り口があった場所へと駆け寄るも、そこにはただただ黄金色の木々が生い茂るばかり。通り抜けたら元の場所に通じている訳でもなく、四方八方どこを見渡しても同じ景色が広がるばかりであった。


 まるで今の状況を二文字で表すならば、ずばり”遭難”であった。


 いや、この場合は遭難じゃなく”神隠し”のほうが的確か。


 それにしたって、こんなの現実に起きていいものなのか、と俺は力なく地面にへたり込む。少なくと21世紀では神隠しなどの超常現象は起きようもない(それは科学で証明されているからである)。


 しかし、この世界は科学なんかでは証明できない不思議な御業を使う魔女が支配する世界なのを、すっかり忘却の彼方に追いやっていた俺にも責任があると自分で自分を責める。


 本当に見通しが甘かった。この一言に尽きる。


 魔女の陣地に侵入しようというのだ。こういう事態も念頭に入れなければならなかったのに、俺ときたら本当に馬鹿だ。無知者だ。


 流石の魔女でも”森”までは支配できないと、勝手に考えていた。


 その結果がこれだとは。本当に巻き添えにしてしまったケティには申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


 しかし、後悔と自責の念で項垂れる俺とは裏腹に、ケティときたらケロッとした表情で枯れ木を黙々と集めているではないか。


 そんな彼女の態度を見た俺は思わず泣きそうになる。彼女は俺に対して気を使っているのだ。これ以上俺が負い目を感じなくていいように、ああやって何でもないように振る舞って・・・・・・。


 うぅ、なんていい子なんだ、と俺はケティの心遣いに感動していたのであるが、こちらへと振り向いたケティの発した言葉にその感動は勘違いであることに気づいた。


 それは何故かって? その理由は――――――――、聞けば分かるよ。


「おい、そこで何してるんだ? 言っておくが、入り口は同じ場所にはないぞ。次の入り口は恐らく三日後。しかも違う場所に出現する。だから、私たちは今できる事をするべきだ」


 何だって? 入り口は復活する? しかも、こことは違う場所に?


 ふっ―――――――――――、それを早く言えよ!!!!!! あ~、もうなんだよ。落ち込んで損した。


 俺はようやくケティの余裕ぶりに合点がいった。彼奴は知っていたのだ最初から。それゆえの余裕であったのかと、先ほどケティに抱いていた申し訳なさの気持ちは消え失せ、次いで抱いた気持ちは怒りであった。


 何というか、うん。これは怒ってもいいよな、と自身の無知を棚に上げて、別に悪くもないケティへと苛立ちを覚える俺であった。


 そんな俺の態度の一変にも気づかずに、ケティは拾い集めた薪を束にして荒紐で縛り上げると、不貞腐れている俺へとにこやかな笑みを浮かべつつ、


「さぁ、これで当分の薪は確保できたぞ。これで安心して三日間は過ごせるな。ん? アラタどうしたんだ? あぁ、そうだ。お前も薪一束持ってくれないか。流石に薪三束持って歩くのは少々キツイのでね」


 紐で縛られた薪一束を俺の方へ投げて寄越す。何だか邪気のないケティの態度を見ていたら、一人でむくれているのも馬鹿らしくなった。受け取った薪の束をカバンに固定し終えると、「よっこらしょ」とという掛け声と共に背負い直す。


 首の後ろにチクチクとした枯れ木のささくれが刺さり、微痛に時折顔を歪めつつもケティも俺と同様の痛みを味わっているはずのなので、ひとまずこの痛みはさほど気にしないでおくことにした。それにどのみち薪は焚火を付ける際に必要不可欠なのには変わりないのだ。


「それにしても、ここは本当に薄気味悪い場所だな。森の中だというのに動物の鳴き声もしなければ、風が吹く音もしないし」


 自然の音が全く聞こえない。そんなことがあるのであろうか。まるでここだけが別世界のような、空想の世界に俺たちが迷い込んだような気がして止まないのだ。


 錯覚なのではないか、と言われてしまえばそれまでだが・・・・・・、それでも錯覚ではないと断言できる自信はある。


 先ほども上げた理由の他に、草木の匂いも俺がいるこの場所には一切香ってこない。無臭にほぼ近いのだ。そんなこと現実世界ならありえないことだ。


「ここは別格なのだ。ジャンヌの魔力でこの森は創られたといっても過言ではないからな。それにあの女は他人との交流を嫌う傾向にある。自身の生活圏以外には動物すら生息させない徹底ぶりだ。それに大気や気候などの自然的なものも排除させている」


「大気って、そんなこと可能なのか?」


「ここはジャンヌの”庭”だ。彼女の意志一つさえあれば、創造主の望み通りに森は自在にその姿を変える」


「でもさ・・・・・・」


「まぁ、お前の言いたいことは分かる。しかし、そうも悠長にしていられない。ここは黄昏の森の一番端っこの方だ。あと数時間ほどで息が出来なくなるぞ」


 と、またもや衝撃発言を口にするケティ。


 俺はその言葉を聞いて思わず耳を疑った。だって、呼吸が出来なくなるなんて信じられなかったからだ。それほどまでに突飛した展開だったからだ。


「息が、出来ない、だって? 何でだよ、ここは標高高い山の山頂でもないし、空気は薄くならないはずだろ? というか、地上でそんな呼吸困難になる場所はないはずだぜ」


「確かに。けど、ここは普通ではない。創造主の望み通りに、この森は”不法侵入者”を排除するために、いかなる手をも使ってくるであろう」


「その一つが酸素を無くすことなのかよ」


 無茶苦茶だぜ、と俺はガシガシと頭を掻きむしりながらぼやく。


 しかし、そうとなればここに長居するのは得策ではない。俺はケティに促されるままここから一刻も早く立ち去るべく出立の為の準備をした。


「ここを離れるにしても、どこに行けば安全なんだ?」


「そうだな。一先ず呼吸が出来る範囲まで行く事であろうな。私の予想ではジャンヌはこの森の中心地に居を構えているはずだから・・・・・・、その半径四K四方ならば容易に呼吸ができるであろう。幸いこの森はさほど広大ではないからな。数時間ほどで中央部に到達できるであろう」


「じゃあ、息が続く間に出発するか。ケティ、先導を頼む」


 今後の方針が決まったところで、俺は腕の立つケティに安全と索敵の意味を込めて先導を頼んだ。正直言って後方なのも恐怖しかなかったが、それでも前方を歩くのだけは絶対に避けたかった。


「分かった。では、行くとするか」


 ケティは俺の頼みを聞き入れると、背中に背負った剣を鞘から引き抜き、いつでも斬りかかれるように構えると注意深く辺りを警戒しながら森の中を進んでいく。その背中を追うようにして俺は慣れない林道を一歩ずつ確実に歩いていくのであった。





 ――――――――――呼吸が出来なくなるまで、残り2時間半。

 新章が始まりました。

 呼吸が出来なくなるって怖いですよね。例えるなら水の中で息が出来なくなって、

 パニックになる感じでしょうか(酸素が無くなるって想像できないですもんね)。

 では、次回に。

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